愛したくない







愛されたくない









生きるために必要がないもの









捨てて私は生きていく―――――……














<さよなら>














「今日は新しい団員を紹介する」

クロロのいきなりな発言に、仮宿の広場はざわついた。



「ちょっと、聞いてないよ」

「当たり前だ。今日決めた」


マチを軽くあしらうと、クロロは入口に目線を移す。




「入れ」




その言葉に、広場へ入ってきたのは、黒髪で黒い瞳の、





「紹介しよう。――だ」





どこにでもいそうな――でもとても美しい少女、だった。





「彼女は特質で、自分の念を相手に打ち込む事によって、人体を内部破壊できる」




「へぇ…期待できるね。よろしく、

そう聞いて、シャルはに手を差し伸べた。







「…馴れ合いをしにきたんじゃない」







それが、が始めて口にした言葉。

はシャルの手を無視すると、そのまま広場を抜け出し、自室へ向かった。




「感じ悪い子だね」



「それもしかたないだろう。…数時間前まで、何も知らない高校生だったのだから」







「「「「「 …はぁ!? 」」」」」








クロロの言葉に、団員は目を丸くする。


「俺はが欲しかった。そのためにあいつの両親を殺した。…ただの女子高生が、明るく振舞えるはずもない。まぁ実際、の家は暗殺家だったんだが、はその事を知らない」




「何でそんな面倒くせぇ事するんだよ?」



「欲しいものは奪い取る。…それだけだ」








  








「は、が…ぐはっ!!!」



「……五人目…」





今、の前で、男が真っ二つに弾け飛んだ。

今回のターゲットだ。




「終わたか?」




別の場所から、フェイタンがやってきた。

フェイタンは今回のペアだ。




「………」

はフェイタンを無視してその場を去ろうとする。






「…待つね」





その態度が気に食わなかったのか、フェイタンは眉間にしわを寄せながら、の手を掴んだ。




「終わたか聞いてるよ。無視とはいい度胸ね」














「…………触らないで……っ」




「!」








急に、は小刻みに震え出す。
はおぼつかない足取りで近くの木の根元へ座り、胸を抑えた。



「やめて……触れないで、関わらないで…」


「…どしたね」


の変な様子に、フェイタンも調子が狂う。








「私――対人恐怖症なの……っ」





声まで震え出したは、息を切らしながら言う。








「私ホントは知ってた……ママとパパが、暗殺家だって」

「!」





「私は……暗殺の全てを学んだわ。その過程で念だって覚えた。……そしていつからか、人との関わりが恐ろしくなったの。殺す事しか知らなかったから、殺さない人との関わりが怖くなったの……っ!!」






今日は、薬を持っていない。




の症状は、悪化を辿る。







「早く…早く殺してよ……あなたなら殺せるでしょう!?」










「お前殺れば、団長怒るよ」




「!」




そして後ろから、そっと、



フェイタンはを抱き締めた。




「………な、に…?」




心臓が、ばくばくいってる。

でもなんか、呼吸は落ち着いてきてる……?







「皆、お前殺すつもり無いね。死ぬ必要も無いよ。……早く帰るね」


「……」




フェイタンの差し出す手を、正直に受け取り、


二人はその手を離す事なく、仮宿に戻った。


















そして、月日は流れた。



「……フェイー…」

「何か?」

「眠れない」



今、広場では男連中が宴会騒ぎをしている。
広場に一番近いの部屋は、その騒音で眠れたものじゃない。



「……ここで寝るといいよ」


「ホントに? ありがとーっ」


フェイタンの指さすベッドには向かわず、フェイタンが座っているソファーに腰掛ける




「…こちじゃないよ」


「こっちがいいの」


そう言って、はフェイタンのひざの上に寝転がった。



「おい…起きるね」





と、言ってももう遅い。
はすでに寝息を立て始めた。





「……好きにすればいいよ」


フェイタンは溜め息を一つ吐き、ブラウンの画集に目を移した。





その時、



ばんっ!




「…よーフェイっ! お前も一緒に飲まねーか……って」


酒瓶片手に、フィンクスが思い切り扉を開けた。





「お前……っ!? 何、何でっ!?」








「……静かにするね。起きるよ」





フェイタンが睨みつけると、フィンクスはにやりと嫌な笑みを残して部屋を去った。





「……」




この後、この話が彼らの酒のつまみになる事は、フェイタンも予想していた。



 






 










 











『――蜘蛛に入れ』



何?



