市場から溢れる笑顔。

荷馬車から顔を出し、手を振る子供たち。


は手を振り替えし微笑んだ。



「活気付いてるね〜! こういう街好きだなぁv」

フェイタンとは、ジャカルタへ仕事に来ていた。



「ワタシは苦手ね…」


「むしろ、そんなカッコでよくこの暑い中いられるねー。脱げば?」


「ワタシはの格好のほうが信じられないね。…お前、露出狂か?


「んな……っ!!」















<君を迎えに行こう>
















直後、市場には銃声にも近い音が響いた。


「信じらんないっ!! 流行の最先端を行くファッションリーダーに向かって、言うに事欠いて『露出狂』だとぉ!?」

はキャミソールの上にタンクトップのベストをだらしなく着、ホットパンツをはいていた。


そんなの張り手をまともに食らったフェイタンは、怒りのオーラを放つ。



「……死ぬ覚悟はあるか?」


「ありませン。そっちが死ね」


「解たね。一瞬で殺してやるよ」



「お前らいつまでやってんだ…?」


ストップに入ったのはフィンクスだった。

忘れられていたが、実は初めからこの三人で来ていたのだ。



「ふん、フィンクスに免じて許してあげるけど。ま、とにかくあたしの邪魔だけはしないでよね」

「それはこちのセリフね」

(ったくよぉ…もうちっと仲良くできねぇもんかねぇ)





市場の真ん中で、三人は別れた。

はこの街の街長を殺しに。

フェイタンは丘向こうの盗賊を始末しに。

フィンクスは川を越えた先にある山の麓に住んでいる除念師を拉致しに。






は街長の屋敷まで荷馬車に乗せてもらっていた。

(ホントあたし可愛くない女…あんなこと言いたくないのに…)

「どうかなさいました?」

急に話しかけられたのは、目の前に座っていた少女。

「…何が?」

「浮かない顔をされていましたから」

「…アンタみたいなガキには解んないの。あたしは大人の恋をしてるのサ」

すると、少女はくすっと笑った。


「……生意気なガキね」

「では、そんなお姉さんに。…Jauh di mata dekat hati.」


少女は急に言語を変えた。


「何それ?」

「この国の言葉で、『目では遠いが、心では近い』…という意味です」

「…そういえば、あたし達会話してる……」

「私、5つの国の言葉を勉強してますから。お姉さんより頭はいい…」

「あーホント頭いいガキって嫌ぁねぇ〜」

は少女の頭をぐりぐりと撫で回した。

「あ、あぅっ」

「一人前に人の心配なんて……ま、ありがとサン」

手を止め、笑う

少女も微笑を返した。









「ここが街長のお屋敷かぁ…」

はあまりにも大きすぎるその屋敷に圧倒されていた。


「まぁいいや。とっとと始末しよ」

言って、チャイムに手をかける。

軽い音が響き、直後、中から侍女が現れた。


「はい?」

「あ、すいませ〜ん。あたし、街長に用があってきたんだけどサ、いる?」

「あいにくですが、親方様は2、3日戻られません。よろしかったら、こちらでお待ちになられますか?」

「いいの? じゃぁ、お言葉に甘えて〜」


は侍女に招かれて、屋敷の中へ案内された。







「っはぁ〜〜何でいないのかなぁ〜っ」

は用意された部屋のベッドに横たわる。

今回の仕事は、ターゲットが一番近いが連絡係となっている。

本当は、手早く街長と侍女を殺し、屋敷に潜伏して行う予定だった。

の念は回復系なので、怪我を治す係りでもある。

今の所連絡は無く、まだ誰も怪我していないようだが。



その時、の元に、フィンクスからの連絡が入った。


『おう、。お前もう片付いたんだろ?』

「それがさ〜、街長いないんだよね。しかも手厚いお持て成しされちゃってさ〜」

『…なんっかムカつくけど、とにかくそっち終わったら手伝いに来いよ』

「なんかあったの?」

『除念師の親父がよ、すげぇ女好きで、「女じゃなきゃここを動かん」とか言い出しやがって…仲間に女がいるからって言っても聞かねぇんだよ』

電話の向こうからフィンクスのため息が聞こえた。

「ん〜…除念師は無傷で連れて来ないといけないんだよね…死体なんか持って帰ったら、シャルが怒っちゃう。…解った。2、3日頑張って」

『あ。2、3日あるなら、その間にフェイタンの方に行ってやってくんねぇか?』

「へ? 何で?」

『さっき連絡あってよ。急に電話で怒り出しやがって。何かやつらのアジトに念で結界張られてて、入るに入れねぇし、あげく無理して腕折りやがったんだと』

「はぁっ!? 何それ聞いてない!!」

は携帯に向かって大声で叫んだ。

『そ、それがよ…結界も怪我も、のが専門だろうがって言ったら、「露出狂に頼る程落ちぶれていない」とか言い出して…まぁ、大丈夫とは思うけど一応…』



「絶対行かない」


は携帯を持つ手を震わせる



「誰があんな変態どSの怪我なんて治しに行ってやるもんかぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「いぃっ!? 耳痛…」


フィンクスの言葉をさえぎり、は携帯の電源を切る。



「フェイタンの馬鹿野郎…絶ぇっ対、手伝いになんか行ってやるもんか!!」

は勢いよく布団をかぶり、そのまま眠りに着いた。








「……」

夜中、寝息を立てるの部屋に忍び寄る影。


「ぅ、ん……」


そして、その手はの首へ。

「!!」

はその感覚に目を覚ますが、苦しくて声が出ない。


(やっ…何……っ!?)

