「ねぇ〜、キミ何年生? 名前は? あとケータイの番号とアドレスと教えてもらえたりなんか「ウザイ」
露骨にショックを受けている男から地図を奪い返し、ここから一番近い学校を探す。
…チラチラと覗いてくるけど、気にしない。
「…ねぇ、この地図にマルしてる所に行きたいの?」
「何ですか話しかけないで下さい」
「全面拒否っ!? さすがにショックだなー、俺」
「あまりそうも見えませんけど」
「あ、バレた? やっぱり俺ってラッキーだなぁって思ったからね!」
「は……?」
「これ」
男が指差したのは、地図のマルをしているところ。
…えーっと…山吹…?
「ここね、俺の学校」
……………。
え?
「山吹に行きたいんでしょ? 俺が連れてってあげる!!」
「ちょっ…手、引っ張らないで下さい!!」
「気にしない気にしない!」
「気にするに決まってんでしょこの変態」
「のあぁッ!?」
後ろから思い切り蹴り倒すと、男は何とも間抜けな声を上げて顔から転んだ。
…はぁ、どうして私って、こんな変なのばかりに関わるんだろう…。
「痛〜…いいキックだね…」
「そりゃどーも」
「しょうがない、強引はやめるよ。…一緒に行かない? 俺も今から帰るところだしさ〜」
「…いいけど」
「ラッキー!! じゃぁ行こうか!」
すっと出された手。それを見つめていると、男は笑って言った。
「お手をどうぞ? …あ、俺、三年の千石 清純っていうんだ。キヨって呼んでねvvv」
「千石ね。あと手を繋ぐ気はさらさら無いから」
「…厳しいなぁ〜」
千石 清純。
滝以上に鬱陶しい、滝以来最高レベルの男と認識。
The reason for being.
The value of being.
――43rd.
「こういうのってさ〜、青春って感じがしない?」
「お一人でどうぞ」
「ホント連れないね…」
近くに止めてあったらしい千石の自転車の後ろに座り、急ぐわけでもない微妙なスピードで私たちは山吹に移動していた。
「ねぇ、そろそろ着いちゃうよ〜」
「で?」
「そろそろ名前、教えてくれてもいいんじゃない?」
「何かやだ」
「……人のチャリンコに乗っといて〜?」
「乗せたんでしょ」
「ま、そうだけどvv」
「…………途中下車しまーす」
「えッッ!? 危ない…って…」
千石が振り向いたときにはすでに、私は自転車から飛び降りていた。
その軽やかさに驚いているのか、千石は自転車を止めてこっちを見つめてくる。
「君ってさぁ、新しいタイプだねー…」
「新種で結構。…山吹ってもうすぐでしょ? ここからは一人で行くんで着いてこないで下さい」
「あっ、待ってよ〜! 別に嫌な意味で言ったんじゃ無いんだってば!」
自転車を押して隣を歩く千石。…鬱陶しいなぁ…。
「俺の周りの女の子って結構軽い子多いからさ〜。どうしてもそういうノリで話しちゃうの。ゴメンネ?」
「軽いのは周りじゃなくて貴方なんじゃない?」
「だから君みたいな子って新鮮なんだよね。クールで…でも男慣れしてないわけじゃないでしょ?」
「あー、なんかこういうウザイ人身近にいたような…」
「ねぇ、俺みたいなヤツってタイプじゃない? 嫌い?」
「あ。山吹ってあれかしら」
「全無視だよね」
「お互いね」
千石はしょんぼりとした様子でため息をつくと、校門の前で自転車を止めた。
「ね、お願い! 名前だけでも教えて! ね!」
「…しつこい」
「おーねーがーいー!!」
「一回でいいんで滅んでもらえますか」
「えぇっ滅んだらもう帰って来れないじゃんっ!?」
「…………お前…―――、か?」
「!」
私はその声に思い切り振り返った。
