どうしてだろう、
私、今すごく安心してる。
疲れたからかな。
情緒不安定なだけかも。
「……………」
「ホンマよう寝とるわ」
あれからどれくらいの時間が経ったんだろう。
いつのまにか眠りについていた私。
意識は起きてるのに、身体が着いてきてくれない感覚がする。
「……結局寝れんかったなぁ…」
そう言って、あくびをする忍足の声。
……寝れなかった? って、今何時?
その時、手に何か感触を感じた。
包まれている…多分、忍足の手。
そっか、これに安心してたのかもしれない。
今、私すごく弱ってるからな……。
忍足の手は暖かくて…ん? なんか、暑い……?
いや、手じゃなくて、体中が。
「…………っん…」
苦しくなって、身体が夢見心地から起きた。
同時、やっと意識に順応したかのように、息が上がる。
「おはようさん」
「忍足…」
初めに目に映ったのは、忍足の笑顔。
部屋の中は、電気は消えているのにほの明るい。
もう、朝になったんだろう。
……忍足、文字通り寝てないんだ。
「…ごめん、付き合せちゃったね」
「気にしな。一晩中寝顔見てたし」
「最悪…」
……何だか、次は意識が朦朧としてきた。
身体は起きたのに。一体どうなってるんだろう。
「…? 何か顔赤くない?」
「何、か……苦し、…」
「って熱いやん!?」
おでこに手を当ててくれた忍足の驚いたような表情を見た後、
ゆっくりと、私は耐え切れなくなって目を閉じた。
The reason for being.
The value of being.
――23rd.
「傷口から感染した細菌による熱ですね」
全員が集合した部屋の中、ローズが言う。
私もあれからしばらく寝てたから、話せる体力は戻っていた。
「お前…っ、元凶のくせによくもそんなさらっと…!!」
「私はお嬢様に許して頂けたので心も気持ちも入れ替えましたの。何か問題でも?」
ローズが黒い笑みでそう言うのを、私はベッドから見ていた。
…ああ、ローズまでこんな性格だったなんて…。
「ローズ。…って事は、ただの風邪みたいな感じだと思えばいいんだよね?」
「ええ、そうです。お嬢様は昔から回復がお早いので、すぐに良くなられますよ」
「だったら、みんな心配すること無いから、早く学校行って?」
「せやったら俺も休む」
「忍足、私はローズが着いててくれるから大丈夫」
むしろ、だんだんダルくなってきたから、早く行け。
「長居するのも失礼だろう。お前たち、行くぞ」
「太郎さん、すでに時間ヤバイですよ?」
「、いい子で待ってるんだぞ」
「心配しなくても跡部は待たないから」
「さん、またお見舞いに来ますねw」
「チョタは行かなくていいっ。ちゃん、あたしがお見舞い来るからねーw」
「どっちも来ないで、疲れるから」
「ー、ご褒美のデートは…」
「岳人、この状態で行けって言ってる?」
「! 俺残っちゃ駄目? がこうなったの俺のせいだC…」
「そう思うなら今日は真面目に授業受けなよ? 寝たら罰ゲームね」
「ちゃん」
「お前は喋るな、滝」
「…あんたら気は確かですか? 熱出してる先輩にこれ以上絡まないで下さい」
「若……私、アンタが神に見える」
一通り相手を終えた後、ぞろぞろと部屋を出て行く波に逆らって、その場に突っ立っている奴がいた。
忍足だ。
「…早く行かなきゃ遅刻するよ?」
「めっちゃ行きたくない気分」
「わがまま言わないの」
「…解った解った。……その代わり、放課後来るから」
「うわっ、来なくていいよ…」
「そんな酷いこと言わんといてやー。部活したら跡部と帰ってくるからな?」
そう言うと、忍足はローズがいるのも気にせず、私の額にキスを落とした。
「不意打ち…」
「儲けたw」
やっと部屋を出て行った忍足。
それを確認して、ローズが口を開いた。
「…楽しそうですね」
「誰が?」
「お嬢様が」
「…へぇ…。私には、ローズのほうが楽しそうに見える」
「!」
ローズは大きく目を見開いた後、はにかむように笑った。
「お嬢様の傍にいれることが、堪らなく嬉しいんです」
「やめてよ、そういうの本人の前で。私まで嬉しくなるじゃない」
「じゃぁなって下さい」
久しぶりだ。ローズとこんな風に笑って過ごせるなんて。
彼が…リオが居なくなって、崩れてしまった形が、少しずつ、元に戻っていく。
……もちろん、もう二度と戻らないものがあるけれど。
「ああ…でもあの男、私が手塩をかけて育てたお嬢様に軽々しく触れて…!!」
「(うわっ…)そっそういえば、ロバートとボブは?」
黒オーラを発しだしたローズの気をそらす様に、私は話をふった。
「あの二人ですか? ロバートの方は庭師になりました。これが結構、様になってるんですよ?
