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ただ、
ただ、
波音だけが耳に響いてた。
<漣のエトランゼ>
「……こ、こ…どこ……」
気付けば、綾乃は海岸に打ち上げられていた。
綺麗な青いドレスが波に揺れている。
彼女は数時間前まで、豪華客船でパーティーに参加していた。
華やかな雰囲気を吹き飛ばすような、突然の嵐で、
綾乃は船から投げ飛ばされたのだった。
「身体…痛い……」
まともに立ち上がれない身体を引きずり、匍匐(ほふく)前進のような体制で砂浜まで移動する。
そこまで来て力尽き、綺麗な星空を見上げた。
「綺麗…まだこんな空が見える所があったんだ…外国かなぁ……?」
荒い息を落ち着かせるが、だんだん目の前が霞んでいく。
「やだ、なぁ……も、死ぬの……?」
呟きと一瞬の光の中、
「―――――…」
最後に見たのは、人影。
「――……」
いい匂いが鼻をつき、綾乃は意識を取り戻した。
まだ身体が重くて、目を空ける事すらできないが、ふかふかのベッドに寝ていた事は解った。
「まだ起きないのかな……」
気配が近づき、声が響く。
「!」
綾乃は聞き知った声に耳を疑い、動けないはずの身体を素早く起こした。
「うわっ! …お、起きてたんだ」
「ってか、シャルナーク!!??//////」
夢にまで見たシャルが、目の前に、いた。
「何で…オレの事知って」
「うっわシャルだシャルだシャルだシャルだシャルだ!!!!!////////」
シャルの声を掻き消すように綾乃は絶叫する。
「と、とりあえず落ち着いて! キミ、海に打ち上げられてたんだよ。…もう平気?」
「う、うんッ! …て、何でハンター世界の海に打ち上げられてんの……?」
あの嵐でトリップした?
綾乃は首を傾げる。
「(ハンター世界…?)……で、キミの名前は?」
「あ、私? 私は綾乃だよ」
「そう。…ねぇ綾乃――どうしてオレの事知ってるの?」
「!」
一瞬で、シャルの笑顔が消え、重い空気が漂い始めた。
「……何でも知ってる…シャルのことなら、私、何だって……」
消え入りそうな声で呟いた後、シャルの手がポケットに近づくのを、綾乃は見逃さなかった。
「…私を殺すの? …そのブラックボイスで」
「!!」
瞬間、
シャルは綾乃にアンテナを飛ばし―――――暗転。
意識を失う寸前に見たのは、シャルの冷たい瞳だった。
――ああ、殺されるんだろうな。
何故か冷静にそう思えたのは、彼を本当に愛していたからなのかもしれない。
本の中の住人だと理解してるのに、
本当に出会ってしまった今、
その感情を手放す事はできずに――
「――…あれ……」
意識が飛ぶような感覚の後、すぐに綾乃の意識は戻った。
その間の記憶は無いが、一瞬のような、眩暈のような感覚が残る。
「…ごめんっ! …手荒な真似して…疑ってた」
「へっ…何が?」
「オレの能力、知ってるよね? 綾乃にアンテナを刺して、聞きたい情報は聞き出させてもらった。……未だに信じられないよ。オレ達は綾乃の世界では本のキャラクターなんだね」
「…信じるの?」
「操って聞いた情報に嘘は無いからね。…だから、ごめん」
しゅんとするシャルを見て、綾乃は仔犬を思い出す。
「……」
そして、その頭を ぽふっと撫でた。
「!」
「あ、ごめ……//////」
無意識にしていた行為に、綾乃は ばっと手を引くと、すぐに顔を赤らめた。
「…綾乃は元の世界に戻りたい?」
「シャルといたい!!」
速攻で帰ってきた返事に、シャルは目を見開いて驚く。
「あ…シャル迷惑だよねッ//////」
「…そんな事、ない……ここにいよ?//////」
その日から、綾乃はシャルの家に住まう事になった。
シャルの仕事は殆どがパソコンの前で、一日の大半はそこに座っていた。
「シャル、仕事まだ終わらない?」
「んー…ちょっと待って……」
いつだって、仕事中のシャルの返事はこう。
「……」
綾乃は少し腹を立てると、買い物に行こうと家を飛び出した。
「海風が気持ちイイー♪」
