……が帰って来ぉへん。
授業が始まっても、休み時間なっても、帰って来ん。
あの2年2人も一緒におるって思ったら、何か無性に腹立って、
けど、ゲームのために動いてるんやから、俺は手ぇ出されへん。
やから、今朝のの声が、ずっと頭ん中回ってる。
何やねん、あの声。
全員おる前で、あんな声…あんな顔して。
『俺だけに見せて欲しい』なんて考えてる俺も俺や。
だいぶ、俺ってに依存してんねんなー……
「忍足? 忍足ってば」
「!」
ふと隣を見ると、今朝からずっとおらんかったが自分の席に座ってた。
時計を見る。いつの間にか昼休みやったらしい。
「何を呆けてるのか知らないけど、ゲームの準備は着々と進めてるからね。負けてやらないから」
自信有り気に微笑んで、カバンを手に席を立つ。
「どこ行くん? 昼は?」
「長太郎と若と食べる」
若……日吉までいつ間にか呼び捨てかい。
「……ちょい、ムカツクわ」
「は? ……っ!」
俺はの手を引いて、頬の傷跡にキスした。
クラス中から悲鳴が響く。
「……馬鹿?」
「馬鹿で結構。でもどうせならアホのがええ」
「超ど馬鹿」
そう言うと、は教室を後にした。
少し、の表情が解った気がして、俺は笑った。
今のは、嫌がってない、顔やった。
The reason for being.
The value of being.
――13th.
ついに、戦いの火蓋が幕を開ける。
「…全員揃ってるわね」
テニスコートの中心には、をはじめ、レギュラー全員が顔を揃えていた。
「もう一度確認するわよ。
制限時間は1時間。時間内に私を捕まえれば、その人は自分の条件を叶えることができる。
私を捕まえた人はすみやかにコートへ帰る事。その時、他の人に私の情報は一切洩らさないで。
そして忍足のみ、捕まえたらここまで連れ帰る事。捕まえただけじゃ駄目だからね」
「了解や」
「私は今から長太郎・若の2人と逃げるから、鬼の皆は30分後に捜索開始。
跡部・樺地君以外でペアを組むことはできない。これもOK?」
「ああ、いいぜ」
「ウス…」
「それじゃ、最後にひとつだけ……
―――そう簡単にいくと思わないでね…?」
はまた"あの声"でその場の全員を翻弄した。
その声を出すことに抵抗はすでにない。むしろ武器として扱っている始末だ。
「ゲーム……スタート」
の声で、長太郎・若以外が目をつぶる。
同時、樺地が手にしていたストップウォッチが30分の時をカウントダウンし始めた。
それを確認して、・長太郎・若はテニスコートを後にした。
――――――PIPIPIPIPIPI…
鳴り響く音と共に全員が目を開く。
30分。それは思いの他長く、固まってしまった身体を伸ばす者や何度も瞬きしている者、そして辺りを見渡す者がいた。
「……」
忍足は後者だった。
コートを囲むフェンスをぐるりと見渡し、ギャラリーの中に隠れていないか、などと探してみる。
まぁ、そんな単純なことをする奴ではない。
それは誰よりも自分がよく判っていた。
勝敗に多少の思いはあれ、の行動原理は今、楽しむ事のみを重視しているのだから。
「…俺は行くわ」
個々に作戦を練っているのか、その場を動こうとしない面々を残し、忍足はコートを後にした。
それに続くように、一人、また一人コートから姿を消していく。
こうして、ゲームは始まったのだった。
宍戸は帽子をかぶり直し、一度大きく息を吸った。
しばらく校内を歩き回っていたため、周りに参加者の姿はない。
放課後の校舎内は、すでに生徒が下校した後でとても静かだった。
静か過ぎて、自分の足音にすら敏感に反応する。
もしたちがここにいれば、今なら衣擦れの音にも気づけるかもしれない。
そんな事を考えていたが、次第に思考はに出会った日の事を思い返していた。
――転校生が来るらしい。
そんな噂を聞いたが、宍戸は特に何かを思うことは無かった。
氷帝は海外との交流も多く、海外留学や帰国子女など生徒の出入りが激しいため、転校生は珍しいことではないからだ。
今回もそうだった。
だがそれは、が実際に転入する前の話。