ボブは料理が得意だったので、厨房の方で働いています。お嬢様の朝食も、今彼が作ってますよ」
「そうなんだ。楽しみ…」
その時、丁度良くノックの音が響いた。
ローズは私と顔を見合わせ、お互いに微笑んだ後、扉を開けに向かった。
「あっ! ちょ、ちょっと待っ…!!」
「あれ? もしかしてお嬢様、ここ弱いんですか?」
「馬鹿言ってる暇あったら手加減して……あぁぁっ!?」
「あらあら、またですねー」
「もう…ローズの馬鹿…!!」
「…貴女たちは一体何してるんですか…」
「あら、ボブ。どうかした?」
「おやつでも持ってきてくれたの?」
時刻は3時過ぎ。
私の予想通り、手にクッキーの器を持ってボブが参上した。
「誤解を生みそうな会話が廊下まで響いてましたよ……」
大きなテレビに映し出されているのは、ローズが操縦する緑の恐竜がレースで優勝している映像だ。
「マリ●カートしてただけじゃない」
「ローズってば、いっつもゴール手前で亀の甲羅を撃って来るんだもん、勝てないって」
「私とヨッ●ーが手を組めばこんなものです」
「ちぇー。所詮ビジュアルだけの姫じゃ勝てないかー」
「何故病人が元気にゲームしてるんですかそして何故ローズまで参戦してるんだというかお嬢様はちゃんとベッドに横になってて下さい」
「息継ぎ無しのツッコミ、ご苦労様」
ボブは咳払いをした後、私をベッドに誘導した。
「そうは言っても、暇だったのよ。ねぇ、お嬢様?」
「暇って……お嬢様は熱が」
「あ、点滴5本打ったら下がった」
「だからってゲームなんかしてたらまた上がるでしょう!!」
うわ、初めてボブに怒られた。
「ローズ、お前がこれを言うべき立場なんだぞ」
「っていうか私がお嬢様にゲーム誘ったし」
「……………………ほう…?」
「………あ」
「っ!?」
ボブは目に見えて怒りの表情をしている。
ぴくぴくと引きつった口元は、すでに笑っているのかどうか解らない。
青筋の立っている額に、ローズまでもが引きつった笑みをこぼした。
「……よーっく解った。ローズ、ちょっと二人で話し合おうじゃないか?」
「ひっ……ボブがキレた…!? お、お嬢様、助けて下さぁいっ!!」
「あ、お嬢様、すみませんがクッキーはお一人でどうぞ」
「え、あ、うん」
ローズの悲鳴を残し、二人は部屋を後にした。
……何だか私の周りって、普通の人いない気がする。
「……食べよ」
ベッド横の棚に置いてあった器から、クッキーを一枚拾う。
「ん、チョコチップ。美味しー」
さすが。ボブも中々やるじゃない。
「…………」
けど、なんか、
「……一人で食べても、ツマンナイ」
そう思って、時計を見る。
3時半。もう学校は終わって、そろそろ部活が始まる時間だ。
「……あ。いい事思いついた」
思い立ったが吉日。
私はさっそくベッドから飛び起きた。
「なんか、テニスしてると昨日のが嘘みたいに思えるなー」
岳人がそう言ったんを聞いて、俺も何となく同じ事を思った。
俺らにとって、テニスとは習慣づけられたもので。
それをやっている間は、結構他のことは忘れたりしてる。
「でも実際会ったことですよ。あれも残ってますし」
長太郎の言う、あれ。
それは、昨日が残した、血痕。
