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「俺、テニス部のレギュラーなんですよ」
その時、峰山先輩の長いまつげが ぴくん、と反応した。
ああ、きっとあの人達絡みなんだろうな…。
The reason for being.
The value of being.
――8th.
「そうなんだ? すごいね」
先輩は、その反応以降、何も違和感を感じさせなかった。
「えっと…鳳君、でいいかな」
「長太郎って呼んでくれて構いませんよ。俺も亜希先輩って呼んでいいですか?」
「いいけど、『先輩』ってなんか慣れないんだよね」
「じゃぁ…亜希さん」
「ん、長太郎」
にこ、と笑って俺の名前を呼ぶ亜希さん。
すごく可愛くて、俺は頬を赤くしながら微笑んだ。
その時、さっきから気になっていた亜希さんの頬のガーゼに、変化があった。
「あ、亜希さんっ!? 血が滲んでますよ!?」
「え、そう……?」
亜希さんはガーゼの上から手を添えた。
まだ手につく程滲んでないけど、痛みはあるようで、亜希さんは少し顔をゆがめた。
「一度ガーゼ外しましょう? 空気に当てた方が、傷が乾きやすいですから」
「そうね……」
俺は亜希さんがガーゼを外している内に、ポケットから真新しいハンカチを取り出した。
「……………」
その傷を見て、俺はなんとも言えない気持ちになった。
そこにあったのは普通の傷ではなく、ギザギザとして傷の深い所と浅い所がある、酷いものだった。
明らかに人為的なそれは、彼女の環境から察するに、苛めの痕だろう。
「……長太郎…?」
「!」
痛みで涙目の亜希さんにどきっとしたけど、すぐに俺は現実に戻った。
ツー…っと、血が頬を伝っていたから。
「きっと傷が開いちゃったんですよ。大丈夫ですからね」
俺はゆっくりハンカチを亜希さんの傷に当てた。
顔をゆがめる彼女の表情すら、何だか愛おしい。
「止血しますから、少し抑えますね? 痛かったら俺に抱きついて構いませんからw」
「それは何となくやめておく」
言いながら、俺のシャツをきゅっと握る亜希さん。
逆に俺が抱きつきたくなる。…けど、我慢して止血を続けた。
「…………ねぇ、何も言わないのって、ずるいと思う?」
「え?」
「私は私の中に、『確立した自分』を持っていたいの。
……でも、それが他人に…負担をかけているなら…私は、それを手放しても………」
「いいんじゃないですか?」
「え……?」
「誰に負担をかけても、自分を手放す必要なんてないって俺は思いますよ?」
「……本当に?」
「はい」
「……そのせいで…………罪を犯しても…………?」
その時初めて、
俺は、亜希さんの、本当に悲しそうな顔を見た。
「亜希、さん…?」
深い、深い後悔と、自分への葛藤。
そして、未来への、切望。
全てが入り混じって、混乱したような、
ただ、悲しいと訴えてくるような瞳だった。
「亜希さん…どうしたんですか? …何か…あったんですか…?」
「……何でだろ、ね。…さっき始めて会ったばっかの人なのに……長太郎には、何でも、話したく…なっちゃ……っ」
ついに、その頬に涙が流れた。
ハンカチが涙で滲む瞬間、
俺は思わず、亜希さんを抱きしめていた。
「やだ……やめて……っ…優しくされたら、止まんな…」
「泣いてくれて構いません」
「違…っ! 私は、もう……泣かないって、決めたの……っ!!
