「っわ…!?」






急にコートを引っ張られ、私はつんのめるように立ち止まった。


何なんだ、と思いながら、振り向く。










「――――――え……?」










そこに、いたのは、














「やっぱり……や……」













侑士、だった。











「…………」





何が、起こってる?


震える手は、いつのまにか持っていたチラシを落としていた。




侑士はそれを拾うと、一度目を通してから、私に手渡した。




呆然と、それを受け取る。


意識が追いつかない。






「忍足! 行き成り走り出してどうし……!?」


「うっわーだっ!! 久しぶり!?」


さん……!?」






その後ろから、見知った連中が走ってきた。


状況をこんなにも冷静に把握できているのに、私の頭はそれを理解しようとしてくれない。







「何、で……神奈川に…」







搾り出すような声が、やっと出た。


忍足たちの顔は、ずっと歪んだまま。それはきっと私も同じ。





ううん、私のほうがきっと、もっと悲惨だ。





泣きそうな、倒れそうな、青い顔をしているに違いない。


さっきから、足元がふらつくもん。立ってる感覚がしない。






「…今日と明日、立海と練習試合やってんねん。


 …………こそ…立海に、転校してたんやって…?」






侑士の問いに、私は目も合わせずに頷いた。




駄目だ。これ以上。






助けて……助けてよ、


雅治、ブン太…っ






「………話、できる?」


「!」






できるわけ、ないじゃない。


アンタ、三年前、私に何したか覚えてないの?







「…侑士! が怖がってんじゃん!」






その時、岳人が私の側まで駆け寄ってきた。


ふらつく身体を支えて、うつむく私の顔を覗き込む。




三年前と変わらない、真っ直ぐな瞳と目が合った。





「岳人……」


「…久しぶり、だな」





それでもどこか気まずそうな笑顔で、岳人は微笑んでくれた。


私が氷帝に居た頃、一番仲良かったのは岳人だった。今でも変わってないんだね、優しい岳人のまま。






「…雅治と、ブン太、に…会った…? 私の事、何か言った…?」





「あ! そうそう! ってば丸井君と友達なんでしょ!? うらやまC〜っ」


「…黙れってジロー。…ああ、会って、話されたぜ」





侑士は見ず、私は岳人と会話をしている。


右方向に居る侑士の顔色は解らない。





「あいつらも、は一度侑士と話する必要があるって…そう思ってたらしい。……できる?」


「……………」





ごめんね、岳人。


岳人やあいつらに頼まれても、私、侑士と話すことなんて…無いよ。






「っさん、聞いてください!! 忍足先輩はあの日から……!!」


「言わんでいい、鳳」


「でも……っ」


「自分で言えるわ。ガキやあるまいし」





侑士は一歩私に近づくと、少し腰をかがめて私の顔を覗き込んだ。


一瞬、びくっと身体が反応する。






「…怖がらせて、ごめんやで。………三年前の、事も。ホンマにごめん。


 それでも、話がしたいんや…。二人きりが嫌なら、岳人も連れてくから。……アカンか…?」



「…………」





そっと、目を合わせる。


侑士は、優しい微笑みを向けていた。






「……二人で、いい」


「!」


「話くらい、できるから。私だって…もう、逃げたくない」







三年間。


このモヤモヤした気持ちを、全部侑士のせいにして。


しっかりと決着も着けずに、神奈川に逃げてきたのは、私。






クリスマスの度にそれを思い出してムカついてたのは、



侑士じゃなくて、逃げた自分に対してだったから。









「……おい、忍足」


「跡部?」





後ろで景吾が侑士を呼び止めた。





をまた傷つけるような真似をしてみろ、今度はその面、ぶん殴るだけじゃ済まさねぇからな」


「…はいはい。あん時の景ちゃんは怖かったわ」


「今ぶん殴ってやろうか」






…侑士、殴られたの?





