みんながご飯を食べ終わる頃、肩を並べて食堂に入ってきた私と忍足。
リョーマ以外の全員がこっちを興味深そうに見る中、特に私たちは気にせずに、バイキングのお皿を手にした。
「ここバイキングだったのね。栄養偏らないのかしら」
「あそこでカロリー計算するみたいやで?」
忍足が指を差した方向には、胸に『栄養士』と書いたプレートをつけた女の人。
なるほど、あれならジローとか岳人とかの心配もいらないか。
「私もカロリー計算してもらおっと」
「は別にええんちゃうの?」
「食べなさ過ぎで倒れたの、忘れてた?」
「あー、せやったな」
「いつもは体調管理とか適当なんだけど、せめてここにいる間は気をつけないと。一々倒れるのも面倒だし」
「そっちかい」
「迷惑も心配もかけたくないしね」
「……せやな」
頭をぽんと撫でてくる忍足。
途端、食堂の中にざわめきが走る。
「…忍足、やめて」
「ん、何で?」
「何となく嫌だから」
「はいはい。…でも珍しいな、が人目気にするん」
「別に気にしてないし。気安く触るなって意味で言ってるんだけど」
「酷ッ」
何だろう、私らしくない。
けど……別に、嫌じゃない…。
「…………」
慣れない感覚に浸っていたからだろうか。
私は、一つの視線に全く気づかなかった。
The reason for being.
The value of being.
――30th.
昼を過ぎ、6つあるコートは全部試合で賑わっていた。
その間、私たちマネージャーは特にやることもない。ドリンクは昼前に作ったのを配置したし、タオルも全員に配り終わった。
…やることがあれば…
「忍足せんぱーいっ、頑張ってくださーいっ!!」
瀬川さんのように、大声出して応援するくらいだろうか。
…にしても、よくあんな大声でずっと叫べるわね…なかなかいい喉してるかも。
って、別に相手は歌手じゃないんだから。
「………」
歌、か……。
しばらく歌ってないな…歌えるようになっても、ちゃんと声、出るのかな……。
「たまに表情の読めん顔をするの、お前さんは」
「…仁王」
「応援せんと、こんなとこで何しとるんじゃ?」
「んー…あえて言うなら………人間観察から生まれる自己分析による自分の見直し?」
「……は面白いの…」
あからさまに眉を潜ませて言われても困るんですけど。
「まぁ、理解されようとも思わないけどね。……人とある程度離れた距離が、一番心地よい」
フェンス一枚向こう側は、人がいっぱいで賑やかで、
今こっち側にいるのは、私と仁王だけ。
どちらかが喋らなければ、すぐに静寂が訪れる。……このフェンス一枚で、こんなにも世界は区切られるんだ。
「私は…この区切りから、自分から足を踏み入れなきゃ……駄目なんだよね…」
「お前さんは難しいことばかり言うんじゃの」
「お生憎様。私はつまらない女ですから」
「いーや、面白い」
「…褒めてる?」
「褒めとるよ? 俺はそんなに人を気に入らんからの」
「あんたに気に入られても……」
何かこの人……きな臭い。
「……で、用件は?」
「ん?」
「ただ話しに来た…な訳ないわよね。私の目は誤魔化せないわよ?」
「察しがいいの」
言って、仁王はフェンスにもたれている私に詰め寄ってくる。
「…ストップ。それ以上近づいたら、第二の保護者がうるさいから」
「…何人保護者がいるんじゃ」
「ざっと100人ほど」
「嘘じゃろ?」
「どうでしょう?」
まぁ、ローズにロバート、ボブ…その他もろもろ足したら、軽く二桁にはなるでしょうよ。うん。
「…お前さんみたいな女は、中々好みでの」
「何、そういう話?」
「そういう話。気に入らん?」
「気に入らんに決まってるでしょ。面倒くさい」
「…ますますいい女じゃの、は」
ああもう、何でこう会話の出来ない人が多いかな…。
どっかにまともな人いないの!? 桜乃ちゃん、ヘルプ!!
あ、駄目だ。きっと桜乃ちゃんは誤解してこの場を走り去るタイプだ。だってあの子は純情だもの。貴重な癒しだもの!!
っていうかこういう時こそ来てよ、リョーマとか忍足とか氷帝連中!!
あ、駄目だ。試合してる…。
「…俺を目の前にして、何他の事考えてるんじゃろうなぁ、この子は」
「この状況をどうやって打破するか」
誰でもいいからホントこの人どうかしてよ。
どんどん距離縮まってますから。
「…お前ら、何やってんだ?」
「!!」
その声にふと隣を見れば、立海のジャージを着た肌の黒い人。
ん…? このオーラ…なんか、見た感じのイメージが…どっかで…
―――立海テニス部のワリに目立たない。あらゆる意味で犠牲者……
名前は…確か……!!