私にはもう……泣くことすら、許されない…からっ……」
彼女に何があったかなんて、知らない。
俺には、それを知っても背負えないかもしれない。
それでも。
「……だったら、これでおしまいにしましょう。もう泣かないように、涙を全部流しちゃえばいい。
今日から亜希さんが泣かなくてもいいように、俺が貴女の側にいますから」
「長太郎………」
亜希さんは、腕を俺の背中に回してきた。
それと同時、俺は彼女を抱きしめる腕にさらに力を込めていた。
自分でも、びっくりしていた。
長太郎と出会ったのは、本当に…本当に数十分前なのに。
不思議。
私、この学園で出会った誰より、長太郎に心を許してる。
「……ありがと、すっきりした」
こんな時、どんなに泣いても目が赤くならない自分の体質に安堵する。
目元は少し腫れてるかもだけど、冷やせばすぐに治るし。
「…長太郎?」
「えっ、あ……すいません」
長太郎は はっとしたように身体を離した。
すぐに目線は私の頬に行く。
「……良かった。血、止まってますね」
「あ、そう?」
「ちゃんと消毒していたら、ガーゼしないほうが早く治ると思いますよ?」
「んー…傷見せて、あんまり周りに無駄な気苦労させたくないし」
苦笑いをしながら、心の中でため息を着く。
本来なら、別に心配されようが気遣われようが気にならない。
傷を見せて、いかにも自分は被害者だといっている風に見られたって何ともない。
だけど……忍足に心配や気遣いをされたくないと思う自分がいる。
それが何とも言えず居心地が悪くて。
「俺には心配させてくださいね?」
「考えとく」
「冷たい亜希さんも素敵ですw」
黒いオーラを仕舞っている長太郎の笑顔は、本当に純粋100%に思えてくる。
……ただ思えるだけで、実際の黒犬を知っている私は素直に笑顔が返せないけど。
「…ところで、ちょっとした相談なんだけど」
「何ですか?」
…あー、尻尾が、見える……
うん、後で眼科と脳外科と精神科に行ってこよう。
「実は、たろ……榊先生と忍足に、テニス部のマネージャーになれって言われて……」
「亜希さんがマネージャーになってくれるんですか!?」
だからそんなに目を輝かせないでください。
「……正直、解んない。私、怖いだけなんだわ」
「何をです?」
「…自分が暴かれるの。……忍足は、私を知ろうとしてくるの。…だんだん、それに抗おうとしなくなる自分が、きっと怖いんだわ」
長太郎には、こんなにも素直に喋れるのにね。
そう付け加えて言うと、長太郎は僅かに頬を染めた。
「別にやりたくない訳じゃないの。でもやりたい訳でもない。今までの私は、どうでもいい事に関しては流されて生きてきたから…
自分で決めることができなくて、でも他人に委ねる勇気なんかなくて…。どうしたらいいか解んないの」
「…俺個人の意見としては、亜希さんにマネージャーをやってもらえたらすごく嬉しいです。
だけど、それが亜希さんの求める答えじゃないのは解ります」
そう言うと、長太郎は私の顔を覗きこみながら、笑った。
「…ゲーム、しませんか?」
「………ゲーム?」
私は一瞬呆けたけど、すぐに返事を返した。
「はい。自分の気持ちと力を出し切って出した答えなら、亜希さんも受け入れられるでしょう?」
「それは、そうだけど……具体的に何をするの?」
「鬼ごっこですww」
「は?」
思わず、長太郎に負けないほどの黒オーラを出しそうになった。
何、鬼ごっこて。この歳でですか?
「亜希さんが逃げる役。忍足先輩が鬼。俺はもちろん亜希さんのフォローに回りますw」
「捕まったら、マネージャーになる……って事?」
「逆に制限時間を逃げ切ったら、マネージャーにならなくてすみます。……どうですか?」
長太郎の微笑みに、私は、強気な笑みを返す。
「…腕が鳴るわね。やってやろうじゃない。…言っとくけど、私、勝負事には妥協しないわよ?」
「はいw 力の限りサポートしますからw」
そうして私達は温室から抜け出した。
丁度良く、数分前に6時間目を終えるチャイムは鳴り終わった。
向かう先は、テニスコート。
「亜希さん、傷、いいんですか?」
「……あー…ちょっと、嫌かな」
「ちょっと失礼しますね」
長太郎が取り出したのは、絆創膏。
慣れた手つきで傷口にあて、張ってくれた。
「有難う」
「いえw さぁ、行きましょう」
長い人生の中で、
これは一つの勝負に過ぎない。
それでも、
やっぱり、未来は自分で掴みたい。
もう、未来が閉ざされたような………あんな思いはしたくないから。
TO BE CONTINUED...
「亜希さん、勝ちましょうね!…本当は、マネージャーもやってもらいたいけど…。へへ。 この話が面白かったら俺を押してください!」