。お前もだ。……勝手に携帯まで変えやがって」


「!」


「……俺らがどんだけ心配したか解ってんのか?」


「…ごめん」






だって、本当に怖かったんだ。


侑士に繋がるもの、全部全部消さないと。私はこの人に繋がる道を持ってしまう事になるから、って。


それも、私を守るための『逃げ』だったから。





「…これをやる」


「何…?」





景吾がポケットから取り出した紙を開く。


それは、テニス部レギュラーの連絡網だった。






忍足以外には全員にメールしろ。いいな」


「え、俺は?」


「あーん? 甘えてんじゃねぇぞ。テメェは死ぬ気で謝って自分で獲得しろクズが






あまりな言われ様だな……。


もしかして、三年間ずっとこんな調子だったの…? ある意味ホントに悪いことしたかもしれない。ごめん侑士。





「…あー…その、何や。……行こか」


「……ん」





すっと、差し出された手。


恐る恐る自分の手を重ねると、侑士は優しく握り返してくれた。






「……!」





みんなに背を向けて歩こうとしていた私と侑士を、岳人の声が止めた。






「…また、な。絶対、また会おうな…?」


「…………うん。また、みんなで」





私の返事で、岳人の顔に笑みが広がった。


やっと見た、昔のままの岳人の満面の笑み。





私は一度微笑むと、もう一度侑士と歩き出した。







































































「…で、そしたら、岳人の奴が思い切り跳びよってな? その間にクロスにスコーン、や」


「相変わらずなんだね」






歩きながら、今日の立海との練習試合の話を聞いていた。


私は時々笑みをこぼすけど、未だに、侑士の顔は見られない。






「…、あいつらにめっちゃ大事にされてるんやな」


「え…?」




「俺な、…あいつらに負けた。どんだけ頑張っても、なかなかポイント取られへんくて。


 …それもそのはずや。あいつら、の仇討ちのつもりで向かって来よってんもん」




























「三年前は…が世話んなったの」



「! 、立海に転校してたんか…!?」




「ああ、簡単にに会える等と思わないでもらいたい」


「お前のせいではクリスマス嫌いになって、クリスマスは家から出ねぇんだぞ」


「ホント、あんたらのせいでこっちは困ってるんスよー。さん口説けなくて」


「…生意気に口説こうとしてんじゃねぇ」






「まぁ何にせよ、お前さんのせいで、は毎年この時期は酷い荒れようじゃ。


 ………だが、それは裏返せばまだ意識しているって事。だからお前さんらは、一度話す必要がある。…が望まなくても、の。










 …もし、が家に閉じこもる今日……街でを見つける事ができたら。


 そん時は、お前さんがと話すことを許す」
































「…って、言われた」


「………そんな、勝手な……」






何よ、勝手な、事…。


何で…あいつらにそんな事決められなきゃいけないの。







「…は、それだけ想われてるんよ」







……でも。


こうでもなかったら、きっと、






侑士は私を見つけても、話しかけなかったかもしれない。


私も、話なんてする気にならなかった。







「…重いよ、そんなの」


「そういうのは、後になって大事やったって気づくもんや。素直になり」






侑士は繋いでいた手を離し、私の頭を ぽんと撫でた。






「…そういえば、…今日は、何で外におったん…?」


「あ。お使い…そこのケーキ屋さんに」






言われて思い出したケーキ屋さんは、もう見える所にあった。






「予約するだけだから。…ここで待ってて」


「解った」






侑士を店の前に待たせて、私は店内に入った。





侑士とケーキ屋に入るのは抵抗があった。


あの日、私はケーキを買いに行って、あの現場に出くわしたから。




…でも、クリスマスは嫌うようになっても、ケーキを嫌いにはならなかった。


その辺りは現金だなぁ。甘いもの大好きな女の性。






「有難う御座いました」






予約を済ませ、店の前にいる侑士を見た。





「!」






侑士の側に、


私が、元々居たグループの子達が、いた。





「…………」





そりゃ、知ってるとは、思うけどさ。練習試合で、来てることくらい。


……どうしよう、店から出づらい。






「…あ…」






そんな事を考えていると、彼女たちはこっちを見て、目を見開いた。


途端、侑士に向かって、何か叫びだした。


侑士は、私の方を見て、手招きする。






「ちょっと! あんたどういうつもり!?」


「『テニス部には興味ない』とか言って、やっぱり氷帝の人とも仲良くしてたんじゃない!!」


「今は仁王君達と一緒に居るくせに!! …二股もしようなんて、図々しいのよ!!」


「っ!!」






二、股…?



何よ、それ、






誰が、いつ、そんなことした?






