「…………」







後ろで、コンロの火を消す音が響く。


少ししてから、また包丁の音が始まった。







(何か、言いなさいよ)







いい訳でも、いつもの冗談でもいいから。


何か、言ってよ。







「………」






クッションに顔を隠しながら、ゆっくりと、キッチンを覗き見してみる。








「…………」







遠く見える忍足の背中は、黙々と、料理を進めていた。










(何で、無言なのよ)










やめてよ。


いつもみたいに流しなさいよ。











……………本気みたいじゃない。

















(…やだ………)













私は気づかない。




アイツもまた、顔を赤らめていた事なんて。






























































The reason for being.

     The value of being.






  ――4th.

































































沈黙は続く。





「………」


「………」





カレーを煮込み始めた忍足は、暫くキッチンをうろうろしていたが、5分ほど前にリビングにやってきた。


テーブルを囲むように置いてあるソファの一つに座ると、微動だにしない私をちらっと見て、すぐに床に視線を戻す。


私の座る一人用ソファはすっぽりと私を包み込み、自分でも一体化している気分になる。……いつもなら。





(沈黙が痛い)






慣れない空気に、私はいつもの一体感から完全に浮き立っていた。





「…………」


「…………」







っていうか、もう、駄目だ。



……無理、この空気。






「…あぁもう!!」


「!?」





急にソファから立ち上がった私に、忍足は驚愕の視線を向ける。






「キャラ違う。こんなの私のキャラ違う。何この空気耐えらんない有り得ない面倒臭い」


「え、ちょ、……?」


「忍足アンタも!」


「俺!? うわっっ!?






私は抱きかかえていたクッションを忍足に投げつけ、ビシィッッと指差した。





「アンタ普段こんなに黙ってるキャラじゃないでしょ!? 何で私がこんなにギクシャクしなきゃなんないのよ!? あー嫌嫌嫌っ」


「いや…俺はさっきの」


「嫌。何も聞かない聞きたくない」






忍足は多分、さっきの話を盛り返そうとしたんでしょう。その手には乗らないわ。





「いい? 私今から着替えてくるから。帰って来るまでにこの空気どうにかしといてよね」


「着替え手伝ったろか?」


「一歩でも部屋入ったら殺す」






最高の笑顔で脅すと、忍足は苦笑いをもらした。


その顔を見てほっとしたのか、私は自分の部屋に閉じこもった。






「…ホンマ冗談、きっついわぁ……」





忍足が呟いた言葉なんか、全く聞こえなかった。































































キャラが違う。





自分で叫んで、さらに自覚した。


最後に叫んだの、いつだった?


むしろ私…今まで叫んだ事なんかあったっけ?





「………」





どんな事だって、冷静に対処してきたじゃない。


私が犠牲になれば、なんだって上手くまとまったじゃない。


どうしてこんなにも、思考が乱れるのよ。






「…あー、ホント、嫌」






今まで、告白とか、そういうのはあったよ。


キスだって、強引に迫られた事もあった。


誘拐未遂に、しつこいパパラッチ、何だって上手く切り抜けてきた。






なのに…何で今、私、こんなに…………





あいつ一人に、…忍足一人に、こんな慌ててるの?









(あ、駄目だ、頭痛くなってきた)







あれこれ考え込むのも性に合わない。


私は痛む腕も気にせず部屋着に着替えた。






































































気に食わん。





さっきからそればっかや。


それ以外頭に浮かばへん。






(俺ってもっと冷静やなかったか?)






氷帝の天才はどこ行ったんや。


女関係に器用な俺はどこ行った?





なんでの事、こんなに気になるんや。


俺らしくもないやんけ。ごまかす為のキスなんか。


……しかも失敗してるし。






気に食わんのは自分の事だけやない。



もや。






あいつの今までの男関係なんか、そら知らんけどやな。



俺の勘やと、そういう事にあいつは多分免疫がある。



せやから、あいつが挙動不審になったんは、キスが原因やない。








……"俺が"キスしようとしたからや。








「…なぁんか、腹立つな」







にも言われたけど、俺こんなキャラちゃうわ。



自分の気持ち解ってんのに、行動できんなんて。









「お待たせ」









いきなり部屋から出てきたを見て、俺は目を見開いた。



…やばい、私服可愛いやん…














































「お待たせ」




一呼吸置いてリビングに出た私を出迎えたのは、忍足の…なんかマヌケな顔だった。





「…何、その顔」


「普通に可愛いやん」


「それはどうも有難う」





うん。良かった、いつもの空気だ。


これでまだギクシャクしてるようなら一発殴ってたかもしれないからね。





「カレーまだかかりそうね」


「俺は本格派やからな。よう煮込めばそれだけええ味出るし」


「何、こだわり料理人? 見えない


「いい加減俺の事嫌わんといてや〜」






…別に嫌ってるわけじゃないんだけどさ。





素直じゃない自分は別に嫌いじゃない。


こいつに言ったら喜びそうな返答だし。






「……なぁ、ゲームせん?」


「ゲーム?」


「そう。お互い一つずつ質問していくんや。聞かれた相手は答えられる範囲で答えたらええ。…簡単やろ?」


「何でアンタに個人情報バラさなきゃいけないのよ?」


て意外と臆病もんやねんなー」







………何だって?