「…っジャッカル!! 助けて!!」
「初対面でいきなり呼び捨てかよ!?」
「大丈夫、自己紹介の時に顔は合わせてる。That's all light.」
「やけに発音いいしっ!?」
ツッコミながらも、私から仁王を引き剥がしてくれたジャッカル。
……うん、貴方は確実にいろいろ犠牲を受ける苦労者だよ。杏子の情報どうりだ頑張れ…!!
「ジャッカル…ええ度胸しとるの…」
「俺が悪いのかよっ!?」
「ジャッカルは悪くないわ。悪いのは全面的にそこの色魔よ」
「…アンタもいい性格してるよな…」
がっくりと肩を落とすジャッカル。
こういう事は少なく無いんだろう、なんかそんな雰囲気。
…よし。助けてもらったし、私もこの空気は何とかしよう。
「…仁王。今丁度リョーマの試合が終わったみたいよ?」
「ん? そうじゃなぁ」
「早く行かないと、見つかったら後がうるさいわよ」
「…ほう、の第二の保護者とは…青学の越前クンじゃったんか」
「まぁそんな感じ」
「どういう関係なんじゃ?」
「だから保護者」
「ちょっと仁王さん、うちのに何の用っスか」
振り返ると、フェンスの向こうに息を切らしたリョーマがいた。
私たちがその存在を確認すると、リョーマはその場でフェンスをよじ登りだす。
「…ナルホド、保護者の発言じゃの」
「何それ」
フェンスの上からこっち側に飛び降りたリョーマ。
「速攻来てくれるとは思わなかったわ」
「試合中からずっと気づいてたからね」
「あら、気を散らせてしまったかしら」
「…余裕」
「そう」
「仲良さそうだの。まるで姉弟じゃ」
その言葉にリョーマが小さく反応する。
「…何だって?」
「リョーマ。…行こう」
「でも…!!」
「いいから。…ちょっと、疲れた」
「…解った」
リョーマの物言いたげな視線だけ残し、私たちはその場から立ち去った。
「うむ…手強いの」
「仁王…また何かたくらんでるんじゃ…」
「俺を誰だと思っちょる、ジャッカル」
「…やっぱり、たくらんでるのか…」
「ああ。…まずはお前さんへのお仕置きとか…の…?」
「ひっ……!? だ、だってあれはあの子が助けを求めてたから…!?」
「言い訳は、無用じゃ」
「っ!! お、おい!! 助けてくれーーーーーーーっっ!!!!!!」
……うん、ごめんジャッカル。
聞こえてるけど、振り返りません。
「………」
何やってるのよ、仁王先輩!!
あの女…またリョーマと一緒にいるじゃないの!!
また先輩、気まぐれかなんかで…まぁ、今日中にどうにかすればいいって言ったのはあたしだけど…。
「どないしたん、難しい顔して」
「きゃっ、忍足先輩っいたんですか!? 試合は!?」
「今終わったとこや。終盤応援無かった思ったら、りぃこが何や考え事しとったみたいやから」
「うあ……ご、ごめんなさい…」
「いや、ええよ」
「そうそう! 侑士はの応援が無かったってだけで、初めからずっとテンション上がらなかったもんな!」
……何ですって?
「岳人。…そういうんは応援してくれた子の前で言うもんや無いで?」
「えっ、あ…ごめん、瀬川」
「い、いえっ、全然構いませんよ!!」
本当に…どこまでも邪魔でむかつく…今までこんな邪魔な女、いなかったのに…!!
「…そういえば先輩、ずっといませんでしたねぇ…」
「ほんっと、どこ行ったんだか。俺のムーンサルト見てほしかったのに」
「………仁王先輩と一緒なのかなぁ?」
「…仁王やて?」
あ、食いついてきたわね。
「お昼前に倒れた時も、仁王先輩の髪ゴムつけてたし…もしかして、お互い一目ぼれでいきなり付き合っちゃったとか?♪」
「それは無い」
「ねぇだろうな」
なっ…何よ、その即答!?
「…でも、仁王がに手ぇ出してるんは…確かやな」
「だな。ちょっと口出しとく?」
「いや、仁王は口出しした方が面白がるやろ。…は俺らで守ればええ」
「そっか。それもそうだな」
「………」
何…何なの、この屈辱感。
ムカツク、ムカツク、ムカツク……!!
「……あたし、そろそろ仕事しなきゃ。…失礼しますねっ!」
これは早々に、あの女を片付けなきゃ…あたしの気がすまない!!
「………こっちもどうにかせんとアカンなぁ、がっくん」
「は? 何が?」
TO BE CONTINUED...
「色々大変な合宿になりそうや…。 この話が面白かったら俺を押してな?」