守りたい居場所のため。
今度は、あたしは何を差し出せばいいのだろう。
<story 5 〜邂逅〜>
「痛…っ」
「?」
街中で、急には頭を抑えた。
「大丈夫…何でもない……」
「そうは見えない」
マチはをベンチまで誘導する。
「何か飲む物買ってくるから、ここ動くんじゃないよ」
「はぁい」
その場を離れるマチの背を見つめ、は大きく息をついた。
(さっき…何考えてたんだっけ…)
必死に記憶を辿る。
「っ…!!」
しかし、頭痛はそれを邪魔する。
思い出してはいけない、とでも言うように。
「こんにちは」
「!」
ふと頭上から聞こえた声に、は顔を上げる。
そこには、笑顔でを見つめる男。背格好や歳はシャルくらいだろうか。
「…誰……?」
「んー、やっぱり忘れちゃったか。まぁ、君がそれを望んだんだから仕様が無いよね」
「!!」
は男の言葉にその場を立ち、男を見つめた。
「あなた…あたしの何を知ってるの…!?」
「君が知らない君の事。君が生まれてから、僕の前を去るその時までの全てを」
「!」
男はの頬に手を添えた。
「君の知らない君を教えてあげよう。もうあの場所に、君を苦しめる者は誰もいない。全て僕が始末してあげた」
男の声が、直に脳に響く。
「君を非難する物なんて何も無い。だから帰っておいで? 僕の…僕だけの――」
「!」
って、誰?
「違う」
は、男の胸を押し返す。
「あたしはなんて名前じゃない。あたしは、よ」
「どうしてその名にこだわりを持つ?」
途端、笑顔が消える男。
にも、それはない。
「そんなの解んない。だけど、誰かにつけてもらった…そんな気はするの」
「それが僕だ、って言ったら?」
「!!」
気がつけば、男の手が目の前で翳されていた。
「君はであり、でない。そして君はであり、でない。……知りたいかい?」
脳に響く声が、体を蝕んでいく。
自我が保てない。
やがて、空ろな瞳で、はうなずく。
「それなら…――おいで」
意識が朦朧とする中、は男の差し出した手に手を伸ばし――
「動くんじゃないよ」
男の後ろには、マチ。
「おや。のお友達かい?」
「動くんじゃないって言ってるだろ。首、飛ばされたいのか?」
男の首には、マチの念糸。
「…に何をした? 答えな!」
「……やれやれ。物騒なお嬢さんだ」
男は首に巻きつく念糸に触れる。
「!」
すると、念糸はそこから溶けていった。
「危ないお嬢さんには、少し大人しくしてもらいましょうかねぇ」
「っ!!」
男が振り返りマチの眼前に手を翳すと、マチの動きが封じられた。
「さて……」
「や、めな……」
の方に振り返る男を、マチが静止する。
「ほう…? その状態で喋れますか」
「は…っ、小細工に、興味…ないね。……に手、出してみろ…アタシがアンタ、殺してやる…!!」
動けぬマチのオーラが増幅する。それを見て男は微笑を浮かべた。
「…なるほど。の周りには興味深い人材が多いようですね。……いいでしょう」
男はもう一度を見ると、耳元で何かを呟いた。
瞬間、の瞳に光が戻る。
「では…また会いに来るよ、――」
そう言って、男は霧のように消えて行った。
同時に、マチの拘束も解ける。
「!! 大丈夫かい? 怪我は?」
「無い、よ……」
「そう。……ったく、何なんだ、アイツ……」
「解んない…解んないよ…っ」
「?」
は頭を抑えてうずくまる。
「どうして…あたしは今のままでいいのに…思い出したくなんて無い…どうして思い出さなきゃいけないの……っ」
「…? どうした? アイツ、知り合いなの?」
「知らないっ、思い出したくない!! 何なの…どうしてあの人、あたしの過去を知ってるのっ!!」
「…っごめん、ごめんっ、…もういいから…アタシは今のがいてくれればいいから!!」
マチの言葉に、の呼吸が落ち着いていく。
「……あたし、このままで、いいの?」
「いいんだよ! ずっと、アタシや団員の側にいて、いいんだよ、」
すっかり怯えるを連れ、マチはアジトへ帰った。
「…そうか。で、は部屋か?」
「ああ。シズクが着いてるよ」
マチはクロロに報告をしていた。
「……また来る、か……」
クロロの脳裏に、嫌な不安がよぎる。
の失くした過去。
に似た姿。
突然現れた男。
「…今後一切、何があってもを一人にするな」
「でも団長、アイツの技…念じゃなかった。アタシでさえ手が出せなかったんだよ?」
「解っている。情けないが、今はそうする他無い」
クロロはマチにそう言うと、の部屋に向かった。
「、いいか?」
「団長」
の部屋に入ると、ベッドの上で三角になって座っていると、シズクがいた。
「シズク、と二人にさせてくれ」
「解りました」
シズクが出て行くのを確認してから、は口を開いた。
「…心配かけて、ごめんなさいっ! あたし、ちゃんと元気だから…」
「笑わなくていい」
「!」
クロロは、を抱きしめた。
「こんな時まで笑わなくていい。そんな泣きそうな顔で、笑う必要なんてないんだ」
