「それにしても、いいもの作ったのね」


「へへ…あんなにタイミングよく使えると思いませんでしたけどね」






長太郎の手には、もう一袋、さっきの袋が抱えられていた。



砂が大量に入ったそれは重そうに見えるが、長太郎は片手で持っている。



黒かったり可愛かったりしても、やっぱり男なんだな、と思う。








「…あれ、痛………っ?」





思い出したように、肩のアザが痛んだ。


滝君にはめられた時にぶつけたのかもしれない。





「大丈夫ですか?」


「ん、平気」





すぐに止んだ痛みに、逆に違和感を感じたけど、


私はそれ以上何も思わずに、二人と足を進めた。


















何だか、嫌な予感が、していた。


























































The reason for being.

     The value of being.






  ――17th.































































「そりゃお前、殺されると思うぜ?」


「やっぱり……? しかも手元には何も残ってないし……最悪だよね…」


「…とりあえず、その重い空気なんとかしてくれよ…」







滝と岳人は、途中で宍戸を拾い、重い足取りでコートへと向かっていた。


外は暗さを増す時間で、生徒はとっくに下校している。


いつもなら、そろそろ部活を切り上げる時間だ。






「あいつらまだやってんのかよ」


「まぁ、まだ時間残ってるし……あと20分だな」


「もう時間とか関係ないよ……早く終わってほしい…」


「でも終わったら終わったで、お前殺されるぞ?


「ああ…今更自分の愚行を後悔してるよ……」





頭を抑える滝を見て、二人は苦笑した。






「お、コート見えてきたぜ」






実際には、コートはまだ見えていない。


コートを照らす照明の光が見えるだけだ。











「そこの貴方たち」









その声に前を向けば、三人の大人が立っていた。


女が一人に、男が二人。全員、黒スーツにサングラスをかけている。






「…何ですか? 校内は関係者以外立ち入り禁止ですよ、生徒の保護者ですか?」


「残念ながら、直接的な保護者ではないの。でも、関係者よ」





先頭に立つ女が答える。


怪しい。三人はそう思い、身を強張らせた。





「あら、そう硬くならないで頂戴。……―――宍戸君、向日君、滝君」


「!!」






三人は女の発言に目を見開いた。


何故、自分たちの名を知っている?






「少し調べさせてもらったわ。……貴方たち、この人を知ってるわね?」





そう言って、女はスーツの内ポケットから写真を取り出した。


それは、






「え………………!?」





、だったのだ。


それも、彼らが誰一人見たことの無い、本当に幸せそうな笑顔の。






「ど、どこでそれを!?」





滝が勢い良くそう聞いたのを見て、宍戸と岳人は頭を抑えた。


絶対、ただ単に欲しがっている。






「彼女がアメリカに居た時のものよ。


 ………永遠のような幸せが、当たり前に続いていくと信じていた頃の……」






女の表情が、少し暗くなった。


サングラス越しのその瞳に、三人は気づかない。





「それって、どういう……」


「…お話はおしまいよ。こっちも暇じゃないの」











―――カチャ。










「……っ!?」




三人は、目の前に掲げられた、非現実的な物体に、言葉を失うしかなかった。









「……彼女の元へ、案内して頂けないかしら?」








闇に同化しても見える…――――真っ黒な、拳銃。







「…………っ」


「…聞こえなかった? 暇じゃ、ないのよ」






下手なことが言える状況ではなかった。


相手は明らかにヤバイ連中、しかも目的は


何より、今一番危険にさらされているのは、自分たちなのだ。






「……今、は…どこにいるか、正確には、解らねぇ」


「どういう意味?」


「テニス部とで、ゲームしてんだよ…。は校内のどこかに隠れて、俺らが探している」


「そう…じゃぁ貴方たちも探してるって事ね」






あえて、すでにと接触があった事は言わなかった。


少しでも、情報の漏洩は避けたい。






「…いいわ。ゲームなら終わりがあるはず。集合場所は?」


「…テニスコートだ」


「ボブ、この子達と一緒に、テニスコートに行きなさい。……逃がさないように」


「了解です」





女はボブと呼んだ後ろの男に拳銃を手渡し、もう一人の男を連れて三人の横を通り過ぎた。





「…待てよ。どこに行く」


「探しに行くに決まってるじゃない。私たちはあの人に用があるの」


に何するつもりだ!?」


「……ボブ」





その声に反応し、ボブが拳銃を構えた。





「おとなしく言う事を聞きなさい、坊やたち」


「行くぞ、先に歩け」





「…クソッ……」





三人は悔しそうに、コートへの道を歩いた。


すぐ後ろでは拳銃を構えた男。


さらにその向こうには、自分たちをあざ笑う女がいる。





なんて、弱い。


拳銃を突きつけられ、貶されて、







惚れた女すら、守ってやれそうに無い。








(………誰でもいい…を、必ず守れ)







依然、足取りは重い。


薄暗い空は、落ちてきそうなほど重苦しかった。






「…………」





宍戸は、気づかれないようにポケットに手を入れた。


内容はきっと伝わらない。


それでも、何かを感じてもらうことはできるかもしれなくて。
















































































「………あれ? 宍戸さんからメール…」





長太郎は携帯を開き、難しい顔をした。





「どうしたの?」


「いえ……何かあったんでしょうか…」




そう言って見せられたのは、








 送信:宍戸 先輩
 件名:

