いつまで歩いても、
暗闇は暗闇のまま。
こうする事でしか、此の想いに購えないなら、
私はいつまでも追い続ける。
――反逆を抱えた少女を。
第三章
最愛という名の過ち故に
「――……」
廃屋の中、ガラスの張られていない窓から光が差し込む。
眩しいそれに反応してか、久しぶりに見た夢のせいか。の気分はあまり優れないようだ。
今日も脳裏に浮かぶのは…
「…行きましょう、紅吹雪」
残像を振り切り、は愛刀を手に部屋を後にした。
「w」
「!!」
一瞬、背筋にぞっとしたものを感じ、すぐさまに振り返る。
そこには言うまでもなく、ヒソカの姿。
「あ、兄上……お早う御座います」
「はいお早うw こんな時間から何処に行くんだい?」
「少し散歩に出ようかと。…先に言わせて頂きますが、後を着けるなどと醜い真似はなさらぬように」
いっそ清清しい程の笑みを浮かべて言うに、ヒソカはさらに笑みを返す。
「はいはいw 夕飯までには帰っておいで☆」
「…子供扱いなさらないで頂けますか」
「違うよ、ディナーでも一緒に、って事w」
「謹んでお断り申し上げます」
はそれだけ言うと、さっさとその場を後にした。
「」
曲がり角の手前で、ヒソカに呼ばれる。
「…御用で?」
「無茶するんじゃないよ」
「!」
いつに無く真剣な顔で言うヒソカに驚きつつも、は微笑みを持って返事とした。
「……あと四つ…かw」
曲がり角に消えたを視線で追いながら、ヒソカはぽつりと呟いた。
「………」
当ても無く街を歩き続ける。
脳裏には、やはり浮かぶ、彼女の顔。
「……っ」
もう、いいじゃないか。
いい加減、覚悟を決めるべきだ。
…そんな事は、理解している。しているのに。
今日も、その選択がを悩ませる。
「――で、それがすごく綺麗なんだって! 水色で透明な人魚!」
「!!」
街角から聞こえた声に、は足を止めた。
「ほら、今日って満月じゃない? その人魚はね……」
「そのお話、詳しくお聞かせ願えますか?」
「!」
話し込んでいた少女2人が、声をかけたの方を振り返る。
その美しさに、2人は一瞬呆けるが、すぐに話を続けた。
「えっと、この近くの森の中に湖があるんですけど、そこには満月の夜にだけ現れるって人魚がいるらしいんですよ」
「…水色で、透明な?」
「はい。ハンターがよく捕獲に出るんですが、満月の夜は森の獣がかなり凶暴化するので、姿を見るどころか、湖に辿り着くのもやっとみたいなんです」
「凶暴化…」
は視線を一度逸らすと、何かに感づいたように瞳を細めた。
「…有難う御座います。私も是非、その人魚にお会いしたいものですわ」
は柔らかな微笑みを残し、その場を立ち去った。
(やっぱり…此処にも居た)
確信を射た瞳は、はるか上空を仰いだ。
――夜。
満月が窓の外から顔を覗かす頃、は身支度を済ませ、部屋を出た。
「…屋上に行くにしては、やけに重装備だな」
「!」
ははっとして廊下の奥を見つめる。
そこには、クロロが立っていた。
「気配を消すのが、お上手なのですね」
「本気のには、負けるかも知れんがな」
「ご謙遜を」
くすくすと笑う声が、少しだけ響く。
「…まだ、念は戻ってないのだろう。こんな時間に何処へ行くつもりだ?」
「あら。夜の住人がそう仰られるとは思いませんでしたわ。…私が何処へ行くとしても、其れは私の勝手というものでしょう?」
「それもそうだ。だったらこれは俺の我侭として聞いて欲しい。――連れて行ってくれないか?」
月光が、2人を照らす。
「…お断り致します」
「!」
「後ろの方も一緒に来られると思うので」
がため息交じりで言うと、廊下の向こう側からヒソカが現れた。
「ヒソカ…わざわざ気配も消さずに居たかと思えば、に気づいてもらうためか?」
「ん〜、半分正解☆」
「念の使えぬ私が気づくわけが無いと思っていらしたのでしょう?」
「それも半分正解☆」
「つまり、その半分同士を足せば正解、という事か」
「大正解w さすがはクロロ◆ 団長なだけあるねぇw」
「…お前、俺を嘗めていないか…?」
