あなたに出会えた奇蹟
あなたと過ごした軌跡
あなたを愛して知った
胸の深い痛み
<Mermaid “stardust sky”>
「コイツ、暴れやがって…っ」
「やめて…離してください!!!」
月光の下、蒼い海岸、
男達が捕らえようとしているのは――
「この…人魚姫はおしとやかにしてろってんだ!!」
――美しい、人魚。
「コイツ…いい加減っ !!」
「!」
急に掴まれていた腕の力が抜け、男達はその場に倒れた。
「な、に……?」
海に流れていく、血。
人魚はワケも解らず、ただ海辺に座り込んでいた。
「…人魚か」
「!!」
ふと後ろから聞こえた声に反応し、振り向く。
「あな、た…誰……?」
そこには、黒尽くめの男が立っていた。
「…盗賊よ」
「盗賊?」
「団長からの命令で、お前を盗みに来たね」
「でもあなたはこの男達からあたしを助けてくれたわ」
「盗まれては堪らないからよ」
「…でもあなたはこの人たちとは違うわ」
この人魚は何を言っているのか…
男――フェイタンは理解に苦しみながらも、人魚に近づく。
「お前、名前は?」
「――」
蒼い人魚――は、とても美しく笑った。
「人魚はね、人の心が解るの。あなたはどうしても悪い人には見えない」
「ワタシは悪い奴よ」
「でも違うわ」
「……」
の言葉にむっとしたフェイタンは、その白い肌に手刀を入れる。
「痛…っ」
「これでもか?」
「……」
は腕の傷を抑えながら、体を起こし――
「!!」
フェイタンに口付けた。
「…なんのつもりか」
「さぁ、解らないわ。…だけど、あたしはどれだけの傷を負っても、あなたを信じたい」
「…お前、変な奴ね。何考えてるか解らないよ」
「解らなくなんか無いわよ。…ただあなたに一目ボレしただけ」
「一目ボレ……?」
鸚鵡返しに言葉を返すフェイタン。
当然その意味を知らない。
「あなたが好きって事」
「……」
依然、ワケの解らない表情をしながらも、
フェイタンは、綺麗な笑みをする女だ、と感じた。
「ねぇ、あなたのお名前は?」
「…フェイタン」
「ねぇフェイタン。…あたしの一族のご先祖様はね? 昔、溺れてた王子様を助けたんだって」
は海に還り、星の輝く空を見つめた。
「でも王子様は人間だから。…その人魚は人の足を欲しがったの。その美しい声を失って」
「それで、どうなったか?」
「…自分が人魚だって気付いてもらえなくて…泡になって消えちゃったの」
は海水をすくって虚空に投げた。
「王子様を殺したら、人魚は生きていられたのに…その人魚はそうはしなかったの。…何故だか解る?」
「…ささと殺せばいい事ね。ワタシには理解できないよ」
「うーん…それが解れば、あたしの気持ちも解ってくれると思うんだけど」
は少し残念そうに微笑むと、フェイタンの方を向きなおした。
「…じゃぁ、フェイタンには聞かせてあげる。…あたしの一族に伝わる、唄」
は大きく息を吸い、メロディを奏で出した。
『――Miss you… Need you… love you…
Blue Mermaid――』
「!!」
その場に響き渡る唄に応え――
「…見事ね」
星が、流星群のごとく流れ出した。
「この唄はね、自分が認めた人にしか聞かせちゃ駄目なの。…あたし、フェイタンが好きだよ」
はそれだけ言い残し、海の奥へと消えていった。
「……」
フェイタンは、クロロがを欲しがる理由を理解すると共に、
の言葉の意味を考えていた。
「…お前、人間に掴まりかけたようじゃないか」
「! お姉様……」
国に帰り、は姉に見つかった。
「大丈夫よ。素敵な方に助けて頂いたもの」
「…じゃぁその腕の傷は何だ?」
は腕を抑え、俯く。
「……これは…」
「、私が千里眼を持っているのは知っているだろう?」
「……はい」
傷を抑える腕に力が入る。
「…私が本当に求めていたのが、この千里眼ではなく…お前の力であることも、知っているな…?」
「………はい」
「――!!」
返事を返したの頬に、姉は平手打ちをした。
「あの男に言った言葉…『あたしの一族に伝わる』? ふざけるな!!!」
は頬を抑えながら、姉を見つめた。
「…嘘ではないわ。…唄自体は、代々伝わってきたものだもの」
「黙れ!! 力を使えるのはお前だけだ。……この国の姫は、その力を持つお前だ!!!」
