「………長太郎、教室戻って荷物取っといで。ついでに私のもお願いしていいかな」
後もう少しでテニスコート。
すでにこの位置で、ボールを打つ音は聞こえている。
「構いませんけど…一人で大丈夫ですか?」
「……宣戦布告は一人でするものよ? 徒党を組むのは自分に自信のない奴がする事なの」
さんは男前な笑みを俺に向けた。
彼女はきっと、ケンカも一対一を好むんだろうな。リンチが許せないタイプ。
「解りました。ケンカ越しにならないようにしてくださいよ?」
「なるべくね」
俺はさんの微笑みを見届けてから、小走りで校舎へ向かった。
「……よし、行くか」
The reason for being.
The value of being.
――9th.
ぐゎぁあっしゃあぁぁん!!!!!
「な、何だ!?」
「うおっ!?」
「耳痛Eー!!」
いきなりコートに響いた音。
全員、耳押さえながら辺りを見渡して……音の発生源はすぐに見つかった。
「「!?」」
そう、コートと外を分けるフェンスの金網を勢い良く開け放ったのは、間違いなくやった。
ギャラリーの女子たちは怪訝そうな顔をしたり、に対して何かを叫んでいるが、本人は全く気にせずこっちを見ている。
俺は同じようにの名前を呼んだ跡部と目線を合わせた。
「何何〜? あの子、2人の知り合い〜?」
「あれ、確かこないだ転入してきた特待生じゃねぇ?」
「あ、本当だ。写真超売れてるよね。毎日新しいの出てるから財布が大変だけど」
「(滝、買ってるのか…?) で、あいつ何やってんだ……?」
「おい侑士、あの子明らかにお前の事睨んでるぜ。早く行ってやれよ!」
跡部はそんなの様子に軽くため息を着いた。
「…行ってやれ。急ぎの用に見えなくもない」
「っていうか、むしろあっちから来てくれてるCー」
慈郎の言葉に振り返ると、はテニスコートの端まですでに来ていた。
「…………忍足」
凛とした声が、その場に響き渡った。
と初めて顔合わした奴らからざわめきが起こる。…気に食わん。
「…マネージャー、やってくれる気なったん?」
「え、何!? この子がマネージャーやってくれんの!?」
「ちょい黙っとき、岳人」
は周りに目もくれず、俺だけを見つめてきた。
俺はその真っ直ぐな瞳に動揺したけど、顔に出さんように気ぃ張ってた。
「……私なりに考えた。けど、自分じゃ答えは出せない」
「じゃぁ、俺が勝手に決めてええって事?」
「違う。
………私をマネージャーにしたかったら、私と勝負して勝ちなさい」
ぴっと伸ばした白くて長い指が、俺を真っ直ぐに指差した。
ため息がもれそうになるほどキレイなその姿に、俺を始めその場の全員が見惚れていた。
「―――スイマセンっ、遅れました!!」
そんな雰囲気は、その大きな声によってかき消される。
「長太郎、何してたんだ? 部活はとっくに始まってるぞ!」
「スイマセン宍戸先輩っ!! ……あ、さん、荷物どうぞ」
「「「「さん……?」」」」
俺らは声揃えて言った。
「ちょい待ち、長太郎。お前いつの間にと……」
「長太郎とは昼休みに会ったの」
「しかも何名前で呼ばせてやがるんだ? あーん?」
「ちゃんとさんに許可されてますよ。ね? さんww」
「それズルイわ! 、俺も侑士って呼んでぇや」
「忍足先輩、さんが嫌がってますよww」
「忠犬はちょい黙っとけや?」
「話を進めても宜しいかしら……?」
「は、はいっ!!」
から放たれた黒いオーラに、全員(長太郎以外)顔を引きつらせた。
さすがに黒い子やなかったのに……長太郎に汚染されてんな…可哀想に。
「アンタが勝負に勝ったら、私は大人しくマネージャーになってあげるわ。
もちろん私が勝った時は、この話は無かった事にしてもらうから。いいわね?」
「ああ、構わんよ。で、男の俺に何して勝つつもりなん?」
「……………………鬼ごっこ…」
「「「「鬼ごっこぉ!??」」」」
「な、何よっ、発案者は長太郎なんだから!」
何でこの歳で鬼ごっこやねん。
しかも発案は長太郎かいな……。
「…って、ちょい待ち。発案って事は……」
「はいw
昼休みからさっきまで、俺はずっとさんの側でイチャイチャしながらこの話の相談を受けてましたからww」
……何やて……?