ギスギスした空気が流れ始めたのに気づき、は一度咳払いをする。
「…時間が惜しいのですけれど。来られるのはこの際許しましょう。ですから早くして頂けませんか?」
「はいはい♪」
「ああ、すまないな」
2人を上手く丸め込むものの、やっぱり連れて行くことになってしまうのか、と、は軽くため息を着いた。
「結構深い森だな…」
街から少し外れたところに、その森はあった。
街との境は、檻とも思える頑丈なフェンスで区切られていたが、ヒソカが持っていたハンターライセンスのおかげで中に入る事ができたのだった。
「あの入り口からして、凶暴な動物が居る事は確かだね☆ 狩りがいがあるなぁ…w」
「一匹でも狩ろうなら、私が兄上の首を切り落として差し上げますから」
「は口が悪いなぁw」
「自負しております。それにこれは兄上仕様ですので」
「酷いねぇ…w」
進むスピードは変えずに、3人は森の奥へと進んでいく。
「…私達が勝手に森へ足を踏み入れたのです。縄張りを守ろうとするのは生き物として当たり前の行動。
其れに対し、私達が危害を加えるのは一方的な略奪でしかありません」
「…しかし、それではただやられるだけだろう?」
「ご安心を。少なくとも、此の森では大丈夫です」
「…? ――!!」
3人は気配を感じ取り、足を止めた。
少し距離を置いた木の向こう側から、殺気立ったキツネグマが現れたのだ。
「…どうするんだい? 手を出しちゃいけないんだろう?」
「……」
は、ゆっくりと歩みを進めた。
「…っ!? 危ないぞ!」
クロロが叫ぶ中、はすでにキツネグマのすぐ前まで来ていた。
「グアァァァッ!!」
「…――リヴェルツァイラ」
「!」
が発した言葉に反応し、キツネグマは急にその殺気を収めた。
「此の森は、リヴェルに守られているものとお見受け致します」
すっと、キツネグマの眼前に手の甲を差し出す。
「契約者、の名に置いて誓います。貴方達に決して危害は加えません。
…私を、リヴェルの元へ導いて頂けますか」
「………」
キツネグマは、鼻先をの手に押し付けると、森の奥へと歩き出した。
「今のは…?」
「行きましょう」
歩き出すに合わせ、2人も後に続く。
「…、今のは一体…」
「兄上なら、ご存知でしょう?」
一度視線をヒソカに向け、は少し距離を取るように足を速めた。
「…あの子は、探してるんだよ」
「探してる?」
「…――かつては契約を交わした…七人の仲間◆」
「どういう事だ…?」
「そこまでは、イ・エ・ナ・イw」
ヒソカの返答をクロロは見透かしていたようで、特に何も言わずに足を進めた。
クロロの視線は、やはり品定めのようにを見ている。
「……!」
「……」
ふと視線をヒソカに向ければ、先程の笑みは微塵も残されていない。
「……」
「……」
その沈黙が物語るのは一つだけ。
――…手を出すな。
「…此処のようです」
の声で、2人は視線を前に向ける。
森が割れ、月の光が反射する湖が顔を出していた。
すでにキツネグマは姿を消している。
「満月が丁度真上に見えますね」
空を仰ぐは、何処までも綺麗で。
しかし、その瞳に映るのは…
「……」
「…――紅吹雪」
が愛刀の名を呼ぶと、紅吹雪はうっすらと光を帯び出した。
「彼の者を呼び起こさん……水神よ、目覚めよ」
満月から湖へ、真っ直ぐに光が差し込む。
そしてそこから…
「……リヴェルツァイラ」
半透明に輝く、人魚が姿を現した。
「さぁ…此方へ」
が刀を差し出したのを見て、リヴェルはにこやかに手を伸ばし――
「――お久しぶり」
「!!」
何処からとも無く聞こえた声に反応し、リヴェルはその形をだんだん解かせる。
「リヴェル…!!」
『……!!』
悲しそうな瞳でを見た後、水色の光は、其処にいた人物の刀へと吸い込まれていった。
「……ぁ…っ…」
目を見開く、。
湖に立ち、一歩一歩迫るその威圧感を放つ少女。
ヒソカは気づいていた。
クロロもどこかで気づいていた。
そう、そこにいた少女こそ――
「…――なつ、め…」
恨み、憎み、
そして涙した――棗なのだった。