私のマンションの前まで来ると、運転手さんがベンツの扉を開けてくれた。


すると、降りようとする私の手を、跡部が取る。






「出場受付は8月22日だ。それまでに俺に連絡しろ」


「え? でも確かミーティングで全校一斉にエントリーするんじゃ…」






私は運営委員用のプリントに目を通しながら言う。






「お前がエントリーするってことは、…歌うんだろ」


「!」


「なら、シークレットライブがいい。準備は俺と榊監督に任せろ」


「……跡部…」






跡部は ふっと笑うと、目を細めた私の頭をくしゃくしゃと撫でた。






「そんな顔すんな。大体、まだ歌うかどうか決めてねぇんだろ」


「…うん」


「まだ時間はある。ゆっくり悩めばいい」


「…有難う、跡部」






そう言って車から降り、発車したのを見送ってから私はマンションに入った。


…逃げ続けないために、私がしなきゃいけないこと。


杏子は休めばいいって言ったけど、今しか、チャンスはない気がするから。




































































The reason for being.

     The value of being.






  ――44th.





































































家に入ると、私は真っ先にベランダに出た。


日の高い夏だけど、もう辺りは暗くなり始めている。


部屋の明かりをつけていないせいで手元が見えない中、私はポケットの紙切れを取り出した。


そこには、ぶっきらぼうな字で書かれた数字の羅列。


私はそれを見て少し微笑むと、携帯を取り出してそれを入力した。






『……おう』


「おう」


『真似すんじゃねぇ』


「ごめんごめん」


『もう帰ったのか?』


「うん、今家に着いたところよ。…何? 心配してくれたのかしら?」


『…………』


「…仁?」


『…いや、昔との変わりように着いていけねぇだけだ』


「…………」


『教えろよ。…お前、あの後何があった?』


「……最後に、日本に来た後…よね」


『ああ。「自分が歌う理由が見つかった」ってウゼェくらいに騒いでた後だ』


「………」






仁は、いつだって的確に的を突く。


初めからごまかす気はないんだけど、それこそごまかせない聞き方で。





「…その、『歌う理由』だった人がね、…死んだの」


『…………』


「両親がそう仕向けて…言い合いになって……私、も…殺されかけて」


『…マジかよ』


「……それで…私が、二人を……」


『…あぁー…もういいやめろ』


「…………」


『…言いたくねぇんなら言うなってんだ』


「仁には…話しておきたかったから」






いつだって…嫌がらずに私の話を聞いてくれていたあなたには。


ずっと、言わなきゃって…思ってたから。






『で、歌えなくなってたってことかよ』


「最近はちょっとずつ歌えるようになったんだけどね。…まだ、少し怖い気もするの」


『怖い? テメェがか?』





鼻で笑う仁にむっとしながらも、私はそのまま話を続けた。





「…私が『誰か』のために歌えば歌うだけ、その『誰か』を傷つけているんじゃないかって」


『ああ?』


「果てには、死なせてしまった…」


『…だからそのうざってぇ空気やめろ』


「だって…」


『あのなぁ…今のテメェが誰のために歌おうと俺には関係ねぇ』


「まぁ、そうだけどさ…」


『…俺だけじゃねぇ。はなっから誰にも関係なんかねぇだろ』


「!」


『今はうざってぇ親だっていねぇんだ。何でもテメェの好きにすればいい。

 …それでも誰かが邪魔をするってんなら俺にでも言やいいだろ。今はお前も日本にいるんだろーが』


「……助けてくれるの?」


『…何のための昔馴染みだ。…馬鹿が』






鼻先がツンとして、涙腺が緩んできた。


本当に仁は、どうして私の欲しい言葉が解るんだろう。






「仁…本当にありがとう」


『けっ…』


「私、仁と出会えてよかった。仁がいてくれて良かったよ」


『…そういうセリフを恥ずかしげもなく言えるところは変わんねぇのな…』






電話の向こうから聞こえたため息に、私は微笑みを返した。






「…私歌う、歌いたい。…もう一度、誰かの為に歌いたいんだ」






仁が背中を押してくれたから…私はまた、一歩足を踏み出すことが出来る。






「楽しみにしててね、合同学園祭」


『まぁ、しょうがねぇから聴きに行ってやるよ』


「ありがと。……それじゃ」






機械音が、私と仁との繋がりを切る。


ふうっと小さく息を吐いて、私は青みがかった空を見上げた。






「…頑張らなきゃ」




































































次の日。


教室に行くと、珍しく忍足の姿が見えなかった。






「あれ?」






こんな遅刻ギリギリな時間に来るのはいつも私の方で、忍足はいつもそんな私を笑っていた。