そこには……
「嘘……仁…!? 仁じゃない…!!」
「…何でテメェがこんなとこにいやがるんだ…」
「っあははは!! じ、仁が…が、学ラン、着てるっ…しかも白…っあはははは!!」
「笑いすぎだ、馬鹿が」
「ははっ…はぁー………でも、似合ってるじゃない。…なんかカッコよくなったね、仁」
「ふん……」
「あ………」
存在を忘れかけていた千石が、ふとそんな声をもらした。
何かと思って千石を見ると、口をパクパクさせて仁を指差していた。
「あ、あ……あっくんが女の子と普通に会話してるーーー!!??」
「…あっくん……っ…あははははは!!! あ、あっく…」
「……千石、殺す」
「えぇっ、俺!? 笑ってるの彼女なのに!?」
「はいんだよ!」
「! そうそうそうそう! なぁんであっくん、ちゃんと知り合いなの!?」
あ、勝手に名前…。仁のヤツ、喋りやがって。
「コイツが一番やばかった時期にからまれたことがあってね」
「え…なのになんでそんな仲良しなの?」
「仲良くなった覚えはねぇ」
「私は仁、好きだけどな」
「何でちゃんあっくんにはそんな優しいのー!!」
――――――――――――――――――――……・・・
「お嬢様いけませんっ、そんな不良に…!!」
「どうして…?」
「どうしてって…!!」
「私、こういう人に会った事ないもん」
何年前の事だったろう、日本にコンサートに来たときだった。
車から降りた途端に、不良グループが襲い掛かってきたんだっけ。
その中の一人が仁で…仁の仲間は、仁を置いて逃げてしまった。
ロバートが押さえ込んでいた仁は……今思えば本当に目つきがやばかったな。
「はっ…お嬢様から見たら、俺らなんてゴミ屑だろうなぁ!」
「どうして?」
「…あぁ?」
「貴方は必死に生きている。生きる目的を持ってる、だから輝いてる。
……ゴミ屑なのは、…死んでるのは私」
「お嬢様!?」
「何の為に歌ってるのか…解らずに歌い続けている私なの」
「…………」
「…ロバート、この人、離してあげて」
「え…」
「早く」
「…はっ…」
ロバートが拘束を解いても、その場から立ち上がろうとしない仁に、私は手を差し伸べた。
「どうやったら輝けるのかなぁ…どうやったら、そんな風になれるのかなぁ」
「ふざけてんのか……?」
「…んー…やっぱり、そう見えちゃうよね。…ごめんなさい、時間取らせて。……いくら?」
「あ……?」
「お金が欲しくてこんなことしたんでしょ。…あげるから、行って。貴方は私の欲しい答えを持ってない」
「………ざけんな」
「!」
私の腕をぐっと掴み、そのままその場に立つ仁。
腕を離さない仁にロバートたちが動こうとするが、私は空いている腕で静止した。
「…俺より死んだ目なんか見たくねぇんだよ」
「…………」
「歌、好きで歌ってんだろ。…それでいいんじゃねぇのかよ」
「好き、だから……それだけで、いいの…?」
「んなこと俺が知るか」
「……ふふっ…そうだね…」
「こんばんわー。銀髪でヤケに目つきの悪い人、いますかー…って…あれ?」
コンサートの後、ホテルを抜け出して適当な路地裏を探し続け…見つけた仁は、まさに仲間に殴られている最中だった。
…いや、あれはだいぶ殴った上で反撃されていたところなんだろうけど。
「テメェ…何しに来た…」
「何って…お話しに」
「帰れ!!」
「おい嬢ちゃん…オメェ昼間の女か?」
「Yes」
「なら手っ取り早いぜ。…少しの間大人しくしてろよ? 身代金、がっぽり搾り取ってやるぜ」
仁の仲間(だったやつら?)が私に詰め寄ってくる。
「っ馬鹿が! 何突っ立ってやがる!! 早く逃げ……っ!?」
