多分、
あたしは人生最大の間違いを起こした。
何があっても、
貴方の側を離れるつもりは、無かったのに。
<story 6 〜決別〜>
「……」
自分の居場所が解らない。
立っているのか、座っているのか、歩いているのか。
むしろ、今、意識があるのかどうなのか。
解るのは、今目の前にいる男が、
ずっと、微笑んでいるという事だけ。
「ごめん…っ…ホントにごめん…っ!!」
広場には、誰も見た事の無い、マチの涙があった。
その正面には、呆然と立ち尽くすクロロ。
「そん…っ、そんな、まさか……ありえない……」
クロロは額に手を当て、呟く。
「いくら眠っていたからとはいえ、マチもシズクもいたあの場から…まだ念の未熟なが気づかれず出て行ったとは考えられない」
「アイツが連れてったんだ!!」
マチは泣き腫らした目でクロロを見つめた。
「アイツしか…あの男しか、いないじゃないか……!!」
「マチ……」
「マチが泣く必要無いよ。…私も、気づかなかったんだから」
マチの背に触れるシズク。
その顔にも、陰りはあった。
「…とにかく、どんな些細なものでもいい。手がかりを探し出せ」
クロロの声を筆頭に、全員、その場を動いた。
誰からも、否定は無く。
「…美しい……」
男はずっと、あたしを見てそう呟いていた。
何でだろう、何も感じられない。
何も考えられない。
思考は、すぐに忘れて流される言葉のようで。
「あぁ、でも説明してあげなきゃいけないよね。…今、解いてあげるから」
男はあたしの顔前に手を翳し――
「!!」
意識が覚醒する。
「きゃっ…」
急に全ての意識が戻ったあたしは、バランスを崩して倒れる。
「おっと」
男はあたしの腰に手を回すと、倒れる前にあたしを抱き上げた。
「はっ、離して!!」
「離さない」
抵抗ができない。
ひざはガクガクと震えてるし、声は張り上げないとまともに言葉となって発音されない。
男はそんなあたしの様子に微笑むと、ソファーの上にあたしを降ろした。
「やっと君に触れる事ができた……僕の」
「触らないで」
あたしは頬に宛がわれた手を払った。
「…貴方は誰なの。どうしてあたしを知ってるの。…あたしの何を知ってるの」
「質問攻めだね」
男はあたしの隣に座る。
「僕の名は聖。…言った通り、君の名付け親だ」
「どういう事よ」
「…まず、の事から話そう」
「……クロロの…刺青の人…?」
「そう、そして……君の左胸の、ね」
聖は破れた服の隙間から顔を覗かせる刺青を見て微笑んだ。
あたしは慌てて手で抑える。
「……彼女は魔女だった」
「魔女?」
「念とは違った、特殊な力…『魔法』を使い、大抵の傷は瞬時に癒える女性の事さ。はそれだった」
聖はつねに微笑みながら言った。
「僕はずっと魔女の研究をしていたんだ。誰に否定されようと、認められなくても、僕はずっと研究し続けた。
そんな時だ。僕はに出会った。彼女は流星街を拠点にしていた盗賊だった」
聖はポケットから、綺麗に畳まれた紙切れを取り出した。
「これが、彼女の手配書だよ」
「!!」
大金がかけられたA級首。
その顔は……
「似てる……あたしに……」
「そう、似てるだろう? ―――僕が似せて作ったんだから」
「え………?」
「…君は、僕が作った―――のクローンだ」
「……っ!!」
声が、出ない。
「…に、会わせてあげよう」
あたし、もう、
駄目かも、しれない。
「マチ、いつまで落ち込んでるの?」
「だって……」
「今は手がかりを探そう。そうしてるよりずっといいよ」
シズク、マチの二人は、アジト近くの林の中にいた。
ぬかるみの多い地面に、足跡がないかと探していたのだ。
「は…アタシを、恨んでるかな」
「何言ってるの。ありえないから」
「でも……」
「――恨んでるよ」
「!!」
声が聞こえ、二人は顔を上げた。
気配などなかった。
だけど、目の前にいたのは……
「…!?」
間違いなく、だった。
「恨んでる、あたしは、貴女を」
「…っ……ごめん…っ!! アタシはアンタを…」
「いいワケなんか聞きたくない」
はナイフを手にする。
「…死んでくれない?」
瞬間、
「なっ……!?」
そこら中から現れる、たくさんの。
「これ……の念!?」
「そんなワケ無いじゃない」
シズクは一言言うと、瞬時にデメちゃんを出現させ――を殴った。
「シズクっ!? ――!!」
殴ったは、首が削げ落ち、粉々に砕けて土になった。
「これは……?」
「こんなのがなわけないじゃない。は変化系だよ? っていうか…まずあんな事言うわけないし」
「そうだ」
振り返ると、クロロがいた。
「団長…」
「オレの所にも出た。…こいつらは土から作られた操り人形だ」
クロロの手には糸があった。
「こいつら全部、一本の糸で繋がれている。なら、どれか一体が、操り主に繋がっているはずだ」
全員、の作り物に目を移す。
「……全て、潰せ」
声を合図に、全員が地を蹴った。
「…………」
綺麗だった。
あたしなんかより、ずっと、
一目見て、すぐに頭に浮かんだのは、それだった。
「彼女が、だ」
カプセルに入れられ、青い培養液に入れられた人……。
この人が、あたしの、元となった人……?
