何なの、何なのよあの女!!


あれってどう考えても、あたしに忍足先輩は渡さないってことじゃない!!


大人しそうな顔して……やっぱり、早く潰しておくべきだった…!!







「どうしたんじゃ、莉古。ブサイクな顔がさらに歪んどるぞ」







合宿所の入り口まで出ると、そこには楽しそうに笑う、仁王先輩の姿。






「…うるさいわね」


「ククッ、怖い怖い…」


「何笑ってるのよ!! ……昨日までにあの女、どうにかしてくれるんじゃなかったの」


「ああ、そういえば」


「しっかりしてよ!! 先輩があの女に興味持ってるって言うから協力してって言ってるのに!!」


「はいはい、解ってるぜよ」







仁王先輩はあたしの頭を撫でると、すたすたとその場を立ち去ろうとした。






「…チャン、本当に俺が貰っていいんじゃな?」


「いいって言ってるじゃない。今更何よ」


「……いーや」






…変な先輩。


けどこれで……少しは状況も変わるかしら。

















































































The reason for being.

     The value of being.






  ――35th.

















































































「おいテメェら。たかがコーン探すのにどんだけ時間かかってんだ、アーン?」





コーンを必要数見つけて帰ってくると、丁度午前の練習が終わろうとしていた。





「そんな怒らんといてぇな、景ちゃん」


「その名で呼ぶな害虫


「…俺が傷つかん人間やと思てる?」


「あの倉庫暗いし広いし大変だったのよ。できれば見逃して欲しいわ、景ちゃん」


よし許そう。俺は大きな懐を持った男だからな」


「何この扱いの差」


「惚れ直したか?」


しかも素無視やし。…つーか必要以上にに引っ付かんといてほしいんやけど」






忍足を素無視で私の腰に腕を回す跡部。


…運動した後のせいか、香水がむせ返るような匂いを発していている。…早く離れて欲しい。







「前も言ったと思うが、はお前のもんじゃねぇだろ」


「跡部のもんでも無いやろ」


「私は誰の」


先輩はあたしのですよぉ!!」


「「「……は?」」」







突然聞こえた第三者の声に、私を始め二人も言葉を漏らした。







「えーと…りぃこ?」


「はぁい! あなたのりぃこですぅ!!」







あー…どうしよう。



杏子が二人に増えた。







「…じゃなくて…いきなりどうしたの?」


「だって、氷帝の人たちばっかり先輩にベタベタして…りぃこだって先輩と女の子のお話とかしたいのに!」


「おいおい…に『今時の女の子』の会話なんてできんのか?」







ほう、跡部……死に急ぐのかしら?






「じゃぁお前ら二人に、破れたほうのネットを倉庫に運ぶ仕事をやろう。瀬川、そこで親睦でも何でも深めるといい」


「うわーいvv 跡部先輩有難う御座います!! 行きましょう、先輩vv」


「ちょ、ちょっと…!!」







手を引かれ走り出したりぃこに着いていきながら、去り際に跡部をキっと睨みつけた。






「あーあ…怒ってんで? 景ちゃん」


「だからその名前で呼ぶんじゃねぇっつの。……まぁ見てな。今に面白いことになるからよ」






跡部はククッと笑うと、そのまま忍足を残し合宿所のほうへ向かった。






には……少し辛いことになるかもしれねぇけどな」


































































































掴まれた腕は、昨日リョーマに掴まれていた程痛くはなかったけど。


さっきから一向に喋らないりぃこの様子からして、多分彼女の『女の子の会話』とはあの話なのだろう。






「ねぇ、先輩」


「何かしら、りぃこ」


「りぃこって呼ばないでもらえますかぁ? 虫唾が走るんですけど」






コートを挟んで、合宿所とは反対の方向にある倉庫。


地下倉庫と違い、ボールや通常使用しているネットが保管してある小さなその倉庫の前で、りぃこはぴたりと足を止めた。


手にしていた、破けたネットを地面に落とし、私の手を払って。






「そう? 私は好きな人や認めた人しか名前で呼ばないのだけど」


「その上から目線がムカツクのよ」


「むしろ苗字で呼んでいた頃のほうが見下してたと思うわよ? 今は同じ舞台に上がった者同士、対等な立場でいるつもりだけど」


「トコトン邪魔でムカツク女ね」


「それは光栄だわ」






表情すら変えない私の様子に、目に見えてりぃこは怒りを募らせている。


顔は可愛いのに、ここまで崩れるとため息ものだ。






「…昨日も話したと思うけど、私、可愛いもののほうが好きなの。だからそんな顔やめて欲しいな」


「アンタの趣味なんかどうでもいいわよ!!」


「あらあら、可愛い顔が台無し」


「っふざけないで!!」


「褒めてるのに素直に喜ばない子は嫌いよ?」


「〜〜〜何なのよアンタ!! 全然驚かないし!!」






いきなりの豹変振りに、何らかの反応を期待したのか。






「残念だけど、桜乃ちゃん苛めてるとこ見ちゃったから、あんたの本性なら知ってるわよ?」


「なっ……!!」


「随分前から苛めてくれちゃってるみたいじゃない」






私は すっとりぃこに近寄ると、目線を合わせて目を細めた。







「あの子は私の大切なお友達なの。パシリならアナタに従順な立海レギュラーを使いなさい」






少しばかり強めに睨めば、気の強いお嬢様はぐっと押し黙った。





「っ……何、なのよ、アンタ…!!」


「何が?」


「何がって、何もかもよ!!」


「そんな曖昧な質問に答えを返せと言われても」


「あーもー!!!!」






言葉を発するたびに自滅しているのに気づかないのか、私のおちょくりに面白いほど反応を返してくれるりぃこ。





「…何よ…何言われても傷つかないみたいな顔して、余裕ぶって…今までさぞ幸せな人生送ってきたんでしょうねぇ」


「!」







……幸せ?







