「先輩」
仁王の魔の手から逃げ、リョーマと別れて木陰で休んでいた私の目の前に現れたのは、
「……瀬川さん」
「先輩。りぃこ、先輩にお願いがあるんですよぉ」
にっこりと微笑んで言う瀬川さんに、私は嫌な予感を感じずにはいられなかった。
The reason for being.
The value of being.
――31st.
「お願い?」
「はいvv でも、いきなり本題に入っちゃうのは恥ずかしいから、少しお話しましょ?」
「構わないけど…」
「わーい♪ 隣失礼しまーす♪」
軽やかに私の隣に腰を下ろす瀬川さん。
「で、早速ですけど……忍足先輩って、学校ではどんな感じなんですか?」
「…忍足の話?」
「はいvv」
「…………毎日鬱陶しい」
「えーッ!? 忍足先輩超カッコいいじゃないですか!!」
「別に容姿とか気にするほうじゃないし…カッコいいより可愛いほうがいい」
「へぇ、じゃぁ芥川先輩とか向日先輩とかが好みなんですか?」
「好みとかじゃないけど…忍足よりかは」
「…先輩って、忍足先輩嫌いなんですか?」
「ええ」
「即答ですかぁ!?」
嫌いなものはしょうがないじゃない……。
そんな意外そうに言わなくても。
「先輩、忍足先輩と付き合ってるんだと思ってましたぁ」
「うわ、やめてよ」
「………じゃぁ、りぃこが貰っても…いいですよね?」
……へ?
「…何だって?」
「ですからぁ、あたしが忍足先輩、貰ってもいいですよね?」
「貰うって貴女…忍足は私のものじゃないわよ」
「でも、忍足先輩は先輩のことが好きだと思います。ううん、氷帝の人はみんな」
…まぁ、好きだのなんだの、言われてるけど…
「…先輩にその気が無いなら……忍足先輩、りぃこに譲って下さい」
「何、言って…」
「…りぃこは、忍足先輩に好きになってもらう自信、あります」
「!」
「じゃぁ、そう言う事でっvv」
瀬川さんはぴょこんと立ち上がると、一度こっちを振り返った。
「…あたし、本気で忍足先輩の事……好きですから」
「!」
「それじゃぁ先輩、また後で!」
そのままその場を走り去る瀬川さん。
当然、その微笑に私は気づかなかったけれど。
あはははっ、いいザマ!!
自分だけがいつもいい思いすると思ったら大間違いよ!
アンタが大事に大事に守られている氷帝。全部あたしが持ってっちゃうんだから。
「! あっ、忍足先輩!!」
前からぞろぞろと歩いてくる先輩たち。
すかさずあたしはその中の忍足先輩に声をかけた。
「お。りぃこやん」
「はい! りぃこです!!」
「ははは、りぃこは元気やな」
ぽふっと撫でられる頭。お昼の時の、先輩みたいに。
…見てなさい、あたしはいつだって、アンタの位置に上り詰められるんだから。
「なぁ、見んかった?」
「……先輩なら、向こうの木陰にいましたよ?」
「さよか。有難うな」
「あの、忍足先輩っ」
「ん?」
得意の上目遣いと潤んだ瞳で、忍足先輩を見上げる。
「お話があるんです。……ちょっと、二人っきりで」
「ああ、ええよ」
先手必勝。
……恋愛なんて、動いたほうの勝ちなのよ。
「…………」
宣戦布告、されちゃった。
瀬川さんが忍足の事、好き……。
どうしてだろう、私…
―――りぃこが貰っても…いいですよね?
