「あー…後一本になっちゃった」
「? そのタバコ、いつも吸ってるのと違う?」
「さっすがラゼルちゃん! 俺の事よく見てくれてるんだネ!!」
「くっつくな馬鹿!」
後ろから抱きつくバロックヒート。そのみぞおちを、ラゼルの見事なパンチが捕らえた。
「い…いー、パンチ……」
「で? 無くなったんなら買いに行けばいいじゃない。あたしとしてはそのまま禁煙の道に走って頂きたい所ですけどね」
「それはヤダw それにネ、これはどこにも売ってないタバコなの」
「同じ銘柄見た事あるよ?」
「……『コレ』は『コレ』しか無いんだよ」
急に真面目な顔になるバロックヒート。
「コレはねー……俺が唯一苦手だった女に貰ったタバコなの」
< Heartful days >
「バロックヒート♪」
「うわっ、また来たの!?」
「またって何だよー!!」
彼女は無邪気で子供っぽくて、おせっかいで、
「俺忙しーの。また今度ネ」
「そんな事言って! さっきナンパしてた女と夕飯食べるんでしょ!」
「見てたの? ストーカーさん?」
「ち、違うもんっ!!」
はっきり言って、鬱陶しい女の子だった。
「ねぇ何で? 何でバロックヒートは女好きなのに、私の事は無視するの!?」
「さぁ、どうしてデショ? 三分間シンキングターイム♪ ちっちっちっち…」
「うあぁぁっ、今考えるっ! 待って!」
そうやって彼女が目を瞑っている隙に、
「やっぱり解んない……って」
俺は逃げていた。
「バ…ッ……バロックヒートォォォォォッッッッ!!!!!!」
俺と彼女は、
俺と…―――は、
今のアル坊とラゼルちゃんみたいな感じだったんだ。
「アンタが女の人を鬱陶しがってたの!? …何かの天変地異の前触れじゃ…」
「アハハ、もう10年以上前の話だから、イマサラ何も起こんないって♪」
バロックヒートは吸っていた自分のタバコを灰皿に入れた。
「その子おせっかいでネ。俺の身体の事まで気遣ったりなんかして…で、タバコも軽いのにしろってうるさかったの」
「それで、そのタバコもらったんだ?」
「押し付けられたんだけどネー」
一本しか入っていない箱を見つめ、バロックヒートは真顔に戻った。
「でも、ずっと吸ってたんでしょう?」
「………そうだネ」
「――ねぇ、バロックヒートがいつも吸ってるやつ…ニコチンとかタールとかの数値高くない?」
「勝手に箱見ないの。別にいいデショ? 俺が何吸ってても」
「良くないよ。身体に悪い」
「…悪いけど、に気遣ってもらう理由ないんだよネ」
「……ふんだ、私知ってるんだから」
は怒った顔を笑顔に変える。
「バロックヒートってば、私が身体弱いの知ってるから、私が側にいる時いっつもタバコ消してくれるんだよねw」
「!///」
「優しー♪」
「大人をからかうんじゃありまセン///」
がいい子なのは解ってた。ホントは、何で毛嫌いしてるのかって言われると、自分でも答えが見つからなかった。
けどだからって、遊びの対象になんてなるハズが無かったし、
ただ、存在は認めるようになったのは確かだった。
「……!!」
ある夜、
「! ……?」
綺麗なおネーサンの家から出ると、そこには買い物袋を抱えたの姿。
「あら、バロックヒート……誰、その子?」
家から出てきたおネーサンが俺にキスするのを見て、は目を逸らした。
「……いや、ただの知り合いだヨw」
「そうなの?」
「……か…」
は袋を地面に落とした。
「バロックヒートの……馬鹿ぁ!!」
「!?」
そのまま走り去る。
「ったく……しょうがないなぁ」
俺は袋と中身を拾い上げた。
「じゃ、おネーサン、ばいばいw」
「えっ、バロックヒート!?」
俺はの後を追った。
を俺から追ったのも、の家を見るのも初めてだった。
「ー、開けてちょうだいよ」
「やだ」
「コレ、夕飯の材料デショ? お腹空いてないの?」
