侑士は優しい。
侑士は誰にでも優しい。
侑士は女の子なら誰にでも優しい。
「……………」
「…どないしたん、そんな怖い顔して」
「うるさいあたしは元からこんな顔だ故に黙れ」
「……………怖」
「黙れないなら黙らせてあげようか?」
「スンマセン…」
今までは、あんまりうるさく言わなかった。
どれだけ女の子に優しくしてても、
彼女のあたしは特別だったから。
どれだけ女の子と仲良くしてても、
それは友達の付き合いだったから。
…でも、
「…侑士」
「ん?」
「…………あたしと……別れ、て…」
もう、無理。
< 曖昧3cm >
「…で、忙しい俺様にそんな事相談しにきたってのか?」
「跡部は器用だから、仕事しながらでも人の話聞けるでしょ」
「…………」
跡部はふうっとため息をつきながらも、手を動かしながらあたしの話に耳を傾けてくれていた。
この生徒会室は、テニス部の練習のない放課後には跡部しか居ない。
「……忍足から逃げてどうするつもりだ。今頃血眼で探してんじゃねぇのか、アーン?」
「侑士は、あたしのことなんか…好きじゃなかったんだよ」
「んなことお前が決めることじゃねぇだろ。別に他の女とキスするくらい許してやりゃいいじゃねぇか」
「そんな簡単に言うなっ!! …許せるわけ、ないじゃんか……!」
そう、あたしは昨日、見てしまったんだ。
図書室で、テニス部が終わるのを待っていた時、ふと見下ろした窓の外。
校舎の裏手でキスをする、侑士と、女の子の姿。
「あたしは…そこらの軽い女じゃない。好きな人にはあたしだけを好きでいて欲しいし、大体キスなんて…好きな人としかするべきじゃない」
「ほう…?」
「ねぇ、これって普通じゃないの? あたし、ただの固い女だっていうのっ?」
「落ち着け。誰もんな事言ってねぇ」
跡部は机から立ち上がり、ソファーに座るあたしの所まで移動して頭を撫でてくれた。
「…本当にキスしてたのか? 図書室は4階だろ、角度的に見えねぇと思うんだが」
「そう言われると、断言は、できないけどさ……そうにしか見えないくらいに接近してたもん」
「接近、ねぇ…」
「え? ―――!!」
反転する視界。
気づけばあたしの視界には、跡部以外は映っていなくて…
「ちょっ…顔、顔近いっ!! っていうか何いきなり押し倒して…!?」
「近かったんだろ? どれくらいだ?」
「っはぁ!?」
「これくらいか? もっと近かったのか?」
言いながら、徐々に顔を近づけてくる跡部。
「い、や……っ……」
押さえつけられた腕のせいで、満足に顔も動かせない。
あたしはぎゅっと目を瞑って唇を閉ざした。
「………、目ぇ開けろ」
「…っ…」
恐る恐る目を開ける。
そこには、あたしの目を真っ直ぐに見つめる跡部の瞳。
距離は……3cm、あるかどうか…。
「…こんだけ近くても、接近は接近だ」
「何、言って…」
「4階から下を見下ろしたとして、この距離だとキスしてるように見えるだろ?」
「だから、意味解んな……」
「ちゃんと話つけて来いって言ってんだ。アーン?」
「…………」
誰と? …なんて、聞かなくても解る。
あれは未遂だって、キスしてないって、言いたいの?
何で、そんなこと跡部が知ってるの?
「……跡部、あたし…」
「―――――ここかっ!!??」
「!!」
勢いよく開いた扉に驚いて、あたしは目線だけそっちに向ける。
そこには、
「ゆ、侑士!?」
「居った…って跡部何してんねん!? から離れんかい!!!」
侑士はそのままの勢いであたし達のところまで来ると、あたしから跡部を引き剥がした。
「跡部…自分ええ度胸しとるやないか」
「凄むな馬鹿が。人が折角一肌脱いでやったっつーのに」
「何やて…!?」
「おい。後はどうすればいいか解るな?」
「えっ…あ、うん………?」
「だったら俺はもう行く。机の上に鍵が置いてあるから、好きなだけイチャついてから鍵かけて帰れ」
「あ、跡部っ!?」
それ以降、跡部は振り返ることも言葉を口にすることも無く、扉の向こうへと消えていった。
「…………」
「…………」
窓から差し込む夕日がまぶしい。
ええい、何で蛍光灯つけてなかったんだ、こんなムーディーな演出いらないっつの!!
