弱いままじゃ、駄目。
私は強くなるために此処へ来た。
…何度、自分に言い聞かせたか解らない。
今すべきことは何?
「…………」
今までの忍足の言葉、行動…
嘘とは思いたくない。
ちゃんと…話せるはずだよね。
本気でりぃこを好きなの、とか。
………私の事、本当にもう、好きじゃないの、…とか…。
話せば、話してくれるよね?
もう…逃げないよ。
この想いが、どんな、結末だとしても。
The reason for being.
The value of being.
――39th.
あらゆる所から鳴り響くボールを打つ音。
その一点を見つめ、私は持っていたスコア表に試合状況を書き込む。
忍足・岳人ペア対仁王・柳生ペアの試合は、素人の私から見ても白熱したものだった。
「先輩! ファイトです!!」
自分の仕事を終わらせたのか、いつの間にかりぃこも応援に加わっていた。
「莉古、その『先輩』って『仁王先輩』じゃろな?」
「え〜っ『忍足』先輩に決まってるじゃないですかぁ〜!!」
「…お前さん立海のマネージャーじゃろ…」
「でも忍足先輩の彼女だも〜んvvv」
相変わらず胸が重いけど、構わずにスコアをつける。
こっちに話さえ振られなければ、気にせずにいられるから。
一応人間としての最低常識は備わっているのか、りぃこは私に話を振ってこなかった。
当然、あの会話は私の当て付けではあるだろうけど。
「…お疲れ」
「おう」
試合が終わり、結果は忍足ペアの勝ち。かなりの僅差で、最終的にタイブレーク勝ちだ。
忍足と岳人が私の所へタオルとドリンクを取りに来ると、向こうから小走りでりぃこが近づいてくるのが解る。
「せぇんぱぁいvvv お疲れ様ですカッコよかったですぅvvvv」
「さよか?」
「はいっvv」
「…おい侑士、お前いくらなんでも」
「―――忍足」
私の一声で、空気が一変した。
誰もが表情を固くし、次の私の一言を待つ。
「…話がある。真剣な話」
「…何や?」
「真剣な話って言ってるでしょ。二人で」
「あ…じゃぁ、俺、行くな」
岳人が気まずそうな顔してその場を去る中、りぃこは変わらぬ様子で忍足の腕に巻きついたまま。
「りぃこ、二人にして?」
「嫌ですよぉ。先輩は、りぃこのですから」
「………まぁいいわ、貴女も一応関係していることだし」
私は一度目を伏せ、すっと前を―――忍足を見つめた。
「もう、私への気持ちは無い……そう思っていいのね?」
一瞬か、数秒か。
微妙な間が流れる。
「……………」
だけど、私の覚悟はもう決まった。
多分…昨日の夜、仁王に抱きついたあの瞬間から。
どうなることの覚悟も、できていた。
「…………忍足、答えて」
「………………」
…何で、黙るの?
早く言えばいいじゃない。
………何で?
―――…期待するじゃない…やめてよ……っ…。
「……ああ、…せや」
「!」
「今の俺には…りぃこがおる」
「先輩…っ…!!」
「…ごめんやで、…」
「」
遠くから声が聞こえて、無意識に振り返る。
コートの反対側で、仁王と柳生が手招きしていた。
「……っ」
私は小走りで彼らの元へ向かった。
やっぱり、逃げてしまった。
やっぱり……
「…一緒に休憩時間、じゃな」
「…そうですね」
―――…泣いちゃってるじゃない…私…。
「…さんの仕事も、これで一区切りついたのでしょう? …行きましょうか」
「………」
私は流れる涙も気にせずに、二人に挟まれてコートを後にした。
涙なんか、拭ってやるもんか。
アイツに、私が泣いてるだなんて、バレてたまるか。
……私は強い。強い。…強いんだから…。
「……っ…」
でももう……これ以上、強くなれないよ……。
時間が経つのは不思議と早くて。
その原因は自分でよく解っていた。あれから、私は一度も一人になっていない。
…必ず誰かが、私の側にいてくれたから。
「何か…私って、迷惑しかかけられないみたいですね」
「どうして?」
空になったペットボトルを洗うのを手伝ってくれてるのは、幸村さん。
「みんな優しくしてくれて…でも、それを認識するたびにどこか空しくなる自分がいて…。
…こんな気持ちになってる私に構ってくれるなんて、迷惑をかけている以上に、失礼でしかない気がして…」
「みんな自分の休憩時間に自分の意思でやってることだよ。気にしないで」
「だけど…私なんかと…」
「そんなに自分を蔑むものじゃないよ」
「…昔からの…癖なんです。…ごめんなさい…」
「……忘れっぽいのも?」
「え? !」
顔を上げると、幸村さんが頭を撫でてくれていた。
「…敬語。それと、呼び方も。…仁王や柳生には普通に話すのに、俺だけ敬語って何だか疎外感感じちゃうな」
「あ…ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて…」
「だったら…ね?」
優しい微笑を向けられ、私は自然と微笑んだ。
この人の雰囲気…そう、どこかリオに……似てる…。
「うん……幸村」
「できれば精市の方がいいな」
「精市」
「よく出来ました、…」
「ん。…ねぇ、早く終わらせよう?」
「そうだね」
作業に戻り、自然と会話も止まった。
…不思議。さっきまでの鬱々とした気分が、どこかに行ってしまった。
「…精市…」
「どうかした?」
「私…合宿が終わったらどうすればいいかな。逃げたくないけど…正直耐える自信って、無いんだ」
「………」
「強くなりたい、ならなくちゃって思ってるのに…どんどん弱くなる…」
「……?」
…あ、そうか。何かポロっと言っちゃったけど、精市は私の気持ちとか状況とか何にも知らないんだった。
えっと…どうしよう。
「あの…」
「…逃げることは弱さじゃないよ」
「!」
「いつでも立ち向かう必要なんて無いんじゃないかな」
「精、市…?」
「ごめんね。話は仁王から聞いてるよ」
「!」
「だから…が何を言いたいのかも解ってる」
「…………」
私が、仁王を好きじゃないことも…
……忍足を、好きなことも…全部、知ってるの…?