「団長…」
も、震える腕をクロロの背に回した。
「粗方はマチに聞いた。お前の事は、みんなで守るから。心配ない」
「……ねぇ、団長……」
は、最後に男に言われた言葉を思い出す。
「――って、誰か知ってる?」
「!!」
――君の団長さんが、彼女をよく知ってるよ。だけど……
「…その、男が言ったのか」
クロロはと視線を合わせ言う。は目を逸らしながら頷いた。
「……よく知っているよ」
言いながら、クロロは額の包帯を取る。そこには、――逆十字の刺青。
「は……これを彫った人物だ」
「っ!!」
はその刺青を見た瞬間、引き付けを起こしたかのようにして目を見開いた。
「あ……っぁ、あぁ……!!」
「? !!」
――だけど、気をつけて。
「嫌っ!!」
は力の限りクロロを突き飛ばすと、装備していたナイフを取り出した。
「!? 何をしているんだ、やめろ!!」
――逆十字の男は敵だ。
「テ、キ……」
「!?」
――逆十字は倒すべき敵だ。君の体にも刻まれているのがその証拠。
「タオスベキ……テキ……!!」
――殺すんだ。
「何してるか!」
物音を聞きつけ、部屋に飛び入って来たのは、フェイタンとフィンクス。
「!?」
「、誰に何向けてるね。正気か?」
「ギャクジュウジ……テキ……」
「は、操られるとは無様ね。殺せば済むよ…!!」
「待て。これは操作系の仕業じゃない。ただの催眠術だ。オレの刺青に反応するだけのな」
クロロはまっすぐにを見つめた。
「。……本当に、オレが解らないのか?」
「っ!!」
空ろな瞳が、ゆらゆらと揺らめく。
「…だん、ちょ…ぉ……っ」
やがて、震える手はナイフを落とす。
「あたし…あたしはっ……」
「、もういい、落ち着け」
「来ないでッ」
近付こうとするクロロを止める。
「今近付かれたら…あたし、何するか解らない!!」
未だ、術は続いているようで、は自分を押さえ込もうと必死になっていた。
「ねぇ…って、何なの…?」
「!」
――タオスベキ……
「どうして団長はその人と出会ったの…」
――テキ……
「その人は一体、何なの……!!」
――コロスンダ。
「っ!!」
は、自分の服を破いた。
「!!!」
その左胸から、
「どうして……これがあたしにもあるのッ!?」
顔を覗かせる――逆十字。
「どうして…お前がそれを…!?」
「知らない、何も解んないっ、何を知ればいいの? 何を忘れていればいいの?」
は頭を抱えて取り乱す。
「あたしは何処にいればいいの、あの人に着いて行けばいいの? …ねぇ、教えてよ……団長教えてよぉッ!!」
瞬間、の意識は ふっと途切れ、ベッドに倒れこんだ。
後には沈黙が残る。
「……」
「団長、一体、何がどうなっちまったんだ?」
「…みんなにも、説明しなくてはいけないな」
クロロはを抱き抱えながら言った。
「――そういう訳だ」
クロロは団員に話した。
という人物。
がと瓜二つである事。
との関係。
そして、に負わせてしまった、自分の我侭を。
「…マチが遭遇したその男…間違いなく、記憶をなくす前の。そして、を知っている。二人の関わりも…」
「アタシが聞きたいのはそんな事じゃない」
マチは、いつになく怒り口調でクロロを見た。
「団長が大事に思うのは誰? って人に似ている? っていう一人の子? どっちなのさ」
「……オレは…」
「はっ、即答もできないなんて…呆れた」
「おい、マチ。なんだその口の利き方はよ」
そんなマチに言葉を返したのはノブナガだった。
「アンタの意見なんて聞いてない。アタシは団長に聞いてるんだ」
「……悪い」
クロロはため息と共に言葉を吐き出す。
「混乱している…今は、軽はずみな事は口にしたくない」
「…解った。でも、アタシはそんな団長をの側には置いておけない。の事は、アタシが引き受けるから」
「……解った」
マチはを背負い、自分の部屋へ向かった。
「団長……」
「シズク。お前も、マチと一緒にの側にいてやってくれ。後は解散していい」
クロロはうつむいたまま動かない。
「…しばらく、一人にさせてくれ」
全員、その空気を悟ってか、物言わず広場を後にした。
真夜中。
マチ、シズクも眠りに着き、その隣で、もまた、眠りの中にいた。
――あなたが望む場所は、何処ですか?
また、あの男の声がする。
(もういい…あたしはもう、しんどいんだ…)
――あなたが望む場所は、何処ですか?
(………あたしが望む場所…)
――本当に、その場所があなたの居場所に相応しいのですか?
(解んない……何も解らない……っ)
――…こっちに、おいで。
「………」
は静かに目を覚ました。
開け放たれた窓からは、涼しい風が吹く。
「………」
何が裏切りで、何が邂逅か。
「………」
どれが真実で、どれが偽りか。
「………」
自分はまだ操られているのか、それとも…
気づいた時には、その手は窓枠へと伸びていた。
その夜、はアジトから姿を消した。
TO BE CONTINUED