「………」
何も…言えなかった。
「さん」
「!」
その声に顔を上げる。
「こんなところでボーっとしてたら、風邪引いちゃうよ」
「…ごめんなさい」
「一緒に合宿所まで戻ろうか」
そう言って、手を差し伸べてくれた人。
誰だか解らないけど、その手を取って、私は立ち上がった。
立海のジャージを着た、優しそうな微笑みの人。
「有難う御座います」
「どういたしまして。…俺は幸村 精市。立海の部長だよ」
「あっ、魔お……あ、いや」
「まお?」
うわ…魔王って言いかけたよ。
「い、いえ。何でもないです」
「そう? ……ところで、氷帝の校歌ってどんなのだった?」
「……は?」
「いや、どうしても思い出せなくてね。一度だけ、氷帝の榊監督のピアノで聞いたけど…とても見事だったから」
「………」
何だろう、身内を褒めて貰えるのって、嬉しいものなんだ…。
「…歌詞、覚えてないんですけど…」
「メロディーだけでもいいんだ」
「じゃぁ…―――♪ ―――…♪」
私は鼻歌で、校歌を歌ってみた。
幸村さんはにこやかにその様子を見ている。
「…こんな感じ、です」
「へぇ、いい曲だね。……君が歌ったからかな?」
「いえ、そんな…」
「……歌えるようになったんだね」
「え…… ッ!!!」
今、私……?
「歌って、た……?」
「うん。とても綺麗な音色だったよ」
「……っ…」
「え、さん…!?」
思わず、涙が溢れた。
私今、無意識に歌えてた。
まだまだ、声に出して歌えそうには無いけれど、
旋律を奏でることは、できたんだ…!!
「嬉しい……私……っ」
どんなに辛くても、
悲しいことがあっても、
もう泣かないと決めたのに。
……この涙は、許される気がした。
「あれ、でも…どうして、私が歌えないこと知ってたんですか…?」
「入院生活が長くてね。…君のCDを、よく聴いていたんだ」
「え……」
「君の歌を聞くと、心が安らいだ。どんな不安も和らげてくれた。……今朝君に会った時から…こうやって話すのが楽しみで仕方なかったんだ」
「あ、有難う御座います……」
嬉しい…私の歌に、力を貰った人がいたんだ…。
「次第に、興味は歌から君自身に変わってね。色々調べてみたら…君がアメリカから姿を消したって。
…メディアでも噂になってるけど、歌えなくなったのかもって。だからかまを掛けてみたんだけど……当たってたんだね」
「…はい」
「そっか。でも、少しずつ歌えるようになっていってるみたいだね」
「はい……幸村さんのおかげです。幸村さんが、校歌の事聞いてくださらなかったら…私、自分からはきっと歌おうとしなかったから」
「それもかま掛けの一つだったんだけどね。ああ、でも、榊監督のピアノを聴いたことがあるのは本当だよ」
にこやかに笑う幸村さんに、私も微笑みを返した。
とても温かな笑顔。昔のお父さんに…よく似た雰囲気。
「……私、ちょっと行ってきます。この事、伝えなきゃいけない人がいるんで」
「恋人?」
「違いますよ! ……私の歌、誰よりも心待ちにしてくれてる人です」
今は……聴かせてあげたいって、そう思ってるから。
「そう。…行っておいで」
「はい! 失礼します」
私は、あいつがいるコートの方へと走っていった。
合宿所へ行くには、私がいた木陰の前を通るしかない。
だけど、あいつはまだ通った様子は無いから、きっとこっちにいるはずだ。
あいつは……忍足は、どんな顔するかな?
きっと、喜んでくれる。
早く、早く伝えたい。
「! 忍…―――」
………え?
道の脇に広がる、林の中。
忍足と、…瀬川さんの、姿。
それは、確かに、
「何………?」
唇を、重ねていて。
「………っ」
見ていられなくて、
何も考えられなくなって、
私は、その場を走り去った。
「何…何なのよ…何よ、これ……っ」
解らない。
胸が苦しい。痛い。痛い……ッ…。
こんな気持ち、
「………やだ…」
私は知らない……。
TO BE CONTINUED...
「ちょ、コイツ何しとんねん!? この話が面白かったら俺を押してな?」