あたしが団長と出会ったのは、ほんの最近。
クールで大人な団長は、皆のカリスマみたいな存在だ。
だけど、
あたしを始めて見た団長の瞳を、
あたしは未だ忘れる事はできない。
<story 3 〜契約〜>
「団長、最近部屋に閉じこもってるね」
シズクの言葉に、一瞬が反応する。
「…あたしのせいなのかなぁ…」
「だから、は悪くない。団長が悪い」
「でもマチちゃん……団長にだって、知られたくない事の一つや二つや三つ四つ、五も六も七も八も……」
「あぁもう湿っぽいね!! だいたいどこまで隠し事あるのさ…」
マチちゃんの声は広場に響き渡った。
「何? 何かしたの?」
始めに寄ってきたのはやっぱりシズク。
「団長の刺青…触ろうとしたの。そしたら、怒られて」
「その怒り方が完璧に拒絶した感じだったからさ、はっきり言ってあれはかなりムカついたね」
「まぁまぁ☆ なんにしてもマチが怒る事じゃないだろう? がされた事なんだからw」
「が悲しんでるのにアタシが怒らない理由がない」
「ホント、マチって好きだよねー」
は皆の会話を耳で聞き流しながら、その時の事を思い出していた。
「……そういえばさ、オレ、前に団長と刺青の話してたんだけど……」
「何っ!?」
そのシャルの言葉に、は素早く反応する。
「『何処の職人に彫ってもらったの?』って聞いたんだ。そしたら、『職人じゃない。ただの知り合いだ』って」
「知り合い……?」
「でもさ、その時の言い方が、なーんか引っかかるんだよね」
「どんな風に?」
シズクの問に、シャルはピンと指を立てた。
「…『知り合い』だけど、関係はもっと深かったんじゃないかな。……少なくとも、団長が自分の身体に傷を入れられても許すくらいの」
「……傷?」
は首を傾げる。
「刺青ってのは、皮膚彫って塗料入れて作るもんなんだよ」
「え、アレってシールじゃないの!?」
「………」
の大ボケな叫びは、仮宿内に響き渡る程だった。
「……あ、あれ…っ?//////」
赤面しながらも、しまった、という顔をしたは、皆にもみくちゃになるまで頭を撫でられ続けた。
「…うぅ〜、頭ぐわんぐわんする……」
撫でられ続け脳が揺れたのか、は自室に着くとすぐにベッドに倒れこんだ。
「………団長…」
思い出すのは、雨の酷く降る日。
毎日毎日、生きるために食料を盗む日々、
あの日も、そんな風にして、そして、右腕を撃たれた。
「………」
流す涙なんて無くて、
悲しむ心すら汚されて、
そんな時、
「っ!!」
目の前には、とても驚いた顔をした男。
額に巻いた包帯、その上に流れる黒い前髪、だらしなくネクタイを緩めた黒スーツ。
初めての印象は、なんて雨の似合わない男だろう、と。
「そんな、はず……そうだ、ありえない、まだ子供じゃないか…」
額に手を当て、ぶつくさと呟く男。
「………子供って言うな」
「!」
言葉を口にしたあたしに、男は はっとする。
「…あたしは何もできない子供じゃない。自分で物事を決める事ができる、歩ける、喋れる。…貴方達大人が、あたしから何かを奪う権利なんかない……!!」
「おい…?」
「どうして……どうしてあたしには………何も……」
足元がふらついて、周りがよく見えない。
「誰も……与えて、くれ…ないの………?」
全てが消える瞬間、たったひとつ零した雫。
それは雨だったのか、涙だったのか……。
「………ん……」
再び見る事は無いだろうと思っていた光が、あたしを包んだ。
眩しすぎて、目が開けられないくらいに。
「起きたか」
隣を見ると、オールバックの髪型の男がコーヒーを飲んでいた。
「…誰……?」
訝しげな目で男を見ると、男は少し笑った。
「さっき会ったじゃないか」
「黒スーツ…?」
その言葉に、また男は笑った。
「!!」
その時、あたしは男の額にある刺青を見つけた。
「あ……っ」
「どうした?」
「……何でも、ない……」
あたしは無意識に胸に手を当てていた。
「お前、名前は?」
「えっ、あ……、だけど」
「…、か。…ふっ、そうだよな…」
雨の中でしていた表情をする男。
「あなたは誰なの」
あたしの言葉に、やっぱり男は表情を変えず、ただずっと、悲しそうにいた。
「オレは…クロロ=ルシルフルだ」
「――クロロ…?」
「っ!」
名を呟くと、クロロは一層顔を歪ませた。
「…いや、団長、と呼んでくれ……」
目を逸らして言うクロロを見て、あたしはそれに了承した。
しばらく沈黙が続いた。
「…蜘蛛に入る気は無いか、」
「蜘蛛?」
幻影旅団、盗賊、
クロロが語る全てを、あたしは何も知らない。
「あたし、記憶が無いの」
「記憶が?」
「だから、あたしには帰る場所も、待つ人もいない」
あたしはクロロの刺青を見つめて思った。
――あなたもそうなんじゃないの?
「だから、そこがあたしの帰る場所になるなら…何にだってなるわ」
「……なら一つ、守ってくれ」
クロロはベッドに座るあたしの側に近寄り、両腕を包み込むように握った。
「オレを名で呼ばないでくれ。いつも元気にしていてくれ、笑っててくれ。……頼むから、もうそんな無表情な顔はしないでくれ……」
言う度に、クロロは俯いていく。
「……思い出してしまうから…」
そんな顔で、
そんな声で、
「…うん、解ったよ。――団長」
断れるはずもない――。
「……」
あたしは全身鏡の前に立ち、上着のボタンを一つ一つ外していった。
心臓、左胸よりやや上に描かれているのは――逆十字の刺青。
「これは……何なの……?」
記憶を無くし、
覚えているのは名前だけ。
この刺青は、あたしがここにいる証。
「…団長の刺青も同じ…」
初めて出会った、同じ刺青を持つ人間。
なのに、聞けない。
これが何なのか。
誰が彫ったのか。
少なくとも、あの人には。
それでも、
「それでも……」
あたしが何者か、一生解らなくても、
同じ傷を持ったあの人の側に居たいと思ったから。
いつも元気でいよう。
能天気なまでに笑っていよう。
絶対に、
傷を負った顔なんか、見せない。
それは、あたしがあたしに架した――契約。
「……クロロ…」
呟いた、禁断の名。
鏡の中の、禁断の顔に溶け込んで、
――誰にも届かない。
「? 買い物行かない?」
扉の向こうから、マチちゃんの声が聞こえた。
「……うんっ、行く行く!! あたし服欲しかったんだぁw」
あたしは笑顔で扉を開けに行った。
この性格も、この笑顔も、
全部『クロロ』のための、作り物。
大丈夫、まだ、大丈夫。
団長との約束、ちゃんと守れてる。
「………」
だって、これができなくなったら、
――クロロの側にいられなくなっちゃう。
TO BE CONTINUED