「あーヤバイっ、まだ心臓バクバク言ってるよ〜///」
「勇気出して挨拶して良かったぁw」
「あれ? 食べないの? じゃぁ一口も〜らいっ」
「きゃーっっww コレってもしかして、間接キス〜!!??///」
「……そ、そんなに見つめられたら、杏子ちゃん照れちゃう〜っ///」
さっきから一人で喋ってる女の子。
常にはちきれそうな笑顔で暴れてる女の子。
彼女――杏子と私は、何故かカフェでお茶をするハメになっていた。
The reason for being.
The value of being.
――10th.
時を遡ること、数十分前。
「ああもぉっ、そんなクールなトコが素敵!!!!」
はっきり言って、私は引いていた。
引き止める人を間違えてしまったと本気で思った。
「あー……あの、帰っていい?」
「ええっ!? 折角お近づきになれたのにそんなクールは求めてないよっ!?」
「お近づきになってしまったと若干後悔してます。そして求められても困ります」
「若干!? 若干ならまだ全否定されてないよね? ってワケでコレを見て!!」
ってワケってどんなワケ?
ツッコみすら面倒で流されていると、彼女は私の目の前に ずいっと何かを提示した。
「じゃじゃーん☆ 『 ファンクラブ会員証』〜www」
「はぁ!?」
誰だよ、そんなもの勝手に作った奴?
まぁ、別に何作られようがどうでもいいけど、何か、キモチワルイじゃないですか。
「会員No.777!! ぞろ目でしかも"7"!! ラッキーだなぁなんて思ってたら、さん本人に接触できるなんて!!」
私は会員証に書かれていた名前をじーっと見る。
苗字に見覚えか何かあった気がするけど、そこは何となく放置して、名前の方に視線を移動させる。
「………"あんこ"?」
「"きょうこ"ですぅ!!」
へぇ、杏子で"きょうこ"って読むんだ。
漢字嫌いだから解らなかった。
「と、いうワケで。杏子っていいます、三年の同い年です。私とお友達になってください!!」
「うわっ、勘弁してください」
「え、『うわっ』とか言われた!! しかも全拒否!?」
「頼むから」
「懇願されたっっ!!」
もう、どうすればいいのこの子。
私が無視して横を通り過ぎようとすると、
「……私なら、さんの質問に答えることが出来ると思うけどなぁ……?」
黒い微笑みを見てしまった。
そう、あの大型犬のような。
しかし、悪い子じゃないようには思えたので、話だけ聞くことにした。
そして、今に至る。
「はぁーw このカフェのケーキ、ホントに美味しい……w」
私のレアチーズを一口食べた杏子。
彼女の誘いでこのカフェに足を運んだが、一向に、話は始まらない。
「話しないなら帰りたいんだけど。もう一時間以上お茶してるじゃない」
「ごめんごめん! さんと一緒にお茶してるのが楽しくてつい浮かれちゃったよ」
「……何気に『帰りたい』って言ったの無視したよね? わざとだよね?」
「えへw だってもうちょっとこうしてたいんだもんw」
えへ……………。
あぁ、私この子が女じゃなったら確実に殴ってる。
「……はぁ…まぁいいや。それより杏子、『さん』とか何か重苦しいからやめて」
「じゃぁちゃん! やぁ……名前、照れるなぁ、もぅっ///」
「キモイ」
「はっきり言っちゃうね。でもそんなとこも好きーw」
私の発言さえ無ければ確実にカップルの会話だ。
切実に鳥肌が立ってくる。
「…で、あんた私とこんなことしてていいワケ?」
「へ? 何で?」
「ファンクラブって、『抜け駆け禁止』とかよくあるじゃない」
「ああ! うちはそんなの無いよ?
