「…でも、今回のは頭が良さそう。少なくとも馬鹿じゃなさそうだわ。
あの榊監督に名前で呼ばれてたし、先輩たちとも仲が良さそうだったし、信頼はされてるみたいね。
…近づいて利用してやるわ」
「で、でもりぃこちゃん…」
「桜乃は黙ってなさいよ!! それとも何? あたしに歯向かうの?」
「そ、そんなつもりじゃ…」
…………………えっと。
見てはいけない気がするものを見てしまいました。
The reason for being.
The value of being.
――28th.
んーと。
今のって、私の話だよね? そんでもって利用してやると。……何に?
まぁ、この場は知らないフリを続けるのが得策よね…。
「…………」
そう思って、私は気づかれないように来た道を戻った。
(ってか、引き返してきちゃったけど、桜乃ちゃん大丈夫かしら。やっぱりその場で瀬川さんを問い詰めるべきだったかな…)
別に周りに被害が及ばなきゃ、私に嫌がらせくらいなら何とも無いんだけど…私を利用して何かするつもりみたいだしなぁ…。
「…さん、だったかの?」
「!」
その声にふと前を見ると、立海のジャージを着た人が二人、フェンスに寄りかかってこっちを見ていた。
もうテニスコートまで帰ってきてたんだ…。考え事してたから解らなかった。
「浮かない顔をされていますね…。何かありましたか?」
「え、いえ、別に…何でも無いですから」
「敬語はいらんぜよ。同い年やし」
「はぁ…そりゃどうも」
「ふむ、新しい反応じゃな…」
「は?」
銀髪のほうが、私を舐めるような視線で見つめてくる。
気に入らなくて、私は軽く睨み返した。
「…なるほどな。これは面白くなりそうじゃ」
「何かよく知らないけど…用が無いなら行くわね」
「ちょっと待ちんしゃい。お前さん、無理やりマネージャーやらされた口じゃろ?」
「……多少強引な勧誘ではあったけど、これは私が自分で納得してやっている事よ。それが何なの?」
「ああ、すいません。別に、深い理由は無いんです」
眼鏡のほうが宥めるように頭を下げる。
…この二人、よく解んない。
「…俺は仁王 雅治じゃ。覚えててくれると嬉しいの」
「私は柳生 比呂士です」
「…仁王に柳生ね。…私の自己紹介は必要かしら?」
「いんや、ちゃんと覚えとるよ。じゃろ?」
「呼び捨てとか許可して無いんだけど」
「まぁそう言いなさんな」
仁王は私に近づきながらポケットから何かを取り出すと、そのまま前から私の後ろ髪に手を伸ばした。
「…何をされてるんでしょうね、これ」
「んー? この長い髪やと暑いじゃろ。俺の予備の髪ゴムやろうと思っての」
「それはどうも。でもアンタに髪結ばれる理由無いんだけど」
「そう言わんと。…ほれ、俺とお揃いじゃ」
下のほうで結ばれた髪は、長さは違えども、まぁ同じ括り方をされていた。
髪から手を離した仁王は、そのまま顔を私の耳元に寄せ、つぶやいた。
「…りぃことは、仲良くできそう?」
「無理です。……あ」
あー…思わず本音が。
「…貴方たちには悪いけど、ああゆうタイプって、苦手で」
この人たちは、あの子の本当の顔を知ってるかどうか解らないし…下手な事言わないほうが……
「ああ、莉古さんの裏の顔を見てしまったようですね?」
「って、え?」
「まぁ、あれとまともに付き合える人間はそうおらんじゃろ」
「あの、知って…?」
「これは俺と柳生、そんでお前さんしか知らん事じゃ。…ああ、青学んとこのマネージャーも知っとるか」
「特に青学の方々は過去2度程共に合宿を行いましたからね、莉古さんへの信望は厚いですよ。気をつけてください」
「情報は有難いんだけど、…なんでそんな事教えてくれるの?」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせ、にっと笑った。
「俺は面白ければ何でも構わん」
「それに、莉古さんのあの性格は筋金入りです。今更どうする事もできませんよ」
「だが、お前さんなら何とかしてくれそうな気がしての」
「…放任主義もいい所ね。とにかく、面倒事に巻き込まれるのは嫌だから、私はあの子に極力関わりたくないの。そういう事なら他を当たって…」
日差しが暑い。私は二人との会話を切り上げて、その場を後にしようとして、
「!」
休憩中なんだろうか。
…忍足と瀬川さんが、仲良さそうに話しているのを見つけた。
「…………」
「……無理じゃよ? …」
何……この、気持ち。
「りぃこの今回のターゲットは…氷帝、特に忍足やからの」
突っ立ったままの私から離れ、二人はコートへと入っていった。
「………」
いつの間に帰ってきたんだろう。
桜乃ちゃんは?
