「…………ッ」








自分の部屋に飛び込み、勢い良く鞄を漁る。


その中から携帯を取り出すと、私はすばやく目的の電話番号を呼び出した。


機械的な呼び出し音が鳴る。







『もっしもーし♪ アナタの杏子ちゃんでっすよーvv』


「杏子……」


『どったの、ちゃんから電話くれるなんてめちゃ珍しいじゃん』


「私……解らない、どうしちゃったのか…っ…」


『…ちゃん…?』






ただならぬ気を感じたのか、杏子の声のトーンが若干下がった。






「苦しいの…胸がすごく痛い……私、どこかおかしいの? どうしてこんなにも辛いの?」


『ちょ、ちゃん、落ち着いて』


「解んない…ッ…!!」







ただ、ただ苦しくて。


杏子の声を聞けば落ち着くと思ったのに、


落ち着くどころか、気持ちが腫れ上がって。


気づけば私は、杏子を気持ちの捌け口にしていた。















…………ああ、私は、






どこまで醜くできているんだろう。































































































The reason for being.

     The value of being.






  ――32nd.























































































「………ん…」







少し隙間の開いていたカーテンから差し込む光がまぶしい。


もう朝なんだろう。






「あれ、私、何で寝て……え?」






何、この、腰に巻きついてる人間の腕っぽいもの。






「………」






背中が温かいのは、何故?






「……ん…、さん……あったかい……」


「なっ……」







何で……!?







