「は……アメリカで何があったんですか」
息切れしながら駆けつけたのは、音楽室。
優雅にピアノを弾いている先生は、目線だけ、俺を見た。
「…何があった? 聞いているだろう、両親を亡くした」
「それだけですか?」
「………鋭いな。確かにそれだけではない。だが、これは私から言うべき事でもない。
知りたければ、教えてもらえるくらい、に信用される事だな」
「それやったら………を、テニス部のマネージャーにしてくれません?」
The reason for being.
The value of being.
――7th.
「………………何、言ってるの? ……太郎さん」
「言った通りだ。テニス部のマ」
「逝ってよし」
太郎さんは少し顔を歪めるが、すぐに真剣な顔で聞いてきた。
「いい機会じゃないか。お前は他人の世話を焼くのが得意だろう?」
「いつの間にか仕方なく焼かされているのであって好きじゃないわ」
「だが、嫌いじゃない」
「……………」
…相変わらず嫌なところを突いてくるのね。
「…確かに、嫌いじゃないわ」
「だったらいいじゃないか」
「嫌。面倒。しかも聞いた話だと部員が200名以上だとかいうじゃない。そんなに面倒見切れない」
「うちはレギュラーしかマネージャーは採らへん。平部員には、自分の事は自分でやらせてるからな」
「……じゃぁ何? アンタとか跡部とかの世話をしろって事?」
「そういう事になるな」
「謹んでお断りします」
私は座っていた椅子から勢いよく立ち、出口に向かった。
「……太郎さんにこんな事言われると思わなかった」
それでも顔色を変えない太郎さんが、なんだか知らない人のように思えて。
音楽室を出た後、私は思わず廊下を走っていた。
桜のある庭園には行きたくない。まだ跡部が居るかもしれない。
どこに行けばいいんだろう。もうすぐ5時間目のチャイムが鳴るし…教室に帰る気も無いし。
そんな風に学園内をうろついていたら、目の前に温室が現れた。
「温室………どれだけ金持ち学校なわけ……」
私は少し重たい扉を開けた。
肌寒くなってきたこの季節に、丁度いい温度の風が身体を包み込む。
「暖かーい。しかもキレイなトコロ……」
暖かい室内には、色とりどりの花が咲き乱れていた。
殆ど名前なんか解らない。鉢植えに入った小さな花から、天井に着きそうなほどの大きな木までたくさん植えられていた。
奥のほうへ進むと、両脇に木が植えられた雑木林のような道に続いていた。まるで何かの映画のワンシーンみたい。
「広いなー。これなら誰か来ても隠れられそ……」
「―――見て、キレイでしょう? あたしのお気に入りの場所なのww」
「!!」
入り口の方から声が聞こえた。
結構中の方まで来たから、入り口はおろか誰が入ってきたのかも解らない。
(言った途端に来なくても……まぁ、奥の方にいれば大丈夫か)
私は音を立てずにさらに奥へ進んだ。
しかし、声の主もだんだん奥へ移動しているようだった。
(しょうがない……この辺で隠れ、よっ!)
手近にあった木に勢いよく飛び乗ると、黄色い葉っぱがちらちらと鼻先を掠めた。
あ、これイチョウだ。……この季節なら外にあるべきなんじゃないのでしょうか。
「ほら、イチョウの雑木林! これを、長太郎くんに見て欲しかったんだww」
「うわぁ……キレイですね」
声からして、男女2人みたい。
こんな所でデートとは……って、もしかしてここってデートスポット?
ちぇ、折角いいとこ見つけたと思ったのになぁ。こんな頻繁にカップルに来られたら堪ったもんじゃない。
「あの、もう昼休みも終わっちゃいますし…そろそろ帰りませんか?」
「えっ……あ、あのね、長太郎くん……は、話が、あるのっ!」
「話ですか?」
ん? これはもしかして、……告白?
うわー、デートより見たくない…。
「あたし…あたしねっ、……長太郎くんが、好きなのっ!!」
あー…頭痛い。
どうせこの後、『我も前々からお慕い申しておりませうー』『きゃぁ、まいっちんぐー』な展開になっちゃうわけでしょ?
それで仲良く授業サボってここでイチャイチャしちゃうわけでしょ?
…私が帰れないじゃない。今すぐ帰ってください。
だけど、男から帰ってきた返答は、私の予想を遥かに越えたものだった。
「……すいません、悪いんですけど……俺、貴女のような性格の悪い方、嫌いなんです」
「え…!?」
(………は?)
思わず木から落ちそうになったのを何とか防ぎ、私は耳を2人の会話へ傾けていた。
「俺がたまたま財布拾ってあげた女の子に恐喝、俺がたまたま話しかけたクラスの子に暴力、
それから、俺のリストバンドとタオル、ケータイにつけてたキーホルダー盗んだの、全部貴女でしょう?」
「な…何、で……」
そんな事してたんだ。
なんかこの学校、性格悪いの多いなー。
「俺、そんな人と会話もしたくないんですよ。もう授業始まっちゃいますし、貴女の存在はとても不愉快ですw」
(………黒ッッ!!)
