ざわめきが騒がしい。
そんな中、アルゼイドは壁にもたれてタバコを吸っていた。
「第二小隊の奴と新入りの坊やが決闘だってよ! 賭ける奴こっち集まれー!!」
「だってよ、アル坊。どっちに賭ける?」
アルゼイドの側にやってきたのはバロックヒート。
「別にどっちでも…。そうだな、新入りの方に命でも賭けておくか」
「あァ?」
「今持ち合わせがないんだ。勝てばめっけもんだし、負けても全員殺してばっくれればいい」
「…なんで素直に貸してくださいって言えねぇの?」
「じゃぁあたしは『あたし』でも賭けよっかな」
バロックヒートの後ろから顔を出す少女。
「おはよう。アルゼイド、バロックヒート」
「おはよー!! ちゃんw」
「……おはよう」
< 醜い、けど。美しい感情 >
「こんなむさ苦しい男共にちゃんあげちゃうくらいなら、いっそ俺のものに!」
「きゃぁっ!!」
に抱きつくバロックヒート。
「なっ……離せ!!」
アルゼイドはタバコを投げ捨て、バロックヒートからを救い出した。
「ひどいナリ! また俺だけ除け者ナリー!!」
「…泣きマネうざい」
「ひどいナリーーーー!!!!!」
「…それより。むやみに自分を賭けるなんて言うんじゃない」
アルゼイドは新しいタバコに火をつけながら言う。
「そうだネー。ホラちゃん見て? こんっな汗臭い連中にこんっな清らかな身体を差し出すなんて……俺泣いちゃうヨ?」
「その時はホラ、アルゼイドと一緒に皆殺しパーティー決行って事で」
「いいな」
「じゃぁ俺も参加するナリー! …って、新人クン勝っちゃったみたいよ?」
集団の声が歓喜と怒りに二分されている向こう側、少年が大男に剣を差し向けていた。
「あぁら。じゃぁあたし達の勝ちって事だよね? じゃぁ貞操も無事って事でw」
「…大声で『貞操』などと叫ぶな…」
女性の存在すら珍しいオブプレイ軍の中。
のような若い少女はさらに珍しく、戦で猛る男たちにその存在はあまりにも大きかった。
故に、彼女を狙う男は絶えず、その度に男はアルゼイドとバロックヒートの手によってボコにされるのだ。
は二人にとって、かけがえのない、大事な―――……
「――なんの話だ?」
ある日、アルゼイドは見知らぬ男に廊下で引き止められた。
「君だろ? この間の決闘のとき、僕の勝利に命を賭け金がわりにした人って」
「それで何か用なのか?」
「いや、だから君と…」
「アルゼイド!」
廊下の奥から笑顔で駆けてくるのは。
「!///」
男――ソレスタは顔を赤らめた。
噂に聞いていた、とても可愛いと言われる少女が、目の前にいたからだ。
「食堂開いたよ? 早くお昼に……って、誰? その人」
「例の決闘のときの新人だ」
「あぁ! そういえばこんな人だったかも。アルゼイドが命賭けた人だよね?」
ソレスタは、やっぱり、と期待を持った。
「君と…友達になりたいんだ」
少し照れたように、アルゼイドに言うソレスタ。
「それならコイツになってもらえばいい」
「うひゃぁっ」
はアルゼイドに突き出される。
「えっと……あたしは。あなたの決闘のとき、あたしも手持ちなくてねぇ。とりあえず自分を賭けてみちゃったの☆」
「自分を!?」
「だから勝ってくれてありがとね。あたしも皆殺しはさすがに疲れるし……」
ソレスタは紅潮して、ぼーっとしていた。
こんなにも美しい少女が、一歩間違えれば猛者共に穢されるかもしれなかったのに……
「あなたの名前は?」
「あ、あの…ソレスタ……///」
「ソレスタね」
握手しようと手を差し出す。
ソレスタもそれを握ろうと手を伸ばすが…
「…」
の手を、思い切りアルゼイドが引く。
「アルゼイド……?」
「友達禁止。腹が減った」
その手を離さず、食堂の方へ歩き出すアルゼイド。
「ま、待って! 何か気に触ったんなら謝るよ! だから……友達になりたいんだ……」
どこか必死なソレスタに、アルゼイドは歩みを止める。
「もしだめなら、そうじ当番かわったり君たちの分の食事をとってきたり…」
「……お前それじゃパシリだろうが」
アルゼイドは少し微笑む。
「変な奴」
「………///」
「うわー、アルゼイドが笑ってるー…」
の声に、アルゼイドは真顔に戻る。
「……行くぞ」
「あ、うん。…ソレスタも行こうよ」
「え…」
「ねっ!」
「あ…うん……///」
「友達禁止と言ってるだろう。何着いて来ているストーカーめ」
「ス、スト…っ…」
「もー、アルゼイドってば何でそんなわがまま言うの!」
言えるわけがない。
盗られたくないだなんて。
自分にこんな子供な感情があることすら認めがたいのに。
「……お前は俺のためだけに存在すればいい」
「だから何でそう俺様なのー?」
その笑顔をただ側に置いておきたいだけなのに。
醜い嫉妬心。
「なーにしてんの?」
「ひゃぁっ!」
