後に残るは 不快感
『――ありがとう』
どうしようもない、苛立ち
『ほら、殺していいよ?』
だったらオレは――どうすればよかった?
<遅すぎた告白>
何で私はここにいるの?
どうして生きてるの?
どうして…殺してくれないの。
「朝だよ、」
相変わらず今日も、抑揚の無い声に起こされる。
「、オレ仕事行くから、起きてもらわないと困るんだよね。…起きてるんでしょ?」
「……はいはい」
言われて私はベッドに身を起こした。
「じゃあ、戸締りよろしく」
「待って」
私の声を背に聞いて、イルミは立ち止まった。
「今日も――殺してくれないの?」
もう、何度目だろう。
「言ったろう? 殺してあげない」
同じセリフ。
イルミが部屋を出て数分後、私はテレビの電源を入れた。
『――政治家の氏が殺害されてから三日、未だ、娘の=さんの姿だけが確認されず――』
父さんや、家族みんなが殺されてから、まだ、三日しか経っていない。
仕事でみんなを殺したのは、暗殺一家ゾルディック家の長男だという、イルミ。
実際、私が知らなかった世界には、そういう裏というものが必ずあって…。
「別に、私は…」
憎しみなんて、ない。
元々、私はあの家に居場所がなかったから。
イルミはある意味、私を救ってくれた。
だけどどうして――私だけ殺してくれないの?
イルミの仕事はきっと、家の……父さんの血縁者全員の暗殺。
だから今、私が生きているのは変だ。
私を殺す事も、イルミの仕事の内なのに。
『――それでは次のニュースです――』
テレビの電源を消すみたいに、私も消せたら…簡単だよね。
「あぁあ。イルミが殺ってくれたら…痛みもないんだろうに」
殺してくれないなら…――自分でやるしか、ないでしょう…?
「――――……」
光が、まぶしい。
あれ?
何で、光なんて見えて…
私――手首切ったのに。
あぁ、そっか。ここは…
「天、国…?」
「現実だよ、」
「!?」
声と共に、視界にイルミが映る。
「イ、イル…っ!? ど、して……」
「仕事の日取りが変わったから今日は休み。…こそ、何をしたんだい?」
包帯の巻かれた左手首を、イルミは見つめた。
「事故とか、そんなんだと思ってる? 違うよ、自分で切った」
「何で?」
「イルミが殺してくれないから」
「殺してあげないって言ったよね?」
「だから自分で切ったんだってば」
イルミに負けず、淡々と言い返す私に、イルミは黙り込む。
「もう、分かんないよ。…どうして、私生きてるの?」
「どういう意味?」
「イルミは私も殺さなきゃ…いけないんでしょう?」
駄目、声が…震える…。
「…知ってたの?」
期待通りの答え。
なのに、殺してはくれないんだ?
「…三日前、パーティーで丁度集まってたみんなを…殺してたイルミに、恐怖はなかった」
その存在に、強く、焦がれた。
『……』
振り向いた表情に、感情はなくて。
『…誰?』
だけどそれは、私も同じ。
『オレ? オレは殺し屋。知らない? ゾルディック家って』
大金持ちの政治家の娘が、そんな世界、知るはずもない。
大事に大事に育てられて、親の敷いたレールを歩いて。
ちょっと踏み外して、寄り道してみただけで、帰ってみたらレールの続きは無かった。
親は一瞬にして無関心――そんな人生。
ねぇ、それから、二人の事をたくさん話したよね?
ゾルディック家の話。
家の話。
たくさんの見知った死体の中で、イルミの声や私の笑い声が響いてた。
何でかな。
あなたには、私と近いものを感じた。
私は、親のレールから抜け出して、道をなくしたけど。
あなたはまだ、レールの上。
抜け出そうとも、そのまま歩こうとも、自分で決める事はできずに。
『――ありがとう』
急にそう言った私に、イルミはきょとんとした顔で言ったよね。
『何が?』
『変な言い方だけど…みんなのこと、殺してくれて』
私もちょっと困ったような顔で、頭をかいた。
『ほら、殺していいよ?』
『…死にたいの?』
『何、だろ。死にたいとかじゃない。ただ、私には一人で歩く自信なんてないだけで。
…たった一度、ナイフを持ってみただけ。それを父さんに見られて、それだけでこの家から私の存在は無くなった。……何となくだよ?
…――それからずっと怖かった。一人で生きていく事が』
『ふーん。で、オレに殺されたいんだ?』
『…うん』
お願い、私を殺して。
今にも足が震え出しそうだから。
プライドくらい、守らせて。
『じゃぁ……殺してあげない』
「イルミは…どうして、私を殺してくれなかったの?」
「理由が必要かい?」
「私はあったほうが嬉しいけど。…一つ、言いたいことはある」
「何?」
お願い、どうか、
殺すつもりもないのなら、…どうか。
少しの間でいい。側に、いさせて――……
「私――っ」
その時、タイミングが良いのか悪いのか、イルミの携帯が鳴り響いた。
「はい。あ、親父?」
相手はお父さんみたいだ。
「何? 仕事? ――――!」
『――=を殺せ。お前の所にいるんだろう?――』
「…いるよ。うん。…分かってる。全員、なんだろ」
言って、イルミは携帯を切った。
「!」
その瞳は、いつもの数倍の闇がかかっていた。
「…親父にバレちゃった。も殺さなくちゃいけないな」
イルミの手が私の首元にのびる。
「最期に、聞いていい?」
死を初めから覚悟していた私は、いつも通りの口調で言った。
「私といたこの三日、楽しかった?」
真っ直ぐな 瞳
そこには 憎しみも 悲しみもなく
ただ 見つめて――
「私は、楽しかったよ? …イルミは?」
何のつもりで見つめた?
何のつもりで拾った?
どうせ飽きたら捨てるのに
「…ホントはさ、私…あんまり死にたくないんだ。
――イルミの側に、いたいから」
世界は 止まる
「イル、ミ…?」
オレが止めるから――――――――――・・・
「…あり、がと…――ごめんね…?」
こびり付く 赤い液体。
二つに分かれた肉塊。――だったもの。
…――ごめんね…?
どうして、笑いながら、謝ったんだろう。
「……」
感情なんて持ち合わせていない。
必要が無い。
それでも頭に響いてる。
――――――・・・イルミは?
「…できれば側においておきたかったな。…楽しかったから」
いつもと同じ声
抑揚の無い声
いくら声にしてみても
「…悪いね、」
冷たい頬に 涙を こぼしてみても
所詮、それは、
――――遅すぎた告白。
end.