「そういや、鬼ごっこってどうなったわけ?」
「強制終了だろ」
「まだ終わってないよ」
「!!」
その声に、全員が振り返った。
「!?」
「うん、私」
いつか見た光景。
ギャラリーを気にせずに、フェンスからこっちを見ている。
ただ違うのは、私服だという事。
「どないしたん!? 熱は!?」
「下がったから来てみた」
コートに下りてくるのほうへ、俺たちは駆け寄った。
「下がったって……そんなすぐ下がるもんなん?」
「私の自己治癒力なめんな? あ、これ差し入れ。ボブが作ったクッキー。意外と美味いよ」
と、が差し出した袋を思わず取ってしまった俺。
ちょぉ待って、今『ボブが』って言うたよな…?
いくら美味くても、ボブが作ったもんとか笑えて食えん…。
「ったく…病人がうろうろしてんじゃねぇぞ」
「だって、まだちゃんと終わらせてなかったでしょ」
「あーん?」
「鬼ごっこ」
そう言うと、は俺に向かって両手を伸ばした。
「忍足。……―――捕まえて?」
「!」
微笑みながら、俺を待つ。
あかん、めっちゃ可愛い…。
からこんな風に他人を求めることは珍しいから、俺は緊張して仕様が無かった。
「……姫さん見っけ、や」
優しく抱きしめると、はぎゅっと抱きしめ返してくれた。
ギャラリーの声も何も聞こえんくらい、俺はだけに集中する。
「……私、マネージャーやる」
「え…」
思わぬ一言に、俺は少し身体を離しての顔を見つめた。
「私、このままじゃ駄目。いつまでも弱いままじゃ、あのクソババアにも自分にも、いつまでも勝てない。
……またアンタ達を巻き込んじゃうのも、もう絶対に嫌だから。
だから私、変わりたい。変わらなきゃ駄目なの」
「……」
「そう思えるようになったのも、きっと忍足がいてくれたから」
「え…俺…?」
「前、太郎さんに言われた。『変わる事は、必ずしも悪い事ではない』って。
あの時点で、私の中の何かは確実に変わっていたのよ、きっと」
は自分から俺に身をよせ、微笑んだ。
「私、怪我が全部治るまでは学校休む。その後は、身も心も一新して頑張るから」
「……ん、解った」
「忍足。………居てくれて、本当に有難う」
変わることが、どういうことなのか、
言葉ではどう説明すればいいか解らないし、想像すらできない。
過去を断ち切ることだってそう簡単にはできない。
未来を望もうにも、まだ怖くて手が出ない。
それに…………
「当たり前やん。
これまでもこれからも、絶対一番側に居たる」
リオの代わりなんて、どこにもいないし、求めようとも思わない。
リオを忘れることが変わる事だともし言われたら、私はもう変わろうとは思えないから。
だけど、忍足の代わりだって、もう、いないんだ。
私は忍足の事、どう思ってるんだろう。
リオに感じる気持ちでもなければ、アイツに感じる気持ちでもない。
私の中に、新しい気持ちが生まれてる。
「えー…これからも……? …それちょっとウザイです」
「酷ッ;」
いつかこの気持ちにも、答えが出ればいい。
だからその日までは、
しっかり捕まえててよね、鬼さん。
TO BE CONTINUED...
「鬼ごっこ編、やっと終了やな。、マネージャーも頼むで? この話が面白かったら俺を押してな?」