「あれ、リョーマ君? どうしたの、こんなトコで」


「…………」





ロビーの椅子に一人で座っていたら、立海のマネージャーがやってきた。





「そろそろお昼ご飯だよ。りぃこと一緒に食堂行こっ!」


「いらない。一人で行けば」


「もーっ、お昼からも練習あるんだよっ!? お昼抜いて倒れでもしたらどうするの、先輩みたいに!」


「!」





……





「リョーマ君、どうかしたの…?」


「…今俺、機嫌悪いんだよね。早く行ってくれない?」


「…解った…」






走り去ったのを確認してから、俺は目を瞑った。












……俺は、何を勘違いしていたんだろう。


昔からの側にいたから、リオを知っているから、





だから、今、の一番近くにいるのは俺だと思ってた。


氷帝の連中より、俺の方が。






………だけど、本当は違っていて、










―――――リオを裏切ることになるから。









リオとといた俺は、あの頃からずっと、誰よりもの側にいて、


リオを喪った今はもう、誰よりもから遠い場所にいる。










―――――やだ……っ!!









そしてこの距離は、足掻けば足掻くほど、さらに広がっていくんだと、



近づこうとすればするほど、の中の俺の存在位置を、思い知らされるんだと。









こうなってからでしか、いや、こうなるからこそ、








俺は、気づけなかったんだ。


































































The reason for being.

     The value of being.






  ――29th.








































































何よ何よ何よあの女ッ!!


氷帝の人たちは、誰と話しても二言目にはって言うしっ、挙句リョーマまで手懐けてるなんて!!


リョーマはこのあたしでも落とせなかったのに!! 3回目でやっとリョーマは諦めたのよ!?


それを意図も簡単に……ああもう、ムカツクったら!!





「!」




っとと…いけないいけない。顔に出ないように気をつけなきゃね。


それにしても、あの女が倒れてからの氷帝の慌てぶりったら……。


みんなそわそわして練習にならないし、それを怒るかと思ってた榊監督も気が気でない様子だったし、


何より、忍足先輩が一番心配そうだったのがムカツクのよ。あ、忍足先輩じゃなくあの女がムカツクんだけど。


実際、休憩に入った途端、すごい勢いでコートを飛び出してったし。


っていうか、そもそも何でリョーマがあいつの看病しに行くの?


リョーマ、あの後楽しみにしてた柳先輩との試合あったじゃない! 試合よりあの女が大事って訳!?





「……お、りぃこやないか」


「!」





はっとして顔を上げると、階段から降りてきた忍足先輩がいた。





「忍足先輩!!」


「どないしたん、一人で百面相して」


「やだ、見てたんですかっ!? りぃこ恥ずかしい…///」





…あたし、別に彼氏なんかいらないのよね。特定の人作っちゃ遊べないし、簡単に引っかかる男もいらないし。


だから、合宿限定で仲良くなるの。もちろん他の人たちにも平等に接して。


だから合宿の間は、あたしだけがチヤホヤされるのよ。……なのに。






先輩…どうですか?」


「体調は随分よぉなっとるみたいやけど…別の理由で手ぇつけられへん」


「へぇ…」





氷帝は……誰も、あたしを甘やかさない。あたしと話しては、あの女の事ばかり聞いてくる。


ちゃんと仕事してるかだの、面倒みてあげてくれだの、誰もあたしとあたしの話なんてしてくれない。





「氷帝の人たちは、みんな先輩の事が大好きなんですねっ」


「せやな」






でも……だからこそ、落としがいがあるんだけど。





「…先輩、一緒にお昼ご飯食べに行きませんか?」


「あー、悪いんやけど、俺に昼飯持ってくから」


「あっ、それなら私も行きたいです! 先輩のお見舞いしたいです」


「アカン」


「えーっ何でですか? まだ体調悪いんですか? だったら尚更心配……!!」


「部外者はしばらく立ち入り禁止や」


「!」





部外者……!? このあたしを、部外者扱い…。





「ちょっと忍足さん、何りぃこいじめてんスか」


「桃城君…っ」





あら…丁度いいところに。





「ち、違うの桃城君っ、あたしが、関係ないのに無理言ったから…」


「にしたって言い方ってもんがあるだろ」


「部外者は部外者や」


「ほ、ほら、もういいから、桃城君…!!」


「良くねぇよ!!」


「何も知らんやつがの側行ったかて何もできん。今のに関わってええんは、知ってるやつだけや」


「…何なんスか、それ」


「んなもん俺が言えるわけないやろ」


「ふざけんのもいい加減に…!!」





そう、そうやって騒いでくれればくれるほど、あたしにとって都合が良くなる。


この辺りで、あたしが大人しくいう事聞いて、寂しそうな笑顔の一つ向ければ…忍足先輩だって、罪悪感の一つも生まれるはずよ。





「…あたしっ」


「何騒いでるの、こんなところで」


「!」





あたしの声を遮って、通路に響く、声。





! …もう、ええんか」


「ええ、平気」





階段から降りてきたのは…





「…何があったか知らないけど、瀬川さん、泣きそうな顔してるわよ?」


「あ…りぃこ、ごめん。お前を泣かせるつもりとかじゃなくて…」


「う、うん、解ってるよ、桃城君」


「そっか…はは…」





ムカツク…あの女に全部持ってかれた…。しかも何であんたに庇われなきゃなんないのよ!