いろいろ考えながら、一歩一歩、二人のほうへと近づいていく。
「そんな事無いですよーっ」
「いやいや、そんな謙遜せんでもええやん。普通に可愛いと思うで?」
「もう、忍足先輩ってば〜!」
「はは、りぃこは面白いなぁ」
何だか、息苦しい。
何なの、意味解んない。
……ああ、暑いからだな。うん、きっとそう。なんかフラフラするもん。
「」
「ん…」
はっとして見上げると、忍足がこっちを見て手招きしていた。
「何?」
「何て……そんな怖い顔してこっち睨んでるから」
「怖い顔…?」
「でも先輩、怒った顔も綺麗なんてずるい〜ッ」
「怒った顔…?」
「…何や、自覚無しかいな。ヤキモチ焼いてくれてんのか思て嬉しかったのに」
「焼かないし、どうでもいいし」
「………忍足先輩っ! 先輩ってすごく手際がいいんですよ!
さっきのドリンク作りも、先輩の書いた紙見ながらだったのにすごくテキパキ作業してて!」
「!」
布の上から、ポケットの中の紙を触る。
「さよか。役に立ったみたいで良かったわ」
「う、ん…」
「…どないしたん?」
「何でも無い」
何で? 言えばいいじゃない。
紙、濡れて駄目になっちゃったって。
折角書いてもらったのに、もう、使えないって。
……言って謝りなさいよ…私…。
「…先輩、さっき榊監督が言ってたんですけど、お昼ご飯までみんなの試合を見学してなさいって言ってましたよ?
だから休憩中の忍足先輩はぁ、りぃことみんなのドリンクを取りに行くの手伝ってくださぁい!」
「それなら俺、と…」
「ほらほら、行きますよ〜っ!」
視界から消える、忍足。
握った手のひらの、感覚が無い。
空いている手で、髪ゴムを外す。ぱらぱらと前に流れてくる髪も、何の意味も持たない。
…一言、謝ることもできなかった。
これがあの子の作戦?
そんなに忍足を手に入れたいって事?
…そういう気持ち、解らない。
それは私が、まだ過去の想いに捕らわれているからなの?
だったら、この気持ちは、何……?
「あれ……おかしい、な」
目の前が、ゆらゆらしてる。
あ、駄目、立ってられない。
「何、だっけ……?」
こんな時…私は誰を呼べばいいんだっけ……?
リオ…? 太郎さん…?
それとも…………
「……お、し…た………り …」
途端、意識が、飛んだ。
「…………ん…」
「…気がついた?」
「!」
聞こえた声に、身体を起こす。
ここは、私の部屋…?
「…貧血、日射病、脱水症状に栄養失調。……よく生きてるね、」
「リョーマ…?」
ベッドの横で椅子に座りながらこっちを見ていたのは、リョーマだった。
「…だから顔色悪いって言ったのに。全然平気じゃないじゃん」
「平気、なつもりだったんだけどな…」
「もう起きて平気なわけ?」
「うん、大丈夫」
私はベッドから抜け出し、顔を洗いに洗面台へ向かった。
顔を洗って戻ると、ベッドの端に座っていたリョーマの隣に腰を下ろす。
「…今、何時?」
「12時。一時間近く寝てた」
「そう…みんなは?」
「昼飯まで基礎練習。立海のマネージャーはタイム測定、青学のは昼飯の準備の手伝い」
「解った。私も桜乃ちゃんの手伝いしてくるね」
「…待って」
腕を引かれ、一度立ったところをもう一度座り直す。
「何?」
「話があるんだけど」
「うん。どうかした?」
「、氷帝の奴らに何かされてない?」
「何かって…。何、話ってそんなことなの?」
私が軽く笑うと、リョーマは私の腕を握ったままの手に力を入れて叫んだ。
「そんなことって何だよ! 俺はのこと、心配だから…!!」
「…大丈夫、何も無いわよ。
あいつらは、私の話をちゃんと受け止めてくれた。私はそんなあいつらと一緒にいてもいいと思った。…それだけの事よ」
「でも、あの人たちだって男なんだ」
「あいつらは強引なことしないって」
「…どうしてそう言えるわけ」
リョーマの強い瞳に、私は多少動揺した。
だけど、臆せずに気持ちをぶつける。
「…側にいる私がそう思っているから。…馬鹿なことばかりする奴らだけど、常識の無い奴らじゃない。私に手荒な真似はしない」
だからこそ、私はこの気持ちを見定めたいんだ。
そうしてもいいと、思える相手だから。
「…アンタ、何も解ってない」