綾乃が打ち上げられた海の近くにある家から街までは少し遠い。
だからかどうか、シャルは一人で外に出るな、と綾乃に念を押して言っていた。
「シャルってやっぱり過保護キャラだよねッ♪」
綾乃は鼻歌を歌いながら海岸沿いの歩道を歩き――
「……っ!!」
背後から、急に気配。
気づいた時には薬をかがされ、気を失いかけていた。
解っていたはずだった。
シャルは、蜘蛛だという事。
解っていたはずだったのに。
ここはとても危険な世界。
シャルの周りは危険でいっぱいだと。
「おい女、起きろ」
海水をかけられ、綾乃は眠っていた意識を起こされる。
覚めた目で周りを見ると、綾乃は崖の先端で、十字に貼り付けられていた。
「うっわ、趣味悪」
「黙れ。…お前も蜘蛛の団員か?」
男三人がこっちを見て言う。
「さァ……どうだろね?」
綾乃はわざと挑発めいた発言をした。
「ほう…ならばこの方が早い」
言うなり、男は綾乃の服を引き裂いた。
「なっ……なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!////////」
「口数の減らない女だな……ふん、蜘蛛の刺青は無い、か」
折角シャルにもらった服を引き裂かれ、綾乃の怒りは頂点に達していた。
「お前はエサだ。…お前が一緒に住んでいる男は蜘蛛だろう」
「エサぁ? 何それ知らんっ」
ぱしっ!!
「!」
口の中に、血の味。
綾乃はその味を噛み締め、初めて殴られた事に気付いた。
甘かった。
シャルに会えた事でいっぱいで、
自分の弱さに気付かなかった。
シャルの重みに…なりたく、ない……。
「来たようだな」
「!」
男の声に反応して、綾乃は前を見る。
「シャ、ル……」
その姿を見て、綾乃は泣きそうになる。
「…この女を返してもらいたかったら、死ね」
「……別に。――いらないけど」
「!!!」
一瞬、言葉を失った。
いらない。
そうだろうけど、だけど、
いつも笑顔だったのに、
シャルには私は必要のないものだった?
「……死ぬのは、キミ達だよ」
ブラックボイスが男達を操り、仲間割れのような光景が広がる中、
綾乃の頭は真っ黒に色付いていた。
沈黙の中、シャルは駆け足で綾乃の側まで行くと、すぐに縄を解いた。
「ごめん、綾乃…」
「っ!!」
綾乃はシャルを思い切り突き飛ばし、その場を走り去った。
「綾乃!!」
シャルが綾乃を追うと、綾乃は海の中へ足を進めていた。
「な、何してるんだ!! 早く上がって……!!」
「だってシャルは私のこといらないんでしょ!!??」
手を取り止めたシャルを睨み、足を止める綾乃。
「あんなの…敵を動揺させる嘘だよ」
「それでも…私には痛い言葉だったわ」
「綾乃…!!」
「嫌!!」
綾乃は手を振り解き、叫んだ。
「もうあなたの言う事なんて信じられないっ!!」
振り切る涙が海に落ち、溶ける。
「シャルの負担になんかなりたくない…海から来たんだもの、きっと海から帰れる…っ」
「負担なんて…!!」
「必要無い人間を側に置いて何が楽しいの!!」
「!!」
綾乃のその言葉に、
シャルは綾乃の腕を引き、強引に口付ける。
「んっ……っ!!」
唇が離れ、シャルは綾乃の肩を掴んで叫んだ。
「必要なくなんか無い!!!」
力強い声。
ああ、私の好きなあなたの声だ。
「…ごめん、なさい……」
綾乃は俯くと、すすり泣き出した。
「お願いだよ…綾乃、元の世界になんか帰らないで。オレの側にずっといて」
「うん…いる……」
もう一度口付け、やっと海の中に居た事に気付く。
「うっわ、さっきより海面あがってるっ!!??」
「満潮の時間だから…」
入ったときは膝くらいの高さだった海が、今は綾乃の腰付近にまで上がっている。
「綾乃、おいで」
シャルは綾乃を優しく引き寄せると、姫抱きにして海から上がった。
「シャ、シャルっ!!??//////」
「言っとくけど降ろさないからね♪」
そのまま家に着いても、シャルは中々綾乃を降ろさず、ずっとその腕の中に包み込んでいた。
静かな部屋に、二人の吐息と、漣(さざなみ)を響かせて。
end.