「…受けてやろうじゃない」



(やっぱりな〜。単純で可愛いわ)





忍足の微笑みに少しムカつきつつ、私はソファに深く座りなおした。


ソファは、今度は私を暖かく包み込んでいる。






「で? どっちが先攻?」


「…別に戦いちゃうで? …まぁええわ。俺からでええ?」


「どーぞ」






の誕生日、教えてw」





「………は?」





いきなり、そういう方向から来ますか?






「…3月4日」


「へぇ、俺より遅いんやな」


「忍足はいつなの?」


「俺は10月の15日」


「へー」


「じゃぁ俺の質問な」


「は? ちょっと待って、今のもカウント?」


「もちろんカウントやw」






…何かこれ、誘導尋問に近くない?


このゲーム、私不利だよ。


だって冷静に考えたら、私別に忍足の個人データ知りたいと思わないし。逆に私の事は聞かれまくるだろうし。


何より私、誘導尋問とか弱い性質なんだけど。






はいつからアメリカおったん?」


「…6歳の時に渡米した。その眼鏡、伊達だよね?」


「伊達やで、よぉ解ったなぁ。で、監督とはどういう関係なん?」


「太郎さんは父さんの大学時代の親友。忍足ってモテるよね」


「モテモテやで。嫉妬してくれる?」


限りなくどうでもいい。何で一人暮らししてるわけ?」


「(酷ッ)実家は大阪やからな、喋り方で解って欲しいわ〜。今まで何人と付き合った?」


「微妙な質問ね。4人よ。…アンタの女関係なんかは知りたくないし…そうね、今付き合ってる人とかいるわけ?」


「……今はある事に夢中やから作ってへん。は何でアメリカから帰ってきたん?」


「あぁ、親いなくなったから。…んー、何聞こ」








「…ちょぉ待って」







いきなり忍足から静止がかかる。



…やっぱり流されてくれなかったか。







「今さらっと重大な事言うたやろ。さらっと」


「言ったよ? それが?」


「それがって……」


「氷帝の特待生は、親以外の保護下にある人でしか受けられないって知ってるでしょ? 少し考えれば解ると思うんだけど」


「それは・・・せやけど」






忍足は気まずそうに視線を逸らす。




…丁度いい。


事実を言えば黙るだろう。







「……父さんはオーケストラの指揮者、母さんはオペラ歌手としてアメリカでは有名な人たちだったの。

 一人娘の私にも音楽の才能は授けられた。私は6歳の誕生日に渡米して、世界の歌姫になるべく教育を受けてきた。

 私が10歳を迎える時には、アメリカで名も知られてきたわ。父さんの親友である太郎さんとも協演した。

 同時に、私の周りには常に危険が付き纏った。お金目当ての誘拐、狂ったファンのストーカー、興味本位の嫌がらせ……それでも私は歌い続けてきた。

 何故だか解る? それだけ私にとって"歌"とは全てだったのよ」







畳み掛けるような言葉に忍足は何も言えず、だけど、ちゃんと私を見て話を聞いていた。






「両親が亡くなって、私の世界から"音"が消えた。何度も歌おうと思った。だけど解らないの。自分の奏でる音も声も言葉も。

 …意味をなくしてしまった私は"歌"を失ってしまった。

 日本に帰って来れたのも氷帝に入れたのも全て太郎さんのおかげよ。もう歌えない私だけど、"歌"は過去の実績として認められたから。




 これが貴方の知りたがった、私の真実。どう? お気に召して?」







真実を言ったのは、私のためでしかない。


これ以上、歌えない私に要求して欲しくないから。


貴方は私に"歌"を求めた。


それって酷なことじゃない。


私はもう、歌えないのに。







「………俺」


「謝られても困るから聞かないわよ? ちなみに私ばっかり喋ってたからゲームは私の勝ちね。異議は一切認めないわ


「何やそれっ」





忍足は、明らかに作り笑顔で苦笑いしてきた。


私も、同じような笑みを返す。





「…今はこれ以上聞かへんわ。俺らまだまだ出会って日ぃ浅いし」


「少しはアンタの存在に助けられてたりしたのよ?」


「…嘘やん。喜んでええ?」


「嘘だから駄目」





少ししゅんとなる忍足を横目に笑いながら、私はキッチンのカレーへと視線を移動させる。





「…いい匂い……」


「ああ、そろそろ出来たかな」





私達はキッチンへ移動し、夕飯の準備を始めた。



























……………気づいてる? 忍足。




私、肝心な部分…言ってないって事。








気づいてるよね、"今はこれ以上聞かない"んだから。











私が、歌ってた理由。






















―――――――私の、存在理由。














































TO BE CONTINUED.......









 「カレー食べて元気なってな。  この話が面白かったら俺のこと押してや」