「さっきまで……」
「ずっとさんの側で……」
「イチャイチャしながらぁ……?」
「相談されてたやてぇ……!?」
「はいww」
長太郎のその微笑みに、俺ら全員が殺意を持ったのは言うまでも無い。
「どうでもいいけど、別にイチャイチャした覚えは無い」
「そんな事言って、抱きついてくれたじゃないですかww」
抱きついてくれた?
「それは君が抱きついてきたからでしょ?」
「だってさん可愛いからww」
抱きついてきた?
「抱きついたくらいが何だ? 俺なんかとキスしたぜ? な、」
「寝込みを襲われただけですけど」
キス……したやて……?
「……!!」
「!」
俺は思い切りの左手を握った。
「その勝負受けて立ったる。けど、条件追加や」
「何?」
「俺が勝ったら、今言うたこと全部俺にやる事」
「は?」
「忍足それってただの嫉妬じゃん」
「激ダサだな」
「ガキじゃあるまいし……なぁ? 樺地」
「ウ、ウス」
樺地にまで言われてしまったけど、そんな事関係あらへん。
自慢や無いけど、が転入してから今まで、を一番側で見てたんは俺や。
ずっと好きやったんも俺や。
やから…ここは引かれへん。
「………いいよ? それで」
「え…?」
「何自分から言って驚いてるのよ」
「いや、のことやから、文句の一つ二つ言われるやろうなぁって……」
「別に?
だって私、絶対勝つし」
その言葉に、俺は反応した。
俺かて、こんな重要なゲーム落とす気無いで?
「鬼ごっこの制限時間は1時間。範囲はこの学園内。
ちなみに男女差のハンデとして、長太郎が私のサポートに回るわ。
長太郎にできるのは、道案内・鬼のかく乱・その他私が逃げる上での細かなサポート。
身体張って鬼を食い止めたりとか、直接的な攻撃は禁止ね」
「ゲーム終了の条件は?」
「忍足が私を捕まえて、ゲームのスタート地点に連れ帰ること」
そう言って、は荷物から紙切れを取り出した。
「スタート地点はそっちで決めてくれて構わないわ。じゃ、これ」
「何ですか?」
その紙切れは長太郎に渡された。
「携帯の番号とアドレス。私もう帰るから、決まったら連絡ちょうだい。あと作戦会議もしよっか」
「はい、解りましたww」
「じゃぁよろしくね、長太郎。皆も部活頑張って」
は荷物を持って踵を返した。
豪快に開けた金網をくぐった瞬間、俺らが紙切れの奪い合いをしたことすら知らずに……。
久しぶりに一人になった気がした。
こうやって周りを意識して見るのも面白いものなんだな。
危害を加えてくる奴なんて、ほんの一握りだったみたいで。
「さようなら、さん!」
「え、あ……うん」
笑顔で声かけてくる人や(クラスメート…だっけ?)、
「さん、傷大丈夫?」
「あ、平気……だけど」
何か心配してくる子とか(え、ごめん誰?)、
「見ろよ、あれじゃねぇ?」
「マジ!? うっわ本物のがキレイじゃん!!」
「ちゃーん、こっち見てよー♪」
手に持った写真と私を見比べてる奴とか(存在すら確認したくない)、
(……………)
私に敵意を持った人ばかりではなくて。
「あ、さん……ば、ばいばいっ」
「ちょっと待って」
がしっ。
「え…!?」
最後に声をかけてきた女の子のシャツを、くいっと引いた。
「な、何……?」
「…何でそんな怯えた顔するの? 別に取って食いやしないわよ」
「そ、そうじゃなくて……っ」
女の子はどんどん泣き顔になった。
しょうがない、さっさと本題に入ろう。
「私が転入してから一週間、こんなに人に喋りかけられたの初めてなんだけど。何かあったの?」
「な、何にも無いと思うよっ…?」
「……何にもない事も無いんじゃない…?」
そう言うと、女の子はますます目に涙をためた。
「もぉ……我慢できない……っ」
「は…?」
ぶわっ。
女の子は溜め込んでいた涙を一気に流し始めた。
「私、あなたのファンなのっっ!!!!」
「は?」
「ああもぉっ、そんなクールなトコが素敵!!!!」
…………………。
何か、すごい子を引き当てちゃった気がする。
TO BE CONTINUED...
「あ。あの人は……。 この話が面白かったら俺を押してください!」