これは何の痛み?









………これは、何の、涙?



















もう泣く事すら、許されない。



























































The reason for being.

     The value of being.






  ――3th.



























































「………………」





「で、兄ちゃん。その子連れて病院でいいの?」


「えっ、あ……はい。お願いします」





タクシーを少し走らせてから、俺は行き先を言ってないことに気づいた。


が席に座った直後、泣きつかれて眠ったから、俺は心配なって忘れてたんや。






「………」

















―――――……





、どないしたんや!? 肩、痛むんか!?」


「忍、足……っ」




俺が荷物取ってきたら、は門までの道の途中で泣いとった。




「わ、たし……もぉ……」


「え……?」


「……っ」


「! !!」





急に力抜けたみたいに倒れそうになるを俺は必死に抱きとめた。


とにかく、監督が門にタクシー呼んでくれてるらしいから、そこまで行かなあかん。





「……て…、も………わた、し……っ」


「もうちょっとやから頑張ってや…!」




タクシーに行くまでも、はうわ言みたいに喋っとった。


俺は後で聞けると思って、そん時は聞き流してしもた。


今思えば、ちゃんと話を聞いとけば良かったんかもしれん。





「ほら、乗ってや」




俺らは門まで来て、タクシーの運転手の手ぇ借りながら何とか中に乗り込んだ。




、大丈夫か?」


「………な、ぃ………」










「――――――価値…無い…」











―――――……


















「………」




そこまで言って、は気ぃ失ってしまった。






価値が無い?


何の価値やねん。


いつも、何するんでも余裕な顔しとるこいつが泣くほどの……。





「………」




俺はの左手を握って、少し引っ張った。


の細い身体は簡単に俺の肩に寄りかかる。





(肩細いなぁ……骨折れてへんやろか)





肩だけやない。腕も足も細い。


…栄養全部、胸に行っとるんやないか…?





(……こんな時に何セクハラな事考えとるんや、俺)





手ぇ繋いだまま、俺は空いてる方の手で、の頬をこすった。


涙の跡が頬を濡らしたままやった。




「ん………」


「あ、起きてしもたか」


「ここ……?」


「タクシーん中や。もうちょいかかるから寝ててええで」


「…………ねぇ、忍足……」




開けた目をもう一回閉じて、は呟いた。




「何や?」


「………」


「どないしたん?」


「…やっぱりアンタに言うのは悔しいから言わない」


「何やそれっ、傷つくわ〜…」





言いつつ、俺は少し安心した。


いつものが、戻ってきた気ぃしたから。





「もうすぐ着きますよー」


「あ、すんません」





運転手のオッサンが、笑いながら言ってくる。


着くって言われたのに、横目で見たはまた眠り始めとった。





、もう着くって。起きてぇや」


「うるさい」


「起きてるんかい」





が少し微笑んだのを見て、俺は繋いだ手に力入れた。


何か、ずっと繋いでくれてるんが、すごい嬉しかった。






































































「―――うん、骨に異常は無いみたいだね」





レントゲンを見ながら微笑む先生を見て、後ろの忍足が息をつく。





「まだ痛みが引かないんですけど…」


「シャツの上からでも解るくらい腫れてるね。触診してみようか」




触診……触られると痛いんだけどなぁ…。


それに、痛みでもう右腕が上がらない。


しょうがないから、左手だけでネクタイを外そうとする。




「って、お?」




もたもたと緩められていたネクタイが、シュッと音を立てて外される。




「忍足? 何勝手に…って、ちょっと!!」




忍足は私の後ろから手を伸ばし、今度はシャツのボタンまで外し出した。





「ヘ、変態かアンタは!? 自分でできるから……!!」


「右腕上がらんくせに何言うとんねん」


「え…」




忍足は、少し冷たい口調でそう言ったけど、

私の右肩に負担がかからないよう、ゆっくりとシャツを脱がしてくれた。




「微笑ましいねぇ。…彼氏かい?


「ただの通りすがりAです」


「えぇっ!? クラスメートやん!! しかも何でそんな脇役くさい役名なん!?


「じゃぁ先生、お願いします」




忍足の畳み掛けるようなツッコミは全無視


先生は笑いを必死に堪えていたが、肩に触れる瞬間には真剣な表情をしていた。





「…っつ……」


「かなり強く打ってるね…冷却用の湿布を張っておこう」




先生が慣れた手つきで湿布を肩に張る。


剥がれないように、頬のガーゼと同じようなテープで固定された。





「はい、いいよ。鎮痛剤と湿布は受付で渡すから、服着たら待合室に行ってね」


「あ、はい。有難う御座います」


「それとさん。ちゃんと食事は取ってるかい? 細いし、顔色も悪い。ちゃんと食べないと栄養失調になるよ」





そう言って、先生は私達を残して奥の部屋に入っていった。









「……シャツ、着るから返して」


「右腕貸して」




私の言葉を遮るように、忍足は右腕からシャツを通す。




「痛ないか?」


「…死ぬほど痛い限りなく痛いこのヘタクソ」


「はいはい」




冗談が見透かされてる。


忍足はあっと言う間にシャツを両腕に通すと、ボタンを留め始めた。






「監督の料理って不味いん? それともダイエットとかしてるん」


「何でそこで太郎さん出てくるわけ?」


「さっき先生に言われとったやん。栄養失調なるって」


「……太郎さんは料理上手だよ。最近は、日本に帰ってきた時しかご馳走になってない」


「何で? 一緒に住んでるんやろ?」


「私一人暮らしだよ」




きゅっ、と音を立て、ネクタイが締まった。




「…マジかいな」


「マジですよ」


「ほんで料理せぇへんの」


「何かもう面倒で。出来ることは出来るんだけど」


「せやったら、今日は俺が夕飯作ったるわ」






………は?





