どんっと、何かにぶつかる衝撃。


チラシで隠していた前方に誰かいたのか、私はそのまましりもちを着くように後ろに倒れた。





「いったぁ……」


「ククッ……ちゃんと前見て歩かんからじゃ」


「!」





はっとして、声のした方を見上げると、






「俺はついとるみたいじゃの。まさか、クリスマス嫌いのに会えるとは思わんかった」




「……雅治…」







そこには、雅治が、いた。






雅治の差し出した手を掴み、私は立ち上がる。





「で、一人で何をしとるんじゃ? …まさか、誰かとデートとか言わんよな?」


それは言わん。…………今年もお使いよ。…結局、この日は嫌な事しか起こらないのかぁ……はぁ…」


「そんなに俺に会いたくなかった?」


「無かったね」





雅治だけじゃなくて、誰にも。


今日だけは、どうしても醜い気持ちになってしまうから。





「………」


「…


「え?  !」




急に、雅治は私の手を握り歩き出した。


あわてて着いていくと、今度は私の歩調に合わせて歩いてくれた。





「ちょ、ちょっと!」


「お使い。どこ行くん?」


「え…そこの、ケーキ屋さんだけど…」




歩いているうちに、目的のケーキ屋はすぐに見えた。


今はそんなにお客さんもいないみたい。これならすぐに予約できそう…。


そう思っていると、雅治はそのままカウンターまで私を引き連れて行った。





「どれ買うん?」


「あ、このケーキ……明日の予約で」


「はい、承りました。ではこちらの用紙にご記入ください」





店員さんに渡された紙に必要事項を記入しながら、私は はっとした。





「……何で雅治が着いてきてるの?」


「今更な事言うんじゃなか。…今日一日、俺に付き合ってくれん?」


「う…………」





ペンを止め、考える。


どうしよう。家には10時を過ぎないと帰れない。


だからって特に用も無く一人でぶらぶらするだけなのに雅治のお誘いを断るのも……あぁ、でも面倒だし……でも帰るのは………












「夜10時までに帰ってきたらアンタはケーキ無し」










ケーキ無しどころか、最強マザーに殺されかねない。






「……10時、までなら…」


「充分じゃ。…でも珍しいの。断られると思った」


「深くは聞かないで。命に関わる問題なの


「ふーん…。まぁ、と過ごせるなら何でも構わんよ?」





私は軽くため息を着いて、もう一度ペンを動かした。


全て記入し、予約は完了。お金を払い引換券を手にして、店を出た。





「何か予定でもあるの?」


「いや……に、話があっての」


「話? やだ、何回目の告白?


