私、何やってるんだろう。





マネージャーとしてここに来てるのに。




忍足が何したって関係ないのに。












…関係ない?











じゃあどうして……こんなにも苦しいの?







































































The reason for being.

     The value of being.






  ――33rd.





















































































変わると、私は言った。


このままではいけないと。クソババアに立ち向かえないほど弱い自分は嫌だと。


なのに……この様は何だ。


前よりもっと弱い自分…私はこんな風になるためにマネージャーを引き受けたんじゃない。






「…あの、先輩…大丈夫ですか?」


「!」






桜乃ちゃんの声で、はっとする。


今私たちは、合宿所の地下にある倉庫に来ていたんだった。






「あー…ごめん、上の空だったね」


「昨日倒れたし…まだ辛いなら休んでて構いませんよ…?」


「大丈夫大丈夫! それよりさっさと探しましょう?」


「あ、はいっ。えーと…ネットと三角コーンですよね」







何だかよく知らないけど、青学の河村さんと樺地君が打ち合いしていたらネットが破けたんだそうな。


どうやったらそんな事ができるのか解らないけど、実際に豪快に破けたネットを見てしまった以上信じるしかない。


通常のマネージャー業務は一番動ける瀬川さんに任せて、私たちは倉庫に新しいネットと、練習に使う三角コーンを取りに来たんだ。


…私としては、会いたくない人に合わずに済むから良かったんだけど、


それとは逆に、いないからこそ、考えてしまうもので。







「あの…今朝の事なんですけど」


「え…?」


「何か…あったんですか…?」


「…何かって…何が?」


「………その…忍足さんと」


「…ねぇ桜乃ちゃん」


「は、はい」


「桜乃ちゃんは、好きな人、いる?」


「えっ…!?」








私の質問に、一瞬にして赤くなる桜乃ちゃん。


って言っても、目星はついてるんだけど。







「ねぇ、それって…背が小さくて生意気でいつも帽子被ってる青学の1年ルーキーだったり、する?」


「せっ先輩!?///」


「やっぱりねー。見てたら解るよ」


「ど、どうして…///」


「よく話しに行ってるし」







ちょっと複雑な気分だけど、ね…。


つい昨日、リョーマに告白されたばっかりだし…。







「…もし、ね。…リョーマが他の女の子と仲良くしてるとこ見たら…桜乃ちゃんは、どう思う?」


「えっ…それって…先輩とリョーマ君がってことですか…?」


「あっ違う違う、…んー、そうね…リョーマに彼女ができたらどう思うって意味合いかな」


「それは…とても、辛いです」


「!」






「好きな人に好きな人が出来たら…胸が苦しくなって、辛くって、何もかも逃げ出したくなって……」






まるで、泣き喚いていた昨日の自分のようなことを言う桜乃ちゃん。






「……でも」


「え…?」


「…向き合わなきゃ、駄目なんですよね……自分と」


「!」


「どうするか…決めなきゃ…」


「………」


「いつもね、思ってるんです。…言わなきゃ伝わらないのにって。

 リョーマ君は格好いいから、私なんか相手にしてくれないけど…それでも言わなきゃ、いつまでも変われないんだって」


「桜乃ちゃん…」







この子は…脆いようで、強いんだ…。


向き合うこと…まだできなくても、やらなきゃいけないって、踏み出すための勇気は持っている。






「…えへへ…何だか、語っちゃいました」


「ううん、…有難う」


「…あっ、ネットありましたよ」






桜乃ちゃんがみつけたダンボールの中には、確かにネットが入っていた。






「これなら一人でも持てそうです」


「じゃぁ、私はコーン見つけて持って行くね」


「はい、お願いします」






ダンボールを抱えて倉庫を後にする桜乃ちゃん。


その後姿が消えるのを確認してから、私は一度辺りを見渡した。







「っていうか…こんなにも無茶苦茶に置いてたら、どこに何があるか解んないじゃない…」






蛍光灯は切れかけてチカチカしてるし、薄暗いし、いかにも何か出そうな雰囲気……






「猫の手でも借りてみんか……?」


「きゃっ!?」






いきなり肩に置かれた手と耳元でつぶやかれた声に、私は思わず声を上げて驚き、その場に座り込んだ。







「そないに驚かんでええやん…」


「…っていうか…何でいるのよ…」







おそるおそる振り返ると、そこには猫の手の形の棒を持った忍足。






「……何持ってんの?」


「入り口の近くに落ちてた猫の手」







何でそんなもんがテニスの合宿所の倉庫に落ちてんのよ…。





「……何しに来たの」


「ん? 休憩中やから手伝おう思てな」


「そんなのいらない」


「えらい時間かかってるけど、まだ見つけてへんのやろ?」


「……何で…?」








何で…こいつは…







「私…あんたと話したくないって、言ったんだけど」


「"今は"とは聞いたけど。まだアカンの?」


「ふざけないでよ。……あんな事言われて、よく話す気になれるわね」


「せやかて、に怒られるような事した覚え無いし…せやからこうやって会いに来たんや」







忍足は私と視線の高さを合わせるようにしゃがみこみ、私の目を見て、言った。






「言ってくれな、解らへんねん。…が、俺の何が嫌なんか。俺の何が気に食わんのか」


「…………」


「せやから…ちゃんと、に教えて欲しい」


「…私、は……」


「……ん」







……私は…。







「…私にだって……解らない…っ…」


「!」






どうして忍足の事を考えると苦しいのか、


どうして自分が嫌になるのか、


痛む心が何なのか、全く解らない。






でも確かに感じるのは、


それが、忍足本人に聞いちゃいけない事のような気がするという事。






「…一つだけ、解ることがある。…忍足が原因だけど、解らないのは忍足のせいじゃない。


 何かが辛くて、心が痛むの。…過剰反応してるのかもしれない」



