変わっていく。
変えられていく。
自分が、他人に、侵される。
なのに、それを心地よく思う自分がいる。
ねぇ、
これはアナタへの、裏切りになってしまいますか?
The reason for being.
The value of being.
――11th.
ざぁざぁと、音がする。
雨の音か、心のノイズか、それは自分でも解らなかった。
否、解ろうともしなかった。あの、日。
「雨……か…」
マンションに帰り、部屋へ入る。ふとベランダの窓ガラスを見ると、外は大粒の雨だった。
マンションの前で別れた忍足は、どこかで雨宿りしているだろうか。
「……………」
私は無意識のうちに、ベランダへ出た。
激しい雨が、見る見るうちに私の服の色を変えていく。
肌に布が張り付く感触。
髪からこぼれる雫。
視界を覆う、一面の、雨。
私は、両手を空に向けるようにして胸の前に出す。
だんだんと溜まっていく雨。
そしてふと瞬きをした瞬間、それは、赤黒く色づいて見えた。
「ッ!!」
手のひらをスカートに押し付ける。
再び見た手のひらは、いつも通りの色だった。
「…………汚れている…私の、手………」
たった一つ、過去をやり直すことができれば。
私は間違いなく、あの瞬間へ舞い戻る。
だけど、
…………だけど―――
「貴方はそれを望む…? 誰よりも、私の歌を愛してくれた…私の未来を期待してくれた………貴方が」
私の歌を愛してくれた貴方。
貴方の為に歌い続けた私。
私に愛を教えてくれた貴方。
貴方を喪い愛を失った私。
何よりも"命"を尊んだ貴方。
そして、
―――――貴方の"命"を奪った、私。
「…………」
部屋が濡れるのも気にせず、私はシャワーを浴びにお風呂へ向かった。
―――Pipipipipi Pipipipipi…………
お風呂から出ると、丁度良く携帯が鳴り響いていた。
番号に見覚えは無い。名前も表示されていない。
なら、相手は間違いなく、
「はい。………長太郎?」
『ア・ナ・タ・のw 杏子ちゃんでーっす! ぐはッ!!!』
『……あ、スイマセンさんw 長太郎ですw』
「・……………そっちで何があったかは、あえて聞かない。聞かないから、言わないで」
『はい、解りました、言いません。……ほら姉さん、床に寝てたら風邪引きますよ? あ、ちょっと待ってて下さいね?』
長太郎がそう言うと、電話の向こうから『ズリッ、ズリッ』と何かを引きずるような音が聞こえてきた。
引きずられているのは間違いなく杏子だろう。
パタン、と扉を閉める音が聞こえる。排除完了、といったところか。
『お待たせしました。大きな害虫がいたものでw』
「お姉さんが出現してからアンタやけに黒いよ?」
『やだなぁ、そんなこと無いですよw』
いや、うん、黒いよ。
「……で、スタート地点って決まったの? カフェで聞くの忘れてたんだけど」
『あ、はい。テニスコートになりました。忍足先輩が『フェンスが檻みたいで丁度ええ』って』
「私は珍獣か……。まぁ、とりあえず場所は了解。日取りは?」
『跡部部長が、明日は休みにしてくれたんです。だから明日の放課後にしましょう』
「確実面白がってるな」
『はい、微笑んでましたw』
人事だと思いやがって。
いや、まぁ、人事だけどさ。
『あ、それと、跡部部長を始めレギュラー全員が参加したいって言ってました』
「は?」
『勿論、さんを捕獲してマネージャーにできるのは忍足先輩だけですが、他の皆さんも個々の条件で参加を希望してます』
「アンタ達って馬鹿の集まり?」
『さんが関わることなら、俺はいつでも馬鹿になりますよ?』
「ごめん聞いた私が馬鹿だった」
私は冷蔵庫から冷たいジュースを取り出し、一口含んだ。
「……ねぇ、長太郎。逃げるだけじゃつまらないと思わない?」
『え?』
「私は全員参加でも構わないわ。ゲームならゲームらしく……どうせなら全員と戯れてあげましょう…?」
「さ……///」
思わず、悪い癖が出てしまった。
楽しい事を考えている時、私はたまに妖艶な声を出してしまう。
長太郎の反応で、私はやってしまったと頭をかいた。
「……折角、長太郎というサポートも居るわけだし。やる? やらない?」
『お、俺はサポートですから。さんの提案に乗ります///』
その言葉に、私はまた、にやりと笑ってしまった。
改めて、誰も部屋にいなくて良かったと思う。
「いくつか考えてる事があるの。長太郎の意見が聞きたい」
『解りました。何をするんです?』
「あのね……?」
「………なるほど…楽しそうですね」
『でしょ? なんだか思いの他わくわくしてきちゃった』
「さん、遠足じゃないんですからw」
『私にとっては遠足より楽しい事よ』
電話の向こうで、嬉しそうに話すさん。
そんな彼女の声を聞いているだけで、何だか俺も嬉しくて。
「俺はそのアイデアいいと思いますよ? あとは仕掛ける場所とタイミングですかね」
『そうね……。明日、朝早くに学校来れる?』
「朝練がありますけど……準備だと言えば多分サボる許可は出ると思います」
まぁ、誰に何と言われても、何をしてでもさんとの約束を優先しますけどね…?