転入一日目にして、校内の話題は彼女に持ちきりだった。
それはもちろん、いい話も悪い話も。
噂は尾ひれをつけて広まるものだから、どこまでが本当の情報かは判らない。
宍戸が『』を初めて認識したのは、滝が手にしていた写真だった。
「お前、何持ってんだ?」
「見る? 今日転入してきた子。 ちゃんだって。可愛いよね」
そう言って滝が見せてきた写真に、宍戸は大きく反応した。
この子は写真写りがいいのかもしれない。本当は少し違うのかもしれない。
そう思えるほど、写真の中のに対し、宍戸はある言葉を浮かばせていた。
『不自然な程の美しさ』
そう、不自然なのだ。
どこか浮世離れした雰囲気とでも言うのか。とにかく、不自然としか言い様が無い。
それは決して悪印象ではなく、むしろ宍戸の中では好印象であった。
―――本人を見てみたい。
そう思うのに時間はかからなかった。
はすぐに見つかった。
本人だけでも目立つというのに、その側には忍足がいたから。
初めてこの目で見たは、写真のような不自然さは無かった。
あの時と今とで、何かが変わったのだろうか。自分には解らない。
ただ一つだけ。忍足が側にいることが気に食わない自分がいた。
その事には、気づいていた。
(…多分、写真見たときから好き、だったんだよな……自分の気持ちに気づかねぇなんて、激ダサだったぜ)
だから、今回ばかりは忍足に感謝、そして、応援している。
何せ、忍足が勝ってくれなければ、はマネージャーになってくれないのだから。
もしかしたら。自分が勝って、一緒にビリヤードをして、親睦を深めればいいだけの話かもしれない。
だけど、にマネージャーをやって欲しいという気持ちもあって。
そこには忍足への嫉妬もある。
宍戸は自分の中の『矛盾』をちゃんと理解していた。
それでも、自分も、そして忍足にも勝ってもらいたい。
これほどまでに、人を好きになったことなどあっただろうか。
「……無かった、な…」
宍戸は目をつぶり、深呼吸して、
ゆっくりと目を開いた。
「……………あ…?」
「Halo. Let's play with me.」
目の前には、がいた。
「……っ!?」
「悪いけど、第一犠牲者になってもらうわよ」
「え…―――――!!」
間抜けな声を漏らした瞬間、宍戸は身体が軽くなるのを感じた。
足が地面につかない。体勢がうまく取れない。
目の前に見える茶色い物体を見て初めて、自分の状況を理解した。
「ロープ……っ!?」
宍戸は縄状のロープに吊り上げられ、いつもより高い位置からを見下ろしていた。
はというと、それを見て満足げに笑っている。
「まさか宍戸が第一犠牲者とはね。何をボーっとしてたのか知らないけど、目の前に立たれて気づかないってどうなの?」
「…激ダサ」
「笑いこらえるの必死だったんだから」
言いつつ、すでに笑いをこらえるのはやめたらしく、はお腹を抱えて笑い出した。
「…鬼を逆に捕まえるのも、アリか……」
「そういう事。で、これは追加ルール」
は少し背伸びしてロープを引き寄せ、
宍戸に囁いた。
「…………まじか?」
「ええ。全員にね」
そう言い残し、はその場から足早に消えた。
こんな誰もいない廊下に取り残されるなんて…。宍戸は少なからず寂しさを覚えたが、の指示をこなすため、ポケットから携帯を取り出した。
〜〜〜〜♪ 〜〜♪
「ん……メール…?」
忍足は進む足を止め、携帯を覗き込んだ。
差出人は、宍戸。
「…………何や、これ……」
送信:宍戸 亮
件名:Attention
********************
第一の犠牲。
真の鬼は脱兎の女。
さあ、幕開く劇に
興じよう。
兎は牙を隠して笑う。
「……犠牲……宍戸が、に捕まったって事か…?」
なるほど、面白いことをしてくれる。
忍足はかすかに口角を上げると、携帯をしまい、また歩き出した。
どちらの策が、相手を上回るか。
これはからの挑戦状だと、忍足は確信を持った。
TO BE CONTINUED...
「一抜けかよ……激ダサだぜ…。 この話が面白かったら俺を押せよな」