色づいて見えない世界。
視界は常に、ぼやけてて。
…失う事って、こんなにも辛いんだ…?
The reason for being.
The value of being.
――1st.
「なぁ、放課後ヒマ?」
ここは氷帝学園中等部。
私が此処に転入してから、早いもので一週間経つ。
「俺今日部活ないねん。一緒に遊ばへん?」
此処はプライド高い人が多くいるって聞いたから、多分、私の存在は疎まれると思ってた。
私は『特別待遇生』として、ここに転入した。『特別待遇生』とは、
@この学校の人(教師とか。生徒は値しない)の血縁、又は信用に足る者
A両親以外の保護下にある者
B学業・競技・特技に置いて、実績がある者
この三つに当てはまる者でしか受験できない。
私は2ヶ月前に両親を亡くし、昔から馴染みのあった榊太郎さんの保護を受けている。
血縁者は、もうこの世にいない。天涯孤独だった私を太郎さんは拾ってくれ、この学園に転入する事を薦めてくれた。
「何か食べに行く? それとも特待生なれた程の歌声聴かせてくれん?」
「!」
その言葉に、一瞬反応する。
「もしかして…俺のために歌ってくれる気なった?」
「…なってないし、これからもならない」
忍足侑士。
私がこのクラスに、こいつの隣の席に来てから、執拗なまでのアプローチを受けている。
「お、やっと喋ってくれたわ。折角可愛い声してんねんから、もっと喋らなもったいないで?」
「褒めたって無駄。死んでも歌わないから」
「に死なれたら俺困るやん。しゃぁないから今日は控えめにしたる」
「いやいっそあなたが死んでください」
「俺が死んだら元も子もないやん。の歌聴けんくなる」
「…………今さらなんだけど、何で呼び捨てなの?」
彼が私の歌にこれほど固執するのには訳がある。
私は6歳の時からアメリカに住んでいた。
歌うことが大好きで、アメリカでは少し名の知れた立派な歌い手である。
太郎さんとは、2度ほど協演もした。太郎さんのピアノほど、心地よく歌える旋律を私は知らない。
『特待生』条件の三つ目は、それがクリアしてくれた。
「そんなに聴きたいなら、CD聴けばいいじゃない。アメリカでしか売ってないけど」
「取り寄せるんは簡単やけどな。俺は、俺のためだけに歌ってくれるの歌が聴きたい」
「は……?」
「CD取り寄せるほど簡単には行かんやろ? つまり、その時にはきっとは俺に心開いてくれてるって事やw」
「……呆れてきた」
私は勢いよく席を立つ。
どこからとも無く集まる視線の中から、一際鋭い視線を、肌で感じ取る。
(アメリカみたいな物騒なトコ何年もいると…こういう変な感覚だけは身につくのよね…)
殺気ほど強いものじゃないが、明らかに、自分を快く思わない視線。
「どこ行くんや? 授業始まるで?」
「屋上でサボる。悪いけどあんたは来ないで」
場所を言っておきながら、彼に静止をかける。
つまりそれは、他の誰かに向けて放った言葉というわけだ。
私はそれを悟られまいと、笑顔を作って彼に牽制した。
「うわっ、笑った顔初めて見たわ。可愛いやん」
「コレあげるから、来ないでね?」
絶えず笑顔を向けながら言い、私は教室を後にした。
廊下を歩き、背後に意識を向ける。
「………… !」
…ほぉら、食いついてきた。
「随分と突飛な行動してくれるじゃない? 庶民の特別待遇生様?」
まんまと罠にかかってくれた3人の女生徒。
彼女たちに思う感情は、怒りでも混乱でも葛藤でもなく、哀れみ。
「ほーんと。榊先生の後ろ盾手があって入学できた庶民のくせに、忍足君に取り入ろうなんて」
そんなつもりは一切無い。
恋は盲目、とはよく言ったものだ。
「自分の立場を理解してないのかしら。何様って感じよね」
そう言う貴女は何様ですか。
「…最近、私に嫌がらせしてたのって………もしかしてっていうかあんたらだよね」
「この期に及んでまだそんな減らず口が叩けるの? 庶民は怖いもの知らずなのかしら?」
だんっ、と音がなる。
私は一瞬苦痛に顔をゆがめるが、すぐに音の発生源を見つめた。
壁に追い詰められていた私は、どうやら右肩を蹴りつけられたようだ。
やけに派手な音を響かせたのは、打ち付けられた肩の骨だろうか。
「あんた、どっかのお嬢様なわけ? それとも『庶民庶民』って口癖なの?」
「なっ…!? アンタ、怜子を知らないの!?」
「いや転入一週間で知ってるほうがおかしいかと」
「怜子の家はお金持ちで家柄も高いの! あの跡部様のお嫁さん候補なんだから!」
「いや跡部知らないし」
「あんたなんかが跡部様のこと知らなくていいのよ!」
『知らないの』だの『知らなくていい』だの……
まぁ、忍足が人気があることは知っていた。
付き纏われていれば、いつかはこういう人種に狙われることも。
そうじゃなくても、私はこいつらの言う通り、庶民。
生意気な転入生はいじめの対象として恰好の獲物だろう。
その二つが、偶然にも重なってしまった結果がこうだ。
(…うん。後であいつは一発殴っておこう)
「ちょっと、こいつまだ涼しい顔してるよ」
「何この胆の据わりよう。…ムカツク」
「…とにかく、二度と忍足君の前に顔を出せないようにしてあげましょう?」
私を蹴りつけた女はやっと足を下ろす。
その瞬間、私はさらに頬に痛みを感じ取った。
(うっわ、ビンタで口切れた…)
「これ以上痛い目に合いたくなかったら、大人しくしてなさい」
取り巻きの一人が、私のネクタイを外す。
「……何、もしかして私襲われる?」
「なんで私が女を襲わなきゃいけないのよ!! っこの減らず口が!!」
「っ!!」
口を切ったほうと逆の頬に、爪を立てられる。
今度は一瞬の痛みですまない。引っかかれた後も、血を伝う感覚が解らないほどに痛みで麻痺している。
「あらあら、綺麗になったんじゃない? これからもっと綺麗にしてあげる」
外されたネクタイで手首を縛られる。
頭上にある、何のためにあるのか解らない壁のわっかにも繋がれて、身動きが取れなくなる。
それと同時、口しか出していなかった女の手に、デジカメが取り出されていた。
「……あー…。ハズカシイ写真でも撮ろうって事?」
「当たり。あんた、これで泣くようには思えないけど…さすがに写真を学園中にばら撒かれるのはイヤでしょう?」
言いながら、シャツのボタンが外されていく。
歳のわりにふくよかな胸が風に晒された。
シャッター音が響く。
「泣かないならせめて、表情でも作ったら? アメリカで歌手やってたんなら、写真の一つも取られてたんじゃないの?」
「怜子、そうなの?」
「それで特待生になれたくらいだもの」
「だったらさぁ…――咽喉、潰せば早いんじゃない?」
三人は、お互いに「それ、いい!」等と談笑している。
「――無駄だよ」
「!」
そこに、私の温度の無い声が響いた。
「そんな事しなくても…
私、―――もう歌えなくなっちゃったから」
―――ばんっ!!
