泣かないで
泣かないで
純真な心よ、消えないで
<sleeping tears>
ある日、は突然流星街に捨てられた。
だが、捨てられた、とは思えず、ずっと両親を待っていた。
存在しないと言われるその場所の名称も知らず、はただ街外れの草原で毎日空を見上げていた。
「こんな所で何をしている?」
「!」
父かと思い、振り向くと、そこにはファーのついた黒いロングコートの男が立っていた。
あまりにこの場に似合わない服装に、は一瞬身構える。
「何? 誘拐? 拉致監禁? 私食べてもおいしくないんだからっ」
混乱と恐怖で、自分でも何が言いたいのか解らない。
「…ははっ、拉致監禁、か。それも面白そうだな」
「!?」
は笑う所を間違えている男の笑顔と発言に汗を浮かべた。
「えぇ…何その発言。……引くわぁ……」
「そんな顔をするな。冗談だ」
あまり冗談にも聞こえなかったが。
はとりあえず男の存在を黙認すると、今度は真っ直ぐ目を見て話した。
「…あなた、誰?」
「クロロ=ルシルフル。……盗賊だ」
「盗、賊…?」
「で、お前の名は?」
いきなりお前呼ばわりされた事に腹を立てながらも、は口を開いた。
「………」
「そうか。で、は何故こんな所にいるんだ?」
「うわ呼び捨て…」
「…逐一その顔をするのはやめてくれ」
クロロは苦笑いすると、手招きをして歩き出す。
「…ねぇっ、ここは何処なの?」
何だか一人にはなりたくなくて、は距離を取りつつ後ろに続いた。
「ここは流星街だ。…知らずにいたのか?」
「親と逸れたの。あの草原で。だから、きっと今頃探して…」
「それは無いだろう」
「え……?」
「―――ここは存在しない場所だ」
そしてクロロは話した。
流星街というものを。
どんな場所なのかを。
ここに一人でいる事の意味を。
全てを聞き終える頃、はその場に倒れた。
「―――――……」
ぼやっとした光が見え、眩しいと感じ目をこする。
何処かの部屋の中みたいだ。
「起きたか?」
つい今さっきまで聞いていた声が頭上をかすめた。
「ク、ロロ……?」
クロロはを抱きかかえるようにして、壁にもたれて座っていた。
名を呟いたの頬を、クロロはそっと拭う。
その指に付着する涙。
「…器用だな。眠りながら泣くとは」
次々に溢れる涙を、クロロは遊ぶように指で絡め取る。
「私…ワガママなんて言わなかったよ…?」
「だろうな」
「皆笑顔だったんだよ……?」
「そうか」
「なのに……」
だんだん、の顔が悲痛に歪む。
「何で私、捨てられなきゃいけなかったのかなぁ………っ?」
クロロに必至な眼差しで抱きつき、嗚咽を上げて泣き出す。
「理由はオレには解らない。だが、お前の帰る場所はもう無いんだ」
「だったら……私、これからどうすればいいのぉ…っ」
は震える指でクロロのコートを握った。
「…オレの側に居ろ」
「!」
「お前の欲しい物は全て手に入れる。願うなら両親だって殺しに行ってやる。
―――お前の居場所はオレが作ってやるから」
丸い瞳が、真っ直ぐにクロロの瞳を映した。
に断る理由など無かった。
例え捨てられた理由が無くとも。
誘いに答える理由は有った。
「…側にいて……それだけで、いい……」
耳元で呟くに、クロロは強く抱き締め、唇を重ねた。
気付けば互いが互いに心を囚われていた。
それが二人の理由。
「捨てないでね…」
「捨てるものか」
貴女が泣かないで済むように。
悪い夢を見ないように。
貴女の涙は綺麗なものであっていて。
その心を映すかのように。ずっと。
end.