「珍しいな、お前が男を部屋に入れるなんて」

















太郎さんに微笑まれながらそう言われて、






私がキレかけたのは言うまでもない。






































































The reason for being.

     The value of being.






  ――5th.
































































「悪かった。だからそう怒るんじゃない」


「………」










時を遡る事、1時間前。




夕飯を食べ終わった直後、太郎さんは私の様子を見に来てくれた。


それはすごく嬉しい。嬉しいよ?


でも……






「珍しいな、お前が男を部屋に入れるなんて」






……本人の前で言う? 言っちゃう?



案の定、調子に乗り出す忍足を部屋から強制的に追い出し、夕飯の片づけを終わらせ、そして今に至る。








「いや、私が言いたいのは……お前にしては珍しいと思ってな。他人を受け入れるとは」


「生憎だけど、受け入れてるつもりは全く無いよ」


「少しも何とも思わないような奴を自分のテリトリーに入れる程、は甘い人間じゃないだろう?」


「………あいつは…」





忍足、侑士は。





「空気みたいに…簡単に、私の中に入り込んでくる。…時々、それが何だか心地よくて……気分が悪い」


「どっちにしろ、いつものらしくは無いな」


「やっぱり太郎さんもそう思う? 私らしくない…そうなんだよ」







何だろう、モヤモヤしてしょうがない。


居心地が悪い。






「…。変わる事は、必ずしも悪い事ではない。私はがいい方向へ変わっていくなら……」


「ごめん太郎さん、…やめて」


……」









「私は変わりたくなんか無い。私を脅かすものなんか、いらない」








太郎さんは、黙って私を見ていた。







「……今の私には、太郎さんだけでいい。太郎さんしかいらない」



「…嬉しいが、愛の告白に聞こえるぞ?



「太郎さんならいーよw」



「…私の負けだな」






太郎さんは苦笑いしながら私の頭を撫でてくれた。







いいんだ。


私には、この手さえあれば。







………私を乱すものなんか、いらない。










































































下記の者を、三ヶ月の停学処分にする。









          三年   葛木 怜子


                保志田 未久


                遠藤 香織






















「はぁ…………………」






昇降口を入ってすぐの掲示板。


少しの人だかりの中で、その紙はひらひらと張り付いている。






「一ヶ月くらいでいいのに……」


「良くねぇ。やった事の責任はしっかり取ってもらわねぇとな」


「は…?」





後ろから聞こえた声に、私は思わず振り返った。


知らない人だ。切れ長の目が、私を見下ろしている。





「あの、どちら様で…」

「キャーーッッ!!! 跡部様よーーーッッ!!!!!」





……………………………ああ、この人か…。





「お前、自分の学校の生徒会長も知らねぇのか」


「昨日テニス部の部長だとお聞きしました。生徒会長だとは、今知りました」


あーん? お前、転入してきたの8日前だろーが。知るのが遅すぎる」


は? 何故貴方にそこまで威圧されなければいけないんですか」


「………」


「………」






「何あの子、跡部様にケンカ売るなんて…」

「跡部様っ、そんな子と会話しないでっ」

「てゆーかアイツ誰!?」

「あ、確か転入生だよ。特待生の」

「何それ、調子乗ってんじゃないの!?」





周りから聞こえてくる雑音は完全シャットダウン。


目の前の敵は、一瞬たりとも私から目を離さない。これは目を逸らした方が負けだ。








「……気に入った」


「は?」




にっと笑った跡部は、私の顎をくいっと持ち上げた。


ギャラリーの叫び声が耳の中をこだまする。





「可愛い顔が台無しだぜ? 早くその傷治して、俺様に素顔見せろよな」


「面倒なので丁重にお断りします」


「…言うじゃねぇか…」





跡部はそのまま、顔を近づけてくる。


(…ウザ)






「朝っぱらからお盛んやなぁ、跡部…」


「!」






状況。


突如現れた忍足の額には冷や汗、口元には引きつった笑み。


視線は、跡部にも私にも向けられていない。


じゃぁどこかって言うと、それは彼の手が掴んでいる、私の二本の指。






「…テメェ……この俺様に目潰しなんて地味な技かけようとしやがったな…?」


「忍足が止めなきゃ、その地味な技を喰らっていたのは貴方よ。キスしようとして目潰しされるなんてダサい事この上ないわね?」


「態度変えやがって…それが素か? あ?」


「ご心配なく。一応生徒会長に対して敬語を使ったまでの事であって私の全ては素で構成されています」






「どうでもええけど、この状況どうにかせん?」







跡部は未だに左手を私の腰に当て右手で顎を持ち上げ、私は左手を跡部の眼前で止めたまま、忍足によって掴まれていた。


奇妙な図だなぁ。遠くから全体図を見てみたい。







「先に放して」


「何で俺様から放さなきゃなんねーんだよ。お前こそその指降ろせ」


「忍足に掴まれてるから無理でした。残念でしょうがないわ」


「…お前、まだ目潰し諦めてねーだろ


「当たり前でしょう?」






「いい加減にせぇっ!! 授業始まるやろーが!!!」






忍足は強引に私と跡部を引き剥がした。


……あぁあ、目潰しという名の制裁が邪魔されてしまった。







「…おい、


「何で私の名前……」


「特待生の名前を覚えてて何が悪い」


「じゃなくて、名前で呼ぶなと遠回しに要求してるんだけど」


「ハッ、お前に拒否権は無い」


「呆れた」







「メモリのデータ見たぜ?」


「…………は?」







メモリのデータ……もしかして、あのデジカメのデータの事?








