生きた心地がしない。
未だ、目は堅く閉じたまま。
「………………」
なぁ、俺、死んでる?
でも死んでたらどっか痛いよな。
「…どういうつもりなの」
「!」
伯母さんの声で、俺は はっとして目を開けた。
「……え…?」
銃口から微かに昇る白煙。
「………何をしているの、ローズ…!!」
それは、俺たちの方向では無く…天井へ向けられていた。
The reason for being.
The value of being.
――22nd.
小さく穴の開いた天井を見上げる。
間違いなく、ローズは、天井に向けて発砲した。
「………もう、やめませんか」
「何ですって…?」
「やめては如何です、と言ったんです」
ローズは拳銃を懐に仕舞うと、代わりに何かを取り出し、こっちに投げた。
「これは…」
俺の足元まで転がってきたそれは、鍵。
「…お嬢様は地下室にいらっしゃいます。それは鍵です」
「ローズ! 何を勝手な真似を…!!」
「……私は以前、お嬢様の恋人を手にかけました」
淡々と、話し出す唇。
「…あの時は、それが正しいと思っていました。お嬢様にとって、それが一番だと。
でも今は……解らなくなってしまいました。
私はボディーガードとして、幼少よりお嬢様をお守りしてきました。…初めて見たんです、お嬢様のあんな表情。
リオ様を喪われた時のお嬢様の取り乱しよう、忘れることが、できなくて」
ローズはサングラスを取り、一度目を伏せた。
「それなのに……あの時からでは考えられないくらい、あなた方を必死に守ろうとしたお嬢様から…私は、また…。
私は守るべき人を、傷つけました。お嬢様の守りたかった人を、奪いました。
………こんな罪、一度で充分です。
もう二度と、お嬢様から何かを奪いたく、無いんです」
その瞳には、涙。
「……ロバート! こいつらを殺しなさい!!」
そう言い出す伯母さんに反応して、全ての視線がロバートへ向けられた。
「…承知しかねます」
「何ですって……!? 貴方たちは私に雇われていたはずよ!!」
「我々はローズに従う」
ボブの決定的な一言に、伯母さんは嫌な笑いを浮かべた。
「……それは、私の命令に背く、という事ね」
「…はい。殺すなら、どうぞ。私は構いません」
「!」
伯母さんが懐に手を入れた。
俺は咄嗟にローズの前に飛び出し、庇うように両腕を広げた。
「……な、何をしてるの。どきなさい!」
「お前が死んでもは悲しむ」
「!」
「せやから…殺させへん」
「当たり前だ」
振り返れば、監督を先頭に、全員がローズを取り囲んでいた。
「瑞穂……守るべきものが無い、歪んだお前には……まだは渡せない。返して貰う」
「…………」
伯母さんは、しばらく不機嫌そうな顔で全員を見渡した。
「………解ったわ。しばらくは、の好きにさせてあげる」
「!」
「ただし、いつかは帰ってきてもらう。もちろん必要なら話し合いもするわよ。それでいいんでしょう」
「…やけにあっさりと手ぇ引くんやな」
「アンタ達みたいなの相手にするほうが疲れるの。自分を否定されるのなんて、不快でしか無いわ」
伯母さんは席を立ち、踵を返した。
「その代わり、ローズ・ロバート・ボブ。貴方たちは解雇よ。…もちろんどこかに雇って貰えるとは思わない事ね」
バタン、と音を立て、伯母さんは扉の奥へ消えた。
「……今まで、申し訳ありませんでした」
最初に口を開いたのは、ローズ。
深く頭を下げる彼女の元へ、ロバートとボブも近寄った。
「これから、どうするつもりだ」
「……まだ、何も」
「…俺の家に来ればいい」
ローズが顔を上げた先には、跡部。
「………私は、貴方たちに銃を向けたわ。…お嬢様が庇われたけど、お仲間を撃とうともした。
…それなのに、いいの?」
「ひっくるめて面倒見てやるっつってんだ。来るのか、来ねぇのか?」
跡部の言葉に、三人は一度顔を見合わせ、向きなおした。
「……お世話になります、跡部様」
まるで忠誠を誓うかのように、膝を床につけて頭を下げる三人。
「………って、さん! さんを迎えに行かないと!!」
「急いだほうがいい。まともな止血をされていないからな」
「何やて!? そういうんは早よ言え!!」
俺は急いで落ちたままだった鍵を拾い、部屋を飛び出した。
手を、伸ばしても。
掴めるものは、本当に、限られていて。
一度掴めたとしても、
私はそれを守りきれない。
……いつだって。
「…………」
当の昔に無くなった感覚を、少しだけ呼び覚ます。
もう、スピーカーからは何の音もしない。
……どうなったんだろう。
誰が死んで、誰が生きてるんだろう。
むしろ…私は、まだ生きてるのかな……?
「………赤…」
うっすらと目を開けると、赤黒い水溜りが映った。
あまりしっかりとした止血はされてなかったんだろう、だからこれは、血だまり。
「………死んだら、楽かな……」
死んだら、会えるかな?
皆に。
…リオに。
ねぇ、リオ。
負けちゃった私の事、笑顔で迎えてくれる?