「忍足、リョーマ知らない?」


「いや、俺も探しに行こう思てた所やねんけど…」


「…リョーマ君なら、ロビーにいましたよ?」


「……そう」


「越前に何かあるんスか?」


「ちょっとね。…行きましょうか、忍足」


「え、…大丈夫なん?」


「…話はつけとかなきゃ」





そう言って、あたし達を置いてロビーへと向かう二人。





「んだよ……くそっ」


「桃城君、誰にだって踏み込まれたくない事ってあるよ。だから、ね?」


「お、おう…///」





氷帝があの女を慕う理由…忍足先輩が教えてくれなかったそれが、そうなんだろうけど。


……どうせ大したことじゃないはずだわ。





「…お昼食べに行こうっ、桃城君vv」


「おう!」





何があるのか知りたい所だけど…桃城君がいる以上、盗み聞きしに行くわけにもいかないし。


はぁ…こういう時、菊丸先輩とかブン太先輩なら、むしろ聞きに行こうって言ってくれるのに。…使えないったら。


























































































「リョーマ」


「!」




私の声で、リョーマはびくっと背中を震わせ、席を立った。




「あ……」


「いいよ、そのまま座ってて」


「…俺は向こう居るな」






リョーマの隣の席に腰を下ろし、通路の向こうのソファーに忍足が座ったのを横目に見ながら、しばらくは黙っていた。


忍足のつけたテレビの音がかすかに聞こえる中、私は口を開く。





「…ごめんね、錯乱して」


「いや、謝るのは俺のほうで…」


「そうね。女の子をいきなり押し倒すもんじゃないわよ」


「…軽蔑されると思ってた、のに。…、いつも通りに接するんだ…」


「落ち着いてから、ちゃんと考えたの。…何が裏切りで、何が裏切りでないのか、とか」






私は背中を向けるようにしてテレビを見ている忍足に一度視線を向けた。





「リョーマの、その想いは…裏切りなんかじゃないよね」


「!」


「…違うよ、うん」


「でも…!!」


「リオへの裏切りじゃない。…私への裏切りよ」


「あ……」






だって、誰が誰を好きになったって、そんなの誰に責められることじゃない。


それは自由のはずだもの。





「私はリョーマの事、信頼できる幼馴染だとしか思ってなかったんだもの。

 なのにいきなり押し倒されてキスされて…普通に考えたら、それって私への裏切りよね。ただの気持ちの押し付けだわ」


「…ごめん…」


「でもまぁ、いろいろ爆発しちゃったのよね、さっきは。…いつもはそんな子じゃないって事くらい、解るわよ」


…」


「7年の付き合い、甘く見ないでよね」


「でも俺は…その7年間を否定した」


「あれはその場の勢いもあったんじゃない? ……今でも、『あの7年は嘘だった』って、言える? 思ってる?」


「……そんなわけ、無い」


「でしょ?」





リョーマは被っていた帽子を取り、髪をくしゃくしゃと掻き乱した。





「…私にとっても、あの7年間は本物なの。…リオがいて、リョーマがいて。…本当に楽しかった」


「……」


「リオの事は本当に好きだった。だけどこの感情は……きっと、永遠じゃない」


「!」


「いつまでも、リオを喪った悲しみに捕らわれているわけにはいかない。…だって、私は生きている」






リオが生きていれば……生きてるのに、会えないって状況なら……きっと、一生この想いは消えないだろうけど。


……現実は、そうじゃないから。





「私は生きてるから。…いつか、リオ以外を好きになるかもしれない。…それを、リオへの裏切りだとは思いたくない」


「……うん」


「だけど、…リョーマはいつでもいる」


「え…」


「リョーマの代わりは、どこにもいないの。誰もなれないの。…それはリョーマがいなくなっても、ずっと」


「……それって…」


「リョーマを恋人として好きになることは、絶対に無い。それは、リオがどうとかじゃなくて。


 私にはリョーマっていう幼馴染がいなきゃ、駄目だから」







それが…リョーマの想いに答えられない事だとしても…







「誰よりも私を理解してくれて、誰よりも安心できる……。


 ……私の幼馴染は、リョーマでなきゃ、嫌よ」







それが…私の、リョーマに対する答え。






「…普通にフってくれて構わないのに。…遠まわしすぎ」


「う…」


「別にいいよ。がそう言うなら」


「リョーマ…」


「だけど、この位置は誰にも譲らないから」


「当たり前でしょ。…誰かに譲ったら、許さないんだから」


「…了解」





少し微笑んでくれたリョーマに、私も笑みを返す。





「…で、は今誰が一番好きなわけ?」


「は?」


「氷帝に本命いないの?」


「ちょ、リョーマさん切り替え早すぎじゃないですか?