「…」
「!」
そんな風に一人で葛藤していると、先に侑士の方が口を開いた。
「その、…跡部」
「何もしてない!! …あたしはその辺の軽い女とは違う…」
「そんなん解ってる。跡部に何もされんかったかって聞きたかったんや」
「…されてない…」
いつまで彼氏面してるの?
あたしたち、別れたでしょ?
頭を巡る思考は、言葉にならずに、
ただ、呆然と俯いているしかなかった。
聞きたいことはある。
それはきっと、聞かなきゃいけないことで。
「……なぁ。俺、と別れるつもりなんか無いで」
「……………」
「何か言うて、。…何でもええから」
「………」
言いたいことは、ある。
そしてそれは、言わなきゃいけないこと。
「あの、キス……本当に、して、無かったの?」
「してへんって何回も言うたやん」
「でも、あんなに近かった…から…」
「…ああ、それで跡部のヤツ…」
侑士は何か納得したようで、そのまま黙り込んでしまった。
ソファーに座ったままのこの場所からじゃ、夕日に背を向けたままの侑士の表情は読み取れない。
「…」
「きゃっ!?」
これで、今日で二度目。
そんなことを頭のどこかで思いながら、あたしは今度は侑士に押し倒されていた。
言葉をする暇も無く、近づいてくる顔。
…こんな気持ちのまま、キスなんかしたくない…!
「ちょっと待っ……侑士!!」
あたしは思わず、自由だった手で忍足の口を押さえた。
「…これや」
「えっ……?」
忍足は抑えられていたあたしの手を取り、身体を起こしてくれた。
その手にキスを落としながら、言葉を続ける。
「これと、逆。…俺はとっさにキスされるの手で防いでん」
「う、そ……」
「嘘ついてどないすんの」
「だって……!! …え、っていうか…何で跡部、そのこと…」
「昨日俺が告られて、キスされそうになったんは、うちのマネージャーや」
「え…」
「ほんで、昨日の内に跡部に辞めさせられてる。せやから安心しぃ」
「……………」
なんか、あたし…。
本当に、馬鹿みたい。
「…なんか気ぃ抜けた」
「まぁ、誤解とけたなら良かったわ」
「良くない。…キスされてんじゃんか」
「えっ?」
「手! 防いだ手、どっち!?」
びっくりしながらもおずおずと差し出された右手を、あたしは思い切り引き、
「!」
手のひらに、キスした。
「…これは全部あたしのなんだから。…一つだって渡さないんだから…」
少し赤面しながらも、ずっとその手を握り締めた。
「俺のパーツ、一つ一つ愛してくれるん?」
「その言い方キモイ」
「……!!(ガーン)」
「でもまぁ、……そういうことにしといてあげる」
何度も何度も、お互いに手、首、頬、額。あらゆるところにキスを落としていく。
これが、あたしたちの仲直りの儀式。
「………」
「…待って」
そして最後に、唇へキスしようとした瞬間、あと約3cm程であたしは侑士を止めた。
「どしたん?」
「…………やっぱり、その元マネージャーにちょっとムッとするなぁ」
「何で?」
「侑士は、この距離が一番色っぽくてカッコいいんだもん」
あたしのその言葉に、侑士はふっと笑った後、静かに唇を重ねた。
曖昧な、3cmの距離を縮めるように。
end.
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侑士夢なのに、べ様でしゃばりすぎだよ!!(笑)
何押し倒しちゃってんだよ!!(自分で書いたくせに…)
毎度ながらスイマセンorz 拝。