「…………」


「だから…少し待ってて」


「……初めからそう言えばええねん。何や嫌われたんやないかって心配したわ」


「…嫌いよ。今の忍足は大嫌い」


「えっ!?」


「だけど……今の自分はもっと嫌い」


「…………」


「答えが出るまでは、話したくない」


「結局そうなるんか…」






忍足は目に見えて気を落とすと、先に立ち上がって私に手を差し出した。


私はその手を取らずに、立ち上がる。






「…探し物くらいなら、手伝わせてあげるけど」


「おおきに。そんなら探そか。何探してるん?」


「三角コーン」


「了解や」







そのまま、私は一つ向こうの棚に移動した。







「なぁ、


「…………」


て」


「…話したくないって言ったでしょ」


「せやから、何も言わんでええから俺の話聞いて」


「…何よ」


「瀬川 莉古。……なぁんか変やと思うんよ」


「!」







その名に反応して、私はぴくりと手を止めた。






何もされてへん? 何かたまに、の事、敵意持った目で見とるからなぁ…」


「…………」


「そしたら昨日、俺、りぃこ告白されてな。しかも……」


「キス、された」


「!」






棚越しにチラッと見える忍足の姿が、止まった。






「ううん、……したんでしょ」


「…ちょ、まさか見て」


「別にいいのよ、アンタが誰と何したって、私は関係無い、し」


「…ちょお待ってって、


「瀬川さん、可愛いものね。私と違って、素直だし、ひねくれてないし」
















「…私の事、もう、…好きじゃないんでしょ?」















ああ、私は、












「っ!!」













何て、












「この阿呆…!!」













何て、





醜いんだろう。













「………………」


「…この、阿呆……」








全力で私の元へ走ってきた忍足の腕の中。






耳に届く息遣いと、とても早く高鳴る、鼓動。


そして、微かに震える腕を、感じていた。







「俺は…に嫌われるほど怖いこと無いんや。…あのキス見たから、機嫌、悪なったんやな…?」


「………」







私は、ゆっくりと頷いた。


忍足はそれを胸で感じて、大きなため息をついた。







「あー、ホンマむかつくわ、あの女…。あんなヤツ俺が好きになるわけ無いやん。近くにこんなええ女おるのに」


「……私は……」







とても、醜い。







「私は、我侭なの……今まで、私には何も無かったから…全て奪われて来たから……また、無くなる事を異常なまでに恐れてる。


 ……皆が私に好きって言ってくれている今がとても幸せなの……忍足に何も答えが返せないくせに…っ…」



「……」


「そんな私に……縛られなくていいのよ。…瀬川さんの気持ちに応えてあげていいの」


「何阿呆言うとんねん」


「……だって」


「気持ちの無い相手と付き合ったって、お互い空しいだけや。…そんなん、自分かて解るやろ」


「…………」








このまま、中途半端な位置が……一番辛いんだもの。







「…私は……ゼロか全部しか、いらない…!! 他の人は何でもいいの、でも忍足は…っ!!」


「俺は?」


「……私の事、本気で好きって言ってくれたから…だから私も、気持ちを見定めると決めたの。…なのに中途半端な位置にいないでっ!!」


「………」






忍足は急に私の肩から顔を上げると、左手で私を抱き寄せたまま、右手で私の頬をぬぐった。


初めて、私は自分が泣いていたことに気づいた。







「そのまま言うて。…の本音。…今でしか話さん気ぃするから」







微笑みながら言う忍足。



どんどん涙が溢れて、止まらない。








「…アンタが瀬川さんと一緒にいるの見るの…何だか、嫌だった……!!」








何かが弾けたように、私は、言えなかった本音を忍足へぶつけた。








「…………


「!」






ふと、顔を寄せてくる忍足。







「っ!!」







唇が触れ合う瞬間、私は、思わず忍足の胸を押し返した。









? …!」








忍足が覗き込んだ私の顔は、真っ赤に染まってて…







「や、だ……何、コレ…っ」


…?」


「み、見るなっ!!」









……どうしよう、私、








「……ごめん、出直すっ! コーン探してて!!」


「えっ、…!?」










気づいてしまった。










「っはぁ、はぁ…!!」









倉庫を飛び出し、合宿所の裏へ回る。


そのまま壁にもたれ、ズルズルと地面に腰を下ろした。








「私……嘘、だぁ……」







まだ赤い頬を押さえながら、あの時、頭に浮かんだ言葉を思い出す。


















――――― 瀬川さんとキスした唇で、私にキスしないで ―――――















「………」








手探りで、ポケットの中から携帯を取り出す。


そのまま発信履歴を開き、昨日もかけたアイツに電話をかけた。







『はいっ、ちゃん!?』


「ねぇ、杏子…」


『どうしたの? また…何かあったの!?』


「ち、違うの! そうじゃなくって…」


『へ?』


「どうしよう、私……気づいちゃったの…っ…!!」












私は……
















「……私……忍足が、好き…っ……」




























どうして忍足の事を考えると苦しいのか。



…裏切られた気がして、悲しかったから。








どうして自分が嫌になるのか。



…愛されていたい、我侭な自分を認めたくないから。








痛む心は、何なのか。



………そんなの、決まってる。





















































……あなたの事が、好きだからよ。






















































































TO BE CONTINUED...











 「かっ、可愛ええ…///   この話が面白かったら俺を押してな?」