「着いたようね」
ローズが後ろから声を掛ける。
その声で、忍足はやっと前を見た。
「………」
昨日、このフェンスを豪快に開けたのは、だった。
あの、平和な時間はどこに行ったのか。
どうして、こんなことになっているのか。何も解らないままで。
「…早く中に入ってくださらないかしら」
「解っとる」
だけど、手が出ない。
フェンスを開ける勇気すら、今の忍足には無い。
「……行こう、忍足」
の白い手が、ゆっくりとフェンスを開けた。
顔を覗くと、は、初めて氷帝に来た時のような表情を浮かべていた。
「……?」
「……」
それは、全てを否定したような、
感情の無い、人形のような顔。
忍足はその表情に、不安を覚えずにはいられなかった。
(…………)
The reason for being.
The value of being.
――18th.
フェンスを開けて中に入ると、コートの中央にいた三人が何とも言えぬ顔を上げた。
その後ろにも、の見知った顔。
手元は見えないが、その男――ボブも、拳銃を持っていることだろう。
は一度唇をかみ締め、改めて前を見据えた。
「…皆、無事みたいね…」
「…」
「…ごめん」
依然、表情の変わらないに、宍戸はびくっと反応した。
それは、滝に見せられた際に初めて見た写真の表情と、全く同じだったから。
「それでは、もう宜しいですか?」
「…ええ」
「!? !?」
さっきまで頑なに拒否を示していたが、あっさりと、返事を返した。
忍足はそれが信じられなくて、に声をかける。
「……彼女たちは…平気で、簡単に、…人を殺せるの。
…あんたたちまで…巻き込みたくない」
「何、言うてんのや…」
「……ゲームに勝ったら、教えてあげるって、言ったよね。
私が日本に帰ってきたのは、ただ単に親が死んだからじゃないの」
は、変わらぬ口調で、言った。
「恋人をこいつらに殺されて、私が壊れたからよ」
誰もが、言葉を失った。
忍足たちは、その事実に。
ローズたちは、どこか後ろめたい気持ちに。
「忍足。私言ったよね? 『親が死んで、私は"音"を失った』って。
あれも、嘘。
―――――――――――両親を殺したのは、私よ」
「お嬢様っ」
「…………」
「あ…」
死んだような、目。
だけど、そこに怒りや殺気は含まれていて。
ローズはその視線に耐えられず、目をそらした。
「…何? 今更後悔とか感じてくれちゃってる訳? …ローズ」
「…私は」
「煩い」
はローズのネクタイを掴み、引き寄せた。
その力強さに、ローズのサングラスが顔から外れる。
「それ以上喋れば、私が貴女を殺す」
「……っ…」
直にその瞳に見つめられ、ローズは黄金の瞳を歪ませた。
それを見て、はネクタイから手を離す。
「…詳しく聞きたいなら、太郎さんに聞けばいい。
きっと……二度と会う事は無いだろうから」
「何だよ、それ…!!」
「…ごめんね」
「…逃げんのか」
忍足の声が、響く。
「俺らから、状況から、そいつらから。……逃げるつもりなんか」
「そんなつもりは無い」
「じゃあ俺らが納得するように話してみい。最も、俺は納得する気もアメリカへ行かせる気も無いけどな」
「あんたの納得も許可も必要無いの」
「!」
「……っ」
はそのまま忍足の元へ向かい、彼の目の前まで来ると、乱暴にシャツを掴み、顔を引き寄せた。
「!」
唇が、重なる。
初めて、から交わされたキスは、
たったの、一瞬で。
「………私が抗えば……皆、殺される」
「え…」
「そういう人たちなの…あんた達がいなくなっても、簡単にそれをもみ消すことができる人たちなの…!!」
は、
今にも泣きそうな顔で、忍足を見つめた。
「もう誰も……目の前で殺されたくない……!!」
シャツを握る手が、震えていた。
「…認めたくなかったけど……認めたくなかったけど、気づいてた。
笑えなくなってた私が自分を取り戻したのは……忍足が傍で笑ってくれたからなの…っ!!」
「!」
「私にはまだ…『私』でいさせてくれる人がいるんだって……思ったの…」
「…」
「失いたく、無いんだよ」
ゆっくりと、手が、離れた。
スローモーションのように、誰もがその手を見ていた。
その時。
――バコッッ!!
コートの端から聞こえた音に、全員が振り返った。
その音は、ジローがボールを打った音。ボールは真っ直ぐにローズの元へ飛んでいった。
「隙あり!!!」
「ジローっ、駄目!!」
が叫んだのと同時、
ボブとロバートが、拳銃を構えた。
放たれた弾丸は、飛んできたボールに見事に命中し、
さらに、もう一撃、放たれた。
―――パァン…!!
「!!」
「あぁぁぁッッッ!!!!!」
それは、
飛び出した、の肩を、貫通した。
「…!!」
「お嬢様!!」
忍足たちを押しのけ、ローズがの元へ向かう。
抱きかかえ、意識の確認をするが、息はあるものの呼びかけには応じない。
「貴方たち…命令を忘れたわけじゃないわよね…。殺していいのはこいつらだけ。お嬢様は無傷で連れ帰る事!!
お嬢様を撃つなんて…!! 早く手当てを、車に戻るわよ!!」
ローズの声で、呆然としていたロバートがを抱えた。
「ちょ、待てや!!」
止める忍足に向けられる、銃口。
「…正直、これ以上貴方たちに関わりたくないわ。お嬢様の命を危険にさらすわけにはいかない」
ローズは銃を懐にしまうと、ボブ・ロバート、そしてを連れて、踵を返した。
「さよなら。お嬢様のことは忘れて頂戴」
遠ざかる背中を、
滴る血を、
見つめる事しか、できなくて。
「何、だよ…」
「チクショウ…!!」
見えなくなった姿に、その場に膝を落とす宍戸と岳人。
「あ、あぁ…っ…」
「! あかん、ジロー…!!」
忍足の声で、全員、コートの端で佇むジローの存在を思い出す。
途端、転びそうになりながらも、ジローの元へ一目散に走り出した。
「ジロー…」
「俺が……俺が、余計な事、したから……」
ジローはボタボタと涙を流し、瞬きすらままなっていなかった。
「話…聞こえてたんだ………、行かせたくなくて…だけど……!!」
「ジロー、解った。解ったから泣くんじゃねぇ」
「あとべ…っ」
「……監督んトコ、行くで」
忍足の冷ややかな声で、全員が顔を上げる。
「監督なら全部知ってるはずや。あいつらが何者か、どこに行ったんか」
その忍足の顔は、今まで誰も見たことが無いくらいに、怒りに満ちていた。
「……このまま終わりになんかさせるかい。…絶対、取り戻す」
その視線は、コートに滲んだ、の血を捉えていた。
―――失いたくない。
そう、言った。
それは自分も同じこと。
失ってたまるかと、忍足は唇に手を当てた。
TO BE CONTINUED...
「あいつら、絶対許さへん。 この話が面白かったら俺を押してな?」