だってちゃんそういう人種、鬱陶しがるだろうから、わざわざそんな規約作らなくても誰も近寄れないって!」
「……………………うん、すごく鬱陶しいw」
「そんな冷たい笑顔で私を見ないで欲しいなぁw」
全然ひるまない杏子。
これは諦めるしかなさそうだ。
……だけどホント、性格まであの子に似てる気が……。
「まぁ、解ってたけどね? 引き止めてもらえたのが、ホントに嬉しかったから……ごめんね…?」
「………」
悪い、と思っている様子は全く無い。
だけどその笑顔は、さっきまでと全然違う。
…本当に、嬉しそうな、笑顔。
ああ、私は、こんな表情で見つめられたことがある。
「………ちゃん?」
「…何でも無い」
もう、二度と、見ることの出来ない。それは―――……
「あ、居た居た」
「あっ、やぁっと来た!! ちゃん、これでやっと話を始められるよ!」
杏子は私の後ろの方に手を振った。
私はその視線を辿るように振り返り…
「!!」
「あれ? さんじゃないですか!w」
「お、も一緒やったんか」
…固まった。
そこに居たのは、間違いなく、
長太郎と……忍足だったから。
「杏子ちゃん久しぶりやなぁ。2人って知り合いやったん?」
「さっき拉致られたばっかの関係ですけど」
「拉致なんて酷いなぁ。折角デートしてるのにぃ」
「いや、デートじゃないから」
そうこう言っている内に、杏子の隣に長太郎が、
私の隣には忍足が座った。
4人掛けのテーブルは、2人の出現により少し狭くなる。
「ていうか、何で2人が居るの」
「むしろがおる事に俺はびっくりしたわ」
「今日ホントはね、2人とお茶する予定だったんだけど、思いがけずちゃんを拉致れた……いや、友達になれたから、誘ったの!」
「……今度は見逃してやらないよ? 今確実に『拉致れた』って言ったよね?」
「さん、いちいち姉さんの戯れ事にツッコミしてたら身体が持ちませんよ?」
「なんだとぉーっ、姉に向かって!! この腹黒チョタ!!」
「何ですか? 見てて痛々しい姉さん?」
……………ん? ちょっと待って?
「…今、何て、言った?」
「え? 真っ黒な駄犬チョタ公だよ?」
「痛い偽装ロリ姉さんと言いましたけど?」
「誰が偽装だゴルァ!? こんな可愛い姉を前にして、この親不孝者!!」
「本性現れてますよ? しかも姉さんから産まれた覚えはありませんw」
「はいはい、2人ともケンカはストップや。店員さん睨んでんでー」
……は?
「………え…、まさか、姉弟……?」
「あれ? 気づかなかったの?」
そう言って、杏子はさっきも見せてきた会員証をもう一度取り出した。
「会員No.777……鳳、杏子…………」
鳳……おおとり…おーとり………
「鳳…長太郎……」
「はい、さんw」
「あ……」
「「「あ?」」」
「悪夢だ……」
道理で。道理で、似てると思った。
あの黒い微笑みも、
人のあしらい方も、
全部長太郎にそっくりだったんだよ。
「悪夢なんて酷ぉい…」
「あー、また厄介なのに懐かれたよー、うわー」
「もう本音を心に留めておく事すらやめたみたいやな…」
「またって……俺も厄介なのなんですか? 悲しいです…」
「目の前に、見た目似てない性格ドッペルゲンガーがいるよ、忍足」
「例えは上手いけど、原因はやで?」
「ご注文はお決まりですか?」
私と忍足が責任の擦り付け合いをしていると、店員さんが2人の注文を聞きに来た。
「俺、アイスコーヒーで」
「じゃぁ俺も同じのお願いします」
「あ、私モンブラン追加で!!」
「まだ食べるの?「まだ食べるんですか?「まだ食うんかい」
「ハ、ハモるなっ!!」
杏子の前には空になったケーキ皿が二枚。
しかも私のレアチーズを実は半分以上食べてたから、実際には三皿食べている。
「かしこまりました。アイスコーヒーがお二つに、モンブランですね? では失礼します」
笑顔の店員さんに笑顔で応える杏子。
その笑顔が、いきなり私に向いた。
「で、お話だったよね? かくかくしかじかの」
「何だ、そんな話してたんですか?」
通じちゃいますか。
「あー、答えは簡単や」
こっちにも通じちゃってますか!?
「(はぁ……)で、何が原因?」
「忍足くんが毎日毎日四六時中ちゃんの側にいたからだよ」
「は?」
まぁ、あいつはずっと側にいたけど……それだけで皆私に近寄らなかったわけ?