「それなら何回でも。……今回は、真面目な話ナリ」


「真面目、ねぇ…」





いつのまにか絡め取られていた左手に一瞬視線を落とす。


本当はすぐに帰ろうと思っていたから、手袋は持ってきていなかった。


冷たくなっていた手のひらに、雅治の手は、とても暖かい。





「…………っ」


?」


「ごめ、…なんでもない」


「…嘘。顔色悪いとよ」





違う、そんな顔しないで。


雅治が悪いんじゃなくて。


この街の雰囲気とか、手から伝わるぬくもりとか、







私には痛々しい毒でしかなくて。







「…3年前の事、思い出してしまったんかの」


「…………実は…少し」


「話がてら休憩しよ。ここからも離れられる。公園で良か?」


「どこでもいいけど…」





そのまま雅治に連れられて、私は街道を抜け出した。


……雅治は、見てないようで私を見てる。


いつだって、辛いときはその手で助けてくれた。






だけどね。






私には、その手だって怖いの。


怖くて仕方ないの。




いつか必ず、愛おしく思っていた全てが私の元を離れ、別の子のものになってしまうと。


それは、私だけのものでは無いんだと。





思い込みにも近い確信を持っているから…。




























































































思えば、クリスマスの公園って、カップルだらけでは。






公園の入り口まで来て、私はその事に気づいた。


私が気づいたんだ。雅治が気づかないわけが無い。


……どうするんだろう。





、もう少し我慢できる?」


「もう平気」


「じゃぁ、ここからまた少し歩くからの」




かなり広い面積を持つこの緑地公園は、子どもの遊具が集まった丘やだだっ広い広場、そしてベンチの集まった広場があり、

ここを直進すればベンチのある広場にはつくはずで。



だけど、雅治は公園に入ってすぐ、右に曲がった。





「ねぇ…ここ、道じゃないよ」


「道じゃ」


「道だとしたらかなり獣道なんですけど…」





傾斜のある、草木の生い茂る林の中に入る雅治。


一体どこに向かっているのか、こんな場所を通ったことの無い私には全く解らない。





「ねぇ、いつまで…」


「着いた。…ほれ」


「!」




雅治に腕を引かれ、視線を上げると、急に視界が晴れた。






「わ、ぁ……」





そこは、街を見渡せる高台の上。


たった一つ置かれたベンチを囲むように、今通ってきた林が周りを囲っていた。


ここは完全に、孤立した空間だ。





「昔見つけての。たまに学校サボる時、ここを使ってたんじゃ」


「……誰も来ないの?」


「去年のイブもここに一人でおったけど、誰も来んかった」


「一人? 彼女は?」


「…が言ったんじゃろ。『クリスマスは恋人たちのイベントなの』って。


 俺もそう思ってる。じゃから、イベント事の時は彼女は作らんかった。この三年間、ずっと」


「…どういう意味? それって矛盾してない?」


「…鈍いの」





雅治の発言に少しむっとしつつも、先にベンチに座った彼に隣を薦められたので、座る。


随分気分も良くなって、私は一度大きく息を吸った。





「そういうイベント事の度に、一番好きな子は誘いを断るんでの。他の女と過ごしても空しいだけじゃ」


「へぇ」


「………………空しい…」


「え、嘘、今?」


「…鈍すぎじゃ」





一度は離れた手を、また雅治は握ってきた。


心なしか、まだ微妙に落ち着かない。





「…平気?」


「大丈夫、だと思う。…ごめんね」


「謝らんで良か」





ふと、隣に居る雅治の顔を見上げる。


雅治は微笑みながら景色を眺めていた。





「…俺の顔、何かついとる?」


「えっ、いや、ううん」


「…は本当に可愛いの」





頭をくしゃくしゃと撫でられ、私は思わず目を閉じた。





「もうっ、やめてよ…っ   !」





目を開けると、そこには、






「…雅治?」





真剣な目をした、雅治。


そこには、さっきまでの雰囲気も、笑みも、無かった。


繋がっていた手にも、力が込められていた。









「……実は今な、
















 氷帝のテニス部が、練習試合に来とるんよ」




















音が、消えた。












「…………え…?」




「…忍足 侑士が、今この街におるんじゃ」





耳に聞こえるのは、静かに告げる、雅治の声だけ。


風の音も、少し聞こえていた街の雑踏も、今は耳に届かない。





「侑、士…が…」





急に、手が震えだした。


やだ、会いたくない……っ。





、聞いて。ここなら大丈夫。誰も来んから」





震える私の両手を、雅治の大きな手が包み込んだ。


自然と、私と雅治は上半身だけ向かい合う形になる。






「…今日、午前中に部活があってな。俺、忍足クンとこのペアと試合したんじゃ」


「!」