声を低くして言うリョーマ。
俯いていて、表情は解らない。
「大丈夫よ、リョーマ。それに、何かあっても一対一なら何とかなるわ」
「…へぇ、一対一なら、ね」
「!」
途端、視界がぐるりと一転した。
「ちょ……っリョーマ…!?」
「……一対一なら、何とかなるんでしょ? やってみたら?」
ベッドに押し倒されたような体勢のまま、リョーマは言った。
両手は頭上で固定され、両足ともリョーマの足で固定されている。……動けない。
「…ほらね、一対一でも、は男には勝てない」
「……どきなさい。何のつもりなの」
「アンタは自分が女だって事、男より弱いんだって事、解ってない。男が本気出せば、女のアンタは何一つ抵抗できないんだから」
「………っ」
「ほら、俺でもを組み敷くことくらいできる。…なのに、あの人ら相手に勝てるって…今でも思える?」
真っ直ぐに私を見下ろすリョーマ。
しばらくその瞳を見つめた後、私はふうっとため息を付いた。
「危機感が無かったのは認める。軽はずみにあいつらを調子づかせるような発言は慎むし、行動にも気をつけます。
ちゃんと考えは改めるから、そろそろどいてもらえないかしら?」
「…やだ」
「…は?」
そう言うリョーマの目は、真剣そのもので。
「冗談はやめて」
「…昔からアンタは変わんないね。いつまで経っても鈍いまま」
「…どいてよ」
「どっちが冗談だか。折角こんな体勢に持ち込んだのに?」
「……リョーマ…?」
「このまま襲う、って言ったら……どうする?」
一度も視線を逸らさないリョーマ。
「…リョーマは、しないよ。…できない」
「何でそう言えんの?」
「…私たちの7年間が嘘になる。……それはリオを裏切ることになるから」
「……じゃぁ、俺はリオを裏切ることになるね。……あの7年も、嘘になる」
「え…」
「俺はずっとアンタが好きだった。リオと三人でいる時も、アンタとリオが恋人になってからも、……今でも。
……出会った時からずっと、俺はアンタが好きなんだよ、…」
そして、
「っ!?」
重なる、唇。
これは、
………これは、
確実に、あなたへの裏切りだ。
「…ゃ…いやぁぁぁぁぁっ!!!」
「っ!?」
「やだっ、やだっ! やだぁぁッッ!!!!」
「お、落ち着いて…っ!!」
「!?」
大きな音を立て、忍足が部屋に入ってくる。
「に何しとんねん!! 離れんかい!」
「っ!!」
リョーマを突き飛ばし、忍足は錯乱する私の身体を抱き起こした。
「!? 大丈夫か…? 落ちつくんや」
「ごめ、なさ……ごめんなさい…ごめんなさい……」
「…?」
「ごめんなさい…っ」
それしか言わず震えたままの私に、忍足は一度目を伏せると、床に尻餅をついたままのリョーマを振り返った。
「…ここは俺が引き受ける。お前は、しばらくに近づかんといてくれ。……解るな?」
「………」
そのまま無言で出て行くリョーマを見届け、忍足は再び私に向きなおした。
「…? 大丈夫や。もう越前はおらん」
「ごめんなさ……ごめ、なさい……」
「…誰に謝ってるんや…」
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!!」
それ以外の言葉が浮かばない。
もう何も考えられない。
「……今は…独りにして…」
やっと出た、忍足への言葉。
「…こんな状態の子、置いてられるかいな」
「お願い……今は私に触れないで…」
もう、どんな行為も裏切りにしか思えない。
こうやって側にいることも、言葉を交わすことも、抱きしめられることも、
全てがリオへの裏切りにか、感じられない。
「せやったら…何も言わん、見ぃひんし、触りもせんから……ここにおる」
忍足は私から離れ、私に背を向けるようにベッドの端へ座った。
「ごめ、なさ………―――リオ…っ」
「!」
忍足の背中が、小さく反応した。
「…リオにか…」
「黙ってるんじゃ、無かったの……」
「おお、せやったな」
「……」
私はそれ以上、謝ることもやめ、
ただただ無言で泣き続けた。
忍足はそれでもそこにいた。
TO BE CONTINUED...
「こんな、ホンマは見たない……。 この話が面白かったら俺を押してな?」