姉はを突き飛ばすと、きびすを返した。
「私はお前を認めはしない…だが、国は姫であるお前を失うわけにはいかん……解るな? 分を弁えろ」
姉が宮殿の奥に消えたのを確認し、は涙を流した。
「…フェイタン……っ」
そしてもう一度地上へ――フェイタンの元へ……
「――…そうだ。お前ならできるだろう?」
『当然……』
宮殿の最奥、の姉の声と、女の低い声が響く。
「お前の罪は全て許す。…の声を奪って来い」
『ふふ……我は伝説の魔女と呼ばれた女ぞ? 容易い事よ……あはははははっ!!!』
「……声が無くなれば、唄は歌えまい……声は無くとも姫ではいられるからな。…くっくっく…」
そこには卑劣な笑い声が響いていた…
「……」
は海面から顔を出し、辺りの様子を伺った。
「フェイタン……?」
「また来たのか?」
声の方を見ると、フェイタンは岩場に座っていた。
「フェイタンこそ、まだいてくれたんだね」
「当たり前よ。お前連れて帰らないといけないね」
「……連れて帰らないの?」
は岩場まで移動すると、岩場にもたれた。
「…は海にいるのが似合うね」
「! 今、初めてって呼んでくれた?」
は輝くような笑顔でフェイタンを見上げた。
「…ここで、の言てた意味、考えてたよ」
「え…」
「『好き』て意味ね」
フェイタンはの頬に触れた。
「ワタシは――」
その時、
「!! 海が…鳴いてる……」
は海の異変に気付き、辺りを見回した。
波は不規則な動きでうねり、一定の調波が続く。
「!!」
『……久しぶりじゃないかい? …様?』
その中から現れたのは……
「あなたは…魔女…!? どうして…あなたは宮殿の最奥へ封じられていたはず…」
『お前の声を頂きに来たんだよ。…お前の姉からの命令でね!!』
「!!」
目を見開くの腕を、フェイタンは掴んだ。
「お前、何者か」
『はっ、人間には関係ないよ!!!』
魔女の声に、水は形を変え、矢のように降り注いだ。
「、掴まるね」
「わっ!」
フェイタンはを抱きすくうと、岩場を飛んで陸へ上がった。
「ここにいるね」
そのまま浜辺にを置くと、フェイタンは魔女へ向かって行った。
「! 駄目っ、フェイタン!!!」
『関係ないと言っているだろう!!』
「!!」
魔女から発せられる黒い気に弾かれ、フェイタンは海へ叩きつけられる。
「フェイタン!!! …きゃっ!!」
海へ潜ろうとしたを、水の鎖で宙に掴まえる魔女。
『ふふふ…』
「!!」
海から顔を出すフェイタン。
しかしフェイタンもまた、海の中で鎖に繋がれていた。
『男よ、お前は人魚姫の美しい唄を奪う方法が解るかい?』
「ハ、興味無いよ。それより早くこの鎖外すね…!!」
『ふん、黙って見ているといい』
「!!!!」
魔女はそう言うと――と唇を重ねた。
「……っ!!!」
だんだんの瞳に光が無くなっていき、気を失ってしまった。
「お前…に何したか…!!」
『ふふ……声を吸い取ってやったのさ。ショックで気を失ったようだね』
「……」
そして、の頬に、一粒の涙が溢れた。
「お前…許さないよ」
フェイタンからオーラが大量に発せられる。
『ほう…お前もとてつもない力を持っているようだねぇ…』
言って、今度はフェイタンに近づいていく魔女。
「――おやめなさい」
「!!」
魔女はその声に驚き、の方を振り向く。
「…?」
フェイタンは目をこらしてを見た。
に被って、何か違う存在が見えていた。
『お前は…の一族の…!!』
「…人魚姫か…?」
人魚姫は頷くと、の体に乗り移った。
『!!!』
瞬間、とフェイタンを縛っていた鎖が解け落ちる。
「――もう二度と……あなたの思い通りに事は運ばせない」
人魚姫は、の体を使い、大きく息を吸った。
「――想いは 海より深く 祈りは 空より高く
胸の切なさに 降りつもる星のかけらよ…」
『な、何…っ』
魔女の動きが止まり、空からは流星群が輝きだす。
「――くちびる 触れあう度に 愛しさ 辿った旅路…」
『あ…あぐ……ぎゃぁぁぁっ!!!』
星の光が魔女を包み、苦しみもがく。
「――あなたじゃないなら そっと 泡のように消えるわ
Kiss me… Hold me… Feel me… ――Blue Mermaid」