「あ…っ!?」
3人の視線は、そう言った私ではなく、勢いよく屋上の扉を開けた人物へ向けられていた。
「忍、足…君……!?」
「…そいつに、何しとんのや」
「わ、私達は…っ」
「……」
忍足は一直線にデジカメを持った女の所へ歩き出す。
「あっ」
「……」
女の手からそれを奪い取ると、思い切り、地面に投げ捨てる。
「きゃ…っ…!!」
「葛木 怜子…やったか?」
「え…?」
次は、怜子の元へ移動する。
「確か、跡部の嫁さん候補やって聞いた事あったな。…でももう無理やで」
「え…えぇ…!?」
「跡部は、こんな事する奴が大嫌いや。……俺もな」
「……っ!!」
私に話しかけるような優しさは一切無い口調。
「…さっさと消えろや」
この状況では当たり前だが、彼女たちには充分だったのだろう。涙を流して、屋上を後にした。
「……」
「……」
視線を感じる。
私は、目を合わすことなく、忍足の足元を見ていた。
「…先、謝るな。…ごめん」
「え…――!」
近づいてきた忍足は、急に、私を抱きしめて…
「―――阿呆!! 何自分で解決しようとしてんねん!! 俺に来るな言うといてやられとるやないか!!
俺が来るん遅れたらどうなってたか……っ!!」
………怒られた。
「…授業始まって、少しして気づいたんや。よく俺や跡部…テニス部の部長な、引っ付いてきよる3人が、教室におらんの。
そしたら、の様子変やった理由解って、来てみたら…案の定や。お前頭ええんか悪いんかどっちやねん、ホンマもう……」
耳元で、ため息をつかれる。
そんなに…心配してたんだ。
「……私が原因のストレスなら、私に当たれば気が済むって…思ったんだよ」
「は…?」
忍足の身体が離れ、目が合う。
「『犠牲』って言葉…偽善ぽいから好きじゃないけど。……いつだって、私が犠牲になれば、上手くいってたんだよ…」
「……?」
怪訝そうな顔をしたものの、忍足は私を拘束しているネクタイを外してくれた。
そして。
―――ぱちん。
「!?」
「…あの人達のストレスの原因。半分は、忍足なんだからね」
私は軽く、忍足の両頬をはたいた。
まだ、手は離さない。
血の気の引いた冷たい手のひらが、彼の温度で温まっていたから。
「私が殴られれば済むと思ったんだけど…あの人達、それだけじゃ物足りなかったらしくて。
…ちょっとムカついたから、忍足も半分背負ってよ」
「…これだけやと、俺のが軽い気ぃするけどな…」
忍足は私の両手を包むと、ポケットからハンカチを取り出し、頬と口の血を吹いてくれた。
「あーあー、可愛い顔に何すんねん、ホンマに…」
「痛い…」
「おっと、ごめんやで。……よし。って、何やこのアザ!?」
前が開けっ放しのシャツから覗くのは、右肩のアザ。
「これもあいつ等か…!? 何したらこんなすぐ赤くなんねん。…痛いやろ」
「痛すぎて感覚解んない……」
「…とりあえずシャツ、前留めよか。保健室行こ」
されるがまま、忍足はシャツのボタンを次々に留めていく。
「…意外……」
「何がや?」
「もっと節操ないと思ってた…」
「ははっ、さすがにこんな状態の子襲えんわ」
今笑って言ったけど…何、こんな状態じゃなかったら襲ってるって事ですか。
「姫さん抱っこは肩痛いな…左支えたる。歩けるか?」
「平気…有難う」
私は差し伸べられた忍足の手を掴んだ。
「………」
「…忍足…?」
「気になっとってんけど…
……『もう歌えんくなった』って、どういう事?」
屋上に残るのは、
冷たくなった風、破片の散ったデジカメ、
そして、
「…聞こえてたの」
感情の入らない、私の声。
TO BE CONTINUED.......
「どういう事なん? この話が面白かったら俺の事押してや?」