掴まれた手が、じんじんと痛む。


たくましくなったんだなぁ、なんてのんきな事を一瞬考えた後、私は我に帰って声を張り上げた。





「ちょっと、リョーマ!」


「何」


「腕、痛い」





そう言うと、やっと腕を離してくれたリョーマ。


少し冷静になったのか、気まずそうに帽子を深く被り直している。





「……あんな事言って。私は誰のものでも無いってのに…」


「だって」


「私は、氷帝のマネージャーとして此処に仕事に来てるのよ。あいつらにケンカ売るんなら、合宿が終わってからにして」


「……、解ってない」


「は?」


「もういい、早く荷物取りに行きなよ。部屋の確認した後10時にコート集合だって。あの人らにも伝えといてよね」






それだけ言って、リョーマは走ってその場を後にした。






「リョーマ……?」






数年、離れていただけなのに。


幼馴染の、気持ちが解らない。

























































The reason for being.

     The value of being.






  ――27th.































































「! !」






しばらく呆然としていた私。後ろから聞こえた声に振り返ると、忍足たちが荷物を持ってこっちに駆け出していた。






「あ、荷物ごめんね。貸して」


「荷物くらい持たせてや。……それより、あいつは?」


「…うん、戻った。荷物を自分の部屋に置いて、10時にコート集合だって」


「10時…あと30分だな。急ぐぞ」






誰も、進んでリョーマの話をしようとしないまま、合宿所に着いた。


扉をくぐった先にあるロビーには、見知らぬ人がたくさん居て、私たちが入った瞬間その視線が全部こっちに向いた。


確か、今回の合宿は青学と立海……ってことは、杏子の情報の『1年レギュラーの帰国子女』、リョーマは青学だったって事か。


リョーマは…ロビーには、いない。





「遅い到着だな、跡部」


「真田か」




先頭を歩く跡部と誰かの会話が聞こえ、私は忍足の後ろから顔を出した。


二人の男の人が、跡部の前に立っている。……青学か立海の顧問だろうか。でも、ユニフォーム着てるし…コーチ?





「…見ない顔の生徒がいるな。誰だ」


「!」




いきなり眼鏡の人と目が合う。


その視線を追って跡部が私を見ると、跡部は「ああ」と相槌を打った。




「新しく入った氷帝のマネージャーだ。どうせ後で説明もあるだろうが…、

 。この二人が、青学の部長と立海の副部長だ。お前も世話になるかもしれねぇ、顔を覚えとけ」


「え、…三年生?」


「………やっぱりな…」





私の発言に、忍足や他のメンバーが笑いをこらえだした。


……しょうがないじゃない。こんな老け顔で年相応に見えない人、見た目じゃ解んないわよ。


あ、でも杏子の情報、合ってる…。





「…何を笑っている」


「いや。…それより、時間が無いんでな。そろそろ失礼するぜ」


「ああ」




二人の横を通り過ぎ、軽く会釈をする私。


二人もそれを返し、そのまま、私たちはロビーを後にした。





「…中々礼儀正しい娘だな」


「うむ。氷帝のマネージャーにしては珍しい」
































































































「部屋割りは、扉の前に名前の書いた紙が張ってるそうだから、それを見て確認して下さい」





「お! 1人部屋じゃん!!」


「ベッドだC〜♪」


「和室じゃないんですか……」




各々自分の部屋に入り、中から聞こえてくる声に少し笑みをこぼしながら、私は自分の部屋を探した。


私の部屋は、一番端の角部屋だ。






「……ホテルのスウィートじゃないんだから…何、この豪華さ…」





部屋に入ると、合宿所に似合わないゴージャスな雰囲気が漂ってきた。


…なんか、ある意味酔いそう。




とりあえず部屋に鍵をかけて、ジャージに着替える。





「っ…?」




急に、めまいがして、私はベッドに手をかけた。




「………疲れたのかしら」




すぐに収まったから、私は特に気にせず、そのまま部屋を後にした。

































































5コート並んだテニスコートの上に、三校のテニス部が列を成す。


予定とかを話す太郎さんや他の学校の先生の隣で、私はその列を一望していた。


……思ったんだけど。






(…なんでマネージャーまで前に並ばされなきゃいけないのか……)






別に、後で紹介のときでも前に出せばいいわけで。


今、私は全部員と顔を合わせるように立っているから、あちこちから視線が刺さって落ち着かない。






(私以外は、元からマネージャーやってた人なんだろうけど…)






