「…ねぇ。いつまでそんな意地を張るつもり?」
「あたしを自由にしてくれるなら、考えてやってもいーよ」
どうしてこんな事になったんだろう。
< 極限サンクチュアリ >
保護、とは名のいい体裁で。
あたしにとっては、拉致監禁と同じである。
「そんな事言われても、キミは親父に捕まったんだし。俺にはどうもできないよ」
「そこを何とか」
「無理だね」
「ケチ」
「そういう問題じゃなくて」
ほんの数日前の事。
あたしは、イルミの父親…シルバに、捕まった。
彼が言うには、仕事のターゲットがあたしを狙っていて、危険だからとあたしを保護するとか。
だからって何で殺し屋に保護されなきゃなんないわけ?
そう言うと、今度は素直に『 奴をおびき寄せるためのエサ 』だとか言いやがったからみぞおちに蹴りを入れてやった。
何でもターゲットは、今は自分が殺される事に脅えて雲隠れしているらしい。
だけど、そんな事、あたしの知った事か。
「何でうら若き乙女が殺し屋の家に保護されなきゃなんないのよ!!」
「ほっといたら殺されるよ?」
「だーれがそんな冗談信じるものですか!」
「……2日も何も食べなくて、よくそんな元気でいられるね」
そう、あたしは捕まって2日、何も口にしていない。
「毒でも入れられてたら困るじゃない」
「なんで保護してるのに毒入れるのさ」
「保護なんて嘘で殺そうとしてるかもしれない」
「だからそんなつもり無いって」
「まぁ、今のは嘘で、ホントは自由の身になりたい故の抵抗だったりするんですが」
「無理だよ?」
「知りません〜。ほらどうするの、世話係さん? あたしが餓死したら怖いお父様に怒られるんじゃないの〜?」
イルミは、シルバからあたしの世話係として任命されていた。
世話係なんかつけるんだから、当然あたしはまだ生かされている価値があるわけで。(その内用済みになるかもだけど)
餓死、なんて許されないに決まってる。…ハズ。
それならまだ逃亡される…ほうが罪が軽いと思わない? そこのお兄さん。
「つーわけで、逃がして」
「無理」
「じゃぁ餓死する。………お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい…」
「……仕方ないな。…」
「♪」
その言葉を待ってました! と言わんばかりに、あたしはイルミに向き直し、
「!」
気づいた時には、
唇を奪われていた。
「んっ……!?」
必死に閉じる唇をこじ開けられ、口の中に何かを注ぎ込まれる。
頭の後ろに回されていた手が逃げる事を許さず、苦しくなったあたしは仕方なくそれを飲み込んだ。
……スープの、味。
「っは……!!」
「どう?」
飲み込んだのを確認したイルミは、静かに唇を離した。
「どっ、どうって…何がっ!?///」
「いや、味」
「普通にスープの味でしょ!? っていうか何すんのよ!!///」
「口移しで飲ませた」
「さらっと言うな!!///」
駄目だ、この人常識とか通じない。
殺し屋に常識って、とも思うけど、これはもう人として何か駄目だって。
「…まぁ、毒は、入ってなさそうだから…ね…。………そ、それだけなんだからね!!」
嗚呼、これも人間の性。
一度何かを口にしてしまえば、押し寄せる食欲には勝てないもので。
私は用意されていた食事を勢い良く食べ始めた。
「…結局食べてるし」
「うるひゃいっ! …んぐ…こうなったらトコトン戦い抜いてやるわよ」
「そう。それは良かった」
「で、あたしいつまで拉致られるの?」
「拉致じゃなくて保護だって。……いつまでかは、知らない」
「はぁ!?」
あたしは食事を中断し、イルミの服を引っ張った。
「何それ!? ふざけてんじゃない…っ!?」
急に、視界がぐらりと歪んだ。
…何、すごく…眠い…。
「…あ、親父がスープに睡眠薬入れてたの、今思い出した」
「なっ……何、で…っ」
「だって、『殺されるかも』とか言って夜寝なかったから」
「っつか…アンタもさっきスープ……」
「あ、オレそういうの効かない身体だから」
「ひ、卑怯者…っ!!」
「あはははは」
「目が笑ってないっ!!」
あ、本格的に、ヤバイ。
まぶたが重くて、…開かない…。
「…お休み、」
そんなイルミの声が聞こえた瞬間、あたしの意識は途絶えた。
そもそも、何であたしは殺し屋に狙われてたんだ?
普通の一般市民のはずなのに。
それを保護する殺し屋もおかしいよね? 普通。
しかも、ゾルディック家って確か有名どころ…よね。
わざわざエサ使わなくても、ターゲットの居場所くらい解るでしょ?
一回しか会ってないけど、あの、太ったお兄さんならその辺得意そうだし!
―――ガタ
何か、音がした…?
