「、待ちんしゃい。いい加減疲れる」
「運動部のくせに帰宅部のしかも女子を追い掛け回した挙句がそれですかッ!?」
「キスしたくらいでそんなに怒ること無いじゃろ」
「キスごときで私を落とせると思うなよっ!?」
「……腰抜かしとったくせに…」
「言うな馬鹿ッ!!///」
今日も始まった、
「そろそろ止まらんと、さっき偶然見えたお前さんの下着の色を大声で叫ぶ」
「はぁっ!? ちょ、いつの間に!? ってかそれ絶対偶然じゃないだろテメェ!!」
「黒と白のチェ「見えてない聞こえない知らないッ!!!///」
全校生徒が生暖かい目で見守る、
私と彼との攻防戦。
< 鮮やかなトリック >
「こっ、ここまで、来れば……!!」
上がる息を落ち着かせながら、私は壁に寄りかかった。
今は使われなくなった校舎の裏だ。授業中はおろか、いつだって誰も通るはずが無い。
「はぁ…なんでこんなことになったんだか」
彼――仁王 雅治に目をつけられてからというもの、私のスクールライフは一変してしまった。
「。お前さんのこと……好いとうよ」
仁王に告白されてからというもの、彼から逃げる私に待ち受けていたのは、イジメなんてもんじゃない。
全校生徒を挙げての前面協力体制だった。
「仁王さん! なら今あっちに!」
「お昼は食堂を使う予定みたいです!」
「帰りは本屋に寄ると思います!」
「すまんの」
「! 仁王さんがアンタ探してたわよ!」
「仁王ー!! が見つかったぞー!!」
「あっ逃げた! 仁王さんっ、仁王さーんっ!!」
「お前ら全員いっぺん死ねーーーーーー!!!!!!!!」
いじめられるほうがどれだけ良かったか……ッ!!
「―――見つけましたよ、さん」
「!!」
そして、もう1人の厄介な人物。
「やっ、柳生……っ!! どうしてここに」
「仁王君があなたを見失ったときのための私ですから」
眼鏡の奥で、一体どんな微笑を浮かべているのか。
私にはこの人が『紳士』に見えない。
「……はんっ、もう騙されないんだからね!! あんた、仁王でしょ!?」
「今日は、違いますよ」
「うわっ、『今日は』とか言いやがったッ」
「私はいつも心を痛めているんですよ? 仁王君のためとはいえ、貴女を騙すことになってしまって…」
「絶対ありえない。はじめアンタ、仁王に成りすまして私をおいかけた挙句アンタに変装した仁王に私を捕まえさせたくせに」
「若気の至りです」
「頼むから死ねよ。……つーわけで、逃げるッ!!」
思い切りその場を蹴って駆け出そうとする私。
「逃がしませんよ」
「わっ!!」
しかし、走り出す前に簡単にその腕は引きとめられてしまった。
「…仁王に引き渡すつもり…?」
「いえ。今日は個人の用件で」
「個人……? ッ!!」
柳生はにっこりと笑うと、いきなり私を抱きしめてきた。
「なっ……柳生!? 何すんのよ離してっ!!」
「さん」
「な、によ……」
「…私は、貴女をお慕い申しております。誰よりも、…仁王君よりも」
「!」
気づいたときには、
唇を、奪われていた。
「んっ……!!」
何度も何度も、角度を変えて。
巧みに、私を追いつめる。
―――――けど。
(何……この気持ち…………)
………足りない…。
「…………っ!!」
私は、思い切り柳生を押し返した。
もちろん、私の力で柳生を突き飛ばせるハズは無く、唇が離れただけなのだが。
「…さん……?」
私、今、何を考えた?
柳生にキスされながら、
ずっと仁王のキスと比べてた。
「…………ごめん、柳生。…私、あんたじゃ駄目だ。…物足んない、っていうか…」
「……と、いうか……何です?」
「仁王のキスのが巧い」
面を喰らったような、柳生の顔。
それを見て、私は冷静さを取り戻し、…同時、青ざめた。
「ま、待って、今の無し。無しだからッ///」
いくらなんでも、告白して返事がこれじゃあんまりだ。
あれ? でも柳生って仁王に協力してなかった…?
ってことは、ある意味これは柳生の裏切り…。
え、何、私はどうすればいいのさッ!?
「百面相の最中にすいませんが……」
「へっ!?」
「さんは、仁王君のキスがお好みなんですね?」
「こっ、好みっていうか何ていうかそうじゃなくて率直な感想というか…ってまた私は何を言ってッ///」
「…では、ご期待に応えましょう」
「っ!」
状況を理解できないまま、隙だらけの私はまたもや柳生に唇を奪われる。
(え……!?)
瞑っていた目を、大きく見開く。
このキスは、
(今朝の……仁王の、キス……!?)
腰に力が入らなくなる、とろけるような…
私は必死になって、目を強く瞑った。
…駄目、また力、入んない…っ///
「……ククッ…まさか、あんな返事をされるとは思わなかったからの。手加減できんかった。
しっかりしんしゃい、…」
「!」
キスの合間に、つぶやかれる声。
柳生じゃ、無い。
「もし、かして……っ…」
「おっと」
目がうつろで、視界がはっきりしない。
身体に力が入らなくて、ずるずると壁を伝い落ちていく。
そんな私の身体を、支えるようにして、目の前のアイツは私を地面に誘導する。
「ちゃんと目、開けんしゃい。…ちゃんと俺を見て」
「…………絶対アンタしばき倒してやる…」
ほのかに頬を染めながら、それでもいつも通りに悪態をつく私は、どこか変なんだろうか。
「騙したな……バカ仁王ッ!!///」
「ククッ…」
しっかりと見えた仁王は、すでに柳生の変装を解いて、私を追いかけていた姿に戻っていた。
「『キスごときで私を落とせると思うなよ』……だったかの?」
「!!///」
「で、何だったか。柳生のキスでは物足りんと」
「あ、う……///」
「…誰のキスが良かったんじゃ? …言いんしゃい、…」
その微笑と声は、犯罪では無いんでしょうか。
「キスでは落とせんと言いながら、キスで落ちたのは…誰じゃ?」
この状態で、いつもの暴言を吐けと言うヤツがいるなら、
私はそいつを殴り飛ばす。
「……仁王のキスに落ちたのは……私、でッ…!?///」
言葉を言い終わるより早く、仁王に唇を奪われる。
今朝より、さっきより、もっと激しく。
頭がぼうっとして、最後の仁王のセリフは聞こえなかった。
「……、これからは誰かに告白されても、あんな返事をするんじゃ無かよ。
俺だったから良かったものの……本物の柳生なら、お前さんを襲っとったかもしれん」
「まぁ俺は、お前さんの率直な感想が聞けて嬉しかったけどな」
「早く慣れんと、俺はキスだけで済ます気は無かよ? ……」
あー…はい。なんていうか。
結局これからも私の平穏なスクールライフは帰ってこないんですね。
end.