雨に濡れる長い黒髪。
何処となく空ろで、だけどしっかりと前を見据える、紅い瞳。
オレはあの慟哭を、忘れる事ができない。
<story 4 〜蜘蛛〜>
オレは自分の行いに恥じていた。
何も知らないの手を、無理矢理振り払った。
「……オレは何をしているのか」
目を閉じて、どうしようかと考えている内、頭の中を情景が駆け抜けていった。
あの日、オレはに出会った。
「………」
ヨークシンでの仕事は終了した。
あれだけ暴れれば、ウボォーも満足してくれただろう。
だがオレは、似合わず感傷に浸っていた。
多分、心の何処かで、を思い出しながら…
「…雨…」
急に振り出した雨も気にせず、オレは仮宿への道をゆっくり歩いていた。
何だか息苦しい。
胸が熱い。
オレは右手でネクタイを緩めた。
丁度、その時。
「っ!!」
目の前に現れた、少女。
少女の、その腕から流れる血よりも鮮やかな瞳に、オレの動きは束縛され、
オレはあの人の名を呟きかけた。
「そんな、はず……そうだ、ありえない、まだ子供じゃないか…」
だけど、あまりに似すぎていて。
オレは額に手を当て、自分を落ち着かせた。
「……子供って言うな」
「!」
声を聞いて、オレは心を抑える事ができなくなった。
本当に、――、そっくりで。
「…あたしは何もできない子供じゃない。自分で物事を決める事ができる、歩ける、喋れる。…貴方達大人が、あたしから何かを奪う権利なんかない……!!」
見る見る内に怒りが増していく表情。
その顔を見て、またオレは自我を取り戻す。
「おい…?」
「どうして……どうしてあたしには………何も……」
言いながら、フラフラと力を無くしていく少女。
「誰も……与えて、くれ…ないの………?」
どさっ!
そんな音が響き、少女は倒れた。
「……」
オレは近づき、額の包帯で少女の腕を止血した。
「…与えてくれない、か……」
はオレに、色々な事を与えてくれた。
知識も、経験も。
「…この子は、お前が連れてきたのか…? オレに……」
オレは少女の頬に付着していた水滴を払った。
「お前にしてやれなかった……『与える』という行為を、させるために……」
そのままオレは少女を抱え、仮宿まで帰った。
少女と言えど、見た目は16歳程。
抱える重みは、若干、よりも軽い。
「…………」
雨足が早くなり、オレは急いで帰路に着いた。
仮宿に着き、少女を自室のベッドへ寝かせた。
オレは適当に自分の頭を拭き、横目で少女を見る。
上着にくるんでいたから、殆ど濡れていない。
風邪は引かないな、と、少し息を着いた。
「………ん……」
そんな声がして、少女の瞳がゆっくりと開いていった。
部屋の灯りが眩しいのか、少し目を歪ませる。
「起きたか」
オレの声で、少女はオレを見た。
時間が経って落ち着いていたオレは、その瞳に気圧される事はなかった。
「…誰……?」
少女は訝しげにオレを見る。
その様子が何故かおかしくて、オレは少し笑った。
「さっき会ったじゃないか」
「黒スーツ…?」
真面目な顔で言う少女に、オレはまた笑ってしまった。
「あ……っ」
急に声を上げる少女。
「どうした?」
「……何でも、ない……」
少女は複雑そうな顔をしたが、オレは特に気にせずにいた。
「お前、名前は?」
「えっ、あ……、だけど」
「…、か。…ふっ、そうだよな…」
もし、『』だなんて言われたら……
オレは馬鹿みたいに、そんな事を一瞬考えていた。
「あなたは誰なの」
しっかりとした口調で、オレを見つめる。
その目は、そっくりだ…。
「オレは…クロロ=ルシルフルだ」
「――クロロ…?」
「っ!」
また、慟哭が走った。
駄目だ、思い出す。
その名をその声で呼ばれたら……
「…いや、団長、と呼んでくれ……」
そうでなきゃ、きっとオレは耐えられない…。
「…解った」
も、そんなオレの様子を察してか、静かに答えた。
「………」
これからどうするべきだろう。
、本当に、この子を連れてきたのがお前なら……
オレがするべき事は、一つ、だよな……
「…蜘蛛に入る気は無いか、」
「蜘蛛?」
「幻影旅団という盗賊で、蜘蛛はシンボルだ。オレが団長をしている」
「…盗賊…」
は俯いて黙り込む。
「…気に入らないか?」
「ううん。…ここ2、3年…ずっと、盗んで生きてきたから」
「2、3年?」
「あ…いや、何でもない」
は少し考え込むように俯き、やがて口を開いた。
「あたし、記憶がないの」
「記憶が?」
急に告げた。ためらいすらない。
「だから、あたしには帰る場所も、待つ人もいない」
はオレを見つめて言った。
「だから、そこがあたしの帰る場所になるなら…何にだってなるわ」
の瞳がオレを捉えた。
この表情に、何度も心を掴まれる。
「……なら、一つ守ってくれ」
オレはベッドに座るの前でひざを着いて座り、の両手を包み込んで握った。
「オレを名で呼ばないでくれ」
その声はオレを狂気に晒すから。
「いつも元気にしていてくれ、笑っててくれ」
のようなクールな顔じゃなく、無邪気な明るい笑顔で。
「……頼むから、もうそんな無表情な顔はしないでくれ……」
お前はあまりにも似すぎてるんだ。
「……思い出してしまうから…」
……
是は罪か?
お前に何もできなかった、お前の心を満たせなかった……愚かなオレへの……
「…うん、解ったよ。――団長」
はっとして見上げたは、ニコニコと笑っていて。
「……」
オレは思わず、の頭を撫でていた。
「………」
思い出してみるとキリがない。
腹が減って、オレはソファーから立ち上がった。
…にも謝りにいかなくてはな。
「でねっ、あたし驚いてアイス落としちゃったんだぁ。あれは勿体無かったよー」
「本当にってドジだね。あたしには真似できないよ」
「マチちゃんひっどぉい!!! だってトリプルだったんだよ!?」
そんな声がして、窓から下を見下ろした。
(出かけたのか……謝るタイミングを逃したな…)
今のには、もうあの時の面影は欠片も無い。
似すぎていた顔も、あれだけ元気な表情をされると、全く別人に見える。
「………」
だけどオレは知っている。
あれは『』じゃない。
どれだけに似ていても、そんながだったから。
それをオレが、オレの傲慢な我侭で変えてしまった。
……どうしては、あれほど演じていられるのだろうか。
何を拠り所にして…
どうして、あんなに強いんだろうか。
今では別人に見える、あの日の。
それでも、
醸し出す雰囲気は、やっぱり同じで。
オレは、何処から間違えていたのだろう。
「………」
ふと、部屋の隅の華が目についた。
胡蝶の華だ。
「枯れてしまったか……」
新しいのを買いに行こう。
この華だけは、盗む気にはなれないから。
「………」
の胸には、逆十字と、それに重ねた蜘蛛の刺青があった。
幻影旅団――蜘蛛。
蜘蛛は、。
何故蜘蛛がシンボルなのか……それは、
ここが、を迎えるための場所だったから。
オレは未だに、を待っているのだろうか。
がここに迎えられたのは…何かの邂逅なのだろうか。
オレが本当に望む物……
、お前は解っているのだろうか……
TO BE CONTINUED.