「いいカラダしてんじゃねーか。楽しみだな」







そう言って、跡部は黄色いギャラリーを引き連れて廊下の奥へ消えていった。







「……何、私あいつに食われる?」


が昨日の事気にしてると思ったんちゃう? アイツなりの優しさやろ、8割方本気やろうけどな







……まじですか。






「有り得ない。……ていうか生徒会長だからって勝手に見れるもんなの?」


「見れたんやろな。で、何で跡部とあんな楽しそうな事してたん?」


「楽しくないし…。それに、向こうから声かけて来たの。それまで私、『跡部』の顔も何も知らなかったわよ」






私はまだ好奇の目をちらつかせてくるギャラリーを掻き分け、教室に向かった。


始業が近いから、靴箱を抜ければ殆ど生徒はいなくなる。







「……跡部のキスには随分冷静やったなぁ?」



「アメリカというセクハラ大国に何年居たと思ってるの? ああいうのには慣れてるわ。

 後、そのやけに強調してる部分には何も言わないから」



「俺の時は完全に固まっとったやん」



「何も言わないって言ったでしょ」



「俺の事嫌いなん」






変に真剣な声の忍足に違和感を覚え、私は振り返った。








「…好きとか嫌いとか、それってそんな重要な定義?」


「え?」





「…何でもない」



















好きだと言えても、


嫌いだと思っても、




側に居なきゃ、伝えられない。







近くに居ても、


遠くに居ても、





気持ちが解らなきゃ、何も伝えられない。









だったら私は、どうすればよかった?




頭に響いて離れない。










































、愛してる。……愛してるんだ」













































その、言葉。
















































































の様子がおかしい。




廊下で、俺が下らん(…ちょっと本気やったけど)質問してから、変なった。





「………」








一時間目。英語。


隣の席のは、静かに黒板を見据えていた。


いつもなら、帰国子女の彼女は寝てるか、俺と喋ってるかやったのに。






『日本人がひらがな教えられているようなもの』






そう言っていた英語の授業を、真剣な顔して、聞いてた。


………あ、ちゃう。あいつ、違う世界飛んどる。










「――Tom instinctively detained Emily.」









先生の声が子守唄に聞こえてくる。


相変わらず、はぼーっとしてるし、面白んない。










「――Emily was crying.」










つーかこの英文何や…?


外人の色恋沙汰なんか中学生の教科書に載せんなや、気持ち悪い。










「――He quietly muttered that he embraced her closely.」











あー、ヒマや。


ちょっと寝よ……。






















「――I love you.」











―――がたっ










のほうからそんな音がして、俺は視線だけに移す。





「!」





そして、すぐに身体も起こした。







……?」





「え……?」








呆けたようなは、目から、涙を流しとった。







「あ、あれ? …何これ、やだ、止まんない……?」






さん!? どうしたの!?」


「あれ…、センセ…? 私…?」






「………先生、さん頭痛いんやって。俺保健室連れてくわ」



「!」






が見上げてきたけど、今は流す。






「そ、そう? じゃぁ忍足くんに任せるわね?」





俺は先生に一瞥して、を連れて教室を出た。

































































何でいつも保健の先生いないの、この学校……。









「お、忍足っ……別に、大丈夫だからね? 何か止まんないけど、別になんとも無いよ?」


「ええから。情緒不安定なんちゃう? そこ横になり」





忍足に促されて、私はベッドの中にもぐりこんだ。


何でか解らない。急に涙が……。





「ホンマに止まらんなぁ。逆に面白いわ」


「面白がられても…」


「…なぁ、一個だけ聞いていい?」







今朝の廊下の時みたいな、真剣な声が聞こえてきた。









は、誰か好きになった事ある?」




「…………は?」







こんな馬鹿なセリフを吐かれても、未だ涙は止まらない。







「昨日言うたやん? ゲームの中で。『今は夢中なもんがあるから、特定の彼女は作ってへん』って」


「ん」


「俺な、今珍しく、夢中になってしもた子がおるんよ」


「あー、アンタ女の子と遊んでそうだもんね」


「最近はそういうの全部やめてん。期間で言うと一週間前から」


「へぇー」







「………解らんの?」


「は?」


















「俺、が好きやねん」
























少しの動揺と、



軽い眩暈。














私の涙の量が増えた事に気づける程冷静な人は、この部屋には存在しなかった。



























































TO BE CONTINUED.......









が好きなんや。   この話が面白かったら俺の事押してな」