『――お前は表では生きられない』



何なの?



『――入らないなら、お前の念を奪う』



!?



『――蜘蛛に入るか、守りを失うか…どっちがいい』







選ばせるつもりなんか







ないくせに。






 










 














「――……」

目を開けると、フェイタンの背中が映った。
いつの間にかはベッドに移され、フェイタンはその横でまだ画集を見ていた。




「…起きたのか? まだ夜中よ」




の気配を感じ、フェイタンは視線を反らさず言う。




「…フェイ、寝ないの?」

「お前いるから寝れないね」

「隣来ていいよ?」


は枕をぽんぽんと叩く。






「…ワタシが嫌ね」


フェイタンはベッドから飛び下りると、部屋を出ようとした。




「どこ行くの…?」


「お前の部屋で寝るよ」






ぱたん と、扉は閉まった。







「…また、怖い夢…見ちゃうよ…」





ぽたぽたと、涙が落ちる。






部屋に来たのは、騒がしくて眠れなかったからじゃない。





側にいて欲しかっただけ。





「…フェイ……」






一度も目を見てくれなかった。












メイワクだった……?












――ワタシが嫌ね――……





何故かその言葉だけ、の心に響いて離れなかった。











一方、クロロの部屋は静まり返っていた。

「……」





――の奴、フェイに膝枕してもらっててよー!!



「……っ」




フィンクスの言葉を思い出し、クロロは握り締める手に一層力を込めた。









「誰にも渡さない―――……」







黒く






黒く







闇が染まりゆく。












 
















 


次の日。

はフェイタンとペアを外され、ウボォーと組むことになった。




(つまんないの……)




他の団員とも笑顔で会話できるようになっただったが、フェイタン程気を許せる者はいない。




「おう、どうした、。何かいつもより暗ぇ顔してねぇか?」


「いつもより、は余計。…何でもないよ」








とっとと終わらせて、フェイの部屋に行こう。













「――、後ろ!!!」


「!!」

言われて振り返れば、飛びかかって来る一人の男。






「ちっ……   ――!?」








念が……発動しない…!?















――――――――ぱぁぁんっっ



「!?」



男は、塩酸の入ったビンを――に投げつけた。





「っあぁぁぁっっっ!!!!」





!!!!!」




何とか右腕で防いだものの、錬さえも使えなかった右腕は使い物にならないくらい赤くただれている。




「痛……っ」

っ! 大丈夫か!?」



ウボォーは素早く男を殺すと、の所へ駆けつけた。




「すぐ戻るぞ!!」



ウボォーはひょいとを姫抱きにし、猛スピードで走った。




















「――…何してるか」


マチの手当てを受けていたの横で、フェイタンは呆れたように言った。




「別に…」




、右腕だけ“絶”にして」

「えっ……」



はそう言われてどきっとした。



? どうした?」


「えと…あの…――できない…」






言えない。






「…何で?」






念が使えない、なんて。






「言えない…」






言ったら……






「どうしても?」






蜘蛛から、






「…――どうしても」










フェイタンの前から消えなきゃいけなくなるから―――……









「…分かった。じゃぁ痛いの我慢してな。消毒はしてるから」


マチはそう言っての部屋を後にした。




「……」




フェイタンは何も言わず、ただその傷を見ていた。


「フェイ…私…」

「お前何考えてるか分からないよ」






え……?






「…、団長に呼ばれてたね。ささと行くよ」







「……」

そのまま部屋を出たフェイタンの言葉に、はまた涙した。
















ホントは分かってた。

気付いてた。








念が使えない理由。









誓約を破ったから。


















愛したくない







愛されたくない









生きるために必要がないもの

















愛す事などきっとない。







愛される事だってありえない。









人と触れ合う事、










こんなにも恐れてる。











だから私は誓約をつけた。



















―――――決して人を愛さない。









「私は……っ」











私はフェイを、



















―――――――愛してしまった。









 


「…クロロ? 入るよ…?」


恐る恐る、クロロの部屋を開ける。


「クロロ…?」

見渡しても、部屋のどこにもクロロはいない。


「行き違いになったかな――」






ばたんっ






「!」

振り返ると、クロロが扉を閉めていた。



「いたんだ?」



「気配を消したつもりは無いが」



は少し反応する。

もう念は使えない。


気配なんて解るはずも無い。



「…念が使えなくなったようだな」


「!」


一瞬でバレ、は目を反らした。




「…そうよ。だったら何? 蜘蛛抜けさせてくれるの?」




は未だに、クロロだけは嫌いだった。

自分の親を、仕事だからといって殺した張本人だ。
他のみんなのようには、一緒に笑えない。








…――俺の女になれ」


「!」


いきなり、抱き締められる。


「な、何のつもり……っ」






「そのためにお前の親を殺した」






「―――!!」









そのため?




