待つのは嫌い
だってもう、待つのに疲れたの
ねぇ
もしあたしが、あなたを見つけられたら……。
<雪の中、キモチ>
凍えそうな冬。寒空の下。
あなたが、いた。
『何してるね』
鋭い目つきをした男が、を見下ろしていた。立ち襟のせいで、顔はよく見えない。
『幻影旅団…っていう人たち、待ってたの』
一瞬、彼は反応した。
『何の用ね』
『え?』
『ワタシがその幻影旅団よ。…何の用ね』
雪の積もる地面には腰をおろしたまま、彼の顔を見上げた。
『じゃぁ…もしかしてあなた、フェイタン……なの?』
『!』
言葉を聞くや否や、彼――フェイタンの手が、の喉元で止まる。
『お前…何者ね』
『あたし? だよ、フェイ。覚えてないかなぁ、流星街にいた頃』
は、臆する事なく話す。
フェイタンはふと思い出す。流星街にいた頃、こんな風にいつも接してくる少女がいたことを。
『…? あの、か?』
『思い出してくれた? もー、フェイったら変わってないねぇ、性格』
『…それはも同じよ』
フェイタンは喉元の手を引くと、に手を差し伸べる。
無言でそれを受け取り、は立ち上がった。
『おっきくなったねぇ、フェイ』
自分の背とフェイタンの背を見比べる。フェイタンの方が少しばかり高いようだ。
『当たり前ね』
フェイタンは素っ気無い態度を取り、背を向けて歩き出す。
『置いてかないでよー』
『来たいなら来ればいいね。ワタシに関係ないよ』
尚も歩き続けるフェイタンに、は後ろから抱きついた。
『旅団を待ってたなんて…嘘。あたし、フェイだけを待ってた』
沈黙のまま、時間が過ぎる。
は自分が悪いコトをしたかのような感覚に陥る。この沈黙はには耐えがたい。
『えっと…で、フェイを待ってて…だから、その……』
言えない。
ホントは旅団のみんなに、流星街から出て行って欲しくなかったなんて。
ホントは着いて行きたかったなんて。
ホントは、
ホントはフェイを、止めたかった、なんて。
『…、ワタシまだ仕事の途中ね。長話ならもう行くよ』
の拘束を抜け、フェイタンは一歩前へ出る。
『…ぁ………』
もうきっと、これで会えなくなる。
二度と――フェイタンに会えない。
『』
すると、フェイタンはに何かを放り投げた。
『これは……?』
部屋の、キー?
『この山の麓にあるホテルのキーね。ワタシ今そこに泊まてるよ』
『…ここで、待ってて……いいの?』
『…時間ね。もう行くよ』
そのまま、目にも見えぬ速さで、フェイタンはの視界から消えた。
「〜〜♪ 〜♪ …っよし、でぇきたvvv」
がホテルに来てから三ヶ月。フェイタンは帰って来たり来なかったりの日々。
それでも、部屋に着いていたキッチンで作るご飯は、いつだって二人分。
「今日はうまくできたからなぁ。フェイ、帰ってきたらいいのに」
「帰てるよ」
「!?」
急に後ろから声をかけられ、びくっとする。
「フェ、フェイ…っ、いつから……っ!?」
「が鼻歌歌てたくらいからね」
「も、もう、気配くらい、消さないで入ってきてよねっ。あたし一般人なんだから!」
「も念覚えるといいね。ワタシ前から教える言てるよ」
「いいよ、あたしは一般人のままでいいっ」
そんなコトを言いながら、はシチューを皿に注いだ。
「ほら、今日のはうまくいったんだっ。食べて食べて!」
フェイタンの座ったテーブルの前に、は皿を置いた。
「……」
フェイタンは無言でそれを口に運ぶ。
「…ど、どう……?」
「別に。普通ね」
そんな返事に、肩を落とす。
(まぁ、フェイに期待してたあたしも、バカだけどさぁ…)
「おかわり」
「へっ?」
いつのまにか、フェイの皿はからっぽになっていた。
「もう無いか?」
それはどことなく、無邪気な感じで。
「まさか! まだまだいぃっぱいあるよ!!」
はかなり喜んだ様子でシチューのおかわりを注いだ。
別にいいんだ。
あの日の続きが言えなくても。
フェイが聞いてこないのは、別にどうでもいいことだから。
言ってしまって、この環境が崩れてしまうのだけは嫌なんだ。
好き、なんて。
「」
急に、フェイタンはを呼ぶ。
「どしたの?」
「この前の長話…そういえば聞いてないね」
「!」
思い出さなくていいのに…。
はどこかに消えてしまいたくなった。
「言わなきゃ、だめ?」
「言いたくないなら言わせるまでよ」
そして、目にも止まらぬ速さでの後ろを取るフェイタン。
「い、痛……っ」
拘束された腕、指、爪に、フェイタンが触れる。
「言わないなら爪剥ぐよ。次は腕折るね」
「そ…っそこまでして言わせたいワケ!? いいいわよ言うわよ! ここまでして隠すことじゃないもんっ……!」
が必死に叫ぶと、フェイタンはその腕を放した。
「…言っちゃいけない気もする。だけど、やっぱり、言いたい…」
「結局何ね。早く言うよ」
「………」
フェイタンに色めいたものを期待してはいけない。だからといってこのムードにこの言葉はあんまりだ。
はますます言いづらくなる。
「言った後で、態度、変えないでね……?」
「それはワタシが決める事よ」
「………」
溜め息さえも出ない程、の気は落ちる一方。
だけど、覚悟は出来ている。
「――好きなの、フェイが。……ずっとずっと昔から、流星街にいた時から。ずっと…側でこうしてたかったの! …それだけだよ……っ」
言った。
言ってしまった。
顔を背けてしまって、フェイタンの反応がわからない。
いや、きっと反応などしてないだろうが。
「な、んか…言ってよ…」
「……知てたよ」
「!?」
返ってきたのは、そんな言葉だった。
「え、は、何、えぇ?」
「何間抜けな声出してるね。気持ち悪いよ」
「だ、だって、知ってるって!」
「それがどうかしたか?」
「いや…ううん、ただ……つーか、…フェイの、気持ちは……?」
「ワタシの気持ち?」
「だって、あたし一般人だもん。やっぱり好きな人の、自分への気持ちは気になるよ。…フェイに、理解してもらおうなんて、思わないけどさ」
「そういうのは、よく分からないね」
フェイタンは背を向けると、何故か身支度を始める。
「…フェイ? また、どこかに行くの……?」
「……」
フェイタンは答えない。
「またあたしを置いてくの? …今度はもう――帰って来ないの……?」
その言葉を言い終わる頃、フェイタンは鞄を担いで、の方を見た。
「、今日でこのホテルは引き上げね。団長命令よ」
「! クロロ、の…?」
の脳裏に、言葉が浮かぶ。
アタシトノカンケイモ、ヒキアゲルツモリナノ――?
「……っ」
「そして、これはワタシの命令よ」
「着いてくるね」
「へ…?」
「……置いていかれたいか?」
「う、ううんっ、行く行く! ちょっと待ってて!」
は半泣きで身支度を始めた。
あたしは待つのに疲れたんだ。
待つのに嫌気が差したんだ。
思い出したんだよ。
フェイは待ってても来ない。
あたしから行かなくちゃって。
だけどあの日、雪の中。
あたしはあなたに見つけて欲しかっただけだった。
見つけてくれた、あなたの手。
拾い上げてくれた、あたしのキモチ。
――信じてもいいですか?
end.