仁は言葉を呑み、目の前の状況を把握しようと目を見開いた。
「なっ……」
私の傍らには、ピクピクと小刻みに動く男が二人。
「テ、テメェ…っ!?」
「おーわりっと…」
仁を押さえつけていたヤツも顔面膝蹴りで昇天させ、昼間のように仁に手を差し出す。
「ちゃんとね、ヤンキーなら倒せるくらいの護身術は習ってるんだ」
「…女じゃねぇんじゃねぇの…」
「減らず口が叩けるなら大丈夫そうだね」
「で…何しに来やがった」
「だから、お話しにきたの。Could you talk with me?」
「あ?」
「私とお話してくれませんかって言ったの」
「ちゃんと日本語で喋れ」
「アメリカ在住なもんで」
――――――――――――――――――――……・・・
「……日本に来るたびに、仁のところに行ってたのよね」
「神出鬼没で邪魔なガキだったな」
「確か…私の事、年下だと思ってたんでしょう?」
「ふん……今は、年相応になったんじゃねぇの。…話し方まで変わりやがって」
「まぁ…私にも色々あったのよ」
「…結構色っぽくなったじゃねぇの」
「……………なんかなぁ」
思い出話に花を咲かせていると、千石がいきなり私たちの間に割って入ってきた。
「俺の事忘れないでよー!!!」
「きゃっ!?」
そのまま千石は私に抱きつき、顔を摺り寄せてくる。うわキモイキモイキモイ!!
「…千石、今すぐ離れねぇと知らねーぞ」
「え? なになにどーいう…… ッ!!」
言葉を言い切ることなく、千石はその場に崩れ落ちる。
「なっ……!?」
「…その技、変わんねぇのな」
「必殺☆飛び膝蹴り」
みぞおちを押さえながら地べたに横たわる千石を放置で、私は手にしていた封筒の存在を思い出す。
「そうそう。私今見ての通り氷帝にいるのね。で、跡部から各校に書類を預かってるんだけど…テニス部どこにいるか知らない?」
「はい」
「………ん?」
「だから、はい」
下の方からそんな声が聞こえ、見下ろす。
まだうずくまりながら、千石が小さく手を上げていた。
「俺、テニス部、で「嘘だ」
「………。実はあっくんもテニス部で「絶対無い」
「やってた、の間違いだ」
「嘘、やってたんだ」
「クソジジイの顧問が退部届けを受け取らねぇ」
「ってことはまだ在部中じゃない。なら仁にプリント渡しておこうかな」
「えーっ俺は!?」
「頼りない」
「ひどい!!」
「俺もいらん」
「ちょっと、私帰れないじゃない」
「俺の知ったことか」
ああもう、素直に受け取れよこのやろう。
「あ、いたです!! 亜久津せんぱーい!! 千石せんぱーい!!」
何度もプリントを仁に渡したり千石の手をはたいたりしている内に、小さな男の子がこっちに駆け寄ってきた。
「部活が始まっても来ないから、部長が怒ってますです! 早く行きましょうです!!」
「今日休むって言ってなかったっけー?」
「俺はもう退部したんだ。行く理由がねぇ」
「そ、そんなぁ〜っ! ……って、あれ、お取り込み中だったですか?」
男の子がちらりと私の顔を覗く。
この子、…可愛い…。
「始めまして。氷帝3年の です。キミ、テニス部の子?」
「はっはいです! 一年の壇 太一です!!」
「太一君、じゃぁこれ、部長さんに渡してもらえるかな」
「わ、解りましたです!!」
「ちょっとちゃん! 何で壇君にはそんな優しいわけー!?」
「あんたとは正反対の人間だからじゃないですか?」
「あっくんにだってー!!」
「仁は昔なじみだもの」
「え、先輩、亜久津先輩のお友達なんですか!?」
「まぁ、そんな感じ」
「すごいです! 亜久津先輩に女性のお友達がいるなんて!」
「…………」