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』
光は魔女を包み込み、完全に消滅させた。
「……」
沈黙は続き、フェイタンは岸に上がった。
「お前…が話してた、昔の人魚姫か?」
「――ええ…」
と人魚姫の声が重なるように響く。
「――私は、の強い願いでこの世に降り立つ事ができました。…魔女への怒り、悲しみ………そして、命を捨ててでも、魔女を葬りたいという…の決意」
「!」
フェイタンの表情が変わる。
――泡になって……
「まさか…」
人魚姫はフェイタンの言葉に頷く。
「――あの唄は、“消滅の唄”…消えるのは、己が身も同じ事」
「何故…何故が消えなければならないね!!」
「――が望んだからです」
人魚姫は悲しそうに俯いた。
「――私も、邪悪な力を持つあの女の血を絶やさなければいけませんでした……私の愚かな過ちが…にこうして降りかかった事は、とても悔いきれるものではありません。けれど…は私を許してくれたから……後悔は、ありません」
「そんなもの…お前の自己満足ね……ッ」
悔しそうに、マスクの下の瞳が細くなる。
「――……魔女が消えた事で、の声も戻りました。……別れを、してあげてください…」
そう言って、半透明の姿がから離れ、不鮮明な気配が消え去った。
「……」
すっと、の瞳が開く。
「……フェイタン…」
後ろめたいような目で、は目線を逸らした。
「…ワタシは……やと、お前の言てた意味が解たよ」
愛する者の死より、自らの死を選んだ人魚姫――…
「ワタシは、…を愛しているね……」
「フェイタン……」
の頬を、涙が伝う。
「有難う……でもね…? あたしはあなたの側に…もう、いられない」
そう言ったの尾びれが、徐々に泡と化していった。
「あなたはあたしの気持ちを理解してくれた…その感情に気付いた…あたしはそれだけで充分よ」
フェイタンが好きだったの笑顔は、なんとも悲しげで。
「何故…人魚はこうも自己満足か……」
「自分の気持ちを貫くからよ」
は泡になっていく自分の体を見つめた。
「あなたはあたしに縛られては駄目よ。その気持ちがあれば…あなたはきっと、本当に愛せる人を見つけられるから」
「ワタシにはだけね!! …以外、愛せないよ」
「あなたなら、大丈夫よ」
そのの微笑みは――とても安らかだった。
「だから…あたしの事は、忘れなさい……」
すぐに悲しそうな笑顔に戻り、手を前に組んで、息を吸う。
『――あなたは 誰かを愛し
私はあなたを 許し
青い海の底 いつか眠りにつく日まで――』
「……ッ」
フェイタンは急に頭痛を覚え、その場にひざを着く。
「や、めるね………ッ」
フェイタンは理解していた。
この唄が、何の唄かを。
『――想いは 海より深く 祈りは 空より高く
胸の切なさに 降りつもる星のかけらよ
くちびる 触れあう度に 愛しさ 辿った旅路
あなたじゃないなら そっと 泡のように消えるわ――』
「やめるね!!!」
それはきっと――“忘却の唄”。
『――So long… Goodbye… Over…
――Blue Mermaid――』
「……ッ」
の震える声を聞きながら、フェイタンは一瞬のような眩暈に侵された。
「……」
涙を流しながら微笑み、そっと泡となったを、呆然と見つめながら――…
「…………」
フェイタンはそっと頬を触った。
濡れていた。
それをすぐに海水だと思った。
「……何故、こんな所にいるか?」
「忘れたなんて…言わせない……」
海から聞こえた声に、フェイタンは振り向く。
「国の姫を殺して…忘れただと……? ふざけるでない!!!」
海から殺気立って飛び出てきたのは――蒼い人魚。
「よく解らないが…――多分、ふざけてるのはお前の方ね」
フェイタンは閃光のごとく、人魚を葬った。
ここ数時間の記憶が無い。
ただ、
「……」
心に広がる虚無が、訳も解らず広がる一方で……
「フェイタン、帰ったのか」
「……団長」
「? お前、人魚はどうした? 見つからなかったのか?」
「人魚? ―――何か、それ」
二度と思い出すことは無い。
二度と涙する事は無い。
ただ広がっていく虚無が、それを物語るように――
それは彼女が望んだ最期の願い。
――あたしの全て、泡となって――………
end.