 ****************     

 かえってくるな
 にげろ











「逃げろ……?」


「帰ってくるな、だから、鬼から逃げろって意味じゃないでしょうしね…」


「ひらがなで内容も曖昧。もしかしたら、コートで何かあったのかもしれない」


「何かって、何」


「それは解りません」


「使えないなぁ」


「これで状況を把握できる人は人間じゃないです」










「随分和んでんじゃねーか」







はっとして振り返る。


しまった、メールに夢中で気配に気づかなかった。






そこにいたのは、跡部と樺地君。






「…そっちこそ、わざわざ話しかけるなんて勿体無いことを」


「お前らなんか不意打ちしなくても勝てんだよ」


「それはどうでしょう?」


「はっ、決まってる」





相変わらず自信満々なことで。


私はため息をつき、前を見据えた。





「それより、少し緊急事態かもしれないわ。…檻の方で、何か起こったみたいなの」


「檻…? ああ、テニスコートか。何があった」


「それが……」











「とりゃ!!」



「!」









その時、頭上から声がした。






「え、ちょっと、嘘っ……!?」





見れば、二階から飛び降りてくる影。


それは、そのまま私の上へダイブした。





「きゃぁっ!!」



っ!」

さん!!」





何で今日はこんなに上に乗っかられるんだろう……


そう思いながら、打ち付けた背中をこすりながら体勢を整える。


そこには、満面の笑みをした、忍足がいた。






「姫さん見っけや。なんや皆お揃いでどしたん? 皆でコート帰るんか?」


「忍足……ゲームは一時中断よ。コートで何かあったみたいなの」


「コートで? 岳人らが何か言うてきたんか?」


「宍戸さんから、俺の携帯にメールが。『かえってくるな、にげろ』と…」


「何やソレ」


「まぁそれもそれなんだけど、とりあえず、どけ





依然、忍足は私の上からどこうとしない。





「んー? このまま押し倒したらアカン? あ、もう押し倒し済みやから、この続き?


「死ねよ」





「ちょっと、忍足先輩………?」





上を見上げると、長太郎が砂袋を掲げながら真っ黒な笑みを浮かべていた。





「忍足、私まで巻き添え食うことになりそうだから離しなさい」


、どこまでも一緒に逝こうや…」


「だから死んで来いって





和やかとは言えない空気の中、少し空気が軽くなる。


そう、思った瞬間だった。











―――パァン!!












「! な、何や…!?」


「これ、は…銃声!?」






どうして、学校の中で銃声が…?











「その人からどきなさい」










「!」








私は、









「……何、で…」










この声を、知っている。










「何だお前ら!? その物騒なもんしまいやがれ!」



「聞こえないの? その人から早くどきなさい」





校舎から、こつこつと音を立てて近づいてくる、女と男。


その手には、さっきの銃声を響かせたであろう、拳銃。





「………」





忍足は無言で私の上から身を引く。


そして、忍足が退き切る前に、私はすばやく身を起こした。











「………どの面下げて来た…」





…?」










目がチカチカして、吐き気がする。



嫌でも思い出す。















「どの面下げて来たと聞いている!! …ローズ、ロバート!!」

















偽りだった…あの日々を。
















「…、落ち着け……あいつら、知り合いか?」


「ただの知り合いなら、どれだけ良かったか」





私の様子に、皆唖然としている。


だけど、そんな事に気を回している余裕など無い。









「探しましたよ、―――お嬢様」







「お嬢様…?」


「どういう事だ…?」





「さぁ、帰りましょう、アメリカへ」


「嫌よ」


「お嬢様」



「どうせあのクソババアの指図で来たんでしょう? なら帰ってこう伝えなさい。

 私はもう歌えない。…歌うつもりも無い、と」



「…しょうがないですね」





ローズはため息をつくと、拳銃を持っていないほうの手で携帯を取り出した。





「…三名、お仲間を人質に取らせて頂いています。来て頂けないなら………」


「! …卑怯者…っ!!」


「貴女を連れ帰るのが、私たちの任務ですから」






ぎりぎりと、拳が音を立てる。


弱い。なんて私は弱いんだ。






「…無事を確認させなさい。三人の元へ行かせて」


「構いません。では、行きましょうか」







「………皆、ごめん。…行こう」







先に歩き出す私に、皆、一歩一歩歩き出した。



誰一人、言葉を口にすることなく。






「……… !」


「…………」





絡めとられた、手。


繋がっていたのは、忍足の手だった。







「………」






その手は、暖かくて……



私を、今は感じてはいけない気持ちにさせてしまう。






「…ごめん」





私は、自分からその手を解いた。


忍足の顔も、前すらも、見れずに。







ただ、下を向いて歩いた。



















こんなの。



こんなの、私らしくない。








私のキャラじゃない。



私らしくない。







私じゃ、ない。


















だけど、


ねぇ、








私って、―――…何ですか…………?











教えて。


帰ってきて。






助けてよ。










もう叶わない願い。




どれほど叫んでも、


泣き喚いても、









「…………」




























後ろの彼女らが、私から奪ったあの人は、








もう二度と、


…………戻っては来ないんだ。





































































TO BE CONTINUED...











 「あいつら、何やねん。   この話が面白かったら俺を押してな?」