やったのは、


















私じゃない。


















「…っぃや……!!」


っ」






錯乱しそうになる私を、侑士は急に抱きしめた。






「…ちゃうねん。がこっちに越してきたんは…俺が悪いんや」


「え…?」





震えの止まらない身体を抱きしめながら、侑士は彼女たちに説明した。





「俺が、コイツ裏切るような事してん。せやから、『興味ない』なんて言うたんやろ。

 …それと、付き合ってない男と居るだけで二股…っていうんは、嫉妬でしかないで」


「…………」


「折角そんな綺麗な顔してるんや。わざわざ自分からブサイクになることないやん」


「……ごめん、なさい」


「謝るんは、俺やないんちゃう?」





そう言って、私を腕の中から放す侑士。


ゆっくりと彼女たちの方を振り返ると、居心地の悪そうな顔で私を見ていた。





「あの……


「…無視したり、一緒に居なくなったり……ごめんね」


「私ら、羨ましかったんだ」





違うよ。





「冬休み、みんなでまた、遊ぼう?」


、買い物したいって言ってたよねっ? ……もう、二年前の話に、なるけどさ……」


「今更かも、しんないけど…」





元々距離を置こうとしていたのは、私。


中途半端な位置で、自分を守ろうとしていた卑怯者なの。





「……カラオケ、行きたいな。……みんなで」


「! …!!」






今度こそ、『友達』になれるかな?


ううん。……なりたい。





「じゃぁ、また連絡するねっ」


「お邪魔したみたいだし?」


「またね!!」






彼女たちに手を振って、私は侑士を見た。





「…有難う」


「いや……急に抱きしめて、ごめん」


「それはもう、いいよ。それより……何であの子達と…?」


「ああ……まぁ、なんや。…逆ナン、されて。がおるからごめんって言うてたんやけど…」






「……私が居なかったら、着いていったって事…?」






「…………」


「わっ!?」






侑士はいきなり私の手を掴み、早歩きでその場を離れた。


私は時々転びそうになりながらも侑士についていく。







「ちょ、ちょっとっ……! や、やだっ」






一気に不安が押し寄せてきた。


そんな私の様子に、周りは何の騒ぎだ、と視線を送る。






「やめてっ、怖い……っ侑士ってば!!」


「!」





侑士は急に足を止めた。


私はそれに反応できず、侑士の背中に激突する。






「…ごめん、俺……。また、に怖い思いさせて…」


「ううん…私が、捻くれた事言ったから…」


「ちゃう。にそう思われる事やった俺が悪いんや」






侑士とぶつかったおでこを、優しく撫でられた。(正確には顔面ぶつかったんだけど)







「…三年ぶりに、名前呼んでくれたな。…嬉しい」


「え…そう、だった?」


「せや」





侑士は嬉しそうに微笑むと、温かい両手で私の頬を包んだ。





「…不安がらせんように、先言うな? 今からこの近くの教会行って、神様の前で懺悔したい。


 ……に会えんかったら、あいつらと行くつもりやってん」




「…教会なんて、この近くにあったっけ…」



「古い所で、クリスマスのミサもやってへんような教会がある」







今度は二人並びながら歩き出す。




今はもう、目を合わせることも手を握られることも抵抗は無い。






































































ステンドグラスが、本当に綺麗だった。






教会のドアを開けて、まずそう思った。


誰もいない教会内は静まり返っていて、厳かな雰囲気が漂っている。







、こっち来て」







入り口で呆然としていた私を、侑士が呼んだ。


祭壇の前まで行くと、キリストの像が私たちを見下ろしていた。







「……俺は、許されん事をしました」



「!」







侑士を見ると、その視線はキリストの像へ向いていた。






「三年前、俺は隣にいる女性を裏切る行為をしました。


 …しかもその頃の俺は、その行為に罪悪感なんか感じひんかった最低な人間でした」




「…………」




「そのせいで彼女は俺の前から姿を消しました。


 俺は彼女が居らんくなって初めて、自分の愚かさに気づきました。


 ……それからずっと、俺は彼女意外を好きになんかなれんかった…です。





 本気で好きやったんは彼女………だけでした」







「!」








この、三年間、




ずっと?








