不思議なもので。
好きだと認めてしまったら、どこか気持ちが軽くなった。
「…よしっ」
私はパチンと携帯を閉じると、勢い良くその場を立った。
出直すって言ったし、とりあえずはあいつの所に戻らないと。
―――先輩にその気が無いなら……忍足先輩、りぃこに譲って下さい。
「……そういえばあの子…この私にケンカ売ったわよね?」
その気が無いなら、ねぇ…。
「…やってやろうじゃない」
The reason for being.
The value of being.
――34th.
合宿所内に戻り、地下倉庫までの道のりを歩く。
その間に、さっきまでの杏子との会話を思い返していた。
『立海マネ、瀬川 莉古。一言で言っちゃえば、ただの猫かぶりお嬢様だね。でもただのお馬鹿じゃないよー、悪知恵は超働くタイプ。
世の中の男全てに愛されていたい割に特定の男は作らなくて、自分がチヤホヤされるためにトコトン周りを利用する最悪な女だね』
そう言って、どこからか調べてきた瀬川さんの情報を話してくれた杏子。
…絶対、嫌いなんだろうなぁ。
『今回のターゲットは忍足君なんだって? それなら心配無いよ、忍足君はちゃん一筋だし!
でも、それだとあの子にとって邪魔なのはちゃんだから、色々仕掛けてくると思うよー』
本当に面倒な事になった。
まぁ、今までの行動からして、そんなに突拍子も無い事はしないと思うけど…。
『それよりそれより〜…あたしはちゃんの恋バナ聞きたいなぁ〜vvv
告ったら絶対、即恋人だよ!!??』
話を脱線させる杏子にため息をつき、私は速攻で終話ボタンを押した。
杏子も切られることを承知で言っただろう。
「………まだ、言わない。…言えないよ」
だって、まだ私は、歌えない。
「…………」
まだ、私の中で一番大きい存在は、リオだから。
「言うのは……歌えるようになった時。私の中の一番に、…アイツがなった時」
中途半端なのは、相手も、そして自分も、許せないから。
「……ん」
地下への階段を下り、倉庫の入り口がある廊下へと下りたとき、
やけに甲高い、女の声が聞こえた気がした。
「…ホント、その行動力は尊敬するけどね…」
私は構わず、一歩踏み出した。
今はもう、心に余裕が生まれていた。
「それでぇ、先輩たちったら勘違いしちゃって!」
「さよか」
「だから部室が荷物で溢れかえっちゃって大変でしたよ〜」
「そりゃご苦労さんやなぁ」
…何の話かちっとも解らない。
地下倉庫の入り口には扉は無くて、廊下から中が見えるようになっている。
忍足は笑顔の中に所々苦笑いを含ませていた。
合宿を行う上で重要なマネージャーだ。無下に追い払って機嫌を損ねるわけにはいかないことは理解しているらしい。
まぁ被害を被るのは立海の奴らであって氷帝では無いんだけど。
「…なぁ、りぃこ。そろそろも帰ってくるし、別に手伝ってくれんでええよ?
竜崎さんも一人で仕事しとるんやし…」
「でも、桜乃が先輩だけじゃ一度に運べないだろうから、りぃこに手伝いに行ってって。
…忍足先輩がいるとは知らなかったんですけど…あたし、先輩ともっと仲良くなりたかったから…」
よくもまぁいけしゃあしゃあと…。
どうせ、桜乃ちゃんに仕事押し付けて勝手に出てきたんだろうに。
それに、あんたが仲良くなりたいのは目の前の馬鹿でしょうが。
…ほら、もう流されかけてる。
「せ、せやったん? でも…」
「あ! ご、ごめんなさいっ! あたしがいたら…先輩に誤解されちゃいますよね…!!」
「え? あー…」
「ごめんなさい…忍足先輩には、先輩っていう彼女さんがいるのに…」
…………は?
あんた昨日、私と忍足が付き合ってないの確認してたじゃない…。
物分りのいい女でも演じてるつもりなのかしら。
ここまで徹底してると逆に楽しくなってくるわー。
「あ、いや…俺らは別に付き合ってへん。…俺の片思いや」
「えっ嘘…」
「嘘やない。…せやから、りぃこの告白は受けられへんのや」
「…………それでも」
「え?」
「それでも、りぃこは忍足先輩が好きです。先輩よりもずっと、忍足先輩が好きです!」
…………。
なんだろう、何か今、引っかかった。
「りぃこ…」
「忍足先輩、あたし…」
「…あ、ごめんなさい。お取り込み中だったかしら」
「!」
これでもかというタイミングで登場した私に、二人は顔を見上げた。
「!」
「せ、先輩…っ…あ、あの…」
「ああ、瀬川さんが手伝ってくれてたの? ごめんね、忍足に何かされなかった?」
「信用無いなー俺」
助かった、とでも言いたげな忍足の笑顔を横目に見ながら、おろおろとした顔のままの瀬川さんに微笑みかける。
…ああ、この顔の裏で一体私にどんな憎まれ口を叩いているのかしら。頭の中覗いてみたいわー。
「…後は私が引き受けるわ。瀬川さんは桜乃ちゃんの所に戻って?」
「あ、はい……」
入り口付近にいたままの私のほうへ、瀬川さんが小走りに駆けてくる。
ぺこりと頭を下げられ、すれ違う、その瞬間。
「……同じ舞台に上がってあげる」
「!」
途端、足を止める瀬川さん。
私はそれとは逆に、倉庫の中へと歩を進めた。
「…わざわざ手伝いに来てくれて有難うね、…りぃこちゃん」
瀬川さん…いや、りぃこはその言葉に振り返り、にこっと笑った後、すぐに倉庫から走り去った。
「…っはぁー、疲れた…。それにしてもどないしたん、名前で呼ぶやなんて」
「別に? 気まぐれ」
名で呼ぶのは、認めた証。
その行動力と、少し曲がった直向さに敬意を表して。
…あなたと張り合うことにしたわ。
「まぁ、ええけど。…気ぃ取り直して、さっきのキスシーンの続き、いこか…?」
「コーン探すんでしょ、このエロ伊達眼鏡」
私は忍足をひらりと交わし、倉庫の奥のほうへと進んだ。
忍足も、苦笑いでそれに続く。
男を奪い合う、なんて言い方は少し嫌だけど。
私は、私にとって居心地のいい場所を守りたいだけ。
それに、私の我侭が正しいというなら、りぃこの我侭もまた正しいんだ。
…私がりぃこを好きになれないのは、あの言動だけじゃない。
きっと、私とりぃこの本質が似ているから。
だけど、りぃこが自分の我侭を当たり前だと思っているのは大きな間違いだ。
現実を知らないただの子どもだ。
…いつか、宍戸が言っていた。
―――俺だって欲しいもんがある時は形振り構ってらんねぇんだよ
私も、そう。
だから、私は戦う。
間違った我侭振り回されて、私の周りを環境汚染されちゃ堪らない。
………私にケンカを売ったのは、貴女なんだから。
同じ舞台に上がれること、光栄に思いなさい。
TO BE CONTINUED...
「いつものが帰ってきたな! この話が面白かったら俺を押してな?」