「空いたけど、ヤダ」
俺は扉をノックする手を休め、扉にもたれかかった。
「私ね……変なんだ」
「何が?」
「女好きでも…私に冷たくても…ちょっと優しかったりするバロックヒートが……大好きだったはずなのに…
…駄目なの、バロックヒートが他の女の人と一緒にいるだけで……嫌って思っちゃうの。わがままになりたくないのに、思っちゃうの」
「……」
初めて、の頼りない声を聞いた。
何故か、その時初めて、この子って女の子だっけ? って思ったりした。
「…当然なんじゃない? 好きってそういうもんデショ?」
「………嫌がらないの?」
「自分でもビックリ。でも、嬉しいから仕方ないんじゃない?」
「………」
は結局、扉を開けてくれなかった。
俺は夜通し玄関に突っ立って、タバコを吸っていた。
そして、朝が来た。
「ー、いい加減寒いんだよネ。開けてくれない?」
返事が無い。
「……?」
俺は異変を感じ、扉を蹴破った。
「!!」
は、
死んでいた。
聞けば、の身体はもう長くは持たなかったらしい。
そんな状態で一晩中、布団にも入らないでいたんだから、どうなってもおかしくなかった。
結局、最期までおせっかいのまま、いなくなっちゃった。
「………そんで、このタバコは家の中の机の上に置いてあったってワケ」
「え? 押し付けられたんじゃ…」
バロックヒートはタバコの箱から、折りたたまれた紙切れを取り出し、ラゼルに渡した。
「なになに…? 『バロックヒートへ』……」
―――バロックヒートへ
コレかなり前に買ってたんだけど、嫌われるのが嫌で、ずっと渡せなかったんだ。
少しずつでも度数減らさないと、いつか私みたいに身体弱くなっちゃうから……
おせっかいかもだけど、バロックヒートにだけは、私とおんなじ道を歩ませたくないの!
…朝になって、これを私が直接渡せたら……ちゃんと吸ってね?
あ、もちろん渡せなかったとしても…
そのまま放置とかしたら、憑き殺すから。
まぁ、それは冗談だけど、これは私の賭けなの!
この賭けの勝ち負けは、私の生死じゃない。
……解るよね……?―――
「つ、憑き殺す!?」
「アハハ、冗談キツイよネー♪」
「笑って言えるアンタもすごいわよ……でも、ちゃんと吸ってるなんて偉いじゃない」
「そう? でも、別に憑き殺されるのが怖いからとかじゃないんだけどネ」
「解ってるよ。……さんに勝たせてあげたかったんでしょ?」
バロックヒートは少し目を丸くさせたが、すぐに笑顔になった。
「…ハズレw そこはホラ、女性を崇拝する者としては当然のたしなみって事で♪」
「あっそう! 少しでも見直したあたしが馬鹿でした!」
ラゼルがくまバックに八つ当たりする様子を横目で見ながら、バロックヒートは宿の部屋を出た。
手には、最後の一本を持って。
「………ホントはハズレじゃなかったりしてー…」
丘を吹く潮風は、少し冷たい。
(…ナツメとだけだなぁ……毎年必ずやる事がある人って)
今日は、が死んだ日。
この日は必ず、彼女にもらったタバコに火を着ける。
初めて吸ったのは、
冷たくなった、の側で吸った一本。
初めて、の側で吸ったのは、
のタバコだった。
「………」
バロックヒートは、ゆっくりとタバコに火を着けた。
「……あ゛ぁー………」
吐く煙は、風に流され、すぐに消える。
まるで、自分の中ののように。
「………俺、多分好きだったヨ」
好きだったから。だけどその感情が『好き』だと気付けず、君を遠ざけた。
無意識に、幼い自分はそれが唯一を護る術だったとでも思ったのだろう。
だけどもう、彼女を憂う日は、今日で終わり。
「ばいばい。…」
手の中で、どんどん燃えていくタバコ。
それが1年ごとに減る度に、バロックヒートの中に増えていく何か。
それはきっと…彼女がバロックヒートに知ってほしかった気持ちだろうから。
end.