「お嬢様! お嬢様!?」
何も感じない。
「止血に使えそうなのは包帯しかないぞ」
「それで構わない。とりあえずそれで右肩を…」
「ちょっと! 銃弾はちゃんと取り出してるの!?」
「…ローズ、落ち着け。弾は貫通している」
何も思わない。
「落ち着けるわけ無いでしょう!?」
この女は、今更何を言ってるんだろう。
何度も何度も、私から何かを奪って。
一体、何のために。
………やだな、訳、解んなくなってきた。
望めば奪われるから。
私は、何も望まずに生きようと思った。
だけど、忍足に出会って、
当たり前の日常が、手に入ったと思った。
でもそれは、錯覚。
……ほら、またこうやって、こいつらに奪われていく。
The reason for being.
The value of being.
――19th.
「監督!!」
ノックもせずに音楽室の扉を開ける一行。
中にいた榊は、ピアノを演奏する手を止め、目を見開いて驚いていた。
「何事だ、騒がしい」
「一体何がどういう事なんですか!? 何でが……っていうかあいつら何者で」
「何が言いたいんだ?」
興奮と混乱で、岳人は言葉を詰まらせた。
未だに、情報が整理されていないのだから。
「岳人、いい。…俺が説明する」
見かねた跡部がため息混じりにそう言うと、岳人は一歩引いて彼を見た。
「…つい先程、が拳銃を所持した怪しい奴らに連れ去られました」
「何っ!?」
いつも優雅な物腰の榊が、明らかに動揺している。
その姿を見て、跡部たちも不安を隠せない。
「まさか……こんなに早く…!?」
「…何か、ご存知なのですね」
「あ、ああ……しかし…」
「話して下さい、監督。も貴方に聞けと言いました」
「が……」
榊は一度息を落ち着け、椅子に深く腰掛けた。
「…そいつらは、ローズ・ロバート・ボブの三名か?」
「! ……はい」
「そうか……ならば、やはり間違いないのだな……」
額に手を当て、眉間に皺を寄せる榊。
一同はその次の言葉を息を呑んで待った。
「…そいつらは、の親権を持つ者の部下だ」
「親権……? それは、監督が持ってるんとちゃうんですか…?」
「私はただの、日本での保護者に過ぎない」
一体、どういう事だ。
誰一人、意味が解らない。
「…跡部。お前たちはどこまで知っている?」
「…が日本に来たのは、…奴らに恋人を殺され、自分が壊れたからだと。
そして……、自ら、両親を手に掛けたことも。…詳しい話や背景事情は、何一つ知りません」
「そうか…それを話したか…」
榊は椅子から立ち上がり、入り口の鍵を閉めた。
誰にも、聞かれたくない話らしい。
「……には、二つ年上の恋人がいた。
名前はリオ、日本人の血の濃いハーフだった。
二人はとても幸せそうに日々を過ごしていた。誰もが、それが続くとばかり思っていた、私も含め……
だが、歌手としてのに、『恋人』は足かせになると、彼女の両親は思ったのだ。
スキャンダルにでもなれば、の芸能生命は絶たれると…」
「……まさか…それだけの事で……?」
「その、まさかだ。
の両親は……の目の前で、リオを殺した」
「!!」
目の、前で?
恋人が……?