仕事じゃないの?












じゃあ、私のせいで、






二人は――――……












「…っ嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」



「っ! !!!」






はクロロの部屋を飛び出した。






















「………?」



「! フェイ……」


いつの間にか、は広場まで来ていた。






「フェイ……、も…私…どうしたらいいか分かんない……っ」



そしてはその場に泣き崩れた。















「――落ち着いたか?」

フェイタンの部屋に着く頃には、涙は止まり始めていた。



「……話…聞いてくれる……?」



フェイタンはこくりと頷き、にコーヒーを淹れた。



「私は今まで、殺す事しか知らなかった。…必要としなかった。殺さないのに関わりを持つのが怖くなった。
…だから私は嫌だったの。――殺しちゃいけない人ができるのが」



フェイタンはコーヒーカップを手渡すと相槌を打つ。



「…誰かを愛してしまう事が、どうしようもなく怖かった。
…――こんなことなら、初めから入団しなきゃ良かった……っ」


そこまで言って、また涙が溢れ出す。


「…どういう意味か」














「――――私はあなたを愛してしまった」










蜘蛛の足が、解けゆく。









「だから私はもう…戦えない。…蜘蛛に、いられない……っ」




あなたを愛してしまったから。








「…何故戦えないね。理由にならないよ」


「人を愛してしまった。……誓約を破ってしまった。だから念が使えないの。…だから、この腕は治らないの」


は右腕を上げる。


「念が使えない幻影旅団の団員なんてお荷物よ」








あなたの側にはいられない。


――あなたを愛してしまったから。







 


「初めから…フェイに出会わなかったら良かったな…、クロロに念を奪われておけば…こんな気持ちにならずにすんだ……、どの道私はこうして、念を失うんだから」





静かに



静かに




涙はこぼれる。






「…ワタシはにとて、いなかた方が良かたのか?」

「違うっ!!」




は力いっぱい否定する。





「…私がいなきゃ、良かったの」





そして、フェイタンに背を向ける。
















「―――――さよなら」


















「待つね」

フェイタンは乱暴に腕を掴むと、を壁に押し付けた。


「痛っ!!」





が行く必要、ないね」





「どうしてっ!? 私…戦えないんだよ!?」

「蜘蛛なら勝手に辞めればいいね。それとこれ、話が別よ」





押さえつける手を離し、



「!」



フェイタンはに、キスをした。








「ワタシの側にいるといいね」


「……イミ、ワカンナイ」








「ワタシだて、愛してるよ」


「!!」







「ワタシが守るね。だから側いるよ」




















「――…はい」





は涙を落としながら笑った。




 









「でも、じゃぁどうして最近冷たかったのっ! 私傷ついたんだから!」

がワタシの気持ち気付かなくてむかついてたね。八つ当たりよ」

「八つ…っ、まぁ、いいけど…」

















『――クロロへ。


まず、
ごめんなさい。


あなたの気持ちはとても嬉しいものだと思うけど、

やっぱり、ママとパパを殺した事は許せません。



それに私は、

フェイが好きだから。



蜘蛛は辞めます。

念が使えない私は、使い物にならないから。


いろいろ、ありがとう。



――――――より』







「……」

置手紙を見て、クロロは微笑んだ。

自分を嫌っていたが、自分に置手紙を残して去っていった。


それだけで、気持ちは充分になってしまったからだ。








「ここまで本気になったのも、…久しぶりだったな」






















フェイはその後、自分の家に私を連れ帰った。




そして、毎日語ってくれた。







私はいていい存在だってこと。








私にはもう、念なんて必要ないこと。

















――――私たちに、さよならなんてないってこと。















が嫌になても、ワタシは一生手放す気ないね。――覚悟するといいよ」






















大丈夫だよ、フェイ。











だってその覚悟、




あなたにだって、必要かもしれないよ?









fin.