「本当の弱さは…自分を偽り続ける事だよ。辛いのに辛くないフリをしたり、泣きたい時に泣かなかったり。
…自分の気持ちに正直な人が、俺は『強い人だ』って思うけどな」
「…それで…いいの…?」
「逆に聞きたいな。どうして駄目なの?」
「………っ…」
また涙腺が緩みだし、私は俯いて作業を続けた。
「……だから、言わせてね。…―――俺は君の事、好きだよ」
「!」
「叶わないのは解ってる。でも自分には正直でいたいんだ。…だから、『ごめんなさい』はいらない」
「…………」
見上げた精市の顔は、さっきと変わらず微笑んでいて。
…この人は、『強い』んだって、思った。
私も…そんな顔ができるようになるかな…?
「……有難う、精市…」
「うん、それでいいよ」
「本当に…有難う…っ」
何だか私…頑張れそうな気がする。
思えば…こんな感じのが、普通の人生ってやつなんだ。
誰かに愛されて、拒絶して、いつしか好きになって…だけど、気付くのが遅くて失恋して…。
…なんだ、まとめてみれば、なんて簡潔なことだったんだろう。
「…本当に君は…手を差し伸べたくなるよ」
「どういう意味?」
「大丈夫。君の悩みなんて、すぐに消えてしまうから」
「?」
それ以上精市は何も言わず、ただ微笑んで黙々と作業を手伝ってくれた。
よく解らなかったけど、精市の言葉って、力がこもってて信頼できるんだよね。
…………やっぱり魔王様だからかな。
そうこうしている内に、すぐに午前中の練習が終わり、昼食の時間になった。
トレイに選んだものを乗せ、開いている席を探していると…
「、こっちじゃ」
「は? は俺の隣っスよ」
「は俺の隣だCー!!」
「フフ…もちろんは俺と不二の間でしょ?」
「クスッ、だよね」
「(黒ッ)…あー。まぁ、この辺座れよ」
「クソクソっ、何か太刀打ちできねぇー!!」
「まぁまぁ向日さん、俺たちには帰りのバスがありますから…」
「(こいつも黒い…)…先輩、隣どうぞ。開けておきました」
「…皆さん、些か強引ですよ! レディーはちゃんとエスコートして差し上げなさい!」
………えーと。
何か大規模なグループが私を待ち構えています。
結局私は、精市と不二に挟まれ、前方には仁王、リョーマ、長太郎が座ることに。
…騒がしいなぁ。
「静かにしろ。
…午後からの練習だが、監督からの計らいで練習はなし。帰るまでの3時間、他校との親睦を深めろとの事だ」
急に席を立った跡部。
…太郎さんの計らいで…ね…。
3時間も暇になったってことか…。
「あ、そぉだ! 忍足先輩っvv あたし忍足先輩の連絡先聞いてませんでしたぁ、教えてくださいvv」
少し静まり返っていた食堂内に、りぃこの声が響く。
はぁ…少しは私の頭の上に漂っている空気の一つも読んで……
「嫌や」
……………は?
「…跡部、時間やろ。もうええんやんな?」
「ああ」
「つーことやから、お疲れさん」
ぽん、と、りぃこの頭に乗せられる手の平。
誰もがその光景を直視する中、私も、もちろん当事者のりぃこも、何が起こってるのか解らない、といった目をしていた。
「せ、先輩…?」
「あー身体ダルいわぁ…」
「忍足先輩っ…!!」
「なぁ跡部、やっぱ精神的な疲れって身体にも出るもんなんやなぁ」
「アーン? そりゃそうだろ」
「っ先輩ってば!!」
「――――何やねん」
「ッ…!!」
忍足の、りぃこを見る目は…とても、冷たくて。
「楽しかったか? 俺と付き合えて。今どんな気持ちや?」
「え…な、何…言って…」
「ええ顔してるで? …いかにも裏切られました、って顔やなぁ」
「…だ、騙してたの…!? 酷い…!!」
「何言うてんねん。自分がいつもやっとることやろ」
「!!」
「………手の中にあると思ってたもんがいきなり無くなる気分は…どんな気分や?」
「!」
私には、解った。
…これは…―――私の事。
―――掴んでも、それはすぐにこの手の平から零れていく…
ねぇ、忍足………
これは、希望ですか…?
TO BE CONTINUED...
「俺がいつまでも黙ってる思たらアカンで? この話が面白かったら俺を押してな?」