「そん、な……」
忍足は力無く榊を見つめた。
「……最も、直接手を下したのは、お前たちも会ったあの三名だが。
あいつらは当時、のボディーガードだった」
榊の説明に、一同は聞き入るしか無かった。
何も、言う事ができない。
「はすぐに、首謀者が両親だと解った。
そして口論の末、父親が逆上しての首を絞めたのだ。…リオを殺そうと思った時からすでに、精神が崩壊していたのかもしれない。
だが、死の迫るにはそんな余裕など無く……手にした銃で、二人を射殺してしまった」
「……………」
言葉に、できない。
重い、重すぎる事実。
あの日忍足が細いと感じた肩には…こんなにも重い過去が背負われていたのだ。
「…私が駆けつけた時にはすでに、は自我を失っていた。
私はを保護し、親権を取得しようとした。だが、すでに親権は他の者に譲渡されていた。
…それが、今のの保護者。父親の姉である、 瑞穂だ」
「…そいつが…を……」
「ああ…。私も瑞穂とは面識があるが、あれは最悪な人間だ。とてもじゃないが、は渡せないと思った。
だが、彼女と血の繋がりのある者と裁判で戦った所で、私が親権を手にする事は無い。
だから私は奴に提案した。『精神療養も兼ねて、をしばらく日本へ寄越さないか』、と。
奴はあっさりと了承した。何か裏があるとは思っていたが………まさか、が回復してすぐに誘拐していくなど…」
榊は頭を抱え、深く息をつく。
一つずつ情報を処理していくしかない忍足たち。
だが、長太郎や岳人、ジローは、あまりの事に涙を流すしか無かった。
「という事は…今あの三人は、 瑞穂の元で働いているという事ですね」
「そういう事になる。あいつ等だけではない、の家に仕えていた者全てが奴の家へ引き抜かれた」
比較的冷静だった跡部が問う。
何かをしばらく考えた後、再び、口を開いた。
「……は俺たちを庇い、怪我をしています。それに奴らは車でここまで来たようです。
すぐにアメリカに向かったとは考えられません。まだ追いつけるはずです」
「しかし…日本には、瑞穂の企業名義の土地がいくつもある。どこに向かったかまでは、私には解らない」
「…………ね、なら……」
「長太郎…?」
泣き続けていた長太郎が、口を開く。
「姉なら……何か知ってるかもしれません……!!」
「杏子ちゃんか!」
「連絡します!」
長太郎は急いで携帯を手にし、杏子に電話を掛けた。
コール音が鳴ると同時、音楽室は静まり返る。
『……チョタ…?』
「あ、姉さん!? 実は聞きたい事が……」
『どうしよう……あたし……っ』
「…姉さん…? どう、したんですか…?」
『あたし…………ちゃん、止められなかった……っ…』
「え…?」
「…貸して」
呆然とする長太郎の手から、忍足は携帯を拾い上げる。
「杏子ちゃん? 今、どこおる?」
『…教室…』
「解った。すぐ行くから、待っててや?」
それだけ言うと、忍足は電話を切った。
「皆、行くで。……多分杏子ちゃん…全部、知ってるわ」
忍足に続き、全員が、音楽室を後にした。
――――パシャ…!
「んっ……」
「やっとお目覚めのようね」
まぶたが、重い。
息苦しい。
「!」
でも、目の前にいた女の顔を見て、私は一気に意識を覚醒させた。
「……クソババア…」
「相変わらずの礼儀知らずね。…それにしても小汚いったらありゃしない」
嫌な物でも見るような視線。
そっちこそ、相変わらず見苦しい服装や髪型して。香水のにおいも気に障る。
…そう言いたいけど、今は、意識を保つのでやっとだ。
震える手で、顔をこする。
どうやら、クソババアが手に持っているコップ…あれで水を掛けられたらしい。
「…私に…何の用………」
「保護者に向かって何の用は無いでしょう」
「私の保護者は、太郎さんだっ…!!」
「お前の親権は私が持っているの。あの男じゃない」
クソババアはコップを手元のテーブルに置き、その手で私のネクタイを引き上げた。
「……うっ…」
「親が子をどう使おうと勝手。…歌えないなら、モデルでもやって稼いでもらう事にしたわ。
そのために、まずは憎たらしくても元のお前に戻ってもらう必要があった。だから日本へ行かせたのよ、ただのお人形さんはいらないから。
まぁ、まさかこんなに早く戻ってくれると思わなかったけど」
「離、せ……っ…!!」
「…ふん」
「!」
思い切り突き飛ばされ、背中に痛みを感じた。
その時、やっと椅子に座らされていたと知る。
「誰が…お前なんかのために働くか……!!」
「構わないわよ? その時はお前の仲間が犠牲になるだけだから」
「! ……やめろ、あいつらは仲間なんかじゃない!!」
「何であってもいいわ。使えるものは使うの。
…解ったらしばらく黙ってなさい。お前さえ従えば、誰も傷つかずに済むのよ? 優しい優しい、お前の望み道理ね…?」
汚らしい、笑い方。
汚らしい、手段。
どうしてこんな人間が生きて、あの人が死ななければいけなかったの?
