飛び散るは、紅い、紅い蝶。
まるで映像のように、静かに弧を描き倒れてゆく身体。
貴方を守れなかった事、気づいたのは、全てが血に染まってからだった。
< あと数センチの距離 >
手を伸ばせば、きっと届いたはずだった。
「少将」
「あぁ、」
きっと、いつだって。
この手は、届くはず、だったのに。
「明日から軍事演習ですね。ご一緒できないのが残念です」
「はは、には、このグランコクマを守る任務があるだろう?」
「ピオニー陛下のお世話をする任務、ですよ」
「それもそうだな」
この時、自身の気持ちには気づいていた。
なのに言えなかった。
『行かないで』
…言えなかった。
その選択を、私はこの先後悔する事になる。
「陛下、ブウサギの魅力について一から十まで述べて下さい」
「…そんなにブウサギを嫌わなくてもいいではないか…あっコラ! 俺のアスランの耳を引っ張るな!!」
「俺のとか仰らないで下さい」
陛下のおろおろする姿を横目で見ながら、尚も私はブウサギアスランの耳を触りまくる。
少将と同じ色の…瞳。
少将より、カッコよくも凛々しくも頼りがいのある風格も無い。何もかも劣ってはいるが、何故か落ち着く、その瞳。
「全く…お前はアスランがいなくなる度に機嫌を悪くするから困る」
「陛下はブウサギに人の名前を付けるから困ります」
そう言って私は、部屋の隅に座っている、新入りに目を向ける。
独りで座り込み、視線はずっと前を見据えているブウサギ。
「そんなに俺のを見つめて、さてはブウサギ好きになったな?」
「だから俺のとか仰らないで下さいてば気持ち悪い」
ため息と共に、私は先日の陛下の言葉を思い出す。
『態度がお前そっくりだからな。このふてぶてしい所など特に!』
そう言われて一気に機嫌を悪くする私の側で、少将は堪え笑いをしていたのを覚えている。
実際、私だって、少しは思うところがあった。
ブウサギは、いつもブウサギアスランの側にいて。
…より添うように、いたから。
「…今は私の膝にいるからかな…」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
私に遠慮して来ないのかな。
陛下程ではないけど、私は少しほほえましい様子で、アスランをの元へ運んだ。
「はい、アスラン返すね…」
こんな風に、側に寄り添う事ができるなら……
―――どたっ。
「!」
「アスラン!?」
見事な音と共に、アスランは足をもつれさせて転んでいた。
「良かった。無事のようだな。……?」
「…………」
何、だろう…今…寒気がした。
身体を突き刺すような…嫌な、予感。
「っ陛下! 陛下、大変です!!!」
その時、大きな音を立て、扉から兵士が入ってきた。
「何事だ。騒がしい」
「そ、それがっ…軍事演習に向かった我が軍が……――爆撃に会い…壊滅状態に…!!」
「え……?」
壊滅、状態…?
「! 、待て!」
陛下の声も気にせず、
私は、陛下の部屋から、グランコクマから、飛び出した。
「…………っはぁ、は……っ…」
息を切らし、胸を押さえ、動転する気を何とか保つ。
「少、将…? 少将!! どこですか…少将っ!?」
あたり一面に広がる炎と、部下だった残骸。
視界の中には、少将はいない。
「少将………?」
呟くような声で、誰にも聞こえぬ叫びは戦場に消え入った。
まだ、まだ決め付けてはいけない。
きっと、生きているはずだ。
「っフリングス少将ーー!!!」
「……?」
「!!」
振り返れば、そこには、
「フリングス…少将…!!」
私は少将の元へ駆け寄った。
「どうしてここに!?」
「爆撃にあったと報告を受けましたっ…! 敵は!?」
「それが… !!」
その時、
「――!!」
少将に突き飛ばされ、私は後ろの方まで転がっていった。
何が起きたのか解らないまま、目で少佐を捉える。
その後ろから、少将に向かって走る、人影。
「少…っ!!」
「―――」
次の瞬間には、
その場に爆撃音が響いた。
「ぐあっ……!!」
私は爆風に飛ばされ、岩に背中を打ち付けた。
「……っ!!」
目を見開けば、
はるか上空に、
紅い何かを散らしながら、弧を描く――それは、紛れも無く、
…フリングス少将だった。
「フリングス少将!!」
私は自身の痛みなど忘れたように、地へと落ちた少将の元へ駆け寄った。
「少将…少将っ!!」
「……?」
弱い声で、呟く。
「少将…何故、私など庇って…っ!!」
「…は…私が守ると…」
「!!」
「あの日……誓ったのだ…」
それは、初めて出会った日。
雨のグランコクマで、あなたに拾われた日。
「雨の中震える少女を…私が、守ろうと…誓ったのだ………」
「………」
震える腕を持ち上げ、少将は私の頬に手を添えた。
「君は生き延びるんだ……そして、必ず幸せに……」
「……いや…」
「私には…もう……できない、から…」
「そんなの…嫌です!!」
気づけば、私は涙を流していた。
「貴方の居ない日々に、私の幸せなどありません……!! 私は…っ…」
頬のその手に、自分の手を重ね、
「――私は貴方が好きです…っ……」
もう、どうする事もできない想いを、告げた。
それを聞き少将は微笑むと、私の頬を流れる涙をそっと拭ってくれた。
「私もだ……だから…すまな、い……」
「! 少将……?」
「私は…確かに、君を愛し……そして………愛されていたよ……」
静かに、
腕は、力を失くして、地に倒れた。
「あ、あぁ……ぁっ……!!」
もう、
「っあ゛ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
いない……――
「………」
紅く染まる、刀。
呆然とした瞳。
爆風が巻き上げた砂埃が辺りを舞い、視界を遮っていた。
―――貴方を守れなかった事、気づいたのは、全てが血に染まってからだった。
「! …!!」
「……陛下……」
グランコクマに戻った私の腕には、少将。
「暫く……お暇を頂いて宜しいですか……」
少将を陛下に手渡し、私は、返事を聞かずに宮殿へと消えた。
相変わらず、何も知らぬようにブウサギはいた。
もちろん、あの二匹は寄り添って。
――…アスラン。
「あ、あぁぁ……っ」
その場に崩れ、嗚咽を上げて泣き出す。
少ししてから、陛下が部屋に入ってきた。
「………」
陛下は何も言わず、ただそこにいてくれた。
たとえ、二匹が幸せにいても、
あの日の数センチの距離は縮まらない。
もう、
私も少将も、
幸せを感じる事は……無い―――――。
end.
■あとがき■
何この微妙且つ泣きたくなるような設定!!??
やっぱりアス夢はどうしても死夢になってしまう…;
何かもうこんな暗いものばっか書いててゴメンナサイ…orz
拝。