「もちろん…勝った。勝って、言いたい事があったからの」














「三年前は…が世話んなったの」



「! 、立海に転校してたんか…!?」




「ああ、もちろんさんは貴方達には会わせませんよ? 彼女がそれを望みませんからね」


「何、お前。もしかして、まだ自分が想われてるとでも思ってたわけ?」


「女性を騙すなど…たるんどるどころか、あるまじき行為だ。恥を知れ」






「そういう事。


 ………はお前さんみたいな奴には手に余る女じゃ。










 …俺が、貰う」















体温が上がっていくのが、すぐに解った。


体中が、何より、繋がっている手が熱くて。





「も、貰う…って………」





やだ、絶対今、顔赤い。





「氷帝との練習試合が決まった時から、決めてたんじゃ。忍足クンに勝って、の仇打ちするっての。


 ………そんで、言おうと思った」






雅治は、今日一番真剣な顔で、真っ赤な顔の私を見つめてきた。





「…これで駄目なら、俺は諦める。……最後の告白じゃ」


「雅……っ」






















「…好いとうよ。………

























どうして?






何で?









「……っ…」








何で私、泣いてるの?






自分でも解らない。怖いわけじゃない。嫌なわけじゃない。


この涙は、何?






「…怖がらせて、しもうたかの」


「違っ……わ、たし……っ!!」


「ゆっくり喋れば良か。…落ち着きんしゃい」






涙で詰まって、言葉が出ない。


雅治は寂しそうな顔を少し微笑ませ、私の背中を撫でてくれた。







「……何も言わんで構わんから、聞いてな?


 俺、三年前からずっとを見とったんじゃ。…この三年、丸井と一緒に三人でつるんでるんが楽しかった。


 いつも二人でに好き言うて、その度にに呆れられて……冗談に取られても、それはそれで良かったんじゃ」




「……う、ん……」




「気持ちに気づいたんは、から忍足クンの話を聞いた時。


 …俺なら、好きな子を絶対泣かさんのにって…嫉妬しとった。泣きそうなを抱きしめたくなって、でも手が出んで…


 お前さんは、それくらい俺にとっては愛おし過ぎる存在」




「…………」




に真剣に告白しよるのは、忍足クンに試合で勝ってからって、その時決めた。


 が背負うもん全部に、俺が勝ってからっての。


 …何の因果か、それが今日。しかもクリスマスイヴじゃ。笑えるじゃろ」




「笑え、ない…し……」





まだ少し流れる涙もお構い無しに、私は少し笑いをこぼした。


雅治はそんな私に満足したかのような笑みを浮かべる。






「………、怖がらんで良か。…答え、聞かせて」





今度は微笑んだまま、私の涙を指で掬いながら言う雅治。








ああ、神様、サンタ様。


ホントは貴方達なんて信じてないんだけど、どうか願いを聞いてください。







「私、は……」



「…ん」







たった一言、伝える勇気を、







「私は…っ」









下さい……









「……!」








その時、鼻先に冷たい何かが降ってきた。







「ゆ、き…?」










……ああ…ホントにいたんだ…神様も、サンタも。









「……」


「! …?」





私は顔を隠すように身を丸めながら、雅治に抱きついた。





「寒いから……暖めて」


「…が甘えてくるの、初めてじゃ」




嬉しかったのか、少しばかり強い力で抱きしめてくれる雅治。




「苦しくなか?」


「丁度いい。……ううん、もっと強くていい」






離さないって、その腕で証明して。





「それじゃお前さんが潰れてしまう」


「いっそ潰れたい…そんな気分なの」






あなたの、腕の中でなら。


もう何だって構わない。


























「…………好き、雅治」





























今日は、10時が過ぎても、





一緒にいて。










丘の下から僅かに聞こえてくる、街に流れるクリスマスキャロルを聞きながら、



私はそんなことを思った。



























































Merry Christmas With Nio!!


















如何だったでしょうか?

クリスマス企画『White Christmas Carol』仁王編でした。



よくよく思えば、これが初仁王夢。

…華々しいデビューを飾ったもんだなぁオイ?((怖



書いてる内にどんどん彼の言語が解らなくなってくるという罠にかかりつつも、

何とか仕上げることができました。うーん、さすが詐欺師。((違



とにかく書いてて楽しかったです☆

よろしければブン太編・忍足編もどーぞ!



では、皐月でした。     拝。









MIDI:光闇世界