「…………?」
あたしはまだ少し重たいまぶたをこじ開けた。
もう時間は夜みたいで、あたしはベッドの上に寝かされていたようだ。
窓から差し込む月明かりが綺麗で………
「…っ!」
窓のところに…誰かいる…!?
(やっ……誰…!?)
逆光でちゃんと姿が見えない…けど、イルミじゃない…。
まさか、あたしを狙ってるっていう…殺し屋…!?
(声…出ない…っ)
あたしは固く目をつぶり、身体を丸めた。
やだ、死にたくない…。
「……」
ぎし……。
ベッドがきしむ音がする。
嘘、もうそこまで来てる…!?
「……」
「!」
ど、どうしてあたしの名前…
あ、そっか、殺し屋なら、ターゲットの名前くらい…
「ねぇ、…」
言いながら、殺し屋はあたしに覆いかぶさってきた。
え、何、殺さないの…? っつか、襲われる!?
「…兄貴なんてやめて、オレのものになってよ…」
「!?」
今、何、言ったの?
兄貴って……?
っていうか、今更だけど、声に聞き覚えがあるよーな……
「そこまで」
「!」
急に電気がつけられ、あたしはまぶしさに目を細めた。
そこにいたのは、
「っキルア!?」
「こんばんわ〜」
笑顔であたしを見下ろす…イルミの弟、キルアだった。
「夜這いとは感心しないね。はオレのだよ?」
「親父が決めただけじゃん! にも選択権はあると思うぜ?」
「あ、あのさぁ…っ!!」
部屋の入り口にいるイルミと、あたしの上にいるキルアが同時にあたしの方を見た。
「とりあえず…何の事だかさっぱり理解できない。後も一つ、キルアどいて」
「って兄貴、何の説明もしてないわけ!?」
「してない」
「そりゃも状況解んねぇよな。実は…」
「だからどけってば」
「ごめんなさい」
あたしの睨みで、キルアはやっとあたしの上から身を引いた。
あたしはベッドに身を起こしながら、身なりを整える。
「…で、何なの一体。ちゃんと説明して」
「まぁ早い話、は兄貴のお嫁さんとして連れてこられたってワケ」
「…………………はい?」
ちょっと待て。
あたしって、殺し屋に狙われてんじゃなかったんですか。
「の言いたい事は解るよ。
真実は、ゾルディック家が目をつけていた女を、ある殺し屋が興味本位で殺そうとした。……そういう事」
「結局全責任アンタたちじゃない!!」
呆れた。ホンットに呆れた。
何、あたしはつまり殺し屋の嫁獲得戦争に巻き込まれたって事!?
「冗談じゃない……っ!! あたしはアンタたちみたいな殺し屋の嫁になんかならないっ!
今すぐ家に帰して!!」
「ー、そんな事言うなよ」
「…キル、自分の部屋に帰ってくれるかい?」
イルミの冷ややかな声が部屋に響いた。
その声に、キルアは表情を変え、静かに部屋を出て行く。
「………」
「な、何よ……」
イルミは無言で部屋の電気を消し、あたしの方へ近づいてきた。
「何、で…電気」
「オレは暗闇のほうが落ち着くんだ」
「何それ……」
イルミがベッドの端に座る。
ぎし、と音を立て、少しベッドが沈んだ。
「……は、オレじゃ嫌なの?」
「そういう、問題じゃない……。…急にこんなトコ連れて来られて、しかも、殺し屋なんて……」
「ああ、ごめん、怖かったでしょ」
「当たり前じゃないっ…!!」
ふいに零れた涙を、イルミは指で器用に絡め取る。
「あたし、人殺しなんて怖い」
「オレは無差別に殺したりしない」
「此処にいたって邪魔にしかならないよ」
「邪魔じゃない」
「仕事だって、きっと手伝えない」
「は汚れた世界なんか見なくていい」
「……イルミは、シルバに言われたから、あたしを嫁にするんじゃ…ない……?」
まだ涙の溢れる目で、イルミを見つめた。
イルミは変わらず、指で涙を掬い続ける。
「…が望むなら、望むものを。が狙われるなら、相手を必ず殺す。
は他の兄弟には渡さない。オレが守る。……オレが自分で決めたんだ。
―――オレはの事が好きだよ?」
真っ直ぐに、見つめられて、
「………………ホントに?」
「ホントに。…は、オレの事好き?」
あたしは目をそらせず、
溢れる感情に、目を閉じた。
「……………はい…」
命すら脅かされる、この極限状態の中、
今日から此処が、あたしの居場所。
「…死が二人を別つまで…」
できれば死したその後も。
あたし達は、深く長く、キスを交わした。
end.
*** あとがき ***
のわっ、な、長い……!!(汗)
調子に乗って書きすぎた感があります、皐月です。
でも達成感のが強いです。
リクが無ければ中々イルミ夢は書かなかったかもなので、
和那様、今回は貴重なリクを有難う御座いました!
またいつかネタがあれば、イルミ夢も書きたいです。では、皐月でした。 拝。