急にの後ろから頬にキスを落としたのはバロックヒート。
「な、何するの!!///」
「ストップストップ、落としちゃうから」
そう言って暴れだすのを止めるバロックヒートの腕には、四つの昼食。
「新人のソレスタ君だよネー? 一緒にいるの見えたから君のも取ってきたヨ」
「珍しいな。お前が男のために何かするなんて」
「全てはちゃんに褒めて頂きたいから!!」
「はいはいいい子ですねーw」
は手馴れた様子でバロックヒートの頭を撫でた。
「さ、どこでお昼にしようか? ソレスタ、どこか行ってみたいトコある?」
「あ…じゃぁ、屋上…」
「よしっ、じゃぁ行こっか!」
に先導され、全員階段に向かった。
その日の夜。
「……」
アルゼイドは自室でを想っていた。
(あいつ等……馴れ馴れしい……)
想えば想うほど、
醜くなっていく感情。
ただ、大好きなだけなのに、
側にいて欲しいだけなのに…
「…アルゼイド」
「!」
扉の向こうから、声。
アルゼイドは慌てて扉を開ける。
「…? もう消灯時間を過ぎている。あまり出歩くと上官に見つかるぞ」
言いながらも部屋に招きいれる。
「ちょっと、お話したくて」
「話?」
「うん、今日元気無かった気がしたから…」
アルゼイドはベッドに座り、に隣を促す。
も素直に座った。
「…ソレスタ、嫌い?」
「別に……」
「バロックヒートは?」
「別に」
「じゃぁ……あたしは……?」
「!」
ふと顔を見たは、
「…?」
泣きそうな顔をしていた。
「あたし……みんな大好きだよ? ケンカとか…何かギクシャクとかも…やだから…」
「みんな…ソレスタもいれてか……」
「アルゼイド?」
「今日始めて喋った奴と俺は同等か。お前にとって俺やバロックヒートは、ぽっと出の男と同等の位置なのか」
「ちょ、アルゼイド……?」
醜い。
「それなら奴と仲良くすればいい。丁度あいつもお前が気に入ったようだしな」
醜い、感情。
「俺たちのことは…もうどうでも」
「やだぁ……っ」
「!」
は思い切りアルゼイドに抱きついた。
「そんな事言っちゃやだ……やだよぉ……」
顔は埋めてて見えない。だけど、確かにすすり泣く声が聞こえた。
「…す、すまない、どうかしていた。泣くな、な?」
アルゼイドはその肩に手を回した。
どこまでも純粋で、真っ直ぐな。
なのに、それを想う自分は何て愚かで醜いのか。
「…俺は……が好きだ」
「……!!」
「を自分だけのものにしたくなる。誰の目にも晒したくない、触れられたくない。そんな感情が沸き上がって来て、どうしようもなく自分を醜く感じる」
「アルゼイド……」
顔を上げる。
頬には涙の後が残るが、もう泣いてはいない。
「……醜くなんかない……」
「!」
「それは醜い感情なんかじゃない…それは人を愛するという事。心から相手を求めるという事。……とても美しい感情だわ」
とても幸せそうに笑う。
それを見て、アルゼイドは心が落ち着くのを感じた。
「アルゼイドは大変ね。何百という男がここにはいるもの」
「…大半は問題ない。後はバロックヒートとソレスタだ」
「あはは……。あたしはとても楽だわ。ここには女はテイラとあたしくらいだもの」
「どういう意味だ?」
は抱きついていた腕をアルゼイドの首に回す。
「……あたしも、アルゼイドが大好きって事……///」
「………」
アルゼイドは振るえる腕でを抱きしめた。
受け入れられる事が、
認められる事が、
こんなにも嬉しいだなんて。
「……俺は…」
「はい、そこまでー♪」
「!!」
ばっと前を見ると、開いた扉の所に、にこやかなバロックヒートと半泣きのソレスタがいた。
「アル坊ってば駄目よー? 俺の目盗んでちゃん自分のにしちゃって!」
「もう俺のものだ。気安く触るな」
「アルゼイド…///」
「触っちゃうもんネー♪」
「やめろ気色悪いっ!!」
「ア、アルゼイド……っ!!」
ソレスタは堪らなくなって部屋を走り去った。
「ほら逃げたぞ。追いかけてやれ」
「ヤダ。俺はちゃんの側にいたいのーw」
「触るなと言っている!!」
きっとしばらくは、
こんな日々が続くのだろう。
「ソレスタも複雑なのヨ? 大好きな二人がくっついちゃってもう!」
「だ、大…っ…? 俺も入ってるのか、それは…」
「二人って言ってるデショ?」
バロックヒートに邪魔されて、ソレスタは拗ねて逃げて。
は、
ずっと隣で笑っていてくれて。
「あたしが好きなのはアルゼイドだもんっ///」
「俺も男には興味が無い」
「まぁ恐ろしいっ!! ちゃん、逃げたくなったらいつでもお兄さんの胸に飛び込んでおいでネ?」
「行かないもん!」
「…行かせないしな」
「アルゼイド……///」
「あぁもう勝手にしてくださいって感じ?」
それだけで、
今の俺は幸せと呼べるから。
end.