…無理だよね。
きっと貴方は怒ると思う。
だけど。
許して、くれるはずだから。
「…………………」
だんだん、感覚が、消えていった。
耳も、目も、五感も、
薄れていく。
―――この手を、伸ばしたら……
掴んでくれる?
ねぇ……
「……っ………!!!」
「!」
急に、音が舞い戻った。
「、…!!」
「…お、し…………?」
ねぇ、これは、夢?
今、私の手を掴んでいるのは……
「忍足…………?」
生きて、た……?
「!」
「さん!!」
「ちゃんっ!?」
「…!!」
見える……ちゃんと、皆の顔…姿……
「生き、てる……? 皆…無事……?」
「何言うとんねん…の方がヤバイやろ…!?」
「聞こえてた…スピーカーから……皆の声…銃声…」
「!」
撃たれて、無いの…?
だったら…ローズたちは、どこ…?
「…とにかく此処から出ましょう。一刻も早くさんの処置を…!!」
「ああ…」
忍足が、着ていたブレザーを私にかけてくれた。
「汚れる……」
「阿呆」
言ってる内に、忍足は私を軽々と抱き上げた。
「お嬢様……っ」
「ロー、ズ……?」
階段を上がりながら、ローズが私の顔を覗き込んできた。
「…どんな罰も、私は受け入れます。許して欲しいなど言いません。
……ただ、謝らせて下さい…」
「…………もしかして、さ………忍足たちを…助けて、くれた……?」
「え…」
「せやで、」
「だったら………
…だったら、もう謝らないで…………」
瞬間、ふと途切れる意識。
最後に見たのは、初めて見る、ローズの泣き顔だった。
は、そのまま跡部の家へ運ばれた。
銃で撃たれた、なんて大事にはできひんから。
「……なぁっ、一体何がどうなってんだよ……」
「ちゃん、大丈夫なのか…?」
今は、跡部家お抱えの医者が3人掛りで治療している。
俺たちは別室で、待機組の連中との治療が終わるのを待ってた。
「後でちゃんと説明してやる…」
もう1時間も、時間が経っていた。
遅い。どうなってるんや。
そう、思った瞬間やった。
「景吾様、様の治療が終わりました」
医者が、勢いよく部屋の扉を開けて入ってきた。
その言葉で、全員が安堵のため息を漏らす。
「…の様子は?」
「先ほど、意識が戻られました。まだはっきりとはしていませんが……」
「そうか…」
「それで、あの………ここに忍足様は、いらっしゃいますか?」
思わぬ所で俺の名前が出て、全員呆けた顔をする。
「俺がどしたん?」
「様が、しきりに名を呼ばれてました。『連れて来て欲しい』と…」
「だったら俺らも行こうぜ!!」
「よせ、岳人」
椅子から飛び上がる岳人を、跡部が止めた。
「忍足、お前だけで行って来い」
「…解った」
「では、ご案内します」
俺は医者に先導されて、のいる部屋へ向かった。
「こちらの部屋です」
一つの扉の前で、医者が止まる。
この中に、がいる。
……俺を、待ってる。
「では、私はこれで」
「ああ…おおきに」
医者の背中を見送って、俺は息を大きく吸った後、
ゆっくりと、ノックをした。
「…どうぞ」
ぼんやりとした声が聞こえた。
それを確認して、俺は扉を開ける。
「…………」
跡部の私室よりは狭い、けど、それでもかなり広い部屋。
その一番奥にあるベッドの上に、はいた。
真っ直ぐに天井を見つめているその表情は、まだ、うつろ。
「…大丈夫なん? 話せる?」
「ん……」
すぐ傍まで寄って、俺はベッドに腰掛けた。
右手での前髪を梳くと、やっとの瞳が俺を捉える。
「……私…どうなったの…?」
「俺らでの伯母さん説得してな? しばらくは、の好きにさせてくれるんやて」
「…あいつが…認めたの…?」
「せや。やから、は、此処にいたらええねん」
俺は優しく微笑んで、前髪を梳いていた右手をの頬へ滑らせた。
ずっと非日常的な事ばっか起こってたから、こんな時間がずっと続けばいいって思った。
「……皆にも言わなきゃいけない事があるんだけどね…まず、忍足に聞かなきゃいけない事があって、呼んだの」
「何や? 言うてみ?」
「……まだ私の事、
―――――好きで、いてくれてる……?」
その言葉に、俺は驚いた顔をした後、すぐに にっと笑った。
「…。……キスするけど、怒ったアカンで?」
「は? ちょ、ちょっと……」
「アカン。……めっちゃ心配してんから、これくらいさせて貰わな。…な?」
拒否も戸惑いも聞かんと、俺はと唇を重ねた。
初めは少し逃げ腰やったけど、何度も何度も重ねる内に、次第に諦めたみたいに大人しくなった。
「………っは…ぁ…。…ちょっと、質問に答えてないじゃない、馬鹿」
「ん? 解らへんの?
俺はずっと、が好きやで?」
至近距離で、お互いに目を合わせながら言う。
すると、は、
「……そっか」
「!」
ローズに見せられた写真みたいに……幸せそうな笑顔で、微笑んだ。
なぁ、俺、
期待してええんかな?
TO BE CONTINUED...
「……俺、なんや今、めっちゃ幸せやわ…。 この話が面白かったら俺を押してな?」