どうして可愛い子って腹の中に黒いものを飼ってるのかしら…。
「…それ、合同学園祭についてのプリント。テニス部は必ず模擬店を出すこと、だって」
「じゃぁ近いうちに、またちゃんに会えるってこと?」
「残念なことですね。……じゃ、私まだ行くところあるから」
しゅんとしている千石を(また)放置で、私は踵を返した。
「…」
「ん……何?」
「お前、まだ歌…歌ってんのか」
「!!」
「えーなになに!? ちゃんって歌手なの!?」
「すっすごいです先輩!!」
「え〜歌って歌って!!」
「うるせぇ。黙れ」
私の様子が変わったことに気付いたのか、仁が二人を止める。
「…どこに行っても…みんな、私の事、知ってるんだから…嫌になる、ね」
「…………」
「色々あってさ、しばらく歌えなかったんだけど…最近また、歌えるようになってきたの。…リハビリ中、ってことになるのかな…」
「リハビリか…。学園祭で、歌うのか」
「そんなまさか……。………」
「……おい。…俺は昔お前に、『好きで歌ってんならそれでいい』って言ったろ」
「…うん」
「いくら好きなもんでも、辛いときにまで無理してやるもんじゃねぇ」
「……っ…」
久しぶりに、会ったから?
成長して、雰囲気が変わったから?
…解らないけど。
涙が出そうなくらい…仁の言葉が、胸に染みた…。
「…あ、あれ…亜久津先輩…ですか…?」
「あ、あっくんが…見たこともないくらいに優しい…」
「ふんっ。そんだけ、こいつに借りがあるってことだ」
「…仁……」
「…あれ、迎えだろ。早く行け」
「え…? !」
振り返ると、道の向こう側に黒塗りのベンツ。
立っているのは…跡部だった。
「じゃぁ仁…また、学園祭で…」
「…おい」
「え?」
差し出されたのは、紙切れ。
「連絡入れろ。今日中だ」
「これ…携帯の…?」
「俺ができるのは、そんくらいだ」
「…有難う、仁。大好きだよ」
「言ってろ」
「あっくんだけずるい〜っ!!」
「アンタには一生連絡先教えないから」
一息ついて、私は仁に笑顔を向けた。
「…今日、仁に会えてよかった」
「ふん…」
「それじゃぁ、ね」
「さよならです!!」
「ちゃん、また学園祭でねーvvv」
三人に見送られて、私は跡部が待つベンツへと駆け出した。
「…どうしたの? 跡部」
「帰ってきた馬鹿生徒会役員にあとの二校は行かせた。だからお前を迎えに来たんだよ」
「連絡くれたら良かったのに」
「あーん? せっかく迎えに来てやったんだ。もっとありがたく思え」
「…うん、有難うね」
「!」
ドアを開けてくれた運転手さんに導かれ、私は一足先に車へ乗り込む。
跡部もその後に続いた。
「…やけに素直じゃねぇの」
「まぁね」
「なんかあったのか?」
「……私って、結構知られてたんだなぁって、思って」
「…誰にだ」
「ルドルフの観月さんや、それに…仁がいた」
「! 亜久津と知り合いか?」
「昔馴染みってやつ…」
いったん止まる会話。チラッと跡部を見ると、何かを考えているようだった。
「ねぇ、跡部…」
「あーん?」
「……学園祭って、有志でアトラクションできるんでしょ」
「ああ。それがどうした?」
「…それって、私も参加できる?」
思わず、口にした言葉。
自分でも何を言い出したのかよく解らない。
「できるが…何をやるんだ?」
「…………やっぱり、いい。…何でもない」
仁は、辛いときに無理するなって言ったけど、
今は別に、辛くて悩むわけじゃない。
……歌って、みようか。
TO BE CONTINUED...
「ちっ…相変わらず面倒な女だな。 あ゛ぁ? つべこべ言わずに俺を押しやがれ!」