首を絞める手は、どんどん強くなっていく。


(ちくしょ…これがもしフェイタンの悪戯だ、とかな展開だったら…許さんっ)

は右足を大きく振り上げ、相手のわき腹に思い切り打ち込んだ。


「ぐっ……!!」

声は、そのまま手を離して、大きく後ろへ距離を取った。



「…誰っ!?」


は素早く立つ。すると、相手は部屋の電気をつけた。


「! アンタは…っ!?」


そこにいたのは、荷馬車で会話を交わした、あの少女だった。


「何で…アンタがここに…」

「…お姉さんは、やっぱり頭悪いんですねぇ」

の問いに、少女は笑いをもらす。


「――私が、ここの街長なんですよ」

「!」

少女は、妖しい笑みを浮かべた。


「お姉さんが私を殺しに来ることは、私の占いで知っていました。この力を無きものにしようと来た事も」

「…アンタには、仕事いっぱい邪魔されてるんでね」


は苦笑いを浮かべると、体制を整えた。

同時に、侍女達が戦闘服を着てぞろぞろと現れる。


(やばいな…)

は、決して戦闘タイプではない。

クロロからそれなりの戦い方は教わってきたが、これほどまでに緊迫した実戦は初めてだ。

元々、暗殺には長けていたものの、多人数で、しかもこんなにも明るいと、力は半減以下。

とにかく、少々の怪我は仕方ない。それを犠牲に、暗闇を作ろうとは考えた。


(部屋は密室状態…外に出られる可能性は低い。なら…)

は天井の照明に狙いを定め、思い切り床を跳んだ。


「お姉さんの手は読めてます」

少女の声を合図に、侍女の何人かがの後を追い、手にしたナイフで切りつけてくる。


「っ……!!」

それを何度も何度も繰り返し、はその激痛に、照明の手前で落ちてしまう。


「弄り殺されるのがお好きですか? なら、お望み通り…」




「…いい子ちゃんの欠点そのいーち。…己の、過信」


「!!」



が、冷や汗を浮かべた笑顔で微笑むと、急に照明は音を立て割れ落ちた。


「なっ……」



「一つの可能性にしか、突っ走れない…いい子ちゃんの欠点そのにー。」



闇が、訪れる。



「な…何なのですか!? どうして、私の占いに狂いが…!?」

「アンタの力は、純粋にあんたの血の力。全く異なる『念』には、影響を受けない」

「念…!?」


「――あたしの念…『半径5mの罠(ファイブ・リーチ・ボム)』は、半径5m以内に爆弾を設置できる。…ま、一斉爆破しかできないんだけど」

「!」

少女は暗闇の中、慣れない目で必死にを探す。



「ねぇ知ってる? 今あたしを中心に、全員5m枠に収まってんだよね」


「!? み、みなさん、早く逃げ…!!」


「――それじゃ。……あたしのが賢かったって事で」



暗闇に響いたのは、




爆音。










「………」


は、流血する横腹を押さえながら、必死に野道を歩いていた。


「…っはぁ……」


本当は、歩くのすら無理に近い。



「ホント…あたしってば、可愛くない女で…要領悪いなぁ…」

うつろな目で、必死に前を見据える。



「…Jauh di mata dekat hati…か…」



――目では遠いが、心では近い……



「はっ……こんなんなってからじゃなきゃ…素直にもなれないのかって…あたしは…」

止まりそうな足を、一歩一歩踏み出す。



「やっぱりあたしは…あんたに会いたいんだよ……フェイタン……」




やっぱり明日は、あの丘を越えて。

君を迎えに行こう。

距離がどんなに遠くても。

心は近くにありたいと、切に願うから。




「フェイ……タ………」


は足をもつらせ、倒れた。


見上げる空。掴めそうな星は、眩しいばかりに輝いていて――……









「…起きるね、露出狂」



フェイタンは、そこにいた。

まるで、がここに来る事を解っていた様に。



「気絶なんてガラじゃないね。お前が倒れてると吐き気するよ」

言いながら、の頭を踏みつける。

に反応は無い。



「……早く起きるね…」

フェイタンは、折れた手を気にしながらを担ぐ。




「早く起きて、仕事も終わらせて…早くいつもみたいに言い合いでもするよ」


足を止めたの代わりに、フェイタンがまたそこから足を踏み出す。




は元気じゃなければ可愛くないね」



気を失っているに、フェイタンの本音は響かない。

だけど彼女は覚えている。


彼の背中の温もりを。





そして、








知らぬ間に心に広がる、暖かい宝物を。













END.