酒場の扉が開く。
店長の『いらっしゃい』の声が聞こえ、誰かがあの席に座る。
あたしはいつもその時間帯に棚を整理し、カウンター席に背を向ける。
それでも、
「さん、いつもの頂けますか?」
あの声が、あたしを呼びつける。
< 指定席の彼 >
「カーティス大佐……いつもその席ですね。この時間帯の常連さんは、絶対そこには近寄ろうともしませんよ?」
あたしは彼がいつも飲むお酒を出した。
「どうしたんですか? 敬語でしかも大佐だなんて。いつも通りジェイドと呼んでください」
「…ちょっとした嫌味よ。ジェイドったらいつもあたしに絡んでくるんだから」
「おや? ご迷惑でしたか?」
「別に? もっと迷惑なお客さんもいるからね」
あたしは洗ったグラスを拭きながら言う。
「この辺りは軍人が嫌いな人が多いのよ。…なのに毎日ここに来るあなたの気が知れない」
「そりゃぁ、さんを毎日見ていたくてw」
「はいはい冗談は結構」
「冗談じゃありませんよ。この席だって、一番あなたに近い席だから座ってるんですw」
「……本格的に危ないのね、あなたって」
棚の整理に戻るあたしを見て、ジェイドは少し苦笑いしながらお酒を口に運んだ。
「……まずいですねー」
「あら? 口に合わない?」
「いえいえ、ここのお酒は大変美味ですよ? …まずいのは私です」
不適に笑うジェイドを見て、あたしはグラスを持ったままカウンター席へ移動し、ジェイドの隣に座った。
「なんか、悪い事でもしちゃったの?」
「まだしてませんよ。……実は、――泥棒になりそうで」
「!? 駄目だよジェイド! 軍人がそんな……っ!」
本気で心配するあたしの手を、ジェイドが握る。
「―――貴女の心を、盗みたくなるんですよ」
「!!」
「……いけませんか?」
一瞬、音が消えた気がした。
あれだけ騒がしかったお客さんの声も、
扉を開ける音も、
信じられない。
あたし今、
この人に赤くなってる?
「うっ……///」
「う?」
「うわぁぁっ!!!///」
不自然に飛びのくあたしに、ジェイドはもちろん酒場にいた全員が目を丸くして驚いた。
「さん? どうかしましたか? 顔、真っ赤ですよ?」
「どっどうかも何もっ、ああああなた、今…っ///」
「? 素直な気持ちですよ?」
「〜〜〜〜〜〜ッ///」
ジェイドは、ずるい。
何でも簡単にやってのけるし、
あたしの、気持ちまで……
簡単に見つけてしまう。
「あっあたしを……簡単に落とせるだなんて、思わないでよねっ///」
あたしはカウンターの中に戻り、顔を隠すように背を向けた。
「承知しました。…ではさんに振り向いて頂けるよう、これからも毎日来店しますw」
「えぇっ!? む、無理っ無理だからっ///」
「ははは、若いですねぇ」
「わっ、笑うなってば!!///」
本当はね、
ジェイドが来るの、
毎日楽しみにしてるんだよ。
それはあなたも、
知らなかったでしょう?
end.