「…ロバート」
「はっ」
その声で、部屋にロバートが居た事に気づく。
「…あそこに閉じ込めておきなさい」
「は…? …しかし、お嬢様は怪我を」
「私の命令が聞けないの?」
「…申し訳ありません」
ロバートは私を軽々と抱き上げる。
「おろして……」
「なりません」
「絶対……許さない…………お前ら全員……絶対…っ…」
パタン、と、部屋の扉が閉まる。
同時、クソババアの高笑いが、廊下にまで聞こえてきた。
………畜生…、
「…リオ…ぉ………っ…」
「…姉、さん…?」
教室は、電気もつけられておらず真っ暗だった。
長太郎を先頭に全員が教室に入る。
杏子は、何の反応も見せずに、席に座っていた。
その席は…、の席。
机に乗っているのは、の鞄だ。
「……『行ってきます』って、言ったんだ」
「え…?」
「鬼ごっこに行く前。あたしに『鞄預かって』って来て。…『行ってきます』って」
「杏子ちゃん…」
「『行ってきます』があるんだから、『ただいま』があるって……信じてた。だってちゃん、『行ってきます』って言ったもん」
「どないしたん、どういう事?」
「……知ってたの。―――近い内に、ちゃんの伯母さんが、ちゃんを奪いに来るって」
「!!」
「……やっぱり、連れてかれちゃったんだね。…まさかって思ったけど…でも、そうなんだ」
一度も視線を上げず、
杏子は、の鞄を見つめ続けた。
「…噂、さ…あれ、ホントだよ。あたし、ちゃんの事、全部知ってる。
初めは興味本位だった。転入生の過去が知りたくて調べた。……全部知った時は後悔したよ」
「……」
「でも、信じて……同情なんかで近づいたんじゃない……。
あんな事があったのに、無理してでも笑ってたちゃんに…すごい憧れたんだよ……っ」
やっとこっちを向いた杏子は、
ボロボロと、涙を流していた。
「姉さん……、姉さんの気持ち、誰も疑ってなんか無いです。…俺たちも、勿論…さんも」
「チョタ……」
「…鳳、お前、近い内に奴らが来るなんて…どこで知った?」
「ちゃんの伯母さんの会社のパソコンから、伯母さん自身のパソコンに侵入して。
…あ、榊先生、今の見逃して下さいね?」
「し、仕方ない……。しかし、という事は…どこに連れて行かれたかも解るな?」
「はい。………行くんでしょ? あたしも行きます」
「駄目だ。危険すぎる」
「……ムサい連中ばっかで乗り込んでもちゃん嬉しくないよ? 先生w」
「……………」
もっとまともな生徒のはずだったのに…と、榊は心の中で嘆いた。
しかし長太郎の姉、と思えば、妙に納得してしまった。
「それに……あたし、ちゃん唯一の女友達だし。…誰に何て言われても、行くから」
いつもの杏子では考えられない表情。
へらへらした笑顔も、黒い笑みも無い。
その真剣な顔を見て、榊は息をついた。
「……解った。だが、全員は連れて行けん。人数は絞らせてもらう」
「っ監督!?」
「大勢でぞろぞろ行っては、奴の気を逆立ててしまう。あいつはあれで礼儀に煩い」
「今は相手の事気遣ってる場合では無いでしょう!?」
「これは気遣いではない。…解らないのか? 無駄な怒りを買った所で、我々が不利になるだけだと」
「…………」
忍足は、榊が居てくれてよかったと思った。
今の自分たちでは、こんな冷静な対処は、きっとできない。
「…いいか、良く聞け。
メンバーは、私・鳳姉弟・跡部……そして、忍足。以上だ」
「解りました」
「頑張ります!」
「行きましょう」
「……ほな、行こか」
残ったメンバーは、一先ず跡部の家へ向かわせる事になった。
…何かがあった際、企業力があるのは、跡部グループだけだからだ。
「……………まだ鬼ごっこは終わってへんで、…」
今、迎えに行くからな。
TO BE CONTINUED...
「…絶対、取り戻したる。 この話が面白かったら俺を押してな?」