「アンタ…料理なんかできるの?」


「甘いな。これからは男も家庭を支える時代やで?」




いや、あなたに支えられても。




「なんてな。俺も一人暮らしやさかい、料理はちょっとしたもんなんや」




忍足は左に2人分のかばんを担ぎ、右手で診察室の扉を開けた。




「どーぞ、姫さん」


「……………あら有難う、下々の民


「そんな笑顔で下々て……酷いなぁ」






…だって『姫さん』とか言うから。





私が扉をくぐると、忍足も後ろから着いてきて、そして左手を握られた。



「………」






何だか悪い気はしなくて、私は振り払わなかった。



































































「お、なかなか広いやん」


「太郎さんのマンションだもの」





忍足は私の発言に一瞬止まるが、すぐに「あの監督やからな」等と呟きながら荷物を置いた。


途中で夕飯の買い物も済ませてきた。どうやらカレーを作るらしい。





「カレーやったら煮込んでる間、の事見てられるやろ?」





誰かこの人どうにかしてください。




そんな願いは叶えられる訳も無く、私はソファにもたれかかって、忍足がキッチンで準備してる姿を見つめてた。


本当に料理は得意みたい。


慣れた手つきで、次々と料理工程を進めていく。






「忍足って……誰にでもそうなの?」


「そうって?」


「…裏がありそうなくらい優しくするの」




私がそう言うと、忍足の持つ包丁の音が微妙に変わった。




「……ちょぉ待って。思わず指切ったやん」


「嘘。ダサ…」




私は薬箱から消毒液と絆創膏を取り出し、忍足の元へ駆け寄った。


忍足は医者の息子のくせに、呆然と血を垂れ流しにしていた。




「ちょっと、止血くらいしたらどうなの。あ、でもそんなに切れてな……」

「舐めて?」





「………は?」





私は思わず、傷口から顔へ視線を移動させる。


見上げた忍足は、見たことも無いくらい意地悪そうな笑顔を浮かべていた。





「…………」


「何や、意識してもーたんか? ホンマ可愛いなぁ」


「いやもうものすごく貴方が哀れに見えてきて」


「酷いなぁ。俺は本気やのに」





さっきの質問は、答えられなくても何となく解った。


もう裏があるようにしか思えない。





「…指、貸しなさい」


「え?  !」




私は半ば強引に忍足の手を奪った。


そしてその指を、自らの口内へ。




…!?///」


「………何」




指を口から離すと、私は手元の消毒液をテーブルに置き、絆創膏をぶっきらぼうに貼り付けた。





「勘違いしないでよね。私が馬鹿な質問したから切ったんでしょ」


「…………」


「…忍足? っ!」




暫く固まっていたと思ったら、忍足は急に私を抱きしめてきた。





「ちょっと…離して…っ」


「…反則や……」


「は!?」





思い切り胸を押し戻し、顔を見上げる。




「……は?」




忍足の顔は僅かに赤く染まっていて、私から視線を逸らしながら口に手を当てていた。





「……質問の答え」


「え?」


「俺が優しくするんは、そうしたいと思える人だけや。……裏があるとすれば下心だけ


「殴るよ?」





私はすでにグーで奴の額を殴りながら言った。


その左手を、忍足は掴む。





「手の早いお姫さんやな」


「その呼ばれ方気に食わない。むしろアンタが気に食わない」


「…………」


「…何、急に黙って…」





忍足の左手は、まだ私の腰に回ったまま。


私の左腕は奴の右手によって拘束されてるし、右腕はゆっくりじゃなきゃ動かせない。


身動きの取れない私を、忍足は真顔で見つめてくる。





「ちょっと…いい加減にして」


「今の」


「は?」







「今の……ちょいショックやった」







「え……――!」



徐々に、忍足の顔が、近づいて――……












――――……ピーーーー!!











「!!」


「………」




沸かしていたやかんが、これでもかと言うほどタイミング良く鳴り響く。


私と忍足の距離は、わずか5cm。





「……お湯、沸い、た…よ………」


「…せやな」




忍足は、私と視線を合わさず、やかんの方へと歩いていった。






………何?



(何、今、の…)





私は小走りでリビングへ逃げ、さっきまで座っていたソファに深く腰掛ける。


近くのクッションを抱きかかえ、キッチンには背を向けて、押し黙った。





















今、何が起こったの?








































TO BE CONTINUED.......













 「タイミング良過ぎや…。  この話が面白かったら俺の事押してや?」