「っアンタみたいに黙ってれば何でも与えられるような人間に、あたしの気持ちなんか解るわけない!!」







吐き捨てるように、りぃこはそれだけ言って走り去った。






「…………」





私の視線は、さっきまでりぃこがいたその場で固まったまま。


思考すら、止まって、







「……あれ? 何、何なのよ?」






何故だか、胸の辺りがきゅうっと締め付けられるように痛んだ。


同時、足の指先から順にどんどん感覚が消えていく。


自分がそこに立っているのかすら、理解できなくて。












……黙ってれば、何でも与えられる?











「……私が……何を……」








何を、いつ、与えられたって言うの。







「…あ、は…あはははは……!!」






俯いて、乾いた笑いをこぼす。


だけどそれもすぐに止まり、口元だけ緩ませながら目は死んだように焦点も合わせず漂わせた。









りぃこが何を言ったのか、私には、理解、できない。








「誰が、いつ、どうして、幸せ? あはは……、笑っちゃう」







今までの私が幸せだとしたら……どうして今ここに、




















あの人がいないの?






















「あははははははははっ!!」






完全に発狂し、ただ空を見上げるように上を見上げて、私は。







「…本当に、何て、滑稽。誰が誰の気持ちを解らないって? 解るはず無いじゃない、解りたくも無い」






まるで何か、悪霊でも取り付いたように、ただただ上を見上げて笑って。






「世間知らずのお嬢様。悲劇のヒロインごっこ。

 ……さぞかし不幸な人生を送ったんでしょうね、私に解らないほどの気持ちだものね?」






乾いた瞳からは、生理的な涙が零れ。






「いいじゃない、望めば、手を伸ばせば、いつかは欲しいものが手に入るんでしょう?


 それがどんなに幸福か、どうして解らないの?」






狂ったように引きつった笑みが、何も映らない瞳が、






「解るはず無いわよねぇ、解ろうともしないんだから。…知ってる。解ってる。あの子は理解をしない悲劇のヒロインだものね?」






静かに、静かに、冷静を取り戻していく。


……それは、第三者の介入に気づいたから。






「…覗き見かしら? それとも笑いに来た? その様子じゃ初めから見てたんでしょう? さぞ高尚なご趣味だこと」






そこに立ち尽くした男は、いつもと違う、真剣な顔をしてこっちを見ていた。






「…嫌だ、そんな顔して。同情なんかいらないわよ。軽蔑ならいくらでも受けるけどもね」





くすくすと笑う私に、今度は表情を歪ませる男。





「…なぁに? 何か言いたげな顔して……。

 とても『詐欺師』だなんて呼ばれてるような人には見えないわよ?――――……仁王」






そこにいた仁王は、私の様子に、口を開いた。






「今のお前さんは…見てて痛々しいの」


「それが? 見たくないなら見なければいいでしょ。

 それとも見ていたいのかしら、そんな顔をしたまま? こっちまで辛気臭いのが移るから、やめて頂戴ね」


「…いつも笑わんくせに…何をそんなに笑っちょるん」


「あなたに関係ないでしょう?」


「…………」


「そもそも何しに……――!!」






思い切り引っ張られた腕。



痛みを感じる暇もなく、気づけば、すでに私は仁王の腕の中にいた。






「……仁王?」


「…やっと笑わんくなったか」


「何がしたいの」


「笑ってるお前さんなんか見たくなかったからの」


「笑わなかったら笑わなかったで『笑え』って言うくせに」


「あんな壊れた顔、見たくなか」







ぎゅうっと強くなる腕に、息苦しさを感じる。






「…もうあんな顔…見たくなか……」


「仁王…?」











から離れんかい」



「!!」







はっとして顔を上げる。


そこには、





「忍、足…」



「りぃこは走ってどっか行くしは帰ってこんし…心配なって来てみたら自分か、仁王」






心なしか怒った表情の忍足は、それ以上距離を縮めずに仁王を睨んだ。






「そんなに欲しけりゃ取りに来んしゃい。…今だけ返してやるとよ」


「…何やて…?」




















と俺、付き合うことにしたからの」




















この男は今、



何をほざいたんですか?










「は…………? ぅぐっ」






喋れないように、ぎゅっと力を入れて抱きしめられる。


これじゃ、忍足の様子すら見れない。







「つーわけで、お前さん邪魔なんじゃけど。これからはに構わんでいいし」


「…冗談きついわ。…、帰るで」


「いつまでが自分から行くと思ってるんじゃ?」


「…………」






ちょっと、この詐欺師は一体何をほざいてるんですか?


反論したくても、一向に腕の力は弱まってくれない。


腕ごと抱きしめられているから、身動きすら取れないし。







………」






ちょっと……本気でやめてよ、ねぇ…!!






「ほれ、も黙っとるじゃろ。さっさと合宿所に戻って莉古と仲良ぉしとけばええ」


「……………」





お願い、離してよ……忍足に誤解されちゃう、ねぇってば…!!

















「……勝手にせぇや」








「!!!」

















どんどん、どんどん、



離れていく、足音。









「…………」








どんどん、どんどん、



引いていく、血の気。








「…………」


「…?」








離した腕は、


離された顔は、










涙で濡れていて。










「……悪かった。じゃがな、俺は本気じゃ」









詐欺師の言う事なんか、信じない。


信じたくも無い。









「俺の女になれ、









なんか、もう、









「…………」









どーでも、…いい…






























































TO BE CONTINUED...











 「俺と付き合いんしゃい。損はさせんぜよ。   この話が面白かったら俺を押すんじゃよ?」