『そう? でも、何か悪いな…』
「あぁ、大丈夫ですよw いつも遅刻とか寝過ごしたりとかしてる先輩がいますからw」
『……それもどうなの……』
苦笑いするさん。
俺はその声にドキっとして、気を紛らわせるために机の上のシャーペンを指で弄んでいた。
『じゃぁ、また明日、学校で』
「はい。おやすみなさいw」
『おやすみ、長太郎』
Pi……と、電子音が聞こえ、さんとの繋がりが切れる。
「…………」
俺はベッドに横になり、火照った頬を触った。
「……どうせなら全員と戯れてあげましょう…?」
初めて聞いた、
さんの、艶のある声。
いつもの透明感のある、でも凛とした声。
それと全く逆とも言っていい、艶やかで、絡みつくような妖しさ。
そう、あれを『妖艶』というんだ、と、俺は妙な事を考えた。
「……ヤバイ……今すぐにでも会いたいかも……///」
あの時、アナタはどんな顔で喋っていたんですか……?
「おやすみ、長太郎」
言って、私から電話を切る。
携帯をソファに投げ、首にかけていたタオルを取り、右手のジュースを一気に飲み干す。
「いつから、炭酸飲むようになったんだっけ?」
私はあまりジュースを飲む方ではない。
ましてや、炭酸の。
そう、確か初めて飲んだのは、アメリカで……
―――Pipipipipi Pipipipipi…………
「…ん………?」
再び、携帯が鳴り響く。
長太郎か杏子か、それとも太郎さんか。
そんな事を考えながら、ディスプレイを見て、私はそこに表示されている名前を見て笑みを零した。
「……久しぶり、ね」
『ホントにね』
通話を押して、もしもし、も言わずに会話を始める。
いつもの事ながら、少し笑えてくる。
『ちょっと水臭いんじゃない? 教えてくれないなんて』
「何が?」
『今、日本にいるんでしょ?』
「あー、何だ、知ってたんだ?」
『アメリカの一部で話題になってる。『が忽然と姿を消した』だってさ』
「へぇ……何、それでわざわざ心配してくれたってワケ?」
『…悪い? 俺だって心配くらいするよ』
こいつの事だから、話からして調べつくしたんだろう。
真っ先に私に電話しても良さそうなのに。
「…って事は……何があったか、知ってるんでしょ?」
『知ってる。……歌えなくなったって』
「アメリカの方でも言われてる?」
『まだ。俺はの会社の人に聞いたから。あの……顔のゴツイ』
「ああ、ジョン? アンタだからジョンも話しちゃったのかしら。他言無用って言ってたのに」
ジョンは、私がアメリカで歌手をやっていた時のスポンサー会社の重役だ。
あの人に聞いたなら……
「……『どうしてか』、は…知らないでしょ?」
『まぁね。どうせ、しか知らないんだろ』
「正解」
『……なんか機嫌良くない? 珍しい』
「そんなこと無いわ。疲れてる。
…氷帝に入れたのはいいけど、眼鏡に付き纏われるわナルシストに迫られるわ忠犬を二匹も飼いならしてしまうわ、
あげくの果てに、明日はテニス部と前面対決よ」
『氷帝!? 眼鏡、ナルシスト、犬……で、テニス部だって?』
珍しい、いつも冷静でクールなくせに、氷帝にそんな反応するなんて。
「そうよ。マネージャーになれとか言われて、自分じゃ決められないから対決で決めることにしたの」
『ふぅん…。なればいいのに。そしたら大会とかで俺に会えるよ』
「…何、アンタも日本に帰ってきてるわけ?」
『正解』
「…真似しないの。そういえば、アンタってテニス上手だったものねー…」
『あ、でもやっぱマネージャーなって欲しくないかも。あの人達、何かと危ないし』
…………やっぱり、そうなんだ…。
「まぁ、勝負は勝つし。アンタとはまた会えばいいだけの事よ」
『……やっぱり、楽しそう』
「ああ、タイミング良かったからじゃない?」
『タイミング?』
「私、いつから炭酸飲むようになったのかなぁって考えてたら、電話が鳴ったから」
『……俺があげたヤツが最初でしょ?』
「そうね」
私は右手にまだ持っていたジュースの缶を、目線の高さまで持っていく。
それは、ファンタのグレープ。
「……じゃぁ、明日朝早いから、また連絡する。
おやすみ、―――リョーマ」
TO BE CONTINUED...
***あとがき***
文中に隠した真実。
アナタは、見つけましたか?
「吃驚した? この話が面白かったら俺を押してよね」