それは、山の中の細い道での事。
「、コーヒー買って来たよ」
「いらない」
は三角すわりのまま、缶コーヒーをキアラに突っ返した。
「もー、いつまで拗ねてるのさ。アルゼイドが真似するからやめてよ」
「ボクまねなんかしないもんっ!!」
キアラのため息の裏腹、アルゼイドはぷんすかと怒っている。
「ボクしってるよ! こういうのヒキコモリっていうんだよね!!」
「…黙れアルゼイド三世」
< ちょっとした幸せ >
「さっ、さんせーじゃないもん!!」
「だってもう片方のアルゼイドがいるじゃない。アンタは三世で充分よ」
「だったらボクのほうがおにいちゃんなんだから『にせー』だもん!! あんなやつどうでもいいやい!!」
「あー…とにかくその子供染みたケンカやめてくれない?」
キアラは缶コーヒーのタブに手をかけながら言う。
「あっ、それあたしに買ってくれたんじゃなかったの!?」
「さっきいらないって言ったじゃん」
「さっ…さっきはさっきだもん!!」
「じゃぁ飲む? 飲みかけだけど」
「えっ///」
どんどん顔が赤くなる。
「の……飲まないもんッ!!!///」
そのままは山の中へ走り去った。
「うっわ、馬鹿通り越して可愛いな、あの反応」
「ねぇきあら、おんな…じゃなかった、おねえちゃんなんであんなにおこってたの?」
「あぁ、それはさっき……」
『―――それともなりゆきってのは建前で ただ単純に放っておけなかっただけ?』
キアラはラゼルの胸を指差す。
『―――ここに 同じ傷があるから』
「…という出来事がこのふもとの街であったのさ」
「きあらずるーいっ!! そっちのおねえちゃんにあいにいってたの!?」
「まぁその現場をに見られたんだけど……あの反応じゃ、その後見てないな」
「そのあと?」
アルゼイドに言われて、キアラは言葉を詰まらせる。
さすがに、殴られたとは言い難い。
「それよか、おねえちゃんまちにいるんだよね!?」
「…会っちゃだめだよ」
「うーっ、きあらのいじわるっ!! じゃぁみるだけっ」
「見ィッ!?」
振り向くともう、アルゼイドは空間を飛んでいた。
「……ったく………どうしてこう全員……」
キアラはため息を着き、森の奥を見つめた。
「うぅーん……………ここはどこ」
めちゃくちゃに走り回り、顔の火照りが収まった頃には、もう道らしきものは見えなかった。
「ふぇーん、キアラどこぉーっ」
泣きながらもとりあえず歩く。
暗い山道に恐怖は無いが、もしも置いていかれたら、と思うと途轍もなく怖い。
「寒……缶コーヒーもらえばよかったなぁ、初めから……。だいたい乙女に間接ちゅーを強要するのもどうかと思うわけですよ」
辺りを見渡しても、何の気配も無い。
ふもとの街の光はおろか、月明かりさえも届かなくなってきた。
「それよりアレっ! 何ラゼルの胸触って…セクハラもいいとこだわ! っていうかとにかくショッキング……」
感情の杞憂が激しくなる。
は自分の胸のミニマムさにため息を着いた。
しかし、とにかく戻らなければいけない。そこでふと気づく。自分は山の斜面を上へ登っていっている。
「あっれぇ…これ絶対奥の方に進んでるよね……」
「やっと気づいたの?」
「!!」
が振り向くと、そこには呆れた顔のキアラ。
「キアラっ!?」
「もうホンット馬鹿。どこまで行ったら気が付くんだろうってずっと見てたよ」
「ずっと!?///」
暗くても解るくらいにの顔が赤みを増す。
「……面倒だなぁ」
「!?///」
キアラはを軽々と抱き上げた。
「キ、キアラ……!?///」
「アルゼイドが勝手に街に下りちゃったんだよ。後を追いたいわけさアンダスタン?」
「むっ、無理っ今は思考不能ッ!!///」
来た道を引き返すキアラ。
は何も言わずにその顔を見つめていた。
「……どうしたの? が黙り込むなんて気持ち悪い」
「気持ち悪い言うな! ………探しに来て、くれたんだぁって…嬉しかっただけ…」
いつまで一緒に居られるか解らない。
いつまで一緒に居てくれるか解らない。
だから着いていかなきゃいけない。
ずっとキアラの側にいなきゃいけない。
あたしはキアラの荷物でしかないのだから。
「…何か、が考えてる事が手に取るように解るんだけど」
「か、勝手に頭ん中覗かないでよ///」
「……俺にもよく解んないんだよ」
「え…?」
急に、歩みを止める。
「実際、君はお荷物でしかない。…だけど……居るんだよ。明日も明後日も、俺が考えるその中に、が必ず居るんだ」
「キアラ……///」
「だから仕様がないだろう? 連れて行くしかさ」
キアラはまたため息を着いた。
「…キアラはね、影の苦労人なんだよ」
「影?」
「だって、何でも卒なくこなすもの。だけどね、ホントはものすごーく苦労してるの。アルゼイドの世話とか特に!」
キアラは納得するように「あぁ」と頷く。
「だから、あたしがいるのよ」
「が?」
「そう。あたしはキアラを支えたい。だからキアラもきっと、心のどこかでそんなあたしを必要としてくれてるんだわ」
は幸せそうに微笑む。
「……ふゥン? 何ソレ精神論? くっだらなーい」
「ひっどーいっ!! って、キアラ、口ちょっとだけ切れてるよ?」
は手を伸ばし、傷に触れた。
瞬間、傷が癒える。
「治し忘れてたの?」
「…………殴られたんだよね」
「へ?」
問いとは違う返答に、は少し反応が遅れる。
「君が走り去った後、ラゼルに殴られたの」
「殴……? キアラが…!?」
「そうだよ。だから、が心配するような事は何も無い」
「………///」
は顔を赤くして、キアラの胸に顔を埋めた。
自惚れでもいい。
馬鹿でもいい。
あたしの不安を解くために、
わざとか不意か、傷を治さずにいてくれたって思いたい。
どうか、どうか神様。
あたしは大事にされてると、信じさせて下さい――――……。
end.