「何で長太郎が私のベッドにいるの!?」


「うわっ!?」






私の叫びで、後ろから抱き着いている張本人、長太郎が目を覚ました。






「あ…お早う御座いますvv」


「お、お早う…。じゃ、なくて!!」


「どうしたんです?」


「ちょっ、顔近い!! ってかいつまで抱きついてるつもり!?」


「昨日はさんから抱きついてきたのにー」


「…嘘」


「ホントですよ? やだな、忘れちゃったんですか?」


「っていうか、何で長太郎がここにいるのかすら………………………あ」


「思い出しました?」






そうだ、昨日、私は杏子に連絡して…。
















ちゃん!? ちゃん!!』



「………っ…」







いつかみたいに、泣いて倒れそうになる私。


必死になってベッドまで這い上がり、携帯を両手で握るようにして耳に当てた。






「杏子…杏子助けてっ……もうここにいたくない…!!」


『何があったの!? …待ってて、今…―――!!』






駄目だ…もう、杏子の声すら、遠い。


そうして私は、意識を飛ばした。














「―――さん、さん!」





しばらくして、脳内に直に響くようにして、声が聞こえた。


目は開かない。身体も動かない。






「大丈夫ですか!? さん!?」







この声は…そう、…長太郎。


私は無意識に腕を伸ばしていた。







「…姉から連絡が入ったんです。さんの元へ行けって。…一体どうしたんですか…?」






長太郎はその手を握り、ベッドの横に膝を着いた。





「苦しい……解んない…、やだ……」


「何が…あったんです…?」


「嫌なの……あんなの、見たくなかった…っ…」


「見たくなかった…?  !!」






伸ばした腕が、長太郎の首を絡め取る。


そのままぎゅっと抱き寄せ、私はまた涙をこぼしだした。







「…さん、俺はちゃんとここにいますから。…一緒にいますから」






その後、暖かい腕が、私を包んで……

















「…そう、だった……」


「多分、錯乱状態で混乱してたんですよ」


「うわー、柄でも無い事やっちゃった…長太郎、全部忘れて」


「無理ですよ! あのさんの可愛らしさといったらもう……ムービーに撮りたいくらいでした


「さっさと離れろ馬鹿犬」






長太郎を無理やり剥がしベッドから抜け出すと、長太郎はベッドにもぐったまま少し寂しそうな顔を見せた。


…耳なんか見えない。下げた耳なんか見えない…ッ。






「…もう、大丈夫ですか?」


「まぁ、落ち着いた…かな。……でも…」






あの二人を見たらきっと……何も思わずにはいられない。






「……一体、何を見たんですか?」


「それは……」






あれは、本当に…してたんだろうか。


いや、…してた。


瀬川さんが少し背伸びして、少し屈んだ忍足に。






「………」






何でこんな気持ちになるんだろう。


瀬川さんにも言ったじゃない。忍足は私のものじゃないって。


忍足が誰と何したって、忍足の自由だわ。


……なのに……。






「…とりあえず、シャワーでも浴びてきたらどうです?」


「え? あ……」






そうだ、昨日あのまま寝ちゃったから…お風呂も入ってなければ、夕食も食べてない。


…ん? 夕食って…。





「長太郎、まさかっていうかそうしか無いだろうけど貴方…夕食、食べて無い…わよ、ね」


「ああ、そういえばそうですね」


「っごめん!! 私のせいだよね、私なんかに付き添って朝まで一緒にいてくれたから…!!」


「そ、そんなに気にしないで下さいよ」


「だって、運動らしい運動してない私でもお腹空いてるんだもの、長太郎はもっと空いてるんじゃ…」


「だから、全然構いませんってば」






長太郎はベッドから抜け出して、私の頭を撫でた。


私は素直にそれに従って、少し俯く。





「だったら、一緒に食堂で朝ごはん食べましょう? 昨日の分も、いっぱい食べましょう」


「…うん」


「じゃぁ、俺ちゃんとここで待ってますから。シャワー浴びてきて下さいね」


「…了解です」






何だか、私が年下みたいな扱いだけど。


今の私には、それがとても心地よかった。









誰でも良いから、





優しくされたかった。









「………あのね、長太郎」


「どうしたんです?」


「迷惑ついでに、頼まれてくれない?」


「はい! さんの頼みなら何でも!」


「…じゃぁ」







私は長太郎に近づき、耳元でそっとつぶやいた。






「…! それって……」


「じゃぁ私、…シャワー浴びてくるから」






小走りにベッドルームを立ち去る私。


長太郎はその後姿がシャワールームの向こうに消えてから、そっと息を着いた。






「…まさか…そんな…」






――――忍足と瀬川さんがいたら…長太郎も側にいて。あの人たちと二人きりになりたくないの。





「あの二人が……何か…?」















































































朝食の時間になり、ぞろぞろと皆が食堂に集まってくる。


は昨日、夕食に来んかった。部屋に呼びに行ったけど、返事無いし鍵かかってたし。


結局昨日はに会えずじまいで、岳人らとトランプとかめっちゃ寂しい夜を過ごしてしもた。






「………………」





……あかん、に会って、せめて抱きつかな、俺の苛々が収まらん。


あの女…ほんま、油断した。何か裏のありそうなヤツやとは解っとったのに…不覚や。


何が、髪にゴミが着いてるからちょっと屈んで下さい、や。勝手にキスなんかしよって。






「…侑士、昨日の夜から機嫌悪ぃー」


「どうせ禁断症状でしょー、いつもの事だCー…」


「むしろジローがちゃんといるのがいつもの事じゃねぇな」


「にしても…はともかく、鳳は何してやがるんだ」


「!」






せや、昨日の練習の後から、鳳の姿も見てへん。


まさかあいつら、二人でおったんとちゃうやろな…。






「…お、話をすれば何とやらだね。二人が来たよ」


「!!」






ばっと顔を上げて、食堂の入り口を見た俺。



そこには、昨日の昼の俺みたいに……と肩並べて、鳳がおった。







「っ!!」


「侑士!?」


「おいおい…小学生かよ…」






俺は思わず席を立って、二人の所へ足早に向かった。






!」


「!」


「どないしたん…昨日」


「……えっと」


「忍足先輩には関係ないでしょう?」






鳳がえらい冷たい口調でそう言った瞬間、ざわめいとった食堂が嘘みたいに静かになった。


大方、みんなこの状況を観察しとったんやろう。






「…自分は関係あるっちゅーんか鳳。…そういや自分も、昨日の夕飯顔出さんかったよなぁ?」


「少なくとも先輩よりはあると思ってますよ」


「何やて?」


「……長太郎、ご飯食べよう。…お腹、空いたでしょ」


「……そうですね」


「っちょぉ待てや!!」






何も言わんと、俺の隣を通り過ぎようとするを声でとめる。





「……何かあったん…?」


「別に」


「じゃぁ何で俺の目見ぃひんねん」


「見る必要ないじゃない」


!」


「………今はアンタと話したくないのっ……解ってよ……!!」


「っ!!」






それ以上、が口を割ることは無かった。


鳳が、俺の視界からを隠すように、を料理のところまで誘導するのを呆然と、俺は見てた。























「…何なんスか、あれ」


「あの子、昨日は忍足君と一緒にいたよね…」


「二股…?」


「んだよ、最悪だな」


「やはり氷帝のマネージャーはいつもこうか…期待した俺が愚かだったな」


「ちょっと先輩たち。憶測でいい加減な事言うのやめてもらえるっスか」


「そういやおチビ、さんと仲良かったねー。あんな子と仲良いの?」


「…それ以上言ったら、ナイフで叩き斬る」


「な、何だよ越前…珍しくキレやがって」







は…そんなヤツじゃない。ただ周りがに群がるだけ。


 ……それをあんなにも拒むのが、むしろ珍しいくらいっスよ」






「…越前がそう言うなら、そうなんだろうね」


「うむ。今までの言動からして、彼女が男遊びをしている確立は全く無い。

 周りが必要以上に彼女に迫っている所をよく見るから、そこから生まれた誤解だろう」


「クス…ただの、さんと忍足のケンカだよ」


「そうっスかぁ…?」


「…何か文句あるんスか、桃先輩」


「何かなぁ…腑に落ちねぇな、落ちねぇよ」





















「へー…氷帝の連中、なんかもめてるみたいっスよ?」


「女性に叫ばせるなど…たるんどる!」


「男としてはどうかなって思うね」


「紳士的じゃありませんね」


「何やら面白いことになってそうじゃのぉ」


「…まさか仁王先輩、何かやらかす気じゃ…」


「さて、な」


「仁王が何か考えている確立、100%」


「何も考えとらんかもしれんぞ?」


「…お前ならありえるか…」









「……………」








……いい気味。






そのままそうやって、どんどん忍足先輩と仲悪くなってよね。


そうすれば、忍足先輩は面倒な女より、自分を愛してくれるあたしを選ぶ。


…あの時、忍足先輩にキスして正解だったわね。こんなにも露骨に反応してくれるとは思わなかったわ。


ああ、早く忍足先輩があたしを選んだ時のアンタの顔……拝んでやりたい。







ねぇ…? 先輩……?
























































































TO BE CONTINUED...



  りぃこは、さんが見ていたことを知っててキスをしていた…。


  最悪だな、コイツ。笑











 「俺…嫌われたん…?   この話が面白かったら俺を押してな?」