「彼女は僕の誘いに乗ってこなかった。『僕なら彼女を世間から守ることができる。だから研究させて欲しい』って」
寂しい顔をしてる。
悲しい顔をしてる。
「だけど本当は…僕は彼女に、側にいて欲しかったんだ。なのに彼女には、待つべき者がいた。……君もよく知る彼だよ」
「クロロ…?」
「そう。は彼に自分の技術の全てを与えた。…技術だけじゃない。……愛さえも……」
「!!!」
クロロに……愛、を……?
「だから僕は、の寿命を狙って、彼女に刺客を放った。寿命の近い魔女は弱いからね。
……その後は簡単だったよ。自分の死を彼に見せたくないと、彼の前から消えたを追跡し……死んだ遺体をここへ運んだ」
「なん、て…事を…!!」
「『なんて事』? ……僕の愛さ」
「間違ってる!! そんなの……そんなの違うっ!!」
「違わないさ。…今の彼も同じだろう?」
「!?」
「彼が愛しているのはだ。…君を側に置くのも、君にを見ているからだ」
「………そんな、事……」
「否定しきれないだろう? それは君の遺伝子が記憶する、の意識だ。…君は騙されてるんだよ」
「……っ違う!!!」
途端、の身体から衝撃波が生まれた。
「おっと」
「っ!!」
聖は一瞬でを組み敷く。
「どけっ!!」
「ふっ…昔もこうだったね」
「何…!?」
「君がここを抜け出した時の事さ」
「っ……!」
情景が、流れる。
「君は魔女の力を、その遺伝子からコピーする事ができなかった失敗作として周りから扱われていた。
でも僕はそれでも良かった。君はに良く似て生まれてきてくれたから」
記憶が、戻る。
「僕は君に『』と名付け、君を愛した。だけど、君はこの施設の人間に対し、怒りからついに覚醒した。
…やっぱり君は失敗作じゃなかったんだ。力は眠っていただけだった」
あの日々、浴びせられた罵声。
「君と僕なら、全てを支配できる。そのために、君を蔑んでいた連中は僕が全員始末したよ」
思い出したくも無い。
だけど、
「さぁ…君を裏切った彼を、――始末しに行こう?」
思い出す限り、
あたしには、聖を抗う術は、無かった。
「でも……クロロは……」
「まだ迷うのかい?」
聖はあたしの手を引き起こすと、顔の前で手を翳した。
「……!!」
気分がどんどん悪くなる。
あたしの中のクロロが……真っ黒に、染まって、いく。
「君は……あの男に、の代わりに見られていたんだ」
あたしは、全てを、
「………――そう」
捨てる。
「…あたしは『』よ……そうでしょ?」
「……そうだよ」
そして、黒く微笑む、『』。
「行きましょう…――聖」
黒く、光を失った瞳は、聖を見つめた。
「……くす…」
マチ、シズク、
「…………」
フェイタン、フィンクス、シャル、
「…………」
ノブナガ、フランクリン、コルトピ、
「…………」
ボノレノフ、ヒソカ、
「…………」
そして……
「……――クロロ」
…ごめんなさい。
あたしはあたしを、
――――放棄する。
TO BE CONTINUED