そのムカツク笑い顔が、今日は隣にいない。


それだけで、何だか寂しく思う私は末期なのだろうか。






「……こんな性格してなかった気がするんだけどなぁ」


「誰がや?」


「!」






いきなり聞こえたその声に振り返ると、そこには忍足の姿。






「びっくりした…。いきなり人の背後に立たないで頂けますか」


「すまんすまん、そないに驚くと思わんかったんや。…なんや最近との絡みが少ない気ぃがしてやな…


「は?」


「あぁいやいや、…大人の事情や」






訳の解らないことをほざく忍足を尻目に、私は自分の席に座った。


続くように忍足も隣の席に座る。






「もうすぐ学園祭やなぁ」


「今までもずっと合同だったわけじゃないのよね?」


「今年が初めてやで。跡部の考えることは俺にはよぉ解らんわ」


「まぁ、ね」






まぁそのおかげで…色んな人に会えたけれど。






「…ねぇ、忍足」


「ん?」


「私……」


「―――侑士ぃ!! 悪ぃ、英語の辞書貸してくれねぇ!?」






思い切り開いた教室の扉にびっくりしてそっちを見ると、岳人がこっちに向って走ってきていた。


…タイミングが悪いな。






「一時間目が英語でさぁ、俺当たりそうなんだよな! で、今日たまたま家に忘れちまって!」


「…岳人が辞書持ってきとったためしがあったか?」


「う…ほぼ家だけど…」


「いつでも俺が物貸すと思ったら大間違いやで。一回痛い目見とき」


「えぇっ、そ、そんなこと言うなよ、なぁなぁなぁ!!」


「ああもううっさい! 折角とほのぼのしてたゆうのに…」






だんだん涙目になってくる岳人を見てると、何だか可愛そうに思えてきた。


あと1分もすればチャイムが鳴ってしまう。






「…岳人って、英語得意なんじゃなかったの?」


「いつもはちゃんと勉強してるからな。だけど最近忙しかっただろ? だからよく解んなくなっちまって」


「だったら………はい」


「! 嘘、マジ!? が貸してくれんの!?」






私は机の中から辞書を取り出し岳人に手渡した。






…甘やかしたらアカンやろ?」


「いつも勉強しない人が頼みに来てるわけじゃないでしょ」


「せやけど…」


「いいじゃない。細かいこと気にしないの」


「へへっ、はやっぱ優しいな! 侑士とは大違いだぜ」


「がっくん? 今すぐその辞書奪ってもええんやで?」


「おおっと! そうはさせねぇっての!」






岳人は伸びてきた忍足の腕をひらりと交わし、教室の入り口まで走っていった。






との会話の邪魔したからって俺に当たんなよな! 女々しいぞ〜」


「うっさいはよ帰れ!」






帰り際に教室を覗き込んで、そんな捨て台詞を吐いた岳人。


それに向って叫んだ忍足はというと……






「…忍足」


「何や」


「そーんなに私との会話中断させられたのが腹立ったの?」


「…悪いか?」


「……っふ…」


?」


「っあははは! あー駄目、おかしいお腹痛い…っ」


「…笑うこと無いやろ」


「ははは…ごめんごめん。なんか忍足が可愛く見えちゃって」


「…へーぇ。じゃぁ俺もの萌え所に到達したってわけやな?」


「私もう末期だね」


「何でやねん」






言いたかったことは、二つある。





一つは、歌いたくなった、という事。


合同学園祭というチャンス、これを逃したら、きっとまた、私は歌えなくなっていくと思うから。


そして…そう思わせてくれたのが、忍足だという事。


沢山の人に支えてもらって、沢山のことを教えてもらって、私は決意したんだって。


あなたに聴いてもらうための歌を。





もう一つは、こんな風に前と変わらず話が出来て嬉しいって事。


合宿が終わるときまで、私はそれが不安で堪らなかった。


結局私はみんなに守られてて、その中で勝手に被害妄想に陥っていただけだったけど。


それでも…大事な気持ちに気付けたから。






忍足が、好きって気持ち。



言葉にするのはイマサラ。だったら私は、『歌』にして届けたい。そう思ったんだ。






「で、さっき何て言おうとしたん?」


「………」






チャイムの音と生徒のざわめきをBGMに、私は少し沈黙して、






「……また後でね」






タイミングを逃してしまったなと、小さく苦笑した。




















































































TO BE CONTINUED...



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びえー。スランプ!スランプ!!

ネタはあるのに文字に起こせない。年に3回はあるこのスランプの大波が今来てます。



あの、その、ね? 企画もね? ネタはちゃんと上がってるんです。

で、でも、ですね、文字に直せない、と申しますか…

…ごめんなさい、皆様もう少々お待ちいただけると嬉しいです。(土下座)

正月企画のはずがもうすぐ3月。とかいう、オチ。











 「たまにはのんびりしよーや。な?   この話が面白かったら俺を押してな?」