「いいじゃん、何でも相談できる仲なんでしょ、俺ら」


「…………」





その捻くれた言い方さえなけりゃ、頷けるんだけどね…。





「…ある人が、誰かと仲良くしてるの見て…なんか、息苦しくなるのって…変よね」


「何で?」


「何でって…解んないけど…」


「ふぅん…」


「な、何よ、その笑いは…」






何か含みのある笑みを向けられ、私は少し怯んだ。


こ、こんなリョーマ、なんか嫌だ…。





「意外とって恋愛下手なんだよね。リオとは上手く行き過ぎてたから」


「なっ…///」


「ま、それは自分で考えなきゃ駄目なことだと思うけど?」


「意地悪…」


「お互い様っしょ」





先に席を立つリョーマに手を差し出され、私はその手を取ってその場に立ち上がった。





「……、一つアドバイスしようか」


「な、何?」


の気になる人。その人の側にいて、いろんな気持ちを勉強する事」


「何それ…」


「だって、自分の事になると鈍すぎ」


「あ、酷いわねその言い方」


「だってホントの事だし。…あー、腹減った。…忍足さん、食堂行くッスよ」


「なんや、もう話終わったんか」






テレビを切ってこっちにくる忍足。





「…忍足さん」


「? 何や越前」











の事、氷帝に頼んでいいっスか」










リョーマの発言に、忍足も私も、目を丸くした。





「…当たり前やろ」


「泣かしたらタダじゃ済まさないっスよ。俺に泣きつかれるのも面倒だし」


「年上に向かって子どもみたいな事言わないでよ」


「はいはい」





そう言って、先に食堂へ向かうリョーマ。


何となく、その場に突っ立ったままの私たちは、リョーマの姿が見えなくなって初めてお互いに顔を見合わせた。





「…ねぇ、忍足」


「ん?」


「……私、アンタに謝らなきゃ」


「何や、どないしたん?」





今なら…勇気を出して、言える。


言わなきゃ…リョーマにも怒られる気がするもの。





「…これ」





恐る恐る、ポケットの中の紙を、取り出す。






「ドリンク作ってるとき…水、かかっちゃって。…本当は、あんまり、読めてない…の」






何、これ…。


人と話すのって…こんな、怖いものだっけ?





「…………」


「折角…忍足が書いてくれたのに…私」


「…


「っ!」






呼ばれた声に、言葉を詰まらせる。


…怒られる、よね。


大丈夫、覚悟は出来てる。





「…ごめんなさい…っ!!」


「…いや、そんな謝らんでも」


「え…?」





見上げた忍足は、




「あ……」




いつもの、優しい微笑で。





「怒らない、の?」


「何で怒らなアカンの?」


「だって、私…折角忍足が書いてくれたのに…」


「別にこうしよう思ってこうなったわけやないやろ?」


「当たり前じゃない!!」


「じゃぁ何で怒らなアカンのや。は悪いことしてへんで?」


「……忍足…」


「普通にごめんして、それでおしまいでええんちゃうか?」


「…ごめんね…」


「ん、ええよ。そんなん気にせんで」


「…有難う。……!」





いきなり抱きしめられ、一瞬息が詰まった。





「ちょっと…いきなり何!?」


「んー? しおらしいが可愛くて可愛くて…」


「離せ馬鹿キモチワルイ」





私は無理やり忍足を剥がすと、軽くため息をついた。


その様子を、忍足はにこやかに見つめている。






「何よ」


「…はこうでないとな」


「!」


「どんなも、俺は好きやで?」


「……勝手に言ってたらいいわよ、馬鹿…」







何だかとても、



……気分がいいのは、どうしてなんだろう。



































































































「…そういう事。勿論、協力してくれるんでしょ?」


「また面白いこと考えとるの」


「…邪魔なんだもの、あの女」





仁王の部屋に響く、二人の声。





「ま、良かよ。俺は楽しめれば何でも」


「そう言うと思ったから頼んでるのよ。……じゃぁ、お願いね」


「珍しく本気じゃな、莉古」


「……ちょっとね。…本気で手に入れてみたくなって」


「ほう…?」






「あんな女より、あたしのほうがいい女だって事……思い知らせてあげるわ。


 …忍足先輩」






「………」






















新たな波が近づいていることに、




またまた、私は知る由が無いのだった。











































































TO BE CONTINUED...











 「どんなも好きやで?   この話が面白かったら俺を押してな?」