「そうじゃなくても、さんはこう……『高嶺の花』って感じで近寄り難い雰囲気があるのに、
そこに忍足先輩がしゃしゃり出て来るもんだから大抵のファンは恐れ多くて近づけないんですよ」
「高嶺の花とかじゃないんですけど」
「誰がしゃしゃり出て来るやて? 後輩のくせにホンマ生意気なやっちゃな……?」
「まぁとりあえず、忍足さえ近寄らなければ万事オッケーて事だよね? 了解、心得た」
「えぇっちょい待ち! って何3人で親指立てとん!?」
忍足を除く私達は、こんな感じで『d(゜゜*)』互いに指でグーを示した。
…あ、いや、長太郎だけは笑顔で親指を下に向けている。もちろん笑顔は忍足に向けて。
「………嘘よ。別にあんたに付き纏われるのも、周りに声かけられるのも、はっきり言ってどうでもいいし。構わないわ」
「帰るん? 送ってくで」
私が腕時計をチラっと見たのに反応して忍足が言った。
さすがと言うべきか、否、キモチワルイと言うべきか。こいつは、私が帰る前に腕時計を見るクセがあるのを知っている。
「一人で大丈夫よ」
「アカン。もう外暗いやろ」
「先輩、俺がさんを送りますから。先輩は姉さんと他愛も無い話で盛り上がっていて下さい」
「忍足くん、私がちゃん送るから、このクソ可愛くない後輩と親睦でも深めなよ!」
……あぁ、また始まった。
「長太郎は杏子ちゃん連れて家帰ったらなアカンやろ? は俺に任せとき」
「………姉さんさえいなきゃ…」
「あーあ、チョタさえいなきゃ…」
「卑屈な人って、嫌い」
「「さん(ちゃん)!! 気をつけて帰って下さいね(帰ってね)!!」」
……我ながら、人の扱いが上手いと思った。
「じゃぁ、俺のアイスコーヒー来たら、悪いけど杏子ちゃんが飲んで?」
「あ、うん、そのつもりだからご安心をw」
「杏子、また明日。長太郎、電話かメールしてね?」
「うん! また明日ねww」
「はい! 後で電話しますww」
そうして、私と忍足はカフェを出た。
「長太郎に私達と同学年のお姉さんがいたなんて知らなかったわ。忍足は前から知り合いみたいだったけど」
「ああ見えて杏子ちゃんは氷帝一の情報通やからな。俺もよく杏子ちゃんから情報買ってんねん」
あの子に氷帝生徒の情報が握られてるのか……世も末だ。
「……噂では、がアメリカにおった頃の情報も持ってるらしいで」
「!」
私はその言葉に、必要以上に反応してしまった。
もし、杏子が『あれ』を知っていたら………。
いや、もしもそうなら、あんな風に私に接触できるはずがない。
…そうよ。きっと誰もが……私から離れていくもの。
「?」
「何でも、無い……」
嘘だ。
「顔色、変やで…?」
「ホントに、何でも無い……っ」
だったらこんな必死な声になるはずが無い。
「……落ち着けって」
「!」
急に、私は忍足の腕の中へ引き込まれた。
「……大丈夫、あの子は売る情報は選ぶ。情報元の人間にとってそれが重要な情報なら、杏子ちゃんは絶対口に出さん」
「…………本当に…?」
「当たり前やん。せやから『噂』や言うてんねん。…それに、あの子が人の事ペラペラ喋るような奴に見えるか?」
「見えない。……お喋りだけど」
「ははっ、それもそうやな」
伝わってくる、忍足の温もり。
何だか手放したくなくて、私は、気づけばその背に腕を回していた。
「!」
私の思わぬ行動に、忍足が少し反応した。
そして、その感情を表現するかのように、忍足の腕にさらに力が入る。
「…………、お願い。
――キス、させてくれへん…?」
ぎゅうっと、首元に押し付けられた口から、そう言われて、
「………いいよ?」
私は、何故か迷わず返事を返した。
「………」
身体が少し離れ、忍足と目が合う。
そして、静かに、唇が重なった。
「…………」
呟かれて、もう一度。
どちらも、触れるだけの、優しいキス。
「………鬼ごっこの、条件を変える事を要求します」
「へ…?」
唇が離れた瞬間放たれた言葉に、忍足は情けない声をもらした。
「当たり前でしょ? 抱き合ってキス、今しちゃったもの」
「しちゃったものって……じゃぁ、何に変えんねん。コレ以上の事?」
ぼすっ!!
私のパンチが見事に忍足のみぞおちに決まり、忍足は数歩、後ろへ下がった。よろめきながら。
「げほっ……お、女がなんちゅー力を……」
「女を嘗めるな?」
忍足は少し咳き込んだ後、息を整えて私に向き直った。
「で、どないするん?」
「…………………教えてあげる。
私がアナタに、隠してる事を、一つだけ」
確実に、
忍足の表情が変わった。
私、アナタに話したでしょう?
「これが貴方の知りたがった、私の真実」
あれはね?
真実を真実で覆っていたの。
本当の事を、本当の事で隠した、
結局の所、
真っ赤な、嘘。
TO BE CONTINUED...
「隠し事……? この話が面白かったら俺を押してな?」