ちらっと隣を見ると、色素の薄い髪を綺麗に巻いた子と、長い髪をみつあみにした子が並んでいた。


巻き髪の子は自信満々といった風に前を見て微笑んでいるけど、みつあみの子は恥ずかしそうにうつむいたまま。


……うん、多分私、みつあみの子となら仲良く出来そう。巻き髪の子はなんか高飛車そうだもの。





「では、これから3日間、お前たちが世話になるマネージャーを紹介する。

 …まずは氷帝のマネージャーから」


(私かよ)






心の中で太郎さんにツッコミを入れた後、軽く息をついて、前を見据えた。





「氷帝3年、 です。先日マネージャーになったばかりでまだ一度も仕事をしたことが無いので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、

 足手まといにはならないよう頑張ってお手伝いさせて頂きますので、宜しくお願いします」





軽く頭を下げると、拍手が響いた。





「さっすが氷帝のマネージャー! 綺麗だにゃ〜」

「言葉遣いも丁寧だしね。どうやら今回は、ちゃんとした子みたいで良かったよ」

「うむ。先程の子だな」

「美人だよなーっ! なぁ、越前!」

「…………ノーコメント」




「ほう…今時珍しく丁寧な方ですね」

「氷帝のマネージャーにするには勿体ねぇだろぃ」

「あの物言いからして、多少強引な手段でマネージャーをさせられている可能性、70%」

「70%か。なら、いくらでも手段はあるの……」

「お前ら黙らんか! たるんどる!」





ざわめく一同。しかし、太郎さんの咳払いで、場は静まり返った。

……裏ボスなんだ……。





「静かに。……では、立海のマネージャー」



「はいっ。立海2年の、瀬川 莉古っていいます! 今日から3日間、皆さんと仲良くしたいと思っているので、

 あたしの事は『りぃこ』って、気軽に呼んで下さいっw 宜しくお願いしまーすw」





拍手の中、彼女は元気に頭を下げた。その顔は終始笑顔のまま。


…………なんですけど、






(うわっ、うわっ! 鳥肌立つってば鳥肌ッ!!)






駄目だ、私、ああいう系は無理だ。


何? りぃこって何? 何語!?