ほら、彼女泣いて逃げちゃったじゃない。
まぁ自業自得なんだけど。あそこまで黒い断り方は初めてだ。
「……もう出てきても大丈夫ですよ?」
「!」
足音が近づいてくる。
「始めまして、特待生の…先輩ですよね?」
「…そうよ」
「良かった。人違いだったらどうしようかと思っちゃいました」
「いつから?」
「え?」
「……いつから、私がいたって気づいてたの?」
鋭い目線で見下ろすと、彼は臆することなく笑顔を返してきた。
「動体視力が並の人よりいいんですよ。一瞬だけ、誰かが木の上に飛び乗るのが見えたんです。
…まさか、先輩だとは思わなかったんですけど」
「誰が…かは、見て気づいたって事?」
「ですね。実物の方がキレイなんでびっくりしちゃいました」
「実物…?」
「はい。今、裏写真部で先輩の写真が跳ぶように売れてるんですよww」
「……………………は?」
裏写真部?
跳ぶように写真が売れてる?
「勝手に撮られてたわけ?」
「人気のある生徒の写真が密かに売られてるんです、先生には内緒で。知ってる先生もいるけど、その先生も写真の購入者ですからww」
「最悪」
「ちなみに俺もコレ、買いましたw」
そう言って彼が取り出したのは…………って、は?
「………どこで、それ…」
「だから、裏写真部で。先輩の寝顔写真ですw」
「本気最悪」
力が、抜けた。
アメリカにだって、気配一つ見せないカメラマンなんていなかったのに……。
なんて国だ、日本…。私が少し離れていた内に、カメラ小僧はレベルを上げていたのか……。
「……ところで、そろそろ降りません? 首疲れちゃいました」
彼は常に私を見上げていた。
そりゃ首も疲れるだろう。
……でも。
「その手は、何」
「見て解りません?」
解りますよ? 解りますともさ。
木の下で両腕を伸ばして待ち構えられたら、そりゃね。
「どうぞ俺の胸に」
「飛び込まないからね」
「…………」
「………………何よ」
しゅん、としょげる彼。
………尻尾が見える……。
「…そこの大型犬。その裏がありそうな可愛さに免じて飛び込んであげる」
「……どこからツッコミを入れたらいいでしょう?」
「全部スルーの方向で」
「解りましたww」
ああ、笑みが黒い。
そう思いつつ、私は飛び降りようとして、……止まった。
「どうかしました? まさか今さらになって高い所が駄目とか言いませんよね?」
「それは無い。…………降りる時の振動で葉が散ってしまいそうなの。飛び乗った時、すごい散っちゃったから…」
「…………」
折角キレイなのに、私がそれを侵すことは許されない。
「先輩って優しいんですね」
「別にそんなんじゃ…… ―――!」
急に、意思とは関係なく、身体が傾いた。
「きゃ………っ!?」
そのまま、私は木の上からずり落ち……
ぽすっ
「うわ、先輩軽すぎですよ」
彼の腕の中に抱えられた時、私は状況を理解した。
「アンタ……人の腕引っ張って落とすってどういう思考回路してるの?」
「ずり落ちたら振動は無いでしょう? 大丈夫ですよ。俺、先輩に怪我させない自信ありましたからww」
「……まぁ、私にもイチョウにも被害は無いし…有難う。で、降ろして」
「嫌ですww」
「は?」
黒い微笑みのまま、彼は私を抱えて近くのベンチまで移動した。
そして、私を抱えたまま座る。
私は彼の足の間で横向きに座らされ、腰に回された手は、まるで逃がさないとばかりにしっかりと支えられていた。
「ちょっと……私帰りたいんだけど」
「どうして?」
どうしてと来ますか。
「……だって、授業始まっちゃうじゃな…」
「あ、今チャイム鳴りましたね」
彼は腕時計を見ながら笑顔で言った。
私も自分で確認する。うん、鳴っちゃって、ますね…。
「しょうがないな、サボろう…。で、今度はこっちが聞いていい?」
「何ですか?」
「…『どうして』私に構うの」
目を見て真っ直ぐに話す私。
彼は笑顔を浮かべないが、穏やかな表情で私を見つめ返した。
「…写真を見た時から、気になってたんです。キレイな人だなぁって。本人にも、ずっと会いたかった」
「目の前にいるけど?」
「はい。さっきも言ったように、実物の方がもっとキレイですw」
「一応、有難う」
「…そして、もっと貴女の事が知りたくなりました」
「結構です」
「…そこは嘘でもトキメキましょうよ?」
「さん、まいっちんぐー」
「先輩って本当に可愛いですねww」
………流せませんでした。
忍足や跡部とは違う部類で苦手なタイプ。
黒いよこの子……。
「あの、先輩。……お願いがあるんですけど」
「付き合え、とか言うんだったらパスね」
「違いますよ! それはまだ言いませんw」
まだ、って。
いつか言うつもりなんじゃないですか。
「だってきっと、俺が告白したところで先輩は困ってしまうだけだろうし。気持ちに答えてくれるとも思ってません。
だから、たくさん話しませんか? 午後の授業が終わるまで、お互いの事、知りたいです」
「それが、お願い?」
「はいw ………それに先輩、何だか帰るの辛そうですし」
「え?」
「『サボる』って言った瞬間に、表情が楽になってましたよ? 本当は、帰りたくないんじゃないですか?」
「…………」
「勿論、何があったか知りませんし、先輩が話したくないなら話さなくて構いません」
「…よく、見てるんだね…」
泣きそうに、なった。
だけど泣かないのは…泣けないのは、きっと――…
「…そういえば、私、あなたの名前聞いてなかったわね。何て言うの?」
「あぁっ、スイマセン! 忘れてました…。
2年の、鳳 長太郎です。
俺、テニス部のレギュラーなんですよ」
ああ、私、
とことん、テニス部に縁があるらしい。
TO BE CONTINUED...
「先輩、俺で良かったら話聞きますよ? この話が面白かったら俺を押してください!」