「罰やと思いました。彼女を深く傷つけた罰やって。


 もう二度と、彼女には会われへんのやろかって……いや、きっと神様が会わせてくれんやろなって思ってました」








あの侑士が…



誰とも、この三年間付き合わなかったって…?






そんなの、ありえない。








「せやから……今日、会わせてくれたんはきっと、神様がチャンスくれたんやって……そう、思いました。


 …俺は今度こそ、を大切にしたい。…失いたくない、から…」







言い終わった侑士は、そのままその場に座りこんだ。






「うっわ恥ず……独り言もええとこやん、俺」


「…………神様は、聞いてたよ…きっと」






私も侑士の横に座り、両手で覆っている顔を覗き込んだ。






「…あと、私も」


……」






顔を上げた侑士は、心なしか赤い。







「……………、俺のこと許して、信じてくれんか…?」


「え……」





熱の引いた顔は、真剣な面持ちで私を見ていた。


真っ直ぐに見られて、私は、視線をそらす。






「……許す、事は…できない」


「…………」







「…本人に、聞くことじゃないかもだけど……





 許すって、そんなに大事なこと?」







「!」







だって、許すことはできないもの。


いつだって不安だもの。





それでも、今感じてるこの気持ちは、嘘じゃない。












「過去は許せない。だけど今を信じたい。……そして未来を、願いたい」









矛盾してるのなんか、とっくに気づいてる。












「だって私、きっと今でも侑士が好き」












私以外、愛せないなら。



ずっと私を愛せばいい。










もう私を不安にさせないと誓うなら。








私は全てを捧げましょう。











「許さない事が、私にとっては『許す』事。……私に信じて欲しいなら、もう二度と私を不安にさせないで」











侑士は私の答えに面を喰らったような顔をした後、すくっと立ち上がり、私を引き上げた。







「……めっちゃ嬉しい……は女神や……」


「そんなんじゃないし…。こんな矛盾した感情、人間でしか持てないもの」


「でも……」


「ん?」





「…何で重要な事、さらっと言うんや……」





「何が…  !」






侑士はいきなり私に抱きつくと、きついほどの力で私を抱きしめた。






「ちょっと!! ここ教会…っていうか、神様の前!!///」


「構わん構わん。神は背徳の愛意外オールオッケーや


「お前が神を語るな!! 似非クサイ!!


「神は俺らを祝福しますええもちろん」


「ちょ、待って本気キモイ!!」







何を急に態度変えやがって……殴りてぇ……。







「もう!! 早く街に帰るよ! 三年分のクリスマスを楽しんでやるんだから」







そう言って、私はまだ抱きついたままの侑士を引きずって教会を出た。











「侑士、重い」


「名前、もっと呼んで」


「……離れてくれたら呼んであげる」






侑士はゆっくりと私から身体を離す。


やっと視線が合って、私は少し頬を染めた。








「侑士、






 ……大好きだよ」










この先どうなるか解らない。



だけど、







この人はもう、同じ過ちは、起こさない。






今は、信じられるから。









「俺も。……が、好きや」



「……うん」









ゆっくりと、触れるようなキスをした。



相手を確かめるように。



ただ、何度も。







「あ! 雪…!!」






ふと目を開けたとき、空から舞い落ちる白い雪が目に映った。







「明日、積もればいいね」



「……なぁ、







急に私を呼ぶ侑士。



見上げると、ニヤ、と笑っていた。


























「……氷帝の合宿所、行かん?」




「!!///」












































前略、最強マザー。








今日は10時以降も帰れそうにありません。




あと、予約したケーキは自分で取りに行ってください。
































































Merry Christmas With Oshitari!!


















如何だったでしょうか?

クリスマス企画『White Christmas Carol』忍足編でした。



三人の中で一番長い話になった…。



っていうかお持ち帰り!? お持ち帰られ!? くっそこの高校生め!!((意味不明

合宿所で何をしているのかはご想像にお任せします。笑



人間の矛盾した気持ち。

特に恋愛に関しては複雑この上ないですよね。



私も裏切られたり騙されたりで荒んだ恋愛してきましたともさ。

だからこの話は気持ち入りすぎでクダクダ感があります。笑

でも、こんな風にヨリ戻すのもありかと。




ああもうグダグダですいませんorz

宜しければ仁王編・ブン太編もどーぞ!



では、皐月でした。     拝。