彼女が流星街の外の世界を教えてくれた。
彼女が戦いを教えてくれた。
がいなければ――
蜘蛛なんか、存在しなかった。
<story 2 〜刻印〜>
あの人の長い黒髪は、闇をも切り裂き、
あの人の真紅の瞳は、全てを惹きつけ、
あの人の気高い魂は、最期まで輝いていた。
は正に――蘭の花のごとく、強く美しい、華。
「クロロ、空がとても青いわ」
流星街の空は広い。
高い建物が無いからだ。
「吸い込まれそうじゃない?」
その中でも一際高い瓦礫の山を見つけては、は頂上に登った。
「、危ないぞ」
「平気よ」
「平気なものか」
「…平気よ。知ってるでしょう?」
決まって、悲しそうな笑顔。
「私は死ねないもの」
気付いたのはいつ頃だったか。
彼女は歳をとらない。
どれ程の痛みを負ったとしても、死ねない。
彼女は自分を――『魔女』だと言った。
「ねぇクロロ、貴方は何も望まないと言ったけれど…私には、欲しい物がたくさんあるわ」
すぐにいつもの笑顔に戻ると、は瓦礫から飛び下りた。
「流星街の外にはね、とても広い世界が広がってるのよ」
はオレの手を取ると、綺麗な微笑みを浮かべた。
「一緒に行きましょう?」
オレはに連れられて、外の世界に飛び出た。
彼女は慣れた様子で、綺麗な街や大きな街にオレを連れて行った。
眩しいネオンの波、目まぐるしい程の車の数、
一つ一つを丁寧に教えられた。
今思えばそれは、
オレが一人で生きていくための、知識だったのかもしれない。
流星街に縛られず、
外の世界に生きるための――
「…ただいま」
ある日、は腕から血を流して帰ってきた。
「っ!? どうしたんだ、一体何が……」
「大丈夫よ…ちょっと、切っただけ」
「ちょっと所じゃないだろう! とにかく、手当てを… !」
おかしい。
いつもなら、『魔女の力』で、血なんかすぐに止まるのに。
「………?」
「大丈夫…普通の手当てで…治せる」
見たことの無い、焦ったような表情。
に何かが起こっている。
「…頼む、ちゃんと説明してくれ」
腕を止血し、ベッドに寝かせながらオレは問う。
「…何から聞きたいの?」
「まず、腕の怪我の理由だ」
「…私、外の世界で、賞金かけられてるの」
「!!」
オレは目を見開き、の言葉を待った。
「…別に驚く事じゃないわ。私は盗賊だもの。……貴方にも、その極意は全て教え込んだでしょう?」
はオレの手を握った。
「私はA級首の賞金をかけられた女。…ブラックリストハンターのいい的よ」
貧血で少し青い顔をしながら、は笑う。
「…すぐに治らない理由は?」
「今日はちょっと調子悪くて…だから、こうなっただけ。何も心配無いわ」
そう、その時のオレは、の言葉を信じきっていた。
「――幻影旅団……」
「え?」
「盗賊をしようと思ってる。仲間と」
の部屋で、オレは床に寝そべって、は壁にもたれながら会話をしていた。
「そう…頑張ってね」
「団長はお前だ」
「!」
「を団長として迎えたい」
はオレの言葉に呆然とし、すぐに気を取り直した。
「…それはできないわ」
「何故だ?」
「……―――寿命が来たの」
「……ッ!!!」
オレは言葉にならない声を発しながら、起き上がる。
「…そんな目しないの」
はいつもの笑顔で、何の表情の変化もなく、オレを見た。
「何、で……」
「魔女にも寿命はあるわ。それを迎えるまでは死ねない。…この間の怪我で解ったの。寿命が来た魔女は、回復能力が著しく低くなるから」
「どうして今なんだ!!」
「私は充分に生きたわ。…貴方が産まれる、ずっと昔から」
穏やかな瞳は、逆にオレの中の何かを沸き立たせた。
「大丈夫よ。魔女の死に苦しみは無いわ。そっと眠るように、消えるだけ」
「駄目だ」
「!」
オレはの手を強引に引き、唇を重ねた。
「駄目だ…死ぬな!!」
「……無理よ」
紅い瞳は、ただオレを紅く映した。
「どうして…ッ、……オレはを愛しているのに……ッ」
「私もよ、クロロ。…だけどね、こればかりは、どうにもならないの」
諭すように優しい声で囁く。
それさえも、オレを狂気にさらしてしまう。
「!!」
オレはをベッドに押し倒し、服を剥ぎ、至る所に紅い華を落とした。
それでも、
「クロロ……」
オレの心が満たされる事はなく。
そんなオレを抱き締めたの胸に、オレの涙が落ちていった。
「せめて、オレに何かをくれないか」
「何かって?」
「お前を忘れないで生きていける物。……刻印がいい。物じゃなく、身体に刻み込むような」
「……それが、今貴方が最も望む物?」
「――…ああ」
――仮宿の闇が一層深くなる。
月の光だけが部屋の中を照らし、鳥の声さえ聞こえない静寂の中。
「……」
眠り込んでしまったクロロの額に光るのは、の刻印。
ならば、
「…………」
その頬に光る涙は、何の刻印だというのだろうか。
TO BE CONTINUED