「では、最後に青学のマネージャー」


「は、はいっ!!」





その声に私は左を見た。さっきのみつあみの子が、まだ顔を赤くしたまま一生懸命話している。





「青学1年の、竜崎 桜乃です…っ

 えっと、あの……よろしくお願いしますっ!!!///」





………うん、えっと。


めちゃくちゃ癒されるんですけど。



よし、仕事はあの子に教えて貰おう。3日間なら乗り切れそうだ。






「では、全員行ってよし!!」





誰も太郎さんの『行ってよし』に反応しないところを見ると、もう彼らには日常と化しているものらしい。


四方八方に散っていく皆を見ながら、私はどうすればいいのか少し迷っていた。





、これやるわ」


「…何これ」


「主なマネージャーの仕事、書いた紙。それ見て落ち着いて仕事してくれればええからな」





笑って言う忍足にその紙をもらい、一通り目を通す。





「! ねぇ、アンタまさか今朝、これ書いてて遅刻、 !」




言葉を遮るように、唇に当てられた指。




「勘がええ子は嫌いやないで? けど、素直に喜んでくれると嬉しいんやけどな」


「…うん。有難う、忍足。少し見直した」


「!///」





私が微笑むと、忍足は口元を押さえて視線を抑えた。


何だろうと思って、その顔を私が覗き込もうとしたその時、






「必要以上にに近づかないで欲しいんスけど」






私と忍足の間に割り込むように、リョーマが現れる。





「…は氷帝のマネージャーや。自分こそ邪魔せんといて欲しいんやけど」


「下心が見え見えなんスよ」


「リョーマ」





私が一瞥すると、リョーマは少し気に食わない顔をしながら一歩引いた。





「…他のマネージャーが待ってるっぽいけど。早く行ったほうがいいんじゃない?」


「解った。じゃぁね、忍足」





私はこっちを見ながら待ってる二人の元へ駆けていった。






「……あんなぁ、自分がどんだけのこと大事に思てるかなんて知らんけど。

 俺らは『今』のに側におること許されてるんや。…自分こそ、手ぇ出すな」





忍足はリョーマにそう言い、その場を後にした。


ギスギスした空気が、会場を包み込みだした。






























































「じゃぁ、まずはドリンク作りから始めましょうか!」




先を歩く瀬川さんについていきながら、私たちは水呑場に到着した。


すでにペットボトルが籠に入れられている。


手早く作業を開始する二人を横目に見ながら、私は忍足からもらった紙を見ながら作業した。





「あ、先輩はやったこと無いんですよねぇ? りぃこが教えてあげますよvv」


「…有難う、瀬川さん。でも、紙に書いて貰ってるから、それでも解らなかったら聞くね」


「その紙…さっき忍足先輩に渡されてた紙ですか?」


「え? そうだけど」


「へーぇ……」





それだけ聞いて、作業に戻る瀬川さん。


私もその隣で作業を開始した。





「それにしても、見事に私たちって学年バラバラよね。二人はいつからマネージャーやってるの?」


「りぃこは入学してすぐだからぁ、2年やってますよ」


「私は、おばあちゃんが顧問だから…合宿とか、入用な時にお手伝いしてるんです」


「じゃぁ、桜乃ちゃんはマネージャじゃないんだ?」


「は、はい」


「あっ、桜乃ずるーい! 先輩っ、あたしのこともりぃこって呼んで下さいよぉー!!」


「…や、遠慮しておく





これ以上戻れないところまで行きたくないもので。




「って、二人は知り合いなの?」


「何度か一緒に合宿やったもんねー、桜乃♪」


「あ、う、うん…」


「…………」




何故か桜乃ちゃんが黙ってしまったその時、




「…きゃっ!?」


「わっ」




瀬川さんが手にしていたペットボトルを落とすと、垂直に落ちたボトルからは水が飛び出てきて、


それは角度的に、





「あー……」





私の上へ降り注ぐ結果となった。





「ご、ごめんなさいっっ!!」


「いや、別にいいよ。大丈夫だから」


「あたし、タオル取ってきます!!」


「え? ちょっ……」





止める間もなく、瀬川さんは合宿所に走って行ってしまった。


そこにある微笑みに、誰も気づかずに。





「あ、あの…大丈夫ですか?」


「って言ったんだけどね…」


「ご、ごめんなさい!!」


「え? あ、いや、桜乃ちゃんに言ったんじゃなくて…」





そんなにかかってないから、本当に大丈夫なんだけどな。


けど…






「…紙は、駄目んなっちゃったな…」






文字の滲んだ紙は、もう読める状態じゃなかった。





「お待たせしましたっ!!」


「あ、瀬川さん」


「これ、どうぞっ!」


「有難う」





遠慮がちに差し出されたタオルを手にする。


私は濡れてしまった紙を折りたたんでポケットに入れた。





「…で、後は粉を入れたらいいのよね?」


「そうです」





袋に書かれた分量を入れ、かき混ぜる。


全員分作り終え、それを籠に入れた。





「これで出来上がりです! 後は、これを合宿所の冷蔵庫に入れて…」


!!」





その声に振り返ると、少し遠くから太郎さんが私を呼んでいた。





「…ごめんなさい、監督が呼んでるから、ちょっと行って来るね」


「あ、じゃぁ氷帝の分もあたしが持っていきますよvv」


「そう? お願いしてもいいかしら」


「任せて下さいっ」





ドリンクを持って行ってくれた二人を見送った後、私は太郎さんの元へ走った。





「ちゃんとやっているようだな」


「何か用?」


「…まだ怒っているのか…」


「当たり前でしょ。私に黙って跡部と手を組んで」


「何度も謝っただろう」


「そのせいで、色々大変なのよ……」





私が軽くため息を付くと、太郎さんは真剣な顔をした。





「……、今更かもしれんが…辛かったらやめても構わない」


「何言ってるの。私は逃げないわ。…見くびらないで」


「…そうか」


「太郎さん、あれからずっと心配しすぎなのよ。私は平気なんだから」





あの時…私が撃たれて、連れ去られそうになったあの時から。





「…お前を支えることができる人間が、早く現れればいいのだが」




少し寂しそうに笑いながら、太郎さんは私の頭を撫でてくれた。






































































「あーっ重い!! 桜乃、いつまであたしに持たせてるつもりなの!?」


「あ、うん…」





合宿所に着く手前、莉古は急に態度を変える。





「あの、りぃこちゃん……」


「何よ」


「今回も…やるつもりなの…?」


「当たり前じゃない!!」





笑みの無い顔で怒られ、桜乃はびくっと身体を震わせた。





「…でも、今回のは頭が良さそう。少なくとも馬鹿じゃなさそうだわ。


 あの榊監督に名前で呼ばれてたし、先輩たちとも仲が良さそうだったし、信頼はされてるみたいね。


 …近づいて利用してやるわ」





楽しそうに笑う莉古。


そこには、今朝のような笑みは微塵も無くて。






「…………」





桜乃が不安そうにうつむく中、


静かに、何かが動き出した。






































































TO BE CONTINUED...











 「